梗 概
交換
2011年3月11日、東京の病院で、まさかの「赤ちゃん取り違え」が起きた。東日本大震災で世の中がごった返したためである。サラリーマン家庭と老舗の家庭の赤ちゃんが取り違えられ、そのまま各々の家庭で成長する。2028年、17才の時に老舗の家庭を発端に取り違えが表面化。心身分離の技術が覚醒したこの年、意識や心理、記憶のみを入れ変える技術で、2家族は子どもを好感した。当該家族同士はまあまあ上手くいくと思われたが、老舗の子供が思いを寄せる女生徒が大困惑、更にその女生徒はサラリーマン家庭の子供に思いを寄せていたので、複雑な結果となった。
文字数:265
内容に関するアピール
全く時間不足でご容赦です。語り手は不明の予定です
文字数:24
交換
4月1日、東京では桜が満開となり、都内の各所は花見の輪や行列などでとても賑やかでした。
そんな穏やかな春の日の午後に、突如地震が発生しました。震源は茨城県沖の太平洋下で、大変大きな地震だった模様です。都内は震度5。建物の特別大きな被害や津波の大来襲まではありませんでしたが、沿岸地帯は液状化現象の場所も多数、高層ビルは大きく長い間揺れ、停電や断水し、鉄道は運行中止されました。夕方には多くの人々が徒歩での帰宅を余儀なくされ、道路は人々の大行列が延々と続いておりました。
そんな、人々が被災の試練に直面していた夕方、東京レインボーブリッジ病院で2人の男の子が産まれました。ほぼ同時刻の事でした。
夕方6時ころ、病院内で、赤ちゃんの泣く声が聞こえてきました。その後すぐに、隣からも聞こえてきました。
「ほーら、元気な男の子ですよぉ」
「皆さん有難うございます」
「お母さん、頑張りましたねえ」
「先生、母子共に異常ありません。健康です」
「よぉし、じゃあ、すぐ隣へ!」
「はいっ」
こうして、助産師、看護師のチームは、慌ただしくも同時刻、立て続けに2人の赤ちゃんの分娩を行いました。2人の赤ちゃんは共に男の子でした。
「それにしても今日の地震は凄かったねえ」
「揺れましたよねえ。10分くらい揺れてた感じでした」
「ニュースによると、都内の高層ビルは大体2分くらい揺れたってことらしいよ」
「あれが2分ですか? 私、めっちゃ長く感じて、この世の終わりかと思いましたよ」
「今も電車は全部、動かないらしいよ。5時からの交代組の人、ほとんど病院に来れてないもん」
「今日は仕方がないですよね。でも時間外はきっちりもらいましょうよ」
「私たち、生きてますもんね。新しい生命も取り上げたし」
「5時から組が来れず、人員不足の中、何とかこなせて良かったですねえ」
「まさか、赤ちゃんバンドとか、落ち度、ないでしょうねえ」
「ああっ!」
「また、余震?」
「嫌ぁ、こわぁ」
こうして、度々揺れる慌ただしい日は過ぎてゆきました。
この2人の赤ちゃん。1人は田中さん家の赤ちゃんで、マー君。もう1人は斎藤さん家の赤ちゃんで、ユウキ君と名付けられました。2人の赤ちゃんは、その後それぞれの家庭ですくすくと育っていきました。
「どうだ、マー、これが野球だ」
「うん、ぼく、野球選手になりたい」
「わあ、お兄ちゃん、カッコいい! ボクも、ボクも」
「マー君、めちゃめちゃ頑張らないとプロ野球選手にはなれないのよ。モッ君もわかってるの? だめだったら、お父さんみたいに普通の会社員だからね」
「うん、ぼく、頑張るよ!」
4月1日、田中さん家は、家族4人で東京ドームにプロ野球のナイター観戦に行きました。お父さんお母さんが用意したマー君6才の誕生日プレゼントです。一方、斉藤さん家では、ユウキ君のバースデーパーティが家族で開かれていました。
「ハッピーバースデー、トゥユー…」
「ハッピーバースデー、ディア、ユウキ…」
「おにいちゃん、おめでとう!」
「よぉしっ!」
ユウキ君は大きく息を吸いました。そして、「ふぅーっ!」と、ケーキに向かって一気に息を吹きかけました。6本のローソクが次々と一瞬にして炎を消してゆきます。「おめでとー!」パチパチパチ…。家族4人で拍手する斎藤さん家は老舗の洋菓子屋さんです。4月1日、今日はユウキ君の6才の誕生日。店を早じまいしてケーキ主体の晩ごはん。家族でユウキ君のバースデーお祝いディナーパーティの真っ最中でした。
「お父さんのケーキ、おいしい!」
「何言ってんの! 下地のスポンジはお母さんが作ってるのよ!」
「生クリームが美味しいんだよ。まあ、これもお母さんの助けが大きいんだけど。ユウキもなるか? ケーキ屋」
「うーん、分からない。でもケーキは美味しい。ありがとう!」
「ユリもケーキ屋さんになるぅ!」
2つの家庭は、こうして幸せな日々を過ごしていました。そして、桜舞い散る4月6日、かつて赤ちゃんだった2人は、小学校に入学しました。お台場小学校に入学したマー君は、野球を始め、めきめきと力をつけていきます。野球が本当に好きになったのでしょう、低学年の小さいころから毎日、お父さんと一緒に頑張って努力していました。田町小学校に入学したユウキ君は、近所の友達とよく遊び、そして少し学びの日々。時々みんなを家に連れてくるので、お父さんお母さんはホールケーキを切って皆に食べさせてあげていました。
けれども、2つの家庭はともに、段々と少し首をかしげるようになりました。田中さん家のお父さんお母さんは2人ともすごく身体が大きいのです。でもマー君はなかなか大きくなりません。けれど弟のモッ君は4年生なのに既に6年生のマー君の背丈を大きく超えていました。
「マー君、やっぱり突然変異かな?」
「小さいけどマーは、野球がずば抜けて上手くなった。あれで体格がついてこれば、相当な選手になれるんだがなぁ。だけど正直、顔も俺たちのどちらにも似ていない。モッ君は俺に似てるのに。……まさか、お前、誰か別の人の子じゃないだろうな?」
「やめてよ! 絶対ないし!」
「まあ良い、もう少し待とう。来年から中学生だ。中学になったら伸びるだろう、マーの身長も」
一方、同じく6年生のユウキ君は身長170センチ。家族の他の3人は皆、小柄なので、こちらも田中さん家と同じ様に、段々と少し不思議に思いながらも暮らしていました。それでも、ユウキ君が時々、お父さんとお母さんと一緒にケーキを作ってくれるので、妹のユリちゃんも家に時々友達を呼んできて、皆と一緒にケーキをほおばっていました。ユリちゃんはケーキもお兄ちゃんも大好きなのでした。
マー君は中学生になり、お台場クラブという有名クラブチームで、本格的に野球に取り組み始めました。そこは、硬式のボールを使い、プロ野球と同じ条件でプレイするのです。クラブでマー君は頑張りました。しかし、残念ながら一向に身体は大きくなりません。マー君は大きくなろうと沢山ご飯を食べようとするのですが、クラブの他の皆と比べると、やはり少し少ないのです。どんなに頑張ってもマー君は、そんなに沢山ご飯を食べることができませんでした。けれども、身体の小さいマー君は、走るのが速く、素早しこくて盗塁王です。ホームランは打てなくてもコツコツ当てて単打を量産しますし、バントや小技も上手く選球眼も抜群で、打率、出塁率ともにナンバー1。内野の守備につけば、素早い動きに確実なグラブさばき、送球もピカイチで、大事な場面ピンチな場面などでの守備判断も抜きんでて確実。走攻守全てセンス抜群の選手になっていました。毎日の努力の賜物でしょう。そんなマー君ですから、中学2年で既に、高校野球の有名校からいくつかの誘いの手が伸びてきていました。中でも特に、名門中の名門である大阪淀川高校からの誘いが来たのには家族もチームの皆も驚きました。できれば今度の春には監督が、東京にマー君を見に行きたい、とのことでした。マー君は、飛び上がって喜びました。マー君中学2年の秋のことでした。
その大阪淀川高校からは、早々とマー君の健康診断受診を求められました。筋力や持久力等も含めて事前調査したいとのことでした。何とこの健康診断が、大きな問題を明るみに出していったのです。
(えっ、O型?)
診断結果の第一報は、『血液などについて、さらに要検査』と、ありました。しかし、その事の前にお父さんには大きな疑問が立ちはだかりました。翌日、再検査の申し込みを兼ねて、お父さんが病院を再び訪問、その疑問を先生に相談しました。すると、やはり驚いたことに、マー君とお父さんお母さんには血のつながりがないことが発覚したのです。田中さん家はお父さんお母さん共にAB型、O型のマー君が産まれてくるはずはないというのです。がく然としたお父さんは、その日は夢遊病者の様になりながら家にたどりつきました。その晩、お父さんは、誰とも口をききませんでした。
「今日は疲れた。寝る」
「私たち、どうしたら良いの……」
翌日、再び連絡を受けてお父さんが病院に出向きました。病院は、血液型による親子不一致の件について調査してくれていました。まずもって、マー君の誕生日に注目したのです。14年前の4月1日。大地震のあの日、まさか、赤ちゃん取り違えが起きなかっただろうか、と。その日の記録を調べると、マー君と同時刻にもう1件の分娩が行われていたと記録がありました。早速今朝、病院からお忍びでそのもう1件のお宅に調査に出向いたところ、その玄関先で中学生と思われる身長の相当高いお子さんに出くわしたそうです。その時、咄嗟にスマホで写した彼の動画……。その動画を見たお父さんは仰天しました。
(正しく高校時代の俺じゃないか……)
お父さんは早速お母さんと連絡をとり、そのお宅に向かいました。こうしたケースはデリケートな面が多々あり、本来ならば互いの顔を合わせる様なことは回避されましょう。しかし、病院側も過去の取り違えの事実がほぼ確実と思われたので、申し訳なさもあって、今回は両親の訪問を認めたのでしょう。ただし、まずは一目みるだけで穏便に、と。
『洋菓子サイトー』
商店街にある洋菓子店で、待っているお父さんの席にお母さんが向かい合って着席ました。
「あれが、本当のマー君?」
「そう。現在の名前は斉藤ユウキ君。俺にそっくりだろ」
「あの大地震のどさくさで、赤ちゃん取り違え? 思い出した。そういえば、あの日、私のすぐ後に隣室で…」
「斉藤ユウキ君、本当の田中マー君、現在、中3の4月、身長180センチ超」
「あなた、何考えてるの?」
田中さん家では、お父さんお母さんが非常に困惑してしまいました。やがて、再検査の結果が出たという事で、再びお父さんが病院に呼ばれました。
「結論から申しますと、現在の息子さんのマー君は、白血病です」
「……」
「病状は本当にごく初期ですので、骨髄移植で寛解の可能性も高いと思います。それから、幸運にもマー君に適合するドナーが既に見つかっています。それが実は、適合するドナーは、マー君の実の妹さんと思われます。先日のケーキ屋さんの娘さんです。田中さんご夫妻お2人の実のお子さんである、現在の氏名が斉藤ユウキ君の妹さんである斉藤ユリさんです」
田中さん家のお父さんとお母さんは、ますます困惑してしまいました。2人の現在の息子であるマー君は、野球が上手く、名門校からスカウトされている。しかし、マー君は2人の実の息子でないことが分かる。それは赤ちゃんの時に取り違えがあり、その事は、もう一方の斉藤ユウキ君の存在確認により、血液型と姿かたちで誰が見ても確定的でした。更にマー君は白血病と診断され、その骨髄移植にかかる適合ドナーは斉藤ユウキ君の妹の斉藤ユリさん。そのユリさんは身体的にはマー君の実の妹で……。
「あれこれ考えることはない。まずはマーの白血病だ」
お父さんは病院にお願いして、マー君の白血病治療を進めてもらいました。幸い、適合ドナー斉藤ユリさんの快諾もあり、2月には骨髄移植が行われました。手術は成功。マー君もドナー斉藤ユリさんも無事に新しい日々を暮らし始めました。そして、この1件で、斉藤さん家にも14年前の赤ちゃん取り違えの事実が知らされることなり、それからは両家ともに、悩むこととなりました。斉藤さん家はお父さんがA型、お母さんがO型、B型のユウキ君が産まれてくるはずはなかったのです。
「それにしてもユリは勇気があったね。本当に移植を引き受けるなんて」
「やっぱり、移植の相手が実の兄貴だという事実は大きかったんじゃないかな。ユリの本音までは分からないけど」
「本人にも分からないかもね。でも、家のユウキと田中さん家のマー君、これからどうなるの? どうしたら良いの?」
「……」
斎藤さん家の悩みが日に日に増し始めていたころ、田中さん家のお父さんは意を決して大阪に電話しました。東谷監督に、マー君に関するこれまでの経緯を説明しました。監督はしばらく黙ってお父さんの話を聞いておりました。
「……。そうですか。つまり、田中マー君は、田中さんご両親の実のお子さんではない。実のお子さんは斉藤ユウキ君であると。そして、野球における努力とセンス抜群のマー君は身長158センチ、野球を全く知らないユウキ君は身長180センチ超。斉藤ユウキ君の実のご両親である田中ご夫妻は体格・スポーツ実績を共にお持ちでと、こういうことですか」
監督は、マー君の移植手術後をも気遣い、ともかく4月に上京するので、その時に是非とも、マー君とユウキ君を見せていただけませんか、とお父さんに伝えました。後日、お父さんは斉藤さん家に連絡し、春を待つことになりました。
「回れ、回れ!……」
「セーフ!」
「イエーイ!」
3塁コーチボックスからの大声で2塁ランナーが激走して本塁へ。間一髪の『セーフ』でお台場クラブがサヨナラ勝ち。お台場ナインと保護者応援団は大喜びです。
4月1日、お台場グランドではお台場クラブが都大会優勝を決めました。3塁コーチの絶妙な判断が最終的なカギとなり、勝利を手中にしたのです。その3塁コーチは田中マー君でした。移植手術後の田中マー君は、まだ選手としてグランドに立つことはできません。でも、ランナーコーチとして、チームに貢献することはできるのでした。マー君も皆の輪の中で大喜びでした。マー君14才の誕生日でした。
「大阪淀川高校の東谷です。はじめまして」
にわかにグランド内が騒がしくなりました。いつの間にかネット裏から東谷監督が出てきてマー君に近づいて来たのです。何度かテレビで見たことのある大きな顔と大きな体でした。淀川高校は甲子園で何度も優勝しています。彼の顔は、野球ファンでなくともある程度は知られている有名なお顔でしょう。その大きなお顔が今、マー君たちの目の前に居るのです。マー君たちは、大興奮です。マー君は、東谷監督に『できれば大阪淀川高校に来てほしい、皆と一緒に甲子園で全国制覇を目指さないか』そう誘われました。
その夜、田中さん家に東谷監督から電話が入り、お父さんが対応しました。
「ですが、息子は移植手術で……。えっ? そんな事が……、一応、検討してみます」
東谷監督の話は驚くべき内容でした。監督は今日、斉藤ユウキ君にも会って来て、その体格に一目ぼれしたのです。彼は今は野球は知らないが、大選手になる可能性を大きく秘めている、是非とも大阪に来てほしいと思い、それを彼にも伝えたそうです。しかし彼は全く興味を示さなかった挙句、自分の大きな体格には嫌悪感さへ抱いているようだったのです。ケーキ工作にはむしろ邪魔だとまで。そこで監督は……。
「実は、私の知人で浪速大学に財全准教授という外科医が居られまして、この先生が……」
心身分離。まだ試験段階とはいえ、彼が心と身体を分離する手術に成功したというのです。そして、今度は、その分離した心と身体を2人の人間で交換する手術に挑戦したいというのです。財全准教授は確実に自身があると言います。自分は絶対失敗しないから、試験第1号手術をマー君とユウキ君で行わせてもらえないか、と。監督も怯みました。その挑戦は大きな賭けを伴いますから。もし失敗したら大変なことです。しかし、移植手術後のマー君、現在の小柄なマー君には限界もありましょう。でも、この現在のマー君の心にユウキ君の身体を被せたならば……田中さん、いかが思われます? と。
「当事者および関係者には多大な不安などがありましょう。他人の身で恐縮ながら、私はこう考えました」
監督が話を続けました。いわく、2人の身体を交換するが、事は極力、伏せて行うというものです。まず、この1年間、2人が中学3年生の間は、2人の心身はそのままです。ただし、2人には共に体力づくりを行ってもらう。これは、身体を交換した後の事を考えて必須事項です。そのうえで2人には来年の4月から大阪淀川高校に来てもらう約束をします。
「淀川高校にはパティシエ科を新設することで学校は既にお願いしました。そして、2人の身体の交換は来年の4月1日、2人の15才の誕生日、いかがでしょう。財全先生のスケジュールも仮おさえしていただきました。」
2人には上手く説明しましょう、マー君には移植手術後の経過手術という説明でOKでしょう。ユウキ君には少し難しいですが、少し身体の発育を抑える手術だ等と説明し、何とか受けてもらいたいです。晴れて交換手術成立ならば、田中マー君は大きな素晴らしい身体を獲得し、斉藤ユウキ君は発育おさえた小柄で器用な体を獲得します。
「つまり、2人には身体の交換については伏せておく、というのですか?」
「そういう事になります。気づかれてしまうかもしれませんが。実際に交換手術の事実を知るのは田中さんご両親、斉藤さんご両親、財全准教授と私、東谷だけ、ということになります」
監督は更に話を続けた。野球センスと体格抜群のニュー田中マー君といえども身体はまだ野球に馴染んでいないので、選手デビューには時間もかかるでしょう。高3の夏に照準を合わせましょう。ですから、2年間は彼は全国の目には現れません。ご両親も東京と大阪の連絡やり取りはメールのみ、でいかがでしょう。心や考え方、過去の記憶などは以前のマー君のままなのですから。斉藤さん家も同様でお願いしたいところです。
(……まさか、意外にも上手くいってしまうのか? 突然身体が入れ替わる多少の違和感はあるだろうが、交換後、向こう2年間は親子間でも姿も顔も合わせない、か。以前のままの考え方や心、記憶のままで連絡を取り合い、2年後には遺伝上の身体でお互い対面する…)
田中さん家と斉藤さん家は相談の結果、もやもや感は残るものの、身体の交換に同意しました。斉藤さん家にとっても、将来的に遺伝上の身体が戻り、パティシエ修業も可能なことから、清水から飛び降りる気持ちで同意されたのでしょう。ただし、妹のユリさんだけには真実を伝える事にしました。彼女の骨髄は小柄なマー君に移植されています。部分的とはいえ彼女の身体も濃密な関係者なのですから。
「えっ? そんな事があるの? 凄い! お兄ちゃんたちに知らせないのは正解だと思う。その現実に絶対耐えられないと思う」
「ユリは本当に強いね」
(本当に良い子に育ったものだ)
大阪での寮生活に対する不安や、皆との別れの悲しさで、それぞれの卒業式で大泣きした2人でした。そして4月1日、15才の誕生日に大阪で手術が行われました。手術後、田中マー君は大きな身体を獲得し、斉藤ユウキ君は小さく器用な体になりました。その後、淀川高校に入学した2人。マー君は野球を基礎体力から、ユウキ君は洋菓子作りを基礎から、丹念に頑張りました。2人は互いに遠く大阪で寮生活、はた目には特に大きな問題は発生しませんでした。しかし……。
中学時代にマー君と仲の良かった真由美がマー君に電話してきました。
「卒業以来、会えてないけど、いつか会える?」
「夏休みかな。いや、甲子園に出てたら無理かも」
「わかった。甲子園に出たら、応援に行くね」
「了解ヨロシク!」
元気そうなマー君の声を聞いて、真由美は安心しました。少し変な声の様にも感じましたが、妙な大阪弁のせいかもと、深い追及はしませんでした。その夏、淀川高校は甲子園に出場しましたが、マー君の姿はテレビには映りませんでした。次の年も映りませんでした。その間、真由美も家族もマー君とは基本的にはメールのみのやりとりで実際に会う事はありませんでした。斉藤さん家も同じでした。その他の関係者も皆、マー君、ユウキ君は大阪で頑張っているものと、何の疑問も持たずに過ごしていました。次の年、高3の夏、淀川高校の4番のエースとして田中マー君が出場しました。昔のマー君を知っている人たちは皆(マー君、大きくなったなあ)(いよいよお父さんにも似て来たぞ)(インタビューの声も正にお父さんだ)等々と口にしていましたが、
(あれがマー君? やっぱりどこか変。でも、話の内容はマーだしなぁ)
と、真由美には少し違和感がありました。一方、小柄な斉藤ユウキ君も全国デビュー。高校野球に比べれば極めて地味ですが、全国高校生パティシエ選手権で見事優勝。翌年からのフランス留学の権利を勝ち取りました。こちらも以前の関係者の目に触れたのは3年ぶりで、一般にはごく普通に受け入れられました。新聞の写真やテレビの映像に映るユウキ君は、確かに小柄ですが、頭の上には白い大きな帽子があるので意外にも小柄にまでは見えません。ですが、実際は小柄なのですから洋菓子工作には器用に動き回りやすいのでしょう。以前のユウキ君に比べると格段に手際が良くなっている様子でした。
(さすが、お兄ちゃんの熱い洋菓子心に元マー君の抜群の行動センスが加わった結果だよ。今度早速食べさせてもらわなきゃ!)
大阪淀川高校の4番でエース、大柄な田中マー君は、高3の夏に甲子園で優勝。プロ野球でも大活躍し、見事にアメリカ・メジャーリグの中心選手にまで成りあがりました。周囲は、彼の人生に何も疑いを持ち得ませんでした。
一方、小柄な斉藤ユウキ君もパリ留学で洋菓子の達人に。海外に長い年月いたので、日本の彼の周囲の記憶も少々曖昧になっていきました。それに、ご両親も妹のユリちゃんもみんな小柄なのです。現在の姿の方がかえって自然に見えました。しかし……
(高校時代はまんまと騙されて、そのまま私が何年放置されたと思ってるの! 今に見てなさい)
真由美は高校時代から常に、大柄な田中マー君の事を疑いながら過ごしてきていました。挙句の果てに何年も通信だけマー君にかわされ、いなされ。日々日々恨みを雪だるま式に巨大化してきた彼女はとうとう、東谷監督から2人の身体の交換について聞き出してしまいました。そして彼女は企みました。
4月1日、2人の30才の誕生日の日がやってきました。
「先生、よろしくお願いします」
「残念だね、本当に、良い?」
「はい。交換お願いします。真由美に約束されちゃいましたから」
「私としてもマー君がもう少しメジャーで稼いでから大きく回収しようと思っていたんだが。ユウキ君もOK?」
「はい、元々大柄だったんですから。今後もアメリカでなら、何とかなりますよ」
2人は頷いて、手術が始まりました。手術は無事に成功しました。
「名前はどうする?」
「身体を軸に、田中マー、斎藤ユウキのままでどお?」
「俺も、それが良いと思う」
2人の決断はつまり、今回の交換で……。高校入学前の大柄な斉藤ユウキ君が15年を経て今、心身共に大柄な田中マー君に、同じく高校入学前の小柄な田中マー君が15年を経て心身ともに小柄な斉藤ユウキ君に、それぞれが成ることでした。そして、それぞれの家系を継いでいくことでした。それは、赤ちゃん取り違えが無かった状態に正しく戻った事を意味します。生後15年間の意識記憶だけは取り違え時代のままですが。この事は、真由美から切り出され、2人とユリちゃんだけで決めました。ユリは、昔のマー君で現在のユウキ君の身体に骨髄を提供していますから、身体の部分所有者として相談が必要だと、2人も考えましたから。その他の人には一切、相談していません。ご両親は何も知らされていません。
「第3者目線では、私が一番得したかも。やっぱりお兄ちゃんのケーキが一番好きだし!」
ユリちゃんは子どものころから好きだった大柄なお兄さんと結ばれ、田中ユリになりました。大柄の田中マー君は現在、ロサンゼルスのケーキ店で腕を振るっています。野球に全く興味はありませんから。
小柄な斎藤ユウキ君は、『洋菓子サイト―』を継いでいます。斉藤さん家はご両親と同居ですが、結構うまくやっています。現在のユウキ君は何たって器用なのですから。大好きな野球も忘れてはいません。地元の小さな子供たちを集めて初歩の野球チームも運営しています。そして、真由美との結婚は、すぐ間近に迫っているそうでした。
<おわり>
文字数:9787




