鳥取空港ターンテーブル史

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梗 概

鳥取空港ターンテーブル史

Day1~

鳥取空港・到着ターミナル。荷物受取のターンテーブルが回っている。だが羽田からの乗客の荷物は出ず、代わりに異国風の古びた鞄が出てくる。それを機に様々な謎の荷物が次々出現。ソ連のタグがついた荷物もあった。
空港職員は調査する。職員側のゲートからは入れてないのに、乗客側からは謎の荷物が溢れ出る。テーブルを止めたり中を観察していると出てこない。
調べるうち、どれも世界中の空港で、過去に完全に所在を失ったロストバゲージと判明。出てくる順は不明だが歴史的に貴重な荷物もあり、テーブルは止められなくなった。
周囲は封鎖。職員は休まず流れる荷物を降ろしては運ぶ。重労働に憔悴する中、青春だったバンドのギターケースが流れてくる。

Day20~

職員が荷物を盗んだと発覚し非難殺到。封鎖は解かれテーブルは24時間衆人監視される。かつて原因不明のロストバゲージをした人々が世界中から鳥取に押し寄せる。持ち主を偽る人も現れ大混乱。絶対に回収したい人々はゲート前で暮らし始める。グループを作り交代で番をする。
初期からの最前列は老婆と中年の男。老婆の方のスーツケースがついに流れてくる。中は白骨遺体。昔、旅先で恋に落ちた相手のもので、現地許可が降りず密かに持ち帰ろうとしロストしたと語る。安堵した老婆は警察に連行される。大騒ぎになるがテーブルは止められない。

Day200~

荷物の順番はまだ謎。荷物がブックメーカーの賭け対象になり予想が加熱、荷物の出自特定が進み、ついにある学者が法則を発見。
法則は標高にあった。荷物のロストされた空港をマッピングすると、低い場所から順に標高が上がっていたのだ。所在(座標)を失った荷物が、標高という座標の一軸で再配列されると捉えた学者は、荷物を「座標喪失物」と名付ける。
メキシコの麻薬にエチオピアの珈琲豆。標高は上がり、最高度のチベットの空港で紛失した経典が出てくる。これで終わりと学者は高らかに宣言。
しかし荷物はまだ現れる。高度1万mの飛行中に消えた便の遺留品だった。対象は空港だけではなかったのだ。重力を逃れ空へと送り出され、届かなかったものたちが流れついていた。
畏怖した学者は心変わりし、賭けで得た大金でテーブルと荷物を永久保全する団体を設立。

Day2000~

座標は地球を離れる。ロケットがISSに届けられなかった贈り物を最後に、荷物は途切れる。やがて世間の関心は風化し、回り続ける空のテーブルと巨大な保管施設だけが残る。だが最前列の男は家族にも見放されても待ち続ける。
20年後。
爆発音と振動。ゲートが破裂し巨大な金属塊が現れる。昔打ち上げられたがロストした無人探査機だった。木星圏のサンプルを採取して地球に帰還するはずが、若手技術者だった男の書いたエラーコードのせいで周回軌道を外れ、深宇宙へ消えてしまったのだ。
おかえり、と呟く老いた男。壊れたテーブルからは、もう何も流れてこない。

文字数:1199

内容に関するアピール

空港での荷物受け取りは不安になる。自分の荷物だけ出てこない気がする(出てこないこともある)。一方で他の荷物たちを見て、中身や持ち主を想像するのは楽しい。

本作ではそんなとある空港のターンテーブルから、世界中の過去のロストバゲージが流れてくる現象が発生し、人々が翻弄される様子を描く。
語り手はこのテーブルの歴史を記録した第三者で、現象の開始から終結まで、スケールが拡大していく事態を時系列で記す。
書き振りはノンフィクション調を想定。第三者の視点は職員・老婆・学者・男の4人に順に寄っていく(最後の男だけが全編通じて背景に存在し、終盤で前景に出てくる構成)。

なお作中の荷物の総数については、過去のロストバゲージの中でも「最後まで乗客に戻ってこず、かつ管理側も完全紛失したもの」を計1000万個と推計。また鳥取の理由は小規模な地方空港であることと、砂丘の流転や荒涼といったイメージから。

文字数:389

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鳥取空港ターンテーブル史

Day1〜「空港職員」

事の起こりは、2035年3月14日とされている。

鳥取空港の到着ロビーでは、乗客たちが痺れをきらしていた。荷物が出てこないからだ。羽田からの便が到着して、すでに30分が経過していた。
2階建ての小さな空港には、荷物を受け取るためのターンテーブルが2つしかない。うち1つは稀にチャーター便に使われるだけで、普段は閉鎖されている。空港職員の景山光彦かげやまみつひこが手荷物受取所へ到着したときには、もう一つのテーブルが空のまま回り続けていた。
「港の市場って、17時までですよね?」
乗客の女性が、腕時計を見ながら話しかけてきた。そうですね、と景山が答えると、女性は大きなため息をついた。ため息と同時に、ターンテーブルの黒いゲートから、荷物がひとつ現れた。なんの前触れもなく、短冊状に垂れ下がったゴムが持ち上がり、中から古びた鞄が出てきたのだった。
茶色の模造革が剥がれ、いまにも崩れそうな鞄だった。鞄は直線からUの字を描き、また直線へ。上から見れば「Ω」の形をしたターンテーブルを、ゆっくりと移動していった。
乗客たちは、鞄の移動をただ視線で追っていた。出口のゲートに吸い込まれてしまう前に、景山は鞄を回収することにした。持ち上げた瞬間、錆びた取っ手が外れた。取っ手に挟まっていた、ラゲージタグがひらひらと舞った。タグにはアルファベットとも異なる、景山の知らない言語が書かれていた。景山はこのタグに、どこか違和感を覚えた。
違和感の正体を考えていると、乗客の声がした。ターンテーブルから、また別の荷物が現れたのだ。今度はすす汚れたボストンバッグだった。そこからぽつり、ぽつりと荷物が出てくるようになった。スーツケースやバックパック、段ボール。一様に古く、一様に異国風で、どれも乗客の荷物ではなかった。
景山は親指の爪をきつく噛んだ。20年間働いてきて、初めての事態だった。到着ロビーを安定稼働させることが、彼の務めである。景山は汗だくになりながら、荷物を降ろし始めた。荷物の出る速度が上がってきて、じきに手に負えなくなった。
景山は頭を掻きむしり、職員用の扉を解錠して、裏側のソーティングエリアへと移動した。飛行機から降ろされた荷物は、航空会社の地上スタッフによってトラックで運ばれ、ここでターンテーブルへと流される。しかし景山が見たのは荷下ろしをするスタッフではなく、到着したばかりのトラックだった。
「いま、着いたんですか?」
景山はうわずった声で尋ねた。
「貨物室で点検があって。遅れたんです」
航空会社の若いスタッフが、トラックを降りながら答えた。点検って?と聞き返す景山を無視して、荷台を切り離していく。関係ないだろう、と言われた気分だったが、現に関係はなかった。ここは航空会社の管轄なのだ。だが到着ロビーで起きている異常を、野放しにはできない。
「荷物がもう、流れてるんです。知らない荷物なんですけど。たくさん流れていて」
若者が露骨に怪訝な顔をしたので、たまらず景山はターンテーブルのゲートに近づき、カーテンを持ち上げた。ゲートの狭い視界から、向こう側に流れる荷物が確認できた。
「誰かが流したんでしょうか。その、つまりミスとかで」
「この空港に、ミスが起きるほどの便がありますか」
鼻で笑った若者は正しかった。鳥取空港に到着する飛行機は、一日たった5便。別の便の貨物が混じることは考えられない。ではあの荷物たちは、一体どこからきたのか。
景山はまた頭を掻きむしり、ターンテーブルの上に乗って正座した。ちょっと!と若者の声が聞こえたときには、すでに景山はゲートを通過し、工場から出荷される人形みたいにテーブルを流れていた。乗客の視線を感じながら、正座の景山は考えた。ゲートの内部におかしなところはない。ソーティングエリアでも、まだ荷物は降ろされていない。だとしたら、この荷物たちはどうやって湧き出しているのだろう。
そこまで考えたところで、後方に気配を感じた。振り返ると黒のキャリーケースに、橙のサムソナイト、銀のアタッシュケース。景山のあとに続くように、荷物たちが30cmほどの間隔をあけて、ゲートから湧き出していた。

「テーブルを止めると、荷物は出てこん。ゲートの中を観察しとっても、やっぱり出てこん。そういうことだな?」
警官が言った。いつも空港の派出所にいる、景山より一回り年上の男だった。
「ええ。とりあえず、今は止めてあります」
航空会社の若者が答えると、警官は頷いた。
「これ以上、不審物が増えるのは勘弁してほしいわな」
警官はそう言って、ロビーに敷き詰められた荷物を見渡した。その数は100を超えていた。
「羽田からのお客さんは、もう帰んさった?」
「手渡しで対応しました。そんなに数はなかったんで」
「今後はそれでお願いしたい。しばらくここは、立ち入り禁止ってことで」
二人の会話に、あの、と景山が口を挟む。
「チャーター機のターンテーブルがあるので。そっちを開放しようかと思います」
「ああ、ありましたな」
警官はつまらなそうに言った。
「ほんなら」
そう続けて手を揉み、最初に現れた鞄へ手をつけた。持ち主が現れない以上、どれも遺失物として扱われる。荷主を特定するためにも、中身の確認が必要だと警官は言った。
鞄が開くと、つんとしたかびの匂いが漂ってきた。中には丁寧に畳まれた厚手のセーターが3枚。その下にはボロボロの革靴が、茶色の新聞紙に包まれていた。
「随分古いな」
変色した新聞紙をつまみあげて警官が言った。日付には1978年とある。
「キリル文字ですね」
新聞紙を見て、若者が指摘した。
「ロシア語圏で使われる文字です」
「あ、そういえば」
景山は思い出したように、さっきのラゲージタグをポケットから取り出した。
「これもキリル文字でしょうか」
「なんで早く出さんかった」
警官に咎められながら、くしゃくしゃに丸まったタグを広げる。若者がスマホで翻訳にかけると、「アエロフロート・ソビエト航空 CCCP」と出た。その瞬間、景山はこのタグに抱いた違和感に気づいた。
「RAじゃない」
「なに?」
警官が眉を顰めた。
「えっと、アエロフロートって、ロシアの航空会社なんですけど。本来の航空コードは、RAから始まるはずなんです。でもこのタグは、CCCPになっている。で、CCCPというのは、ソ連時代のコードなんです」
小学生の頃に読み耽った航空図鑑を思い出しながら、まくし立てるように話す。
「古いのは見たらわかる」
そう言って警官は次の荷物の検分にうつった。魚の缶詰、オランダ語の詩集、白黒の写真。片っ端から荷物を開けて、乱暴に中身を取り出していった。景山はまるで庭に踏み入れられるような気持ちがしたが、口出しできる立場にはなかった。しかし警官が深い紺色の封筒を開けようとしたとき、思わずその腕を掴んだ。
「外交行嚢です」
「なんだって?」
「外交文書です。DIPLOMATIC MAIL、と書かれている。空港の外交行嚢は、X線検査も拒否できるといいます。開けないほうがいいです」
「景山さん、詳しいですね。さすがベテラン」
航空会社の若者が、にやつきながら言った。
「お陰で手がかりができましたね。外交文書なら、その国の大使館にでも問い合わせればいい。赤い封蝋が、たぶん国章でしょう」
若者が言うと警官は鼻を鳴らし、封筒を鞄へ放り投げた。
「そんな大層なもんには見えんがな」
そう言いながら手を伸ばしたのは、擦り切れた銀色のアタッシュケースだった。
「不審物は不審物や」
バチンと留め金を外し、開いた中身に一同は絶句した。アタッシュケースの中には、巨大な宝石がいくつも散りばめられた、金色のティアラが鎮座していた。

ふたつの荷物の出自が判明したのは、現象発生から3日後のことだった。外交行嚢は1970年代、ある中南米の小国の大使館員が、うっかり預け荷物に入れてしまったものらしい。だが荷物は経由地のニューオリンズで紛失され、行方不明になってしまった。
さらに黄金のティアラは、20年前に中東の王族がバンコクを訪れた際、手荷物検査を避けるために預け、同じく紛失したものだという。つまりどちらも、空輸中になくなったロストバゲージだった。過去のロストバゲージがなぜか、なんの関係もない鳥取空港から現れたのだ。
荷物の出自がわかると、じきにターンテーブルの回転は再開された。空港は県が管理している。詳しい事情は明らかになっていないが、国際的にも貴重な遺失物が出てきたことで、なんらかの政治的圧力があったと見られている。

だが単なるいち職員 —— 正確には、委託先の非正規雇用者である景山には、政治的な事情など知るよしもなかった。立ち入り禁止となった手荷物受取所で、景山はひたすら荷物を降ろし続けた。降ろしても降ろしても、荷物はゲートから湧き出てきた。降ろし続けて20日が経った。
蛍光色のステッカーで埋まったスーツケースを持ち上げると、腰に電撃が走った。顔を歪ませながら床に降ろし、押して倉庫へと移動させる。倉庫から戻ってきた別の職員たち—— 名前も知らない臨時職員たちとバトンタッチし、彼らがまた荷物を降ろす。何十人もの職員たちが、倉庫とテーブルをぐるぐる回るように往復し続けた。
倉庫から先は警察の管轄だったから、運んだ荷物の中に、何が入っていたのかを知ることはできない。噂では亡命者のフィルムカメラやら、浸水したはずの聖遺物、はては金塊まで出てきたと聞いたが、景山は荷物の中身など、もうどうでもよくなっていた。テーブルが渋滞したり、二周目に入ったら、荷物が出てこなくなってしまうかもしれない。万一の事態を避けるため、滞りなく荷物を運び続けることを、上から厳しく命じられていた。
作業中、景山はたびたび視線を感じた。ガラス張りの手荷物受取所はブルーシートで覆われていたものの、シートには隙間があるし、報道陣が押し寄せているとも聞いた。あるとき、エルメスのキャリーバッグを押していた景山は、隙間から覗き込む視線と目があった。青い瞳が、じっと景山の動きを観察していた。景山は顔を伏せ、そのままエルメスを倉庫へ運んだ。
以前であれば、空港職員として「どうされたんですか」くらいの声はかけていただろう。そういった地道な積み重ねが、この場所を守り続けてきたのだ。だがいまの景山にできることといえば、誰のかもわからない荷物を降ろすことだけだった。テーブルから荷物を降ろせば降ろすほど、居場所が失われていくような感覚を覚えた。
全身の関節が痛んだ。連日の作業に、身体が悲鳴をあげていた。意識が朦朧としてきた。自分がなぜ荷物を降ろしているのか、段々わからなくなってきた。頭の中で、飛行機が離陸した。幼いころは、この空港の展望台に張りついたものだ。自分もいつか操縦桿を握って、空へと旅立つのだと信じていた。
霞みがかった視界の端から、ひとつの黒い鞄が流れてきた。一見、単なるビジネスバッグに見えるこの鞄のことを、景山は一目で見抜いた。パイロットのフライトケースだ。中には航空図や飛行マニュアルが入っているらしいが、実物を見るのは初めてだった。
気づけば景山は、フライトケースを大事に抱えていた。周囲を見渡すと、さきほどの視線は消えていた。景山はケースを抱えたまま、何かに導かれるようにして、ふらふらと歩き出した。そして倉庫へのルートを外れ、裏口から外へと出て行った。

 

Day20〜「遺失者」

空港職員・景山光彦による荷物の窃盗未遂は、ターンテーブル史における転換点と言える。当人は過労が考慮され、起訴猶予になったものの、空港を去ることとなった。ただ事態を動かしたのは、景山の処分そのものではない。
マスコミは県の管理体制を問題視した。世界中のロストバゲージを吐き出すターンテーブルから、今後どのような荷物が出てくるのかはわからない。せっかく戻ってきた歴史的な荷物が、もし再紛失されるとなれば、世界的な損失だという声が相次いだ。
そこで県は記者会見を実施。荷物の所有権や、管理の透明性について海外の記者から厳しい質問が飛び交ったあと、県知事は「そんなに心配なら、公開すればええ」と発言。その切り抜きが世界中に拡散されたことで、なし崩し的にターンテーブルの公開が決定したのだ。現場は365日24時間、ガラス越しに衆人監視されるほか、ネット上でもライブ中継されることとなった。
これにより、かつて荷物を紛失した遺失者のほか、野次馬や遺失者を名乗る詐欺師など、有象無象が鳥取へと押し寄せた。中でも熱狂的な人々は「テーブラー」と呼ばれ、日夜ターンテーブルの前に居座り続けたのだった。

最前列には、3人組のテーブラーが張りついていた。そのうちの一人である82歳の三宅紀子みやけのりこは、アメリカ人の中年男性に、淹れたての日本茶を振る舞っていた。隣ではイタリア人の若者が、寝袋に丸まっている。荷物を見逃さぬよう、3人はこうしてグループを組み、かわるがわる番をしているのだった。
「まるでカジノね」
紀子は英語で言い、お茶を啜った。荷物が出てくるたびに、叫び声や悲鳴、何語かもつかぬ罵り声が聞こえた。むかし旅先で訪れたマカオのカジノで、ルーレットが回るたびにあんな声を聞いた気がする。
「それで、あなたは何を待っているのかしら」
紀子はアメリカ人に尋ねたが、男は微笑しただけだった。男はテーブラーの中でも最古参という噂だ。それほどまでに何を待ち望んでいるのか、紀子は気にはなったものの、深くは追求しなかった。紀子もまた、自分の荷物を明かさずにいた。言葉にしてしまうと、二度と出てこないような気がしたのだ。それで最低限の外見情報だけを教え合って、代わる代わる荷物を見張っていた。
ひときわ大きな歓声が聞こえた。サリーに身を包んだ女性たちが、涙を流して叫んでいる。訛りの強い英語は聞き取りづらかったが、どうやら失くした花嫁衣装が出てきたみたいだ。女性たちは大騒ぎしながら、手荷物の申請へと向かった。
ここで過ごし始めて2週間が経って、こうして続々と持ち主が現れている。そのたびに紀子は胸を締め付けられるようだった。自分の荷物は、もう出てこないのではないか。かつてここよりもずっと大きな、成田空港の手荷物受取所で、呆然と立ち尽くした記憶が蘇ってくる。
“Piano piano, Mamma.”(気長に、気長に)
肩を叩かれた。寝袋から起き出してきた、イタリア人の若者だった。
「そのうち出てくるさ!」
歌うように言う。母国では音楽家をやっているらしい。
「甘いものはお好き?」
紀子は梨タルトを差し出した。空港のショップで買ったものだ。便の数は減ったようだが、いまも空港の運営は続いている。館内にはトイレもあればレストランもあり、外を少し歩けば温泉にも入れたから、生活には不便しなかった。
“Ottimo!”(最高!)
タルトにかぶりつきながら若者は言った。殺伐とした手荷物受取所で、彼らと組めたのは幸運だったと紀子は思う。若者は陽気に励ましてくれたし、アメリカ人の男は寡黙だったけど、いつも穏やかに笑っていた。何十年も一人暮らしを続けてきた紀子にとって、こうして誰かと過ごす時間は、寝心地の悪さを差し引いたとしても、案外悪いものではなかった。

紀子が空港に来てから30日目。荷物の移動を効率化すべく、ターンテーブルの出口に別の長いベルトコンベアが接続され、黒い直線が到着ロビーを横断した。職員たちはライン工場のように均等に配置され、黙々と荷下ろしを続けた。
紀子たちもこの場所を移動するよう、空港側に諭されたこともあったが、テーブルが公開されている以上、自分の荷物を待つ権利はあるはずだと主張すると、何も言われなくなった。窃盗事件以降、空港は世間の顔色を伺っているようだ。荷物の出てきたテーブラーが去ると、そのスペースにまた新たなテーブラーが入居し、顔ぶれは次々と入れ替わっていった。
43日目。グループで初めての卒業生が現れた。イタリア人の若者だった。真っ赤なギターケースが流れてくると、ブラボーブラボーと興奮状態で紀子にハグし、そのままカウンターへと駆けて行った。もし子どもがいたとしたら、家を出ていく時は、こんな気持ちなのだろうかと紀子は思った。二人では番の負担が増えるので、どこかのグループに合流しようかと提案してみたものの、アメリカ人の男は静かに首を振った。紀子としても、いまから新しい関係を作る気力は残っていなかったので、内心安堵したのだった。
男が夜番をし、朝になったら紀子がお茶を淹れ、男が小さく頭を下げる。そんな関係が続いた。たまに眠れない夜、紀子が薄目を開けると、男はいつも小声でぶつぶつと呟いていた。何かを計算しているようにも見えたが、その切実な様子を見るたびに、紀子は仲間意識を強めていった。
75日目。とある荷物の中から、ヘミングウェイの未発表の原稿が出てきたという噂が広まって、いっとき落ち着いていた野次馬たちがまた殺到した。空港側はついにテーブル見学に制限を設け、入場にはラゲージタグの控えが要求されるようになった。むかし失くした荷物の、タグを残している者はそう多くない。古参のテーブラーたちもふるいにかけられることとなったが、幸いにも紀子は、古いタグを肌身離さず持ち歩いていた。タグのないアメリカ人は危うく退去させられるところだったが、紀子の付き添いということで難を逃れた。

そうして紀子が鳥取空港に到着して、99日が経った日のこと。ついに彼女の荷物が現れた。大きなトランクと小さなリュック、どちらも深緑をした荷物たちが、満を持してゲートから登場したのだ。50年振りであっても、すぐに気づいた。全身の力が抜けて、紀子はその場にへたり込んだ。
「出てきたわ」
絞り出すような声で、アメリカ人に言った。男はにっこり笑って拍手をした。拍手はさざ波のように受取所全体に広がり、同志たちの祝福が彼女を包んだ。
「これ、あげます。あなた持ってないでしょう?」
立ち上がった紀子は、タグの控えを一枚、男に手渡した。
「私が必要な荷物は、片方だけだから」
男はすこし驚くような表情を見せたあと、胸に手を当て深くお辞儀した。拍手に後押しされながら、紀子は手荷物受取所をあとにする。長く伸びたターンテーブルに沿って歩き、天井まで積み上げられた荷物の脇から、空港の外へと出ていった。滑走路の一角に、大きな仮設倉庫が設営されていた。受付でタグを見せ、書類手続きを済ませると、大きなトランクが運ばれてきた。
「最後の確認として、中身を拝見します」
紀子はどうぞ、と手を広げる。職員がトランクを開けると、異臭が漂ってきた。トランクから出てきたのは、何枚もの衣服にくるまれた幾つかの骨董品。そしてそれらに紛れるようにして、人間の頭蓋骨が眠っていた。
「若い時分、エジプトに住んでたんです」
呆気に取られる職員たちの前で、紀子は語り始めた。
「そこで知り合った男の人がいてね。黒い瞳が、とっても綺麗な人だった。日系人だったの。自分には家族がいないから、ルーツへ帰りたい、っていつも言ってた」
職員が無線で連絡を取り始めた。紀子は構わず昔話を続ける。
「一緒に暮らしはじめて何年か経ったころ、彼、事故に遭っちゃって。病院へ駆けつけたときには、もう遅かった」
言葉を探すように、天井を見上げた。
「お医者さんから聞いたの。最期に、私の名前を呼んでたって。日本に帰りたいって、繰り返してたって」
サイレンの音が聞こえる。ドタドタと、大勢が駆けつけてくる。
「でも現地の許可が降りなかった。無縁墓地の、土の下に埋めるしかないって聞いて、それなら私が持ち帰ろうと思ったの。日本にさえ着ければ、私はどうなったって構わない。手荷物検査を避ければ、もしかして、と思って」
紀子はそう言って頭蓋骨に手を当てた。眼窩が黒く窪んでいた。痩せこけた手で、まぶたを閉じるように、上から下へとゆっくり撫でた。そのあと抵抗することもなく、警察に連れて行かれた。

 

Day200〜「地理学者」

三宅紀子の事件は、当時センセーショナルに報道された。この事例が浮かび上がらせたのは、ターンテーブルの内在する危険性というよりも、むしろその危険を犯しても —— たとえ白骨遺体が出てきたとしても、テーブルを止めることはできないという事実だった。すでにあまりに多くの荷物が出てきていたし、それらはあまりに複雑な利害で絡み合っていた。
目下の問題は、荷物の順番を予測できないことにあった。現象発生から200日が経ち、荷物の総計は500万個に迫ろうとしていたが、次に何が出てくるのかは依然として不明だった。あらゆる分野の専門家たちが解読を試みたものの、徒労に終わっていた。増殖を続ける荷物の置き場がなくなるのも、時間の問題だった。
そこで警察は、荷物の中身を公開する手に打って出た。蓋を開ければ、ズールー族のビーズ細工にパルテノン神殿のレプリカ、世界陸上の銅メダル。バラエティに富んだ中身が改めて明らかになると、世間の関心は再び盛り上がり、遺失者による申請が続出した。
これにより、荷主特定は格段に効率が上がったが、テーブルから吐き出される荷物の数に対しては、依然として焼け石に水であった。荷物の勢いは全盛期よりも衰え、等間隔ではなくなっていたものの、いまだ平均すれば15秒に1度は出現し、日換算で6000個にものぼっていた。それに伴ってターンテーブルの増設が続き、まるで空港を内側から食い破るように、テーブルが滑走路をうねうねと伸びていった。

“Black, Small, Case! Come on!”(黒、小、スーツケースだ!こい!)
この時期に空港へ訪れたら、こんな叫び声が聞こえたことだろう。絶え間ない荷物の奔流を、どんな研究機関よりもうまく活用したのは、イギリスのブックメーカーだった。彼らはターンテーブルのライブ中継を利用して、荷物を賭けの対象としたのだ。
荷物の色や形状を指定し、オンラインでベットする。24時間365日、15秒に1度の高頻度で賭けられるテーブルベッティングは、かつてない人気を博した。一般人から大富豪まで、世界中のギャンブラーたちがしのぎを削り、あらゆる手段で荷物を予測した。そうして熱狂が加熱した結果、ついに3000万ポンドもの大金を稼ぐ女性が現れる。
アデニケ・アデイェミは、ケンブリッジ大学で空間情報学を研究するナイジェリア人だった。驚くべきことに、彼女は荷物の法則を発見したと主張した。
“It was the altitude.”(標高だったのだ)
いまなお残る名言は、記者会見でアデニケが発した一言目だ。
彼女が着目したのは、荷物の中身や年代ではなく、ロストした場所だった。荷物の預け入れ空港や経由地を調べ上げ、ロスト地点を地図上にマッピングした。以前よりも荷主の特定が進んでいたことが、彼女の調査を大いに助けた。
最初にターンテーブルに現れた鞄は、カザフスタンのアティラウ国際空港 —— 世界で最も標高の低い空港のひとつでロストした荷物だった。そこからオランダのロッテルダム・ハーグ空港、同じくオランダのスキポール空港。それからアメリカのニューオリンズ空港、バンコクのスワンナプーム空港、イタリアのヴェネツィア空港へと、標高は徐々に上がっていた。これにより次の空港を予測したアデニケは、遺失物の申請リストと突合し、期待値の高い外観に細かく賭け続けることで、数週間かけて荒稼ぎしたのだった。
さらに今回の現象について、アデニケはこう例えた。
「Excelの列をソートするようなものです」
彼女は紛失した荷物 —— つまり座標を失った荷物たちが、ターンテーブルによって、標高という座標の一軸で並べ直されているのだと考えたのだ。この仮説をもとに、アデニケはテーブルが吐き出す荷物を「座標喪失物」と名付け、残る座標喪失物は100万個程度だと予測した。
「事態はまもなく着陸するでしょう」
時の人となったアデニケは、すらりとした脚を組みながら、テレビの取材にこう答えた。現在の標高は1000メートルを越えようとしており、すでに大半の空港がカバーされている。空港間の標高差と、出現する荷物の間隔にも関係があると分析した彼女は、およそ150日で現象が終結すると予測した。
標高1341メートル。ネパール・カトマンズ空港で紛失したトレッキング用ザック。
標高1684メートル。ケニア・ナイロビ空港で紛失したNGOの医療キット。
荷物は彼女の予言通りに、標高を上げながら現れ続けた。事態の終息が見えたことで、混乱は徐々に収まっていった。のちにアデニケはその功績を讃えられ、英国王立地理学会からゴールドメダルを授与されている。

標高2355メートル。エチオピアのアディスアベバ・ボレ空港で紛失した、コーヒー豆の入った麻袋。
標高3939メートル。ボリビアのポトシ空港で紛失した、聖母マリア像(内部にコカインが隠されていた)。
そして現象発生から500日目、アデニケは初めて鳥取空港へと降り立つ。現象の終結に立ち会うためである。空港は報道陣でごった返していたが、アデニケはそこに、ラゲージタグを握り締めた、ひとりの男の姿を認めた。空港職員によると、初期から居座っているアメリカ人だという。
「あなたが荷物を無くした場所は、中国でしょう?」
よく通る声でアデニケは尋ねた。男は微笑を携えたまま首を横に振った。そして天井を仰ぎ、そのまま黙ってしまった。アデニケは腕を組んだ。
「だとしたら、残念だけどもう出てこない。あるいは、もう出てきたのかもしれない。倉庫に行ってみては?」
男は反応しない。上を向いたまま、薄汚れた作業着にくっついた、錆びたピンバッジを指で弄んでいた。狂ってしまったのだろう、とアデニケは思った。きっと狂いでもしなければ、折り合いをつけられなかったのだ。
「来ました!」
職員が興奮気味に声を張り上げた。しばらく音沙汰のなかったターンテーブルから、数日ぶりに荷物が再開したのだ。世界で最も標高の高い、四川省・稲城亜丁空港のロストバゲージたちだった。いくつかの鞄が流れたあと、最後にヤクの革袋が現れて荷物は終わった。煤汚れた革袋に入っていたのは、チベット仏教の経典だった。
“Sorted.”(ソート完了)
経典を掲げ、アデニケは高らかに宣言した。カメラのフラッシュが一斉にたかれ、彼女を照らした。それは500日間続いた、未曾有の現象の終了宣言だった。
アデニケは取材対応もそこそこに、学会に出席するべく、そのままロンドン行きのチャーター機に乗り込んだ。倉庫とテーブルに押しやられ、半分の面積になった滑走路を、飛行機が唸りをあげて飛び立っていった。

しかしアデニケは、翌週には鳥取へ戻ってくることとなる。彼女の宣言に反して、荷物が再び現れ始めたからだ。
キャリーケースにバックパック。骨や麻薬に比べれば、なんの変哲もない、つまらない荷物たちに、アデニケは激しく動揺していた。ターンテーブルは、すべてのロストバゲージを吐き出したはずだ。だとしたらこの荷物たちは一体、どこで紛失したものなのか? 地面が揺らぐような感覚を覚え、アデニケは思わずよろめいた。アメリカ人の男がその肩を支えた。男はいまだ空港に滞在していたのだった。アデニケは反射的に男の手を振り払った。ターンテーブルもこの男も、この空港も、全てが得体の知れない存在に感じられた。
アデニケが慄いている間に、再開した荷物の出自はすぐに判明した。荷物の中に、免許証の入った財布が含まれていたからだ。荷物はヨハネスブルグ発204便 —— 20年前、高度1万メートルの上空で失踪した航空機の遺留品だった。
そのことを知らされたアデニケは、たまらず空港を飛び出した。茂みにうずくまり、身体をくの字に折り曲げて嘔吐した。突き刺すような真夏の日差しの下で、震えが止まらなかった。
胃が空っぽになるまで吐き続けたあと、顔をあげると、風に吹き上げられた砂が、ぐるぐると小さな渦巻きを作っていた。砂丘から運ばれてきた砂だった。砂の回転を眺めながら、アデニケは考えた。
—— 標高順という法則は正しかった。私が見誤っていたのは、その対象だ。座標喪失物は、単なるロストバゲージに留まらなかった。空へと送り出されようとして、届かなかったものたち。ここではないどこかへ行こうとして、居場所をなくしたものたちが、流れ着いている ——
アデニケは立ち上がった。砂の渦が倉庫にぶつかり、パラパラと音を立てて崩れた。震えはいつの間にか止まっていた。ぐいと口元をぬぐい、歩き始めた。アデニケが賭けで得た大金を投じ、テーブルと荷物を永久保全する文化財団を立ち上げようと決心したのは、このときだった。

アデニケが手荷物受取所へ戻ると、ターンテーブルには大量の白い箱が流れていた。発泡スチロールの箱には、
“HARMLESS RADIOSONDE INSTRUMENT”
と書かれている。その文字を見て、アデニケは箱がラジオゾンデ —— 気球に吊るし、成層圏へ飛ばす観測機器 —— であることを悟った。箱の中にはセンサーと無線送信機のほか、返送用の封筒が入っていた。落下したラジオゾンデを見つけたら、封筒に入れて送り返す仕組みになっていたのだ。この箱たちもまた、居場所をなくした荷物なのだと、封筒を見たアデニケは納得した。
アメリカ人の男が、クッションを差し出してきて、アデニケはそれに応じた。二人は黙って、白い箱たちが流れるのを眺めた。この箱たちもきっと、標高順に並んでいるのだろう。だが毎日のように世界中で打ち上げられている箱の総数は、一体どれほどのものになるのだろうか。ほとんど隙間なく現れる箱を、職員たちが必死になって降ろしていた。得意げに終結宣言をした自分の姿を思い出し、アデニケは苦笑した。
白い箱は、いつまでも湧き出し続けた。テーブルが卵を産んでいるみたいだとアデニケは思った。卵たちはΩの文字をなぞりながら、ゆっくりと高度を上げていく。

 

Day2000〜「座標喪失者」

1000万個を超える白い箱たちの参列が終わったのは、現象発生から2000日後のことだった。白い発泡スチロールの最後尾には、青いナイロン製の箱がついてきた。中には子どもの描いた絵やチョコレート、それから干からびたリンゴが入っていた。国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士へと、ロケットで届けられるはずの贈り物だった。この箱を最後に、荷物はぴたりと止まる。数週間経っても、数ヶ月経っても、続きが出てくることはなかった。

すでに休運していた鳥取空港はこの頃、正式にアデニケの財団に買い取られた。残った滑走路を埋め尽くすように、いくつもの倉庫の建設が続いた。
アデニケの意思により、空のターンテーブルは回転を続けた。不要になった延長部分は撤去され、ターンテーブルは元の大きさに戻っていた。アデニケはテーブルの前に小さな事務所をこしらえ、そこで毎日膨大な仕事に追われた。凄まじいスピードで業務をこなしながら、時折、隣に座るアメリカ人に話しかけた。
男がターンテーブルの前で住み始めてから、もう6年が経とうとしていた。当初は寝袋で生活していた男も、いまではソファに小机、衣装ケースと、小さな生活圏を築いていた。財団の職員たちともすっかり顔馴染みになっていて、誰も男に文句を言うものはいなかった。
家族はいるのか、とアデニケが男に尋ねたことがある。男はやはりいつものように、微笑んでかぶりを振るだけだった。深い隈の刻まれたその瞳に、アデニケは小さな光を見た。何を、いつまで待っているのか、どんな質問にも男は微笑むばかりで、アデニケはそのうち作業に没頭するようになった。

そうして20年が過ぎた。

かつて鳥取空港と呼ばれた施設には、巨大なコンテナが立ち並んでいる。コンテナの中にはいまだ回収されることのない、無数の荷物たちが保管されている。
世間の関心はとうに失われ、アデニケもまたこの地を去った。施設は最低限の人員で運営され、回転を続ける空のターンテーブルの前で、老いた男がひとり暮らしていた。彼がいつからそこにいるのか、職員たちは誰も知らないし、知ろうとも思わない。

男は毎朝6時きっかりに目を覚ます。ロビーに差し込む朝日に目を細めながら、くたびれたソファの上で起き上がり、掛け布団を丁寧に畳む。トイレで歯を磨きながら、鏡に写った顔を眺める。髪と髭はほとんど真っ白で、目元には深い皺が刻まれている。
館内を散歩したのち、お湯を沸かして日本茶を淹れ、ターンテーブルを眺める。眼鏡をかけ、手帳へ何かの数字を熱心に書き込んでは、疲れたらソファに寝転がる。気まぐれに市場から届いた新鮮な野菜を使ってサンドウィッチを作り、職員たちに振る舞ったりもする。そうやって男の一日は過ぎていく。
燃えるような夕日が沈むころ、夜勤の警備員がやってきて、テーブルの警備を交代した。先月入った新人だった。二人は軽く会釈を交わし、あとはテーブルを眺めた。キュルキュルとゴムが掠れる。グォングォンとモーターが駆動する。薄暗い館内に、ターンテーブルの音楽が回る。
「飽きないんですか?」
警備員が口を開いた。
「もう長い間、ここにいらっしゃると聞きました」
男は痩せこけた頬をぽりぽりかきながら、少し考えて
「あなたほど、ではないですよ」
と日本語で言った。男の青い瞳が輝き、警備員は息を呑んだ。
「……見てたんですね」
警備員は —— かつて空港職員だった景山光彦は、荷物を持ち出そうとしたあの日のことを、鮮明に覚えていた。ブルーシートの間から覗いていた、この青い瞳のことも。
「自分でもわかりません。なんでこんなにも、この場所に執着しているのか」
景山は諦めたように笑った。
「職員をクビになってからは、トラックの運ちゃんやってたんですよ。荷物から逃れられない運命なんですかね。毎日毎日、日本全国を走り回りました」
男は聞いているのかいないのか、足元に置いた衣装ケースを何やらがさごそやっている。景山は話し続けた。
「でも信号を待っているとき。荷下ろしがおわったとき。気づけば空を見上げてたんです」
黒いネクタイを取り出した男は、慣れない手つきで首に巻きつけている。
「それで、たまたまこの施設の求人を見つけて。一応前科はついてないし、もう覚えてる人もいないだろうって応募したら、受かっちゃって」
「お仕事は、どうですか」
ネクタイに苦戦しながら、男は尋ねた。
「つまんないですよ」
景山は笑った。
「誰もいない —— あ、あなたはいますけど、それ以外にはなにもない、つまり誰も興味を持たない、ただのテーブルを警備するだけですから。でも同時に、やっぱり私にはここしかない、とも思う。なんというか、安心するんです。だから働けるだけ、働こうと思います。変ですかね?」
男はネクタイにピンを留めながら、微笑んで首を振った。
「あなたは、いつまで?」
景山が尋ねると、男は
「そろそろです」
と答え、手帳を開いた。男が没頭し始める合図だと知っていたから、景山はそこで会話を終えた。
そのまま数時間が経ち、日付が変わろうとする時刻。男は手帳を閉じ、すっと立ち上がった。同時に、景山は微かな異音を耳にした。
「なにか聞こえません?まるでなにかが」
男はシッと短く息を吐いて、人差し指を口の前に立てた。どこからともなく冷気が漂ってきた。景山は生唾を飲んだ。異音の大きさは、はっきりと聞き取れるほどになっていた。ミシミシとなにかが軋む音。パキパキとなにかが割れる音。
なにかが、やってくる音。
強い揺れが起きて、景山は思わず身を屈めた。甲高い金属音がロビーに響き、ターンテーブルのゲートから火花が散った。大きな爆発音とともに、ゲートが破裂した。破片が床に飛び散り、景山は咄嗟に腕で顔を覆った。そして腕の隙間から、小型バスほどもある黄金の金属塊が、それ自体が回転しながら現れるのを見た。
金属塊は天井を破壊しながら進み、壁に衝突して停止した。白い煙があがり、みるみるうちに金属塊の表面から、樹枝状の霜が生えていくのが見えた。黄金の塊は、じきに真っ白に覆われた。
腰を抜かした景山を尻目に、男は金属塊に顔を近づけた。白煙が靄のように立ち込めるなか、男は何かを探しているようだった。

男が —— グレン・ラングレーが、NASAのとあるプロジェクトに抜擢されたのは、40年前のことだ。木星圏の衛星・エウロパのサンプルを採取し、地球に帰還するという人類初のミッション。星の起源を辿る無人探査機は、「ORIGIN」と名付けられた。
それからグレンは、同僚の誰より朝早くラボへ行き、誰よりも遅くまでコードを書き続けた。ORIGINのピンバッジを胸につければ、どんな疲れも吹き飛ぶようだった。私たちは、どこからやってきたのか。幼いころから抱き続けた疑問が、彼を突き動かした。
しかし8年後に打ち上げられたORIGINは、木星付近で周回軌道を外れ、ロストしてしまうこととなる。原因は、グレンの書いたコードにあった。
惑星の座標系には、東経と西経という二つの基準が存在する。ケースによって使い分けられる原点の記述を、グレンは取り違えてしまったのだ。あまりにも単純で、些細なミスだった。たった一行のエラーは、過密スケジュールによって見過ごされ、精密な軌道を僅かに狂わせた。軌道の外側に弾き出されたORIGINは、そのまま深宇宙へと消えてしまった。

金属塊を注意深く観察していたグレンの視線が、一点で止まった。それを見つけた瞬間、グレンは思わず素手で霜を払った。霜が皮膚に張り付き、突き刺すような冷たさが走った。それでもグレンは、霜を払い続けた。やがて機体に刻まれた文字が、下から現れた。
“ORIGIN”
グレンは大きく息を吐き、ネクタイに留めたピンバッジを握り締めた。指の感覚はすでになくなっていた。何十年かを費やして、用意してきた言葉をかける。
「おかえり」
白く染まった金属塊は、シュ、と小さく煙を吐いた。

破壊されたターンテーブルからは、それ以降、現在に至るまで何も出てきていない。

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