梗 概
やわらかな沈黙、光はほのほの
極寒惑星アルベアでは、微粒子「銀の塵」が生物の体温を奪っていた。人々は密閉された居住区で暮らしていたが、塵は内部にも侵入し、侵された者は凍死する。唯一の対処法は王族だけが行う治療儀式「王触」だった。王族は侵された者に触れ、銀の塵を自らの体内へ引き受けることができる。人々は王に触れられれば生き延びられると信じていた。そして民を救い続けた王族には、やがて『昇天』と呼ばれる祝福の儀が訪れると語られていた。
若き女王エリザは先代の昇天後に即位し、王触の力を手にする。民に触れ、塵を引き受け、自らも昇天して空の光を継ぐ。それが彼女に定められた生涯だった。
エリザは幼い頃から共に育った女性護衛官を愛していたが、彼女は王触を受け止める体質を持たない。エリザが近づくことで生じる塵の移動と熱勾配は彼女の身体を傷つけるため、二人の間には厳密な安全距離が定められていた。同じ部屋にいても、決して触れられない。護衛官は毎夜、規定距離ぎりぎりで胸に手を当て、小さく一礼し、おかえりの合図を送る。昔からの二人だけの挨拶。その仕草が、エリザに自分はまだ人間だと思い出させた。
やがて護衛官自身が銀の塵に侵される。熱を奪われた身体は末梢から働きを失い、返事は遅れ、目を開けたまま眠るようになり、呼びかけにも応じなくなる。医師団は治療不能と判断し、彼女を恒温棺へ収容する。残された体温を閉じ込め、代謝を極限まで落として生を先送りする装置である。死んだように静かだが、かすかな生体反応が残っていた。
エリザは毎夜、棺に寄り添う。ある夜、恒温棺の内部センサーが微かな反応を記録する。護衛官の唇がかすかに動き、「エリザ」と形を結ぶ。一度きりの応答だった。エリザは彼女を救う術に縋り、昇天準備のため開示された技術記録に手がかりを求めた。
王触とは国民を治療する奇跡ではなく、銀の塵と熱を王族の身体へ集積し、軌道光源系へ接続するための前処理にすぎなかった。人々が「昇天」と呼び、王が空の光へ迎えられると信じていた儀式の正体は、王を惑星の熱循環を支える機構の一部へ変える手順だった。昇天した王族は消滅しない。意識を保ったまま、光源系の内部で熱を供給し続けるのだと記されているだけで、護衛官を救う方法は、どこにもなかった。
それでもエリザは決意する。昇天が近づく中、自分の内部に残った最後の熱を、世界ではなく恒温棺の中の護衛官へ渡すこと。塵を引き受けるための手で、初めて温もりを残すために棺へ触れる。棺の内部温度は一時だけ上昇し、護衛官の頬にわずかな色が戻るが、その温もりは彼女を生へ引き戻さない。棺は静かに停止し、残されたのは温かい亡骸だった。
エリザは蓄えていた熱の一部を失ったまま軌道光源系へ接続される。アルベアの空に新しい太陽が灯る。光の内側で、エリザはまだ目覚めている。恋人の頬に最後に触れた温度を覚えたまま、ただ独り世界を照らし続けている。
文字数:1199
内容に関するアピール
本作は、極寒惑星アルベアにおいて、民を救う祝福と信じられてきた「王触」と「昇天」の真実を知った若き女王エリザが、愛する護衛官のために最後の選択をするまでを、時系列順に描いた物語です。語りの形式におとぎ話を選んだのは、この世界で彼女の犠牲が公式には記録されず、祝福としてのみ語り継がれているからです。制度や神話の陰に埋もれる個人の痛みと愛を、静かな語りの声で掬い上げたいと考えました。
実作は、人工太陽の停止によって故郷を追われた若い女性がアルベアを訪れ、エリザの物語を聞いたのち、自分が次代の女王候補として迎え入れられてしまう、といった現在パートを加える予定でした。過去を語るおとぎ話が、現在を生きる誰かの運命にも接続していく構造です。梗概ではエリザ自身の顛末に焦点を絞るため省いています。この現在パートを加えた場合、課題としてどうなのか、主軸が分散するからやらない方がいいのか、お聞きしたいです。
文字数:398




