梗 概
(仮)旅の終わり
ある年の暮れ、名古屋に在住のAのところに招待状が届いた。表題は『ミステリー列車にご招待』皆さん是非どうぞご参加ご乗車ください、とのことであった。
その列車は名古屋を出発し、1週間ほど全国各地を回って旅をするという。ミステリー列車なので、最後の行く先、目的地はもちろん秘密。ラストの事など気にせず、それまで各地でのご旅行を各位で存分にお楽しみください、とのことであった。また、招待の対象は高齢者が多いため、家族を含め介助介護などの付き添いの参加乗車もOK。出発は翌年の6月1日、名古屋駅。参加費は1人30万円から応相談。詳細は主催者までご相談ください。ご参加お申込み、是非どうぞ、お待ちしております、よろしくお願いします、という事であった。
家族、現在受けている医療介護関連など、そして主催者側とも相談の上、参加を決めて申し込んだA家族。Aは既に90才、介護も必要なので同居の60才娘が参加することとした。
かくして、A家族は各地を回って、日頃できない旅行も満喫しながら1週間を過ごす。最後に到着したのは名古屋から少し離れた所にある片田舎であった。そこは、戦時中にAが集団疎開していた場所であった。
文字数:498
内容に関するアピール
人生の終末期の諸々について書きたいと思います。ミステリー列車で微弱ながらSFのつもりです。できれば他にも何かSFを絡められたらと考えているのですが、無念ながら今はまだ何も思いついていません。
文字数:95
旅の終わり
秋のお彼岸も過ぎた、ある夜の事。
「ただいま」
「よく来てくれたわね、比呂志。晩ご飯は?」
「ああ、食べたよ」
「そう。じゃ早速だけど、実は今日、こんなのが来たんだけど、どう思う?」
「どんなの?」
「この手紙。祖母ちゃんに招待状らしいのよ」
母の正子から手紙を渡されて、比呂志が読み始めた。
『招待状』
謹啓 山田鶴子様、鶴子様にはご健勝のことと存じます。突然ですがこの度、鶴子様を私ども主催の旅行にご招待いたします。日頃は旅行など、中々できないことでしょう。人生の終盤、もう一度、旅を楽しんでみませんか? 旅の主軸はミステリー列車です。どこへ向かうかは秘密です。是非ご参加を検討いただけますと有難く存じます。
今回は、鶴子様の他にも年長者様を中心に多数、ご招待案内いたしております。どなたも中々旅行などにはお出にくいことでしょう。介助者様等のご参加も歓迎です。出発日は8月6日。出発地は名古屋です。(その他の詳細は下記ご参照……)
「面白そうじゃん。でも8月だからなあ」
「そうでしょう? 私でもキツイと思うのよ」
「主催者、もしかして祖母ちゃんの年齢、知らないんじゃない?」
「人生の終盤とか書いてあるし、高齢者だとは把握してると思う」
「ケアマネさんとかにも相談してみたら」
「そうね。まずはケアマネ福山さんね」
「そもそも祖母ちゃんはどう言ってるの?」
「それが、まんざらでもないみたい」
「マジ? けど、102歳だからな、さすがに」
「人生の最後だから、といえば、それもそうなんだけど」
「お母さんは? 今いくつだっけ?」
「私は78歳。だから、もし参加するなら、比呂志、あんたも一緒に来てよ」
「そうだ、事前練習してみたらどう? 2泊3日とかで。いきなり1週間はキツイよ。2泊で様子を見てみたら」
「そうね、それが良いわ。それも合わせて明日、ケアマネさんに相談してみるわ」
「で、鶴子祖母ちゃんは?」
「今さっき寝たわ。久々にドラゴンズも勝ったし、上機嫌だったわよ」
「ホント久々だな」
隣室のベッドでは鶴子婆さんがスヤスヤと寝息をたてていた。
都内の住宅地にある山田家には、鶴子(102歳)と娘の正子(78歳)の2人が暮らしている。この日、鶴子に思わぬ招待状が届き、驚いた正子が都内に別居している息子の比呂志を呼び寄せて相談したのである。102歳の鶴子は超高齢者。もちろん心身ともに衰えてはいるが、正子の介助で何とか自宅で生活できている状態にはあった。自宅にはリハビリを兼ねた訪問看護に週2回来てもらい、デイサービスには週2回通い、時々短期入所することもある。介護保険制度が定着して以降、高齢者の日常は以前とは格段に良くなった感がある。特にケアマネさんと呼ばれるケアマネージャーさんの存在が大きく、ケアマネさんが鶴子祖母ちゃんの日々の介護方法を上手にコーディネイトしてくれる。鶴子の体調なども随時様子を見ながら介護方法や介護看護サイクル等も常に微調整してくれるので非常に有難い。そもそも山田家の場合、娘の正子が同居で介護介助できる状態であることも、鶴子の介護をスムーズに維持できている大きな要因ではあろう。
翌朝、正子はケアマネに問題の『招待状』について電話で相談をもちかけた。ケアマネの福山さんも少々驚いた様子だった。
「鶴子さんに旅行の招待状ですか? しかも1週間? さすがに猛暑の8月というのは・・・。確かに面白い話ではありますけど、今の時代、詐欺や迷惑勧誘なんかもありますし、そもそも先方さんは、どうして鶴子さんを招待されたのか。それも、突然に、なのでしょう? 色々と不安ご心配もありますわねえ」
「それも、そうですよねえ。でも恥ずかしながら、本人はまんざらでもなさそうで」
「さすが鶴子さん、正直を申しまして、鶴子さんの現在のご体調ならご旅行は、大手を振って大丈夫とまでは申せませんが、充分お気をつけて為されば、とは考えます」
結果、福山さんが『招待状』を実際に見せて欲しいという事になり、昼頃に自宅に来てくれた。
「なるほど、差出人は私たちと同じ介護福祉関連、岐阜の社会福祉法人さんですね。私どもからも一度、詳しく問い合わせてみます。この書面にも書いてあります。鶴子様が現在お世話になっている医療、介護福祉関連様などがあれば、それら各方面様とも充分ご相談ください、と」
「福山さん、有難うございます。よろしくお願いします」
翌日になって、思いがけず、事が進展しはじめた。訪問看護にケアマネの福山さんが同行してきて様々に話を聞けたのである。
「鶴子さん、体調いかがですかぁ? あっ、今日もお顔の色、良いですねえ」
「えぇ、えぇ、お陰様で」
リハビリを兼ねた訪問看護の間、正子はケアマネの福山さんから話を聞く事ができた。問題の『招待状』の件は、福山さんサイドから岐阜の差出人に問い合わせ、非常に良い話だという事が分かったという。差出人は岐阜の社会福祉法人の宝暦会、介護ステーション・平田。岐阜県内でも有数の充実した老人医療介護施設で、この度、鉄道会社とタイアップした介護列車を運行するという。列車は、昭和の寝台列車をモチーフに寝泊まり可能な車内とし、しかも、老人介護も可能な福祉設備等もあれこれ完備、トイレや風呂をはじめ、バリアフリーにも余念なく施工整備されている。全車両は冷暖房、湿度管理を備え、個室、食堂車、ロビーラウンジ等は当然、リハビリ室や簡単な医療対応室も設けてあるという。通常の座席車両もあり、同伴介助者やスタッフも自由に昼夜どこでも行き交わせる。当然スタッフルームも有るし、介護に限らず医療看護スタッフの配置も有って、高齢介護者などが旅を万全に進行できる体制は整っている、という事であった。
これらの体制は、そもそも国の福祉モデル事業の一環で、普段なかなか旅行もままならない高齢者や要介護者、その家族や、はたまた関連医療介護スタッフ等にも可能な範囲で旅行の機会を作ってもらおうではないかと、企画開発されたものである。今回、その記念すべき初運行に、岐阜の宝暦会が抽選で選ばれ、招待客を募って運行するという。宝暦会いわく、今回は主に自所で介護している方々のほか、岐阜、名古屋近辺の宝暦会とご縁のある方々等も招待したという。参加費用は少々値も張るが、国のモデル事業であるため、国からの補助もあり、医療介護サービスを受けられる事を考えれば案外割安で参加できるという事であった。
「……ですから鶴子さん、ご体調よければ是非ご参加どうぞ。その場合、鶴子さんの体調などは今後も随時、私どもから岐阜の宝暦会さんにご報告申し上げますから。このモデル事業、こちら東京の法人さんたちも多く申し込まれて抽選で外れたそうです。ですから是非、その運行の様子なども、旅行の後でお話下されば、私どもも非常に参考になります。102歳の鶴子さんを頼って、みたいな格好にもなりますが、鶴子さんは私ども東京介護界隈でも皆が手本にされる元気高齢者さんです。大丈夫です」
「そんな……」
「何と言っても、私は、102歳ですよ……」
鶴子も正子も、少し恥ずかしそうに受け応えた。
「もし、出発までに体調が悪くなればキャンセルなされば良いですよ。時間はあります。来年の8月ですから。逆に早く申し込んでおかないと満席になる可能性だってありますよ。鶴子さんの介護状況だって、早くから先方さんと連絡とりあった方がベターですし」
「そうですか……」
「8月には私は、103歳なんですよ……」
「頑張ってください。息子さんの仰った事前の予行演習2泊3日旅行なんかも、良いと思いますよ」
「はあ……」
「それから、鶴子さんと先方さん宝暦会さんですけど、少なからずご縁があるそうですよ。私はある程度の詳細を伺いました。鶴子さんは、先方さんにとっても重要人物なんだそうです。でも、それは鶴子さんと正子さんには秘密にしときますね。ゴメンね。先方さんいわく、ミステリー列車ですから可能な限りシークレットで、と。本当にゴメンナサイ」
その夜、正子は比呂志に電話した。
「ハハハ、それで参加決定と」
「当然、祖母ちゃんが無理そうになったらキャンセルするわ。比呂志も参加お願いね」
「とりあえず、分かったよ」
翌日、正子は申し込んだ。鶴子の介助者として、娘の正子、孫の比呂志を合わせて3人で参加することとした。そして、事前の家族による2泊3日旅行も企画することにした。こちらも、鶴子には行く先を告げず、家族企画のミステリー行程である。
11月の金曜日、東京駅。正子と比呂志が車いすの鶴子を伴って新幹線に乗り込んだ。
「祖母ちゃん、ともかく乗れたね」
「比呂志も有難う。正子だけじゃキツいやろでねえ」
「さあ祖母ちゃん、行く先はどこでしょう?」
「さあねぇ。でも私ら、これから、西向いて行くのかね?」
「おっ、それ、当たり! この新幹線、西に向かうよ」
「現在の祖母ちゃん、新幹線と言えば東海道新幹線しか思いつかないかもしれんよ。それに今しがた、博多行きの表示も見たかもしれないしね。それにしても、私も何年振りかなぁ、新幹線」
久々の新幹線旅行に正子も興奮気味だった。出発の合図が聞こえ、新幹線がゆっくり滑りだした。来年8月のご招待ミステリー列車1週間の旅を前に、練習旅行が始まった。鶴子はまだ行く先を知らない。本番前に、事前にちょっとだけミステリー気分を味わってもらおう、それも予行演習の一つだと、家族で企画した。
「見て、祖母ちゃん、あれ、東京タワー」
「えっ? どこ?」
「残念、もう無理だ。ほんの一瞬程度しか見えないからね」
「ビルが増えたんだろねえ。昔はもう少し、見えたんじゃない?」
実際、間違いなく以前とはビルが増えたのだと正子は思っていた。正子は東京生まれの東京育ちで78年。この間に東京は進展を重ねた。戦後の瓦礫野原の時代。そして復興と高度成長の頃の多開発の時代。東京タワーもその頃に出来て、当時はもっと色々な場所から見る事もできただろうが、今や更にビルが立ち並び、タワーを見られる地点も限られる。それらビルの多くは昭和から平成に代わる頃を中心に新しくなったものも多く、非常に綺麗な洗練されたビルたちだ。昭和の東京は、もっと汚く煩雑で混沌としたイメージがつきまとっていた。現在の眩しいまでに綺麗な整理された東京は、いつ頃から現出したのだろう。令和になり、都内では更に大規模開発が進むらしく、今後また、東京は新しく生まれ変わっていくらしい。
「品川の駅なんて、あるんやね」
「そうか、祖母ちゃんは知らないか。もうすぐリニアも走るのよ」
「そうさ。リニアは東京から名古屋まで40分。時速500キロ。新幹線の倍くらいの速さなんだよ」
「そんなものが出来るのかね。いつ? 私はもう寿命やで、乗れんやろね」
「まあ、ちょっと無理かもだけど、できるだけ長生きしなよ」
「102歳まで生かせてもらったんやで、もう充分、充分」
「アハハハ・・・」
新幹線の旅は快適だ。時速250キロ~300キロで走っているのだろうが、揺れも感じず、上下の跳ねも全くない。車内は静かで時折り、空調か何かの機械音ばかりが目立って聞こえてくる。
「速いねえ。ほれ、田んぼや家が、飛んでいくよぉ。ほれ! あれ!」
「ハハハ、祖母ちゃんは久々だから、新幹線の速さが特に驚きなんだな。確かに新幹線、昔より速くなってるのも事実だけどね。祖母ちゃん、もうすぐ富士山が見えてくるよ」
「ほうかね」
正子も富士山を見るのが楽しみだった。久しぶりだった。今日は天気が良いので大丈夫だろうと考えていた。一方で正子は何となく違和も感じていた。その原因が何なのか分からなかったが、僅かだが確実に違和感を覚えていた。
「そぉれ、見えた。富士山」
「ほぉ、これは、どうじゃ!」
頂に白い雪をのっけた富士山が、車窓に大きく映える。好天で山の美しい輪郭がはっきりと視認でき、車内の乗客の何人かもその絶景に見とれていた。
「こんな山は本当に珍しいやろね。どこから見ても、あの形なんやろ?」
鶴子も富士山のほぼ完全な円錐形については承知らしく、その珍しさに感動していた。
「それに、何万年も前からずっと、この景色なんだろうね」
正子は富士山の美しい現在のみならず、過去からの連綿とした年月の積み重ねについても思いをはせ、自ら更に感動を増幅させていた。
「でも確か、全く同じ形とは」
比呂志がスマホで調べ出した。
「やっぱりだ。あの、富士山の稜線の右下の方の膨らみ、見える? 分かる?」
「うん、あるよね。あの膨らみ。知ってるよ」
「あれ、宝永噴火といって、江戸時代の中期、5代将軍綱吉の時代に富士山が噴火したらしく、その時の噴火口があの辺りで、あの膨らみというか盛り上がりは、その時の結果形らしいよ。だから、富士山といえど、長い年月のうちには形を変えているわけだよ」
「えっ? そうなの。僅かとはいえ形を変えてるのか、富士山も」
正子は驚いた。鶴子も聞き入っていた。大きな姿で黙って立ちはだかっていた富士山は、やがて車窓から消えた。轟音と共に新幹線がトンネルに入り、車窓は真っ暗になった。鶴子が尋ねた。
「ほんで私ら、どこへ行くの?」
「もう少し、お楽しみ。秘密。ミステリー列車よ」
「その、ミステリーって、何やね? どういう意味?」
「ミステリー、日本語で何かなぁ。比呂志、どうよ?」
「推理とか、不思議とか、そんな感じかな」
「ドラマなら、殺しの話やね」
「ハハハ、この旅では『殺し』は出てこないよ。ミステリードラマなら確かに『殺し』が出てくるけど」
「アハハハ。祖母ちゃんが『殺し』と言うとはね」
3人は笑いながら新幹線の旅を進めた。それぞれの心身が多少の疲れも感じているのであろう。やがて、まずは正子が瞼をとじた。続いて比呂志も目を閉じていった。それでも鶴子は、ずっと目を開けたまま、車窓を見続けていた。
「あんたら、もうすぐ名古屋やよ。降りんでええの?」
鶴子が、寝ている2人に声をかけた。
「もう名古屋か。でも祖母ちゃん、名古屋では降りないよ」
「そうなのかい。しかし、名古屋も大きくなったわぃ」
「そうか、祖母ちゃんは元々名古屋だからねえ。名古屋のどの辺り?」
「名古屋の東の方の小高い山の辺りじゃったんやが。東小山いう所やった。この車窓からでは全く分からせん。こんな街になってはなぁ。名古屋も、戦後すぐは焼け野原やったし、私は空襲で家も家族もなくして、たまたま縁あって清さんと一緒になって、しばらくして東京に出て来てしまったで」
「前に祖母ちゃんと一緒に東小山に行ったんだけど、街が大きくなってて、全く昔の面影はなかったらしく、ちょっと寂しい思いもしたのよ」
「へえ、そう。俺もまた今度、行ってみようかな」
「8月のミステリー列車、名古屋発だからね、その時また祖母ちゃんも連れて行ってみようかな、東小山」
「そうか、その機会があるか。ミステリー列車の1週間は、やっぱり俺は仕事で無理だけど、スタート前の名古屋散策だけ同行しよっかな」
「そうしてよ」
「比呂志、頼みます。正子も年やでな。ハハハ」
「正に老老介護なんだからね」
新幹線は名古屋を後にして、更に西へ向かった。
トンネルを過ぎると、家々が密集して立ち並ぶ景色が車窓に現れた。トンネルは県境だったのだろう。やがて、沿線に少し大きめの建物らが見え始め、お寺の屋根やお墓の広がる空間なども目に入ってきた。
「あれ、五重塔かね?」
「そうそう、たぶん東寺だろうね」
「さあ、祖母ちゃん、降りるよ」
「京都かい。京都なら、哲男にも会えるんかい?」
「ああ、そうだよ」
哲男は比呂志の息子で20歳の大学生。京都で学生生活を送っている。鶴子のひ孫である。
「京都駅も凄いねえ」
鶴子を車いすで押しながら、正子は思った。大きな近代的な駅ビルは、古都京都をイメージさせてくれない。駅内を行き交う人の数も多く、また、ニュースで見聞きしてはいたものの、外国人の数の多さには驚かされた。
「でも、あれは、さすがだね」
駅前に、でんとそびえたつ京都タワーは、東京タワーとはまた少し違った意味で昭和の印象イメージを大きく盛り返してくれる。何と言っても駅前なのだから、身近なシンボル感が半端ない。3人は駅前のホテルにチェックインした。
「祖母ちゃんも疲れただろう。夕方はホテルでゆっくりしよう」
「今回の目的地は、京都でした」
「おおきに、おおきに」
「大きい祖母ちゃん、久しぶり」
「おぉ、哲男」
夜になって、哲男がホテルの部屋を訪ねて来た。哲男の通う賀野川大学では今日から学園祭が始まり、哲男も出店や展示などで何かと多忙らしい。それでも明日の土曜は鶴子らを学園祭に招いて学内や近辺を散策案内してくれるとのことだった。
「大きい祖母ちゃんは、京都、来た事あるの?」
「大昔に来たよ。でも、もう忘れた。確か市電、路面電車があったはずやけど」
「現在は地下鉄になってるのよ。東京も名古屋もそうだけど、京都も路面電車は廃止されて、地下鉄になって久しいのよ。比呂志も見た事ないでしょ? 京都の路面電車なんて」
「確かにないね。名古屋もそうなの?」
車時代の到来で路面電車は大きな迷惑、邪魔者。東京や名古屋、京都で路面電車が廃止されて50年になる。正子はその思いがけない時間の経過にあらためて恐ろしさの様なものすら感じていた。そして、令和の現在、東京にほんの一部だけ路面電車が残っている事に、異常に有難さを感じてしまった。
「じゃ明日、賀野川大学で待ってるよ」
そう言って哲男は大学近くのアパートに戻っていった。
「哲男、賀野川大学に行ってるのかい?」
「そうよ。明日は祖母ちゃんにも大学の学園祭をみせてあげられるわ。そういう私も初体験かも。大学の学園祭なんて」
今日1日の疲れもあっただろう、日頃の勤めから解放された緩やかさも手伝ってか比呂志は早くに就寝。正子は旅や学園祭のワクワク感もあって少し覚醒が収まらなかったが、やがて寝入っていった。鶴子は瞼を閉じていたが、様々な記憶が思い起こされたのか、なかなか寝付けないでいた。
「よし、哲男、今日はお前が祖母ちゃんの車いす、押してやってくれ。車いすから降りる時なんかは、介護の手さばきで祖母ちゃんを移動させてやってくれ。今度の8月の練習になる」
「ハイハイ了解。大きい祖母ちゃんの介護、まかせといて!」
「そうよ哲男。8月にタダで旅行できるんだから、バンバン大きい祖母ちゃんの世話して、小さい祖母ちゃんを助けてよ」
「婆さん2人、両手に華だなぁ、哲男。それはそうと、これが賀野川大学の学園祭か? 大学の学園祭はお父さんも約30年ぶりだけど、何か小ぢんまりした感じがするなあ」
「昔は派手だったのかもね。まぁ、俺はこれが普通、日常だから、比較はできないけど」
「考えてみりゃ、小さい祖母ちゃんの生まれた頃が団塊世代、お父さんが団塊ジュニア。その頃が大学生人口も最高潮だったかもな。その後は人口減少、特に子供の数は年々減り続けて、今じゃ学生数が少なくて風前の灯の大学だって沢山あるそうだから、言わずもがな、か」
4人は、学舎内の1室に入った。そこでは、哲男が加入する生物研究サークルの展示発表が行われていた。
「結構なお客さんの入りじゃないか?」
「本当ね」
正子も驚いた。サークルの学生と思われる若者たちが、訪問客に色々と展示発表について説明している。鶴子の車いすを押しながら哲男も説明の輪に加わっていった。102歳の鶴子祖母さんの登場で、哲男の周りは大きく盛り上がっている。
正子は他の説明展示に目をやった。そこには、京都で見かける様々な生き物について、画や漫画、写真などを用いて説明紹介されていた。どこに居ても当たり前の犬、猫、カラス。まあ居るであろうイタチ、ヘビ、様々な鳥や川魚、昆虫の類。タヌキ、キツネやサルも居るのか。
(えっ? 京都の街中を流れる賀野川に、オオサンショウウオ?)
説明展示の前でびっくりしている正子に、女学生が話しかけてきた。
「ビックリ、驚きでしょう? 居るんですよオオサンショウウオ。三条や四条辺りでも目撃されたこと、あるんですよ」
「えぇっ?」
三条、四条といえば、京都の中心地だ。そんな場所にも居るのか。オオサンショウウオといえば、山奥の清流にしか生息していないものとばかり思っていたと、正子は大きく驚いた。
「人間の数が多くなって、色んな開発も含めて人間の勢力が勝っていたうちは、オオサンショウウオも山奥に閉じ込められてしまってた状況だったんです。でも今は徐々に逆転し始めて、自然保護も進んで、彼らも下流に戻って来始めているんだと思います」
「そうなんですか」
正子もうなずいた。思わぬ所で変化も起きているんだな。今や街中にも戦後昭和には見られなかった生き物たちが多く生きている。それに気づいた現在の若者たちは、こうして探索研究をしている。比呂志の若い頃などならば、生物サークルなんて、ほとんど見向きもされなかったはずだ。今やこんな若くて可愛い女子学生さんが。それにましてや、このお客さん。これも、ネット等で情報を知り得た多少コアな生物ファン等が集まってきているのかもしれない。時代の変化は恐ろしい。自分らの知らない所でどんどん変革を遂げているのだ。
一方、楽しそうな学生らの間でもてはやされていた鶴子は、自身も楽しめたではあろうが、少々疲れもしたようであった。
「いやあ、若い人は、ええな」
そう笑いながら、家族4人は生物サークル展示室を後にした。
「よし、大きい祖母ちゃん、今度は外を回ろう」
大学内には様々な出店も出ていたり、ステージでの公演なども催されていた。30年前に比べれば小ぢんまりした学園祭なのかもしれないが、現代の大学生が可能な限りの運営をしている。そういえば、平成の頃から路上ライブなども活発になってきたし、昭和と比べて確実に時代や文化は変化しているのだ。ましてや戦前を生きた鶴子の目には今、何がどう映っているのだろう。正子は感慨深く思った。
「あれ、何やね?」
「大学の古いシンボル、講堂の時計台だよ」
鶴子と哲男の見上げる先には、赤レンガ造りの古い建物が見えた。
「明治の頃の建造を現在に残してるみたい。現在は教室なんかとしては使ってないよ。重要文化財らしい」
「へぇ、そうかい。なにか私も見た事あるような……」
「ホントに? 大昔、若い頃に来たとか?」
「うーん、どやったいなあ」
鶴子にははっきりとした記憶があるわけではなかったが、何となく見た事のあるような景色だった。実際、明治期の建造ならば、もしかしたら、という思いもあった。
「いろいろ有難う、哲男」
「頑張りゃあよ、哲男」
「じゃあな、哲男。8月のミステリー列車は、お父さんは仕事で無理だから、悪いがよろしく頼む」
「ああ、まかせといてくれ!」
家族はミステリー京都の旅を終えた。
2月になって、鶴子の心身の弱りが目立ち始めた。元々小食であったが、更に食べられなくなり、精気が乏しくなりつつあるのが端から見ていても分かった。そして2月末に鶴子は静かに息を引き取った。僧侶を伴って葬儀がしめやかに行われ、火葬場で荼毘に付された。家族親族の前で閉じられた扉の向こうでは、火炉が大きな音を立てて作動しはじめた。何人かの親族の目には涙があふれていた。鶴子102歳、長い人生、大正の末に生を受け、戦前戦後の昭和、そして平成、令和を生き抜いてきた。その人生に思いをはせ、また、各人各々の死や未来についても思いめぐらせたことだろう。
「ご収骨の時間は、1時間半後の予定です」
火葬場スタッフの言葉がフロアに木霊した。
「この辺りが頭の方です。こちらが脚の方です」
火炉の隣室に配置されている台の上に、鶴子のお骨が黙って広がっていた。台の周囲は暖かい。なるほど、火葬後すぐなのだ。火葬場のスタッフが話を続ける。
「ご高齢ですが、たくさんお骨が残っていますね。火炉の温度加減などもありますが、ご丈夫な体質だったのでしょう」
「お母さん……」
正子が思わず声にした
「これが頸椎です。世間ではよく、喉ぼとけと勘違いされますけど」
小さな骨の塊を指してスタッフが説明し、続いて次の骨を指した。
「この少し大きいのが大腿骨、太ももの骨です。こちらが頭蓋骨の一部分と思われます。真ん中が辺りは胴体でして、骨は少ないです。主に内臓ですから。これは金歯か何かでしょうね」
「祖母ちゃん、金の入れ歯してたよね」
「黄金の歯々とか、言ってたよね」
皆も頷いた
「では、皆さんでお骨を拾い上げ下さい」
火葬場スタッフから箸と骨壺を受け取り、家族皆で代わる代わる拾い上げた。
「秋の京都が、少し疲れたのかなあ」
「多少はあるのかもしれないけど、それをあんまり気にしちゃダメだ」
「そうそう、祖母ちゃん、あの後も、8月のミステリー列車、楽しみにしてたから。行く気満々だったんだから……」
高齢の鶴子は、晩年はもっぱら正子の介助付き、要介護の限られた日常生活であったが、達者な頃には比較的行動的なタイプで外出もしたし、インドアでは読書もたしなんだ。実際に沢山の本を読んでいたかどうかはともかく、本棚には多くの本が並んでいた。日本の古典などが多いがギリシャ神話などの本もあった。その他にも普段の日用品等も数々自宅に残されており、いわゆる遺品というべき物品が所狭しと自宅内に陣取っていた。
正子はまだ、遺品の本格的な整理までは踏み込めないでいたが、時々鶴子の遺品をのぞくことがあった。時々写真などが出てくると(こんな時もあったな)と、懐かしく思いを巡らせることができた。ある日、小机の引き出しの中に数通の手紙や写真などを見つけた。
(誰からだろう。これは名古屋からだ……)
「もしもし、比呂志」
「何?」
「前に申し込んだ、ご招待の『ミステリー列車』だけど」
「ああ、あれ。祖母ちゃん死んだんだからキャンセルしたら、俺が連絡しようか?」
「それがね、行ってみる事にしようと思うの。せっかく祖母ちゃん楽しみにしてたんだから。祖母ちゃんの遺影なんかも持って、一緒に行ってみようかな、て」
「そりゃ、俺は行くわけじゃないから、別に構わないけど。主催者は祖母ちゃん居なくてOKなの?」
「先方さんに電話で聞いてみたら、最初は少し戸惑われたみたいだけど、すぐOKして下さったのよ。鶴子さんの遺影と共に是非どうぞ、て」
「へえ、じゃぁ良いじゃん。行ってきなよ。哲男は?」
「後で聞いてみるわね。とりあえず、祖母ちゃん亡くなったけど、行ってみる、ということで。8月だから、103歳の祖母ちゃんよりはましとしても、私も79歳になるから充分気をつけて旅行するわ」
「その点、主催者が医療介護付き列車で運行だし、ますます条件良いよ。多少は値が張るとしても」
「そう。その意味で安心なのよ。形だけとはいえ、祖母ちゃんも連れていきたいし。先方さんにとっても重要人物らしいんだから。実は何か大きなご縁があったのよ。祖母ちゃんと先方さん」
鶴子との旅は終わったと思っていた。
しかし、まだ先があるのかもしれないと、正子はあらためて思い直していた。
おわり
<あとがき>
梗概の内容とは少し変更して今回の実作としました。ミステリー列車の出発以前のストーリーです。(ご容赦)
私は、最終課題が「4万字」と気づくのが遅く、更にその執筆期間も普段の1ヶ月プラス少々しかないと判明したので、最終課題への対峙は半ばあきらめ、途方に暮れていました。しかしその後、今回の「第7課題=終末」、次回の「第8課題=魔法」に食らいつけば、何とかなるかも、という考えに至り、俄然、勇気が湧いてきた所です。
前述の両課題の実作を、簡略または序の形で書き進め、どちらかを拡大、又は両方を融合して拡大した実作で最終課題に臨もう(目標=できれば2万字以上)と、今は考えています。ご容赦、よろしくお願いいたします。
文字数:11258




