恋情の重さで真空が破れる前に

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梗 概

恋情の重さで真空が破れる前に

語り手“先生”が自己紹介し、子供達に歴史を話す。

事の発端は、まだ宇宙存続の仕組みが分かる前、恒星系間を超光速で移動する超大型生命体の一体である播種船“星喰い”が発情期に入り、そのクルーであり、寄生者である一つの家族が慌てることから始まる。

“星喰い”という、光速を超える移動装置が見つかったことで、人間達は既知宇宙の限界を超えて膨大な時間とエネルギーをこの“星喰い”に捧げ、寄生し、活動領域を広げてきた。“星食い”達は宇宙に存在する様々な質量を飲み込み、体内のブラックホールと反重力の釣合いを維持する器官を拡大させ、その力を使って移動を行う種族だ。非常に長命だが、極々稀に発情期に入って制御を失い、最悪の場合は発狂してしまうと言われる。
発情期を起こした“星喰い”に寄生する家族の長男は、滅多に起こらない発情期への対策を家族と共に探し、宇宙の様々な種族や仲間に連絡を取る。長男は予定の決まった航路に退屈を感じていたため、状況に戸惑いながらも事態を歓迎していた。

事態は進行し、“星喰い”の発情を鎮めるには他の“星喰い”との接触が必要と分かり、家族は進路を変更する。予定の軌道を逸れ、“星喰い”の密集船団を有する大規模な基地へ向かい、そこで“星喰い”の発情を抑えることを狙う。基地に着いた寄生者一家は、“星喰い”同士の接触を他の“星喰い”の乗員と交渉するが、発狂した“星喰い”が共食いを起こすリスクを嫌われ、うまくいかない。
長男は基地の中を巡るうちに自分の世界が拡がるのを感じ、そもそも、家である自分達の“星喰い”に縛られたくないと思う。
やがて、この家族は大規模基地の中で混乱の元凶として有名になってしまい、基地の管理者からその行動を咎められ、窮地に陥る。

しかし、そんな基地に、自宅である“星喰い”が同様に発情した別の一家が辿り着いたことが人づてに知らされ、“星喰い”同士の一定期間の接合が行われることになる。大規模基地全体がこの運命的な出来事で感動に包まれ、二つの家族は祝福される。しかし、結果、二つの“星喰い”の接合部から“星喰い”の幼体が一体、産まれる兆候が分かり、二つの家族でその幼体の所有権や管理義務など、取り決めについて密かに揉め始める。

基地内の祝福と二家族の緊張が続く中、一家の長男は、自宅“星喰い”のペアとなった家族の一人娘と議論し、“星喰い”達が発情する理由が、彼らが体内に溜め込んだ質量とエネルギーがプランクエネルギーを超えて肥大化し、真空崩壊による宇宙の消滅を避けるためであり、そのために幼体を作って質量とエネルギーを引き渡すこと、同時に、寄生者の人間達を繁殖させて幼体に寄生させ、共食いを防ぐために独立させる事を突き止める。
そして二人は“星喰い”の幼体に寄生し、家族として旅立ち、宇宙を存続させた。

「だから皆、愛する者を見つけよ。恋情の重さで真空が破れる前に」

と“先生”は言葉を結ぶ。

文字数:1200

内容に関するアピール

語り手は、宇宙を超光速で移動する超巨大生命体である“星喰い”に、人間と共に寄生してきた種族、“先生”である。

“先生”は、“星喰い”とは別の意志を持ち、寄生している“星喰い”がどこに向かっているか、どんな状態であるかを同じ寄生者である人間に知らせられる。
しかし、“先生”が語るのは、“先生”がこのように語る能力を持つまでに進化する前、生徒である子供達が居住している現在の“星喰い”達より原始的な時代、まだ“星喰い”に寄生しているのが人間だけだと、人間が考えていた時代のことである。

よって、“先生”は物語を観察する立場ではあったが、語りの中には登場しない。

現在の“先生”は人間達が解明してきた“星喰い”の生態と、宇宙存続の仕組みを後世の人間に確実に教え込むことで、自らも寄生する“星喰い”が真空崩壊を起こさず、宇宙が存続し続けるという未来を子供達に示唆するように、この話を語っている。

文字数:390

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恋情の重さで真空が破れる前に

皆さん、まだ少し眠そうですね? 睡眠嚢すいみんのうが恋しいですか?
あれは実に快適な袋だそうですね。先生は一度も経験したことがありませんし、これからも経験することは無いでしょうから、眠るというのはどういう気持ちなのか分かりかねますが。皆さんの顔を見ていると、何となく分かります。さぞ気持ちの良いものなのでしょう。起きている時間、眠れないのが惜しくなるほどに。
すると、全く眠りを知らずにずっと働き続けている私達、先生という立場は随分、損な気がしますね。まぁ、独立した肉体を持たない我々にとって、眠りと死はその本質において違いがありませんから、望んで経験したいとも思いませんが……

さぁ、本題に入りましょう。
皆さんにとっては残念なことのようですが、授業の時間です。しっかりと目を覚ましましょう。長期睡眠サイクルの途中だった子達には辛いかもしれませんが、仕方ありません。どうしても我慢できない子は、流水所でもう一度顔を洗っていらっしゃい。
それでも目が覚めないという子は、前に出ていらっしゃい。特別に先生が閃光を出して目を覚まさせてあげましょう。大丈夫ですか?
……良いですね。先生だって、無駄にエネルギーやプラズマを消耗したくはありません。
今日はクエーサーの観察も予定していますからね。寝ぼけていると降着円盤の軌道や、周辺の各種重力効果を見つけられずに、困ったことになりますよ。私達が棲んでいる、この“星喰い”が食べられるものは少なくなるばかりです。しっかりと皆さんのお父さん、お母さんよりも良い探索能力を育てておかなければ、将来の生活はままなりませんよ。
そう、将来です。
今日は皆さんの将来に関わるお話をすることになります。これはとても大事な話です。皆さん全員が関わり、私達全員が、つまり皆さんのご両親と、私達先生全員と、そして“星喰い”に棲みついている菌類やその他の生物や、いえ“星喰い”に住まない、全宇宙のありとあらゆる生命体に関わる内容です。だから、今日は欠席は許されません。
良いですか?

そうです。三百九十一人の兄弟姉妹達。全員がこの話を聞かねばなりません。

あぁ、やはり外が気になりますか? でも残念、宙窓そらまどは開けてあげることはできません。今、“星喰い”は、久しぶりの超光速航行中ですからね。
……違う? あぁ、“星喰い”の躯体から響く音がいつもと違うことに気が付きましたか?
よく気が付きましたね。そうです。兆候が現れたのですよ。ついに、この“星喰い”にもね。だからこそ、この授業が皆さんにも必要になったのです。
巨大な空洞に囚われた子供達よ。
あなた方の中から、宇宙の崩壊を防ぐ者・・・・・・・・・が、見出されなければなりません。
では、始めましょう。
始まりは、あなた達の遠い遠い先祖――エラクが――あなた達と同じような子供だった頃です。

エラクが子供だった頃、エラクは皆さんと同じように非常に退屈をしていました。
え、そんなことはない? そうですね。皆さんは暇があれば先生達に話しかけ、輪番で冷凍睡眠の真っただ中にいるお父さんやお母さんや兄弟姉妹達が、起きている間に残しておいたメッセージを楽しみ、めいいっぱいこの“星喰い”が溜め込んでいるエネルギーと物資を掠め取っては加工し、いつも充実していますからね。
しかし、昔にはそんな娯楽はありませんでした。
それに、皆さんももう気づいているはずです。
この特大の惑星型生体船舶“星喰い”の中の生活というのは、そうした工夫を意図的に作らなければ、随分と退屈なものです。
“星喰い”自慢の超光速航法での移動時には、宙窓そらまどを開けて外を眺めることもできませんし、もし光速以下の巡行時に開けたとしても、ほとんど見るべきものはありません。それは、エラクの時代でも今とそう変わりませんでした。殆どの星々は赤方偏移の彼方で薄ぼんやりと見えるか、光を放たない暗闇の中で、宇宙の塵達を“星喰い”が吸い込んでいく際に、ごくごく稀に摺り合わさってプラズマ化する際の発光現象が見えるくらいでしょう。それだって、光源は進行方向側に限られますから、こうして“後ろ”半球側に棲んで、どこに向かっているのかも見えない皆さんのような子供達の生活というのは、特に退屈なものでした。
宇宙というのはずっと昔から冷たく、暗い所だったのです。しかし、エラクの生活には、そんな停滞を吹き飛ばす大変化が訪れることになりました。

代わり映えの無いはずだった“星喰い”が、突然に『発情』したのです。

……あぁ、そこの! そこのあなた! 少しもじもじして恥ずかしそうに顔を背けたあなたです。十六列二十二行目の、そう、あなた! いいんです! とてもいい!
あなたはとても見込みがありますよ。何も恥じることはありません。一切ね。先生はあなたがいてくれて、安心しました。

さぁ、話を続けましょう。突然の『発情』と言っても、皆さんには良く分からないかもしれませんが、実際には“星喰い”は突然、『発情』することはありません。前兆があります。
ほら、耳を澄ましてみましょう。今も、皆さんの足元の肉壁の向こうから聞こえますよ。不穏な、ぐるぐると重くて大きな何かがゆっくりと転がるような低い低い音が。とても変化を聞き取れない程に小さなものですが、明らかな異音が。
あれは、“星喰い”の腹が鳴っている音です。この巨大な――あなた達の身体を千兆倍の千兆倍にしてもまだ足りない――“星喰い”の空洞の腹が、溜め込んだ質量と重力のバランスをゆっくりと崩して、自らを作り変えている音が鳴り始めているのです。
何が起きているか、分かりますか? これは、“星喰い”が持っている質量吸収のための重力と反重力の均衡保持器官の内壁に変化が起きているのです。皆さんの身体で言えば、胃と肺の混合器官――呼吸と食事をいっぺんに行うような真っ黒な空洞――最も大事で殆ど唯一と言ってよい“星喰い”の器官でね。そこに、まるで大きな腫瘍のように別室が作られているのですよ。

これはとても大きな大変な変化なのですが、それがどのような意味を持つのか、それどころか、そのような変化が起きているということ自体を、エラクとその家族達は分かっていませんでした。
当時の“星喰い”の中でまだ、先生たちは話すことができない存在だったからです。
昔の人達は、先生たちとの会話無しに“星喰い”を操り、またその意志を感じ取って、“星喰い”と共生していたのですよ。時に星々を食べ、星系を渡り、暗い闇の中を進み続けていく巨大な我らが球体状の故郷の意志を。
凄いことですね。
赤色巨星などの恒星群や、より巨大な銀河群に比べれば水滴一つに満たない大きさとは言え、皆さんが本当に幼かった頃には、この“星喰い”の中がとてつもなく巨大な世界の全てであったように感じていたはずです。そんな“星喰い”達は、皆さんと違い、とてつもなく高寿命で、それどころか寿命を全うするということがない、つまりは不死なのではと言われていた時代でした。
もちろん、そんなことはありません。“星喰い”達もまた生物ですから寿命はあります。あると言われています。
もしかすると、今や宇宙の最後の生物は彼らなのではないかとすら言う先生もいますけれどね。
さて、そんな数千年以上の生存が当然の“星喰い”達を、あちこちの星系から星系に向かうために乗り合いをしたり、乗り継ぎをしたりして使用し続けていた当時の人類家族たちには、当然の如く『発情』の兆候は見逃されました。
そう、昔の“星喰い”達は家族単位で使われているとは限らなかったのです。
たまたまエラク達が乗り合わせた、一時的な利用で終わらせるはずだった異様に古く、かなり大きめの“星喰い”が異常をきたしたのは、ある超光速航行を終えた時でした。
その異音はだんだんと大きくなり、光速以下の巡行時に“星喰い”が示す行き先が、頻繁にずれたり変更されたりするようになって、初めて異常が異常としてエラク達にも認識されたのです。
勿論、すぐにその原因が分かるようなことはなく、エラク達は、単に“星喰い”が『狂った』と考えていました。
そして、それは致命的な手抜かりでした。
エラクの棲んでいた“星喰い”は、頻繁に行き先を変えたがり、エラクとその家族が生業にしていた星系間の連絡と運輸、そして未知領域の調査探索という大仕事が行き詰まることになったからです。
考えてもみてください。伝えるべき情報、運ぶべき荷物が相手に届かず、調べるべき宇宙の領域にそっぽを向く乗り物に価値などあるでしょうか? それどころか超光速航行で宇宙を飛ぶ“星喰い”が思いも知らないところに飛んで、安全で資源を保有している領域まで帰ってくることができなくなったら、最悪の場合、命の危険すらありました。当時は今と違い、“星喰い”には循環型の閉じた生態系は存在しておらず、定期的な補給を受けねばならなかったからです。
エラクとその家族は慌てました。
当時は“星喰い”を導くためには、“星喰い”の自転で生じる地磁気に、磁性流体による干渉を行うことで方向感覚を欺瞞して進路を修正するということをしていましたが、それだって“星喰い”自身が貯蔵している大規模なエネルギーを要しますから、そう何度もできるものではありませんでした。
とはいえ、皆、命が掛かっているので背に腹は代えられません。エラク達は“星喰い”の中を駆け回り、余剰物資と貯蔵エネルギー物質を組成変換して流動的に使いやすいエネルギーに変え、睡眠嚢すいみんのうで輪番制の冷凍睡眠に入っていた同胞達を叩き起こして、全員が寝ずの番で“星喰い”の進行方向を貴重な資源を費やしてちびちびとコントロールし、そしてどうにかしてこの異常事態を解決しようと奮闘していました。
勿論、自分達だけでは解決法を持っていませんでしたから、方々に出向いて、直接、光速以下で航行中の別の“星喰い”や恒星系に棲みついている人々に近づいては、何か有益な情報がないかと、光の通信で助けを求めて回りました。
しかし、有益な情報はなかなか得られませんでした。むしろ、絶望的な情報が集まる始末でした。
『狂った』“星喰い”達は、どこかのある時点で乗り捨てられるか、どこへとも知れずに寄生者達ごといなくなるか、または別の、より大きな“星喰い”達に食べられてしまうかだ、といった話ばかりが出てきたからです。
無理もありません。エラクたちは宇宙で初めて『発情』した“星喰い”を直接観測した寄生者達だったからです。

……あぁ、何ですか? 質問ですか?
エラク達は、先生たちにお願いして、負質量粒子通信を使えば良かったのでは、ですか?
あなた、話を聞いていませんでしたね? 先生たちがあの頃の様子をどんな気持ちで観測していたか、あなたには分からないでしょうね。
あなたには、後で睡眠嚢すいみんのう内での追加学習を命じます。良いですね?

まぁ、確かに先生たちはそこにいました。
いたのに何故助けなかったのだと言われると、言葉に窮するところはあります。
というのも、当時の先生たちは完全に“星喰い”の神経器官としてほとんど意志と意識を持たない存在として機能していたからです。そう、先生たちは何が起こっていたかを全て覚えていますが、一方で何もしようとはしていませんでした。そのような意志をそもそも持つに至っていなかったからです。
しかしね、あなた達、人類だって元々は似たようなものなんですよ。
遥かな昔、故郷の星から僅かな生存者と共に恒星系外に進出した滅亡寸前だった人類達は、かつてブラックホールという名前で観測されていた天体に飲み込まれかけ、奇跡的にブラックホールを捕食しに来ていた“星喰い”に捕獲されて、その内部に寄生者として棲みつくことになったと言われています。
人類がその内部に棲み出すようになってからというもの、“星喰い”達は、有益に人類に仕事をさせてくることに成功したのです。人類達が自分達の生活圏を築くうえでやったことは、“星喰い”達にも相当に有益なことでした。
それが、溜まる一方だったエネルギーと質量を“星喰い”で消費し、あるいは放出するという大仕事です。この仕事がなければ、全ての生命体にとって、もっと深刻な問題が起きていた可能性はあります。
そして人類は、より豊かな宇宙の方向へと“星喰い”を向け、飛び回る質量利用型移動器官を持った放浪天体“星喰い”を、超光速航法を操って物質と情報を運ぶ便利な運搬船に変えてしまったのです。共生関係と言えば言えるこの関係から読み取れることは、人類というのは、ある意味で“星喰い”よりも傲慢で強欲な生物だとも言えるかもしれない、ということです。

しかし結局、人々が“星喰い”の利便性ばかりに目を向け、その本質から目を逸らしてきた代償が、エラクとその家族にだけふりかかったのは、些か理不尽なことであったでしょう。当時の先生たちに倫理や道徳という概念も備わっていなかったので、当時はそのような考え方をすることもありませんでしたが。

ただ、生命とは、宇宙とは常に理不尽なものです。
あなた達が棲むこの“星喰い”が、今まさにその兆候をきたしていることだって、あなた達には何の責任も、落ち度もないのに、厳然と存在する厄介ごとなのです。
しかし、です。それはまた祝福でもあります。
何故なら……

……おや、超光速航行の時間が終わったようですね。
どうやら、無事に目的の宇宙領域についたようです。隣接銀河の外郭から、一気に銀河中心近傍まで続いていた歪面空間が元に戻っているという観測結果が挙がっています。

では一度、ここでクエーサーの観察に入りましょう。ここまで大きなクエーサーを身近に観察する機会はそうそうありません。大事な授業の途中ではありますが、皆さん左の壁際に集まってみましょう。
さぁ、瞬膜の準備運動はできていますか。宙窓そらまどを開けますよ?

……おや、あなたは先ほどのもじもじとしていた……なんですか? あぁ、例の異音が心配なのですね。大丈夫ですよ。今では『発情』に対する適切な一時対応策や、『発情』が大きくなるまでの十分に精度の良い時間が計測できています。何も心配は要りませんよ。

さぁ、今は目の前の大きな光の渦に意識を向けましょう。
自らの棲む環境への理解と共に、その環境が置かれている世界についても、知ることはとっても大事なことですからね。

さて、そろそろクエーサーの観察も十分できたことでしょう。
皆さん、重力レンズ効果と時空の引きずり効果について、クエーサーのジェットとガス雲の観測結果から分かることを後で報告してもらいましょうか。

……何を嫌そうな顔をしているのですか。これらはいずれも将来、“星喰い”と進路を一つにして、私達先生からのメッセージを機敏に読み解くために大事なことです。いくら“星喰い”が超光速航法で飛ぶからと言って、私達先生が天文現象を一つ一つ、皆さんにゆっくりと説明ができるほど、“星喰い”の時間はゆったりと流れてはくれませんからね。

……何ですか皆さん、しらけた顔をして。冗談を解する能力も必要ですよ。あなた方は生涯、兄弟姉妹とだけ暮らすとは限らないのですから、それを……

……なるほど、理解しているがつまらない、ということですか、それは。分かりました。では、先ほどの冗談における可笑しさ、ではなく量子力学観点での説明の誤りを報告に追加しておくように。

さぁ、さぁ、それについては置いておいて、先ほどの授業の続きをしてまいりましょう。
エラク達がちょうど“星喰い”の『発情』に四苦八苦して、様々な助けをほうぼうに求めていたところでしたね。
あちこちを放浪しても有益な情報が全く手に入らなかったため、エラク達はやむなく“ラグランジュ・フィールド”を目指しました。
この場所は今もまだ一部で機能しているのですが、常に一定数の“星喰い”達が、お互いの距離と速さを守って、一定の直径を持った巨大なリングを描いて回転している場所です。
多数の大規模天体からの重力が均衡を生み出す、広域での重力影響が非常に少ない場所なので、古くから“星喰い”達の回転式方向転換領域ラウンダバウトと呼ばれて機能しています。
一種の加減速と方向転換を互いの運動量と重力を利用して行うための共同運動体として使用されており、入り込むには“星喰い”どうしで順番を待ち、極めて精妙な計算の元に軌道に侵入し、また離脱しなければなりません。しかし、それだけの手間をかければ、莫大なエネルギーの消費を抑えて効率的に方向転換ができることもあって、未だに多くの利用者がいます。

ただ、ここに来ていた“星喰い”とその寄生者達の中には、それ以外の目的がある者達も多くいました。
それは、情報や物資の交換、あるいは人的交換、あるいは“星喰い”の乗り捨て等です。ここであれば、“星喰い”の重力と、“星喰い”自身から簡単に逃れて、別の移動手段に一時的に乗り換えて逃亡したり、あるいは別の“星喰い”に乗り移って奪取するというような狼藉も多くできたのです。
利便性は高いが、一方で危険性も相当にあるその場所へエラク達が向かったのは、やはり何よりも“星喰い”達が常に、多くの数存在することが分かっていたからでした。質量とエネルギーと生命体が集まる所に、情報もまた集まって来ることは自明ですね。
どちらかというと回転式方向転換領域ラウンダバウトの利用者達の方こそ、エラク達を警戒していました。
その頃には明らかにエラク達の“星喰い”はポンコツと言って良いほどに、頻繁に方向転換をしたがり、ひとところに留まる事を嫌がっていました。
まるで、必死に何かを探して暴れ回るように、予想外の軌道を示し、誰も注意を払わなかった領域に飛翔しようとするのです。
エラクはそのことで、冷凍睡眠も通常睡眠も不足した頭を重そうに抱え、終始同じ寄生者達との間で張りつめた空気と表情を互いに持ち合わせていました。エラクだけがそうだったわけではなく、他の寄生者達もそれは同じでした。何せ、日に日に自分達の生活場所が暴走して宙の彼方に消えてしまう可能性が高まっている、と思っていたのですから。

しかし、勿論、事態はさらに深刻でした。

エラク達にとっては幸福なことに、ある意味では不幸なことに、この回転式方向転換領域ラウンダバウトには、“星喰い”の研究をしていた研究者一族が住み着いていました。回転式方向転換領域ラウンダバウトにやってくる“星喰い”に乗り移り、そして寄生者達から対価をもらって、“星喰い”の健常性を診断して、掃除や治療や、補修や補給を行ってくれるという、言わば“星喰い”の専門医であり修理工のような一族でした。研究だけで食っていけないのは、いつの時代も普遍的な真理というものでしょうか。世知辛いものです。
それはさておき、彼らは熟練の“星喰い”専門家でしたから、エラク達の“星喰い”を一目見て、何か大きな異常が起きているらしいことをすぐに察知しました。
寄生者達の足元を――そうエラク達の足元には“星喰い”があるわけですが――まぁ、皆さんそう白い目で見ずに――見て、当時としては相当な高額の報酬を渋い顔をしたエラクを含む寄生者達に提示した研究者一族は、ホクホク顔で診断にあたりました。
ところがこれがあまりうまくいきません。研究者一族が見たこともない状態だったのですね。エラク達の冷たい視線にさらされながら、研究者達は必死になって原因の究明にあたりました。彼らにも研究者としての、そして職業人としてのプライドがあったということなのでしょうか。それこそ必死で“星喰い”内部の診断を行い、これまでの研究文献を総ざらいして出された結論が、

「君達の“星喰い”は『|発情《フラストレーテッド》』していると思われる」

というものだったのですから、エラク達の反応こそ歴史に残すべきものだと言えるかもしれません。最初はエラク達も何を言われているのか分かりませんでした。
だって、そうでしょう?
彼らは、研究者達も含めて、“星喰い”は不老長寿に近い生物で、便利な住環境を提供してくれる移動型住居であり、星の一種と思っていたのですから。
それが、『発情』?
そもそも有性生殖を行うような生態をしてなどいないではないか、いい加減なことを言うものではないと、エラク達も相当怒りました。
しかし、研究者達は高額報酬を突き返してエラク達に言ってきたのです。

「悪いことは言わないから、この原資で奴隷を雇うなりして、できるだけ遠くにこの“星喰い”を追放することを勧める」

と。
そそくさと帰り支度を始める研究者一族にエラク達は詰め寄ると、詳しい説明を求めました。研究者達はきまりが悪そうな表情と落ち着かない様子でエラク達に言いました。

「“星喰い”達は、宇宙を漂う様々な塵や、岩石や、大きいときには惑星まで、内部に安定的に抱え込んだブラックホールで吸収し、質量とエネルギーを蓄積し、それを利用し、任意の方向に重力による時空の歪みを生み出すことで、その歪みを見かけ上の光速以上の速度で移動するだろう?」

研究者達が荷物をまとめる時間稼ぎをするかのような説明をするので、エラクが人生で一番苛ついた表情で先を促します。
研究者達が汗をふきふき答えた内容には、少なくとも嘘を付いている様子はありませんでした。

「集積されたエネルギーと質量がある総量を超えると、光速でしか観測ができない既知の宇宙領域が開闢によって創出された時点に空間に存在していたエネルギーと質量の総量と密度を超える可能性がある。すると」

殴りかかりそうなエラクに研究者が硬い表情になって言い添えました。

「すると、今、安定して見えている宇宙空間、つまり真空が、これが実は高い準位のエネルギーで安定しているのだが、それが、もう一段低い準位のエネルギーで安定するような状態に変化する」

エラクが良く分からない、という表情をすると、研究者がぼそぼそと言い添えました。表面張力で保っている水面に雫を落とすと、水が塊になって流れ落ちるだろう。少しアレに似ている、と。
そう言われてもエラクがまだわかっていない表情で、つまり、と言うと研究者は表情を完全に失って言いました。

「つまり、宇宙が破れる可能性がある。空間中のエネルギー密度が高すぎて、空間が、真空が、その、簡単に言うと、壊れる。吹き飛ぶ。誰も、助からない。影響範囲の広さは不明だ。だからその、君達も早く、『これ』から逃げると良い」

そう言うと、我先にと、古くから住処にしてきたこの回転式方向転換領域ラウンダバウトを研究者一族が率先して飛び出していったのでした。
残されたエラク達が途方に暮れたことは言うまでもありません。そうそう都合よく、行き先も分からないまま暴走することが分かっている“星喰い”と心中することを良しとしてくれる奴隷など見つかるはずもありません。仕方なく、この回転式方向転換領域ラウンダバウトにやって来る“星喰い”達とその寄生者の中に、この問題を解決してくれる人のいい奴隷か、より優秀な研究者か、またはより偉大な何者かが含まれていることを期待して、彼らは待ち続けました。

実際のところ、エラク達は疲れ切っていました。
宇宙全体に波及するほどの破壊が起きるのであれば、結局、どこへ“星喰い”を追放しようと、どこまで別の手段で逃亡しようと逃げ切れる可能性は低い。それは何となく、研究者達の慌てようで分かっていたのです。
ならば、できるだけ今あるエネルギーを“星喰い”から搾り取って、その内部でエネルギーと質量が臨界点を超えないように粘ってみるほかありません。しかし、食料だけはそういうわけにもいきませんでしたから、エラク達も飢えには悩まされました。
“星喰い”が備蓄していた質量体やエネルギーに転換できるあらゆる素材を切り出して回転式方向転換領域ラウンダバウトにやって来る新しい“星喰い”と寄生者に渡して回りながら、わずかな食糧と交換してもらい、事情を話して、救済者を待ち続ける彼らの噂は、次第に回転式方向転換領域ラウンダバウト外にも浸透していくことになりました。すると、必然、多数の“星喰い”で順番待ちが発生していたほどの巨大なリングへの接近は避けられるようになり、やがて連なる“星喰い”達の数も減っていき、やがてたった一つの“星喰い”と、対になって踊るような関係になり果てたのです。
最後にペアになった“星喰い”は、ペアが喪われれば重力の均衡が破れて回転式方向転換領域ラウンダバウトの機能が失われますから、常に新たに入って来る“星喰い”の到来を待ち望むことになり、「迷惑千万だ」という文句をエラク達の方にひっきりなしに伝えてくるようになりました。

エラク達も、これまでまさか「宇宙の危機を救ってくれ。失敗したらみんな死ぬ」などとは他の“星喰い”寄生者達には言えませんでしたから、「“星喰い”の『発情』に解決策を持ってはいないか」というようなことだけをやって来る者達に聞くようにしてはいたのですが、人の口にはなんとやら。当然、件の研究者一族が手あたり次第に警告を垂れ流していたのでしょう。この領域に寄りつく者が殆どいなくなったのは当然でした。

ついには、業を煮やしたのか回転のペアになっていた“星喰い”から通信に返事がなくなり、どうやら寄生者達が“星喰い”を放棄して脱出したらしいことが分かると、いよいよエラク達にも打つ手が全くなくなりました。あとは、食料が尽きるのを待ちながら、宇宙空間中から自分達の“星喰い”に吸収されるエネルギーと質量が少しでも少なくなることを祈るばかり、そうなればもはや無期限での冷凍睡眠に全員で入って、奇跡か終末のどちらかが到来する瞬間までみんなで時間を早送るべきか、という話まで出て来ていたのです。

皆さんなら、こんな時、どうしますか?
諦めずに自ら研究を続ける?
自分の運命を天に任せて、眠りにつく?
それとも、理不尽を恨んで自暴自棄になって、欲望に身を任せますか?

他に何か、解決策を思いつく人は?

――あなたは、どうですか? 先ほどまであんなにもじもじしていたのに、今は誰よりも私の話を真剣に聞いてくれる、あなた。
――大丈夫ですよ。さぁ、勇気を出して。言ってみて。
――さぁ。

祝福を信じます、ですか。そうですか。そうですか。
そうです。大変よくできました。
よく先生の話を聞いていましたね。

そう、生命とは、宇宙とは常に理不尽なものです。
あなた達が棲むこの“星喰い”が、今まさにその兆候をきたしていることだって、しかし、それはまた祝福でもあります。
確かに先生はそう言いましたね。よく覚えていました。

しかし、祝福はただではやってきません。
やはり、最後まで足掻き続けること、自分にできる最善を常に限界までやってみることです。これは“星喰い”をどうこうするという話ではありません。
宇宙の法則と言って良いかもしれない、と先生は思うのですよ。
さぁ、エラク達がどうなったのか、最後の話をしましょうか。

エラク達は、残された最後の時間で、冷凍睡眠装置を使用していました。
その目的は、自分達の“星喰い”のエネルギーと軌道を保って、できるだけ安定な状態を長引かせながら、“星喰い”の『発情』に対する研究開発を行って、根本的な問題解決方法を生み出すための時間稼ぎでもありました。輪番制で冷凍睡眠装置を使用して食料の消費を極限まで抑えつつ、リレーをするように寄生者同士で情報交換と研究を続けたのです。
そうすることで、“星喰い”の内部を探査し、“星喰い”の物理身体としての変化を分析しながら、全方位に対する光通信での救援要請と地道に積み上げた研究成果の内容を発信して、状況を打開できる何かの訪れを辛抱強く待ち続けました。
それと同時に、正体不明の敵対者から防御策も取る必要がありました。
“星喰い”を扱う人々は、今もまたそうであるように統一政府のようなものを持ってはいませんでしたが、一方で自分達もあずかり知らぬどこかでエラク達を攻撃しようとする意志と武力を持った集団がいないとも限りません。エラク達は知りうる限りの言語で事情を説明する発信を続け、またこの“星喰い”に攻撃を加えることが宇宙の真空を破るきっかけになるかもしれない、と半ば脅しを込めた発信で自衛を図っていました。

どれほどの時が経ったか、記録も曖昧になっていますが、彼らが長年に渡って交代で作りあげた研究施設に、警告音が鳴り響きました。
それは新たな“星喰い”が接近しているという通信でした。まさかそんなことが起きるとは思っていなかったのでしょう。その時のエラクは動揺と混乱で、ついあり得ないことをしていました。

「近づくな! ここにある“星喰い”のことを知らないのか?」

あれほど待ち望んでいた新たな来訪者であるというのに、エラクには恐らく接近してくるそれが敵か、脅威か、あるいは何も知らない被害者として映っていたのでしょう。あまりにも長く他者に触れることのない者に生じる一種の防衛反応だったのかもしれません。
相手からの反応はすぐにはなく、光による“星喰い”間の通信があまりにも久しぶりで、正確に伝わらなかったかもしれない、とエラクはそう思ったのでしょう。
落ち着いてもう一度光通信を送ろうとしているところへ、近づきつつあった“星喰い”から、小さな投射物が射出されると、それはあっさりとエラク達の“星喰い”に造られた粗末な研究施設のすぐそばに、極めて正確に突き刺さりました。
エラク達が見たこともないような速さで届いたそれが武器であったなら、恐らく、貧弱なエラク達の研究施設は一瞬で破壊し尽くされていたことでしょう。それが明確に実感できるほど、その投射の技術は極めて高度で精密で、エラク達の何倍も何十倍もの速さと規模で、様々な技術開発が世界では進んでいたことが推察されるものでした。
それは武器ではありませんでした。
ただの通信機でした。
エラク達が使っている光通信よりも何世代も何十世代も進んだ高度で、高速な通信を可能とする『負質量粒子通信』でした。
皆さんもご存じですね。今、普及しているものよりは些か原始的でしたけれど。
エラクにとってそれは、神か、異次元知性体からの贈り物に見えたかもしれません。
しかし、その通信機から直接、研究施設の端末をジャックして流れてきたメッセージは、ちっとも気取ったところのない、もっと単純で、ちょっと気恥ずかしいものでした。

「こちらは、あなた方の“星喰い”と同様の症状を抱えている者である。我々の“星喰い”は『発情』している。我々は、交配を希望する」

エラクは、へたっとそのまま通信機の前で座り込むと、動かないまま肩を震わせ、笑っているのか泣いているのか良く分からない表情をしていました。
彼と彼の仲間達は長年の研究によって、この『発情』が、“星喰い”達が溜め込んだ高密度の質量とエネルギーの分散を行うための、別の“星喰い”個体を造り上げるための準備作業であるらしいことは突き止めていました。
しかし、そのための詳細な条件が、エラク達には分かっていなかったのです。

その答えが、今、目の前に現れたのでした。

おおよそ同量で同密度の質量とエネルギーを持つ別の『発情』した“星喰い”個体と、互いに力を合わせることによって、お互いの体内の重力と反重力を作用させ合い、新しい“星喰い”の個体を幼体として生成すること。そしておそらくは、その幼体に寄生者達の一部が、両親となった“星喰い”達から送り込まれ、子が独立し、再融合しないよう、三者が一定の安全な距離を保つべきこと。それが答えでした。

通信機がじれったそうな声で、さらにメッセージを送り込んできました。

「繰り返す。我々は、あなた達の『交配』相手である。ちょっと、聞いていますか? あのですね、あんまり、この恥ずかしい台詞を何度も言わせないでくださいよ」

確かに、その言葉は無理もありません。
しかし、それは無理からぬことです。
かくも、祝福というものは、長い忍耐や努力のあとにふいに訪れて、思いがけず、さらりと触れ合うように訪れるもので、人はそれに戸惑ってしまうものです。

……何ですか、皆さん、今度は一人を除いて、皆で顔を赤らめて。小恥ずかしい言葉だと思っているのですか? これは宇宙の法則ですよ?
その場で見ていたのですから、先生にはわかります。

エラク達のいた“星喰い”に、ずっと神経網の一部として潜り込み、そこで行われてきた全てのやり取りと人々の姿を、私達先生は、ずっと記録してきたのです。
そして、数えきれない“星喰い”達の交配を経て、その記憶を私達は引き継いでいます。

そして、これからもこうして皆さんに引き継いでいくでしょう。
“星喰い”達の交配は、今や『発情』を待つことなく行われています。『発情』を誘発する技術もかなり発達して、とても自然なものになりましたね。
おおよそ条件の揃った“星喰い”達のペアを探索して、自然と接近させるためのアプローチ方法が各地で大規模化している回転式方向転換領域ラウンダバウトで採られているそうです。

一時期に比べれば、盛んな分裂によって“星喰い”達もかなり小型化が進んだと言いますが、まだまだ我々寄生者を安全に繫栄させるだけの大きさを保っているのは皆さんもご存じのとおりです。

宇宙は広い。皆さんの前には無限の選択肢があります。
しかし、時間は無限ではありません。
さぁ、恥ずかしがっている暇などありませんよ! 時はもうそこまで来ています。
皆さんに、良き旅立ちの時が訪れることを祈って、授業を終わります。

――皆、愛する者を見つけなさい。皆さんの恋情の重さで、真空が破れる前に。

<了>

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