終末デスマーチ

印刷

梗 概

終末デスマーチ

2026年7月深夜。ブラックIT企業に勤める佐藤は、デスマーチプロジェクトによって22連勤中。週末も無く心身がボロボロになりながら、一瞬の休息を求めて深夜営業のカフェ『アース』に向かう。しかし『アース』は空から何かが落ちてきて押しつぶされていた。

1999年に地球に落ちてくるはずだった”恐怖”の大王は、宇宙からの旅路にトラブルがあり、約27年遅れで地球に突っ込んできた。仕事ができず不器用な恐怖の大王は、着陸目標を誤ってカフェに激突したのだった。瓦礫の中で、また始末書だと頭を抱えて泣く恐怖の大王。その姿を見ていた佐藤は同じ社畜の匂いを彼に感じ、手持ちの缶コーヒーを差し出す。お互いに仕事の愚痴を話して意気投合する。

佐藤に背中を押されて意を決した大王は、数日後に巨大な宇宙船を都心上空に展開。「我は恐怖の大王なり」と全世界へ通信を送り、審判の時だと言う。自衛隊の攻撃も無力化される。世界が終わってくれればやっと仕事せずに済むと思った佐藤。しかし中継で映った姿を見て、まさかあの時話したのが恐怖の大王だったのかと凍りつく。自分が励ましたせいで、絶望していたはずの恐怖の大王がやる気を出してしまい、地球の危機が訪れてしまう。自責の念を感じる。

政府による交渉は難航しており、佐藤は警察に名乗り出て、彼と話したいが、デスマーチに囚われる佐藤は仕事が忙しすぎて会社から出られない。中継を見ながら焦りながら、今までで一番のハイパフォーマンスを出す佐藤。なんとか仕事を終えて、再び恐怖の大王と話すことに成功する。

佐藤と話して大王が迷いを見せた時、さらに巨大な影が現れる。彼の上司である”絶望”の大王だった。恐怖の大王の仕事ぶりを見兼ねて地球に来た様子。横柄な態度で恐怖の大王を罵倒。佐藤には覚えのあるパワハラ体質の上司のように見えた。

恐怖の大王は絶望の大王と対立し、地球を守る側につく。人間との協働もあり、絶望の大王を撃退し、地球は危機を脱する。恐怖の大王は佐藤に礼を言って宇宙に帰っていく。それを見送る佐藤。

終末など嘘だったかのようにすぐに日常が動き出す。佐藤は会社へ向かい、上司のデスクに退職届を叩きつけてオフィスを去る。君も辞められただろうか、と空を見上げる。この世界は終わらなかったが、佐藤にとっての世界は一つの終末を迎え、久しぶりの週末がやってくる。

文字数:973

内容に関するアピール

週末より先に終末が来るコメディSFです。

題材は、ノストラダムスによる予言「恐怖の大王」です。実際には、1999年には何も起こらなかった訳ですが、もし恐怖の大王は宇宙人で、仕事ができない故に遅刻してきたら、というIFを軸としたコメディSFです。

社畜に囚われる佐藤と、同じく宇宙の社畜で仕事をする恐怖の大王、二人の境遇を同期させながら、世界の終末と、人の終末(と新しい始まり)を上手く重ねられたらと思ってます。

どうやって佐藤がデスマーチを片付けて会社を出るのか、宇宙のパワハラ上司をどうやって倒すのかが中盤以降の中心になります。後者は宇宙労基に告訴するのか、物理的に倒すのか、論で戦うのか、煮詰まってないので引き続き考えます。その要素にSF的なものを入れられると良いなと思ってます。

文字数:339

印刷

終末デスマーチ

誰でも簡単に放火犯になれる方法がある。

君は会社に勤めているだろうか。もしそうであるならば、十分に条件を満たしている。その方法とは、できないことをできると言い続けることだ。そうするだけで、君の仕事には容易に火が着き、どんどんと大きく燃え始める。火災の範囲は、君の役割に応じて変わってくる。

今私の身近な放火犯は、その愚かな口先で数億というお金と、数十・数百という人の命を絶賛燃やしている。割を食うのはその下にいる現場の俺たち。俺たちが過労で死ねば、色んな悪事がバレて、一矢報いられるというものかもしれない。いつでも死ねるという気持ちは、心のお守りになるものだ。

もう7月。昨日までゴールデンウィークが云々と話していたような気がするのだが、気のせいだったのか。オフィスの外では熱気が身体に粘りつく。深夜でも汗が噴き出てくるなんて、そろそろ地球も終わりかもしれない。もしくは地球もどこかで燃えているのか。

「休みをくれ」

心の底から浮き上がってきた言葉が漏れる。

佐藤信一、34歳、独身。

職業、プロジェクトマネージャー。

週末を失った俺は燃え盛る火の中にいる。今日もデスマーチで灼熱で照った道を練り歩く。

—-

最後に休んだのは一体いつだ。毎日の変わらない景色に感覚が鈍ってくる。

そう、弊社はブラック企業だ。

利口な会社は上場なんてしない。上場すれば労務管理が圧倒的に厳しくなる。社員が労災やら、過労死でもすれば大きなリスクがあるからだ。当然こんな人外な働き方は認められない。それでもやり方はあるだろうが難易度は増す。なら最初から上場なんてしなければいい。うちの社長はよく分かっている。

弊社には連勤のギネスホルダーたちが日夜、命と凌ぎを削っている。ハードワーク大国の日本でもトップクラスなのだから、弊社は間違いなく世界の最先端であるに違いない。

とっくに終電もない。今日もネカフェで仮眠するしかない。オフィスのある茅場町から、日本橋の方に向かって通りを抜けていく。大声で笑い声を立てる背広を着た中年の親父たち。酔っ払い。あんな大人にはなるまいと言い聞かせていたはずが、あんな大人にすらなれなかった。俺もああやって楽しく社会人やりたかったよ。飲みてえよ。

路地の裏に入っていく。まずはオアシスで一息をつきたい。今日もあの子がいると良いんだけど。深夜でも陽だまりのような笑顔を見せてくれる店員さん。あの子がいなければ、俺はとっくに折れていたかもしれない。

癒しの場所は角を曲がればもうすぐだった。そのはずだった。

茅場町の隠れた名所。喧騒にくたびれた社会人たちを癒す深夜営業のカフェ「アース」。その大きく出た店名の重みについに耐えきれなくなったのか、アースは潰れていた。

文字通り。上から隕石でも降ってきたように。ぺしゃんこに。

—-

ジーザス!ああ!どうして。

辛うじて事切れずに済んでいた糸が切れそうになる。つい力が抜けて膝が落ちる。美しかったあの子の笑顔、透き通った瞳。深夜のカフェなんて碌な客層じゃない。安くてうっすいコーヒーでいいのに、それでも91.6℃での提供にこだわるオーバーキルなマスター。

この店での思い出が走馬灯のように駆け巡る。(と思ったが、同じシーンしか浮かんでこなかった。隅の席で店員さん見て癒されてるだけだ。)

当たり前にあったものが突然無くなると、人はそのことが受け入れられないらしい。不在とは追憶する触媒すらもが失われるということだからだ。

思わずスマホでカフェ「アース」を検索する。特にニュースになっているような形跡はない。インスタを見ると、お店の看板の画像に動くテキストで「七月二日・三日臨時休業」とある。今日は七月二日。いや、永遠のお暇じゃねえかよ。少なくとも、あの子は無事だといいんだが。

胸が半分くらい撫で下りたところで、瓦礫が崩れるような音が聞こえる。ついビクッとする。

「いてて、着陸失敗しちまった」

何やら声が聞こえる。よくは聞き取れない。

「目標はEarthにしてたんだけど、似た名前の下位次元まで設定しちゃってたのかも。わー思いっきり建物壊しちゃってる…ぐぁぁまた始末書だあああああ。また上司に詰められる…」

唸り声のようなものが聞こえ、瓦礫の奥を覗き込むと、一人の青年が瓦礫の上でうずくまっていた。事故に巻き込まれた人かと思い、声をかける。

「大丈夫っすか?何かありましたか」

その青年は俺の声に気がついたのか、思わずビクッとしたようだ。驚かせてしまった。青年はどこか異国情緒漂う制服のようなものを着ている。しかしどこの国のものとも言い難い。

「ひえっ、ああ。すみません大丈夫です。失敗なんてしてません」

失敗とは何のことだろうか。どこか怖気付いている感がある。

「危ないので、一旦こちらに出てきてください」

近づいて俺が手を引くと、右手で握り返してきた。俺は男性を瓦礫の上から引っ張り上げる。青年の目には涙が溢れており、鼻の頭が赤くなっているように見えた。

「大丈夫っすか。泣いているように見えますけど」

いくら仕事で余裕が無くても、目の前で泣いている人を心配する紳士さは忘れちゃあいない。青年は少しもじもじとするように、話すかを迷っているようだったが、やがて口を開いた。

「仕事で大きな失敗してしまいまして」

俺はリュックに入っていた化石のようなティッシュを取り出して差し出す。ありがどうございまず、と少し鼻声で青年は言う。この感じなんだかほっとけない。

「そうなんすね、そういう時もありますよね」

「今回の仕事も当初の予定からだいぶ遅くなっちゃって。自分のミスもありましたけど、途中に色んなトラブルもあって。何とかたどり着いたんですけど、遅れちゃったし、上司にもどう報告しよう。こっからどうしようっていう」

痛いほどよくわかる話だ。プロジェクトマネージャーとは責任者という名の贄だ。スケープゴート。そんな途方に暮れた日には、瓦礫の中で泣いてみたい瞬間もあるかもしれない。

自分も以前はよくオフィスの屋上で現実逃避をしていたことを思い出す。その時は、同じ苦しみを共有する、むしろ矢面に立っているはずの先輩が、ほれと言って、あたたかいコーヒーを投げ渡してくれた。ドラマやCMみたいな世界。しかしその物語が自分の拠り所だった。

“世の中には二種類の会社がある。一つはブラック企業。もう一つはどブラック企業だ”

働きすぎてもう頭の回っていなかった先輩のこの迷言は、今でも俺の脳裏に染み付いている。どうせ世の中の仕事は、全ての物事に付きまとう影のように、ある面において必ず黒いのだという鋭い箴言とも取れる。先輩はこの世界のどこかで元気にしてるだろうか。

ちなみにブラック企業はなぜ黒いのか。それは労働時間と缶コーヒーの消費量には相関係数r=0.9で正の相関があるからだ。大手町と虎ノ門が日本で一番ブラックの缶コーヒーが売れる。もちろん諸説ある。

「ちょっと待っててください」

俺はしばらくその場を離れる。

「これ良かったら」

そこの自販機で買ってきた缶コーヒーを差し出す。迷ったが夜なので加糖にしておいた。青年は少し迷ったが受け取った。

「ありがとうございます。冷たくて気持ちがいい。地球って親切な人もいるんですね」

「ひどい世の中ですけどね、こういうちょっとしたこともありますよ」

面白いジョークだ。ああ、この世界はクソみたいなところだが、その中にも粋な心はある。おれも思わず買った自分のコーヒーも首筋に当てる。彼のいう通りだ、汗ばんだ身体に冷たさが巡る。

「このクソみたいな世界に」

缶をぶつけ合う。さあ乾杯。多分おれの体の半分は珈琲で出来ている。その血までブラックかもしれない。青年はうまく缶を開けられないようで代わりに開けてやった。

—-

「あ、これおいしい。初めて飲みます」

小さい缶コーヒーの魅力に気が付いていない人が存外多い。

「ちなみにお名前は」

「僕はテラっていいます」

寺田さん、寺山さん、あたりだろうか。おれは名前に面白いまたは珍しい文字があったら、それが必ずあだ名に反映される、「珍し勝ち理論」を提唱している。

「テラさん。うっす、佐藤っす」

会釈をすると、テラさんも静かに返した。失敗して落ち込んでいるときは、話すのが一番だ。ちょっと聞いてあげようじゃないか。

「上司がやばい人なんですか」

「そうなんです、なんでも勢いと圧でやらせてしまうような人で。こっちの事情もなんも聞いてくれないんです。その圧力で白も黒にしてしまうんです」

「あーわかります。典型的なパワハラ上司っすね」

うっすいコーヒー(これは俺の味覚が死んでいるのかもしれない)をすすりながら、お互いの職場・上司の愚痴が満開に花が咲く。どうやらテラさんは遠いところから出張で東京に来たらしいが、道中に色んなトラブルがあって、大事な仕事にだいぶ遅れてしまったらしい。それをパワハラ上司に電話でどやされてだいぶ落ち込んでいる、ということだった。

その話を聞いていると他人には思えず、どうやら自分より少し年下くらいの顔立ちに見えた彼を励ましたくなってしまった。真夏に蒸し暑い先輩風がびゅーびゅーと音を立てて吹いている。

「ひどい世界だけどさ。こうやって知らない人と出会って、意気投合して、コーヒーすすって。愚痴言いながらも明日も、いやもう今日なんだけど、がんばりますかって。そうやって生きてくのも、まあそんなに悪くないんじゃないかって思うっすよ」

誰もが幸せになれる可能性があるなんて前提自体、初めから存在しない。この世界は厳しい場所だ。人間は自分より強者に食われて、すぐに死んでいたかもしれない。その中で生き残っているという奇跡の中で、なんとかやっていけているっていうのは、それだけでそこそこ感謝すべきことなのかなと思ったりする。

「サトウさん、大人ですね。かっこいい」

テラさんは少し輝いたような目で俺のことを見ている。別にそんなかっこいいもんじゃない。ブラック企業で(文字通り)暮らしていると、その境遇を正当化しないとやっていられない。そういう考え方にならざるを得ないだけだ。

「なんだか、やってやろうって気になってきました。よし…」

テラさんは腹を括ったように意気込んでいる。その姿を見てなんだか少し満ち足りた気持ちになる。すでに1時半を回っていた。もう四徹を回ってさすがに眠い。

「俺はそろそろ行きます。不思議な出会いでしたけど、会えてよかったです」

右手を差し出すと、彼は握り返してくれる。先ほどよりも熱がこもっている感じがする。

「僕もお話できてよかったです」

テラさんも微笑む。

「せっかくなんでこれお渡ししておきますね」

そういってテラさんは、変わった形の名刺を取り出した。丸い形に見たことない字が書いてある。今どきの名刺も相手の関心を引く大事な営業ツールだ。

「これはご丁寧に。すません、今手元に自分の名刺無くて」

「またどこかで」

そういってテラさんと別れて、俺は行きつけのネカフェに向かった。

—-

「言ったじゃないですか、その仕様は無理ですって!工数さらに倍に膨らみますよ!営業担当は田中さんなんですから、それくらいの折衝ちゃんとやってください!」

勢いまじりに電話を切る。顧客交渉のしわ寄せは全部現場に来るんだから、顧客窓口の営業はしっかり仕事をしろと思う。

俺の勤め先であるゲーム会社 Maguro Entertainment. は、ファンタジーRPGやシミュレーションなどのジャンルの自主ゲームの開発を行っていたが、業績好調もあり、初めて大手IPを用いたゲーム開発案件を受注。これが地獄の始まりだった。

版元と呼ばれるIPを持つ会社は、人気キャラクターに関する権利を持ち、原作者と共にIPを使用したコンテンツに対して決定権を持つ強力な立場にある。それに胡坐をかき、開発会社のことを使い捨ての駒のようにしか思っていない会社さえある。理解不能な要求を納期など気にせずに平気でしてくる。そのハズレを引いてしまった訳だ。

そこまではよくある話だ。

しかし一度案件が燃え始めるとこんなことが起きる。火を消すために稼働が増える、常識外の稼働にメンバーは体調を崩す、そして会社を辞める。人の入れ替わりによるキャッチアップが発生し、そこに時間がかかり、問題が増える。そうしてさらに稼働が増える、以下略。その繰り返し。一度燃えた火は、すべてを燃やし尽くすまで消えない聖なる炎。

4月にリリースと銘打っていたゼタシリーズのオープンワールドRPG『ゼタの神章 ~沈黙の魂~』は、リリース間近に重大なバグが発見されてしまい、延期に次ぐ延期で既に7月。版元も頭から火山を噴火させてお怒り。そしてこの後に及んで注文をつけてくる。SNSの公式アカウントは「リリースまでしばらくお待ちください」という投稿で止まっている。ファンたちからは「開発のMaguro、今頃真っ黒で草」なんて言われている。

火消しに追われる毎日。辞める若手。ストレスで当たる上司。泣く営業。皆さん、ここが地獄の中心です。終わりのないデスマーチ。今日も膝を高く上げて行進を続ける。

目下は明日の顧客との打ち合わせで、リリースの方向性を握らないといけない。

「皆さんテレビ見てください!!!」

急にオフィスにそんな声が響く。執務室のみんなが周囲を見渡して騒然としている。近くでテレビアプリを立ち上げている後輩に音量を上げてもらう。リポーターの焦るような声が聞こえてきた。

「本日12時頃、突如永田町の上空に幅百メートルほどの未確認物体が現れました。国会議事堂の上に浮遊して止まっています」

未確認飛行物体だあ。現場の中継映像が流れ、国会議事堂が映る。議事堂の上には、真っ黒なモノリスを横に倒したような物体が浮いて見える。

今どき質の悪い合成にしか見えない。今どきのAIなら、もっと自然に上手くやるぞ。とはいえ、さすがにテレビ局が言うなら本当なんだろうが。

少々興ざめして仕事に戻る。一大事という感覚はあまり無かった。みんなも同じような感想だったようだ。こうやって世界が終わってくれでもしたら、明日から仕事せずに済んで、この地獄から解放されて万々歳なんだがな。

しばらくバックログの更新をしていると、遠くから空を鋭く割くような音が聞こえてきた。耳慣れない音。それはすぐに戦闘機の音だということが分かる。少し気になって、再びテレビをつける。

「先ほど自衛隊による威嚇攻撃が行われました。しかし未確認物体には変わった様子はなく、沈黙を続けています」

自衛隊も意外と頼りになるじゃないかと思ったが、それからも動きはなかった。

常に中継は回り続けていたが、影の方向だけが変わっていく動物園の定点カメラのような退屈な映像が続いた。こんなことが起きても、世界は変わらなく動き続ける。俺はラップトップの画面をいくらスクロールしても底に辿り着かないほど積み上がったバグのリストを見て、辟易としていた。

15時を過ぎた頃に動きがある。

「我は恐怖の大王なり」

未確認物体から唸るように響く声が聞こえた。俺は目の前のスプレッドシートと格闘しながら、脇で耳を立てていた。プロジェクトメンバーの後輩たちは面白がって集まって、スマホを見始めた。いや頼む、仕事してくれ。明日しくじると終わるんだぞ。

でも恐怖の大王だあ。一体どんな異星人なのか。ちょっと気になってしまう。

未確認物体の正面には複雑な分かれ目が走り、時計の内部構造のようにカチャカチャと動き、その内側から漆黒の球体が出てきた。中央塔の真上で静止したところで、球体がロールの絨毯のように広がった。

その中に現れた一人の異星人。人類初の正式なファーストコンタクトかもしれない。

「時は満ちた。我々はお前たち地球の人間たちに審判を下す」

スマホから聴こえるドスの効いた声。期待通りの恐怖の大王らしいコテコテとも言える。もっと異星人らしい言葉は話せないのか。工夫はないんか、と突っ込みたくなる気持ちを抑える。

そもそも今は2026年。恐怖の大王が来るにはだいぶ遅くないか。1999年に来るはずだったろ。中継カメラが出てきた異星人に向かってズームしていく。そして走る衝撃。

「人間に生きる価値があるのか、我々は一日でそれを審判する」

おいおい、勘弁してくれよ。キミそんな声じゃなったじゃないの。

声の主は、異国情緒漂った制服を着た男。昨晩の缶コーヒーの青年だった。

—-

しばらく唖然としてしまう。じゃあなんだ、俺は恐怖の大王に先輩面をかましちゃっていた訳だ。身体がむず痒い。仕事で恐怖の大王やってるってどんなことだよ。宇宙スケールのディズニーランドのキャストか。

たしかに昨日言ってたな。大事な仕事に遅れてしまったって。いや、27年遅れで遅刻してきたんか。

しかし、本当はこんな仕事やりたくもないとも言っていた。それは本心のようだった。稼ぎのためだけにやっている仕事なのだと。それなのに、こんなことをしていいんだろうか。だからもうこのまま帰ろうかなって。それなのに。

「クソみたいな世の中だけどさ、そう言いながらも仕事頑張ってるテラさん、かっこいいすよ」

昨日の俺の発言。社畜で後輩に仕事をやらせるために磨かれてしまった激励力。ストライクゾーンを打ち抜いたであろう先輩の決め文句。この励ましの言葉から、テラさんは涙を拭いてモチベーションが高まってしまっていた。

しまった。それでやる気だしてしまったのか。もしこれで地球が滅亡したら、俺のせいということなのかも知れない。

なんとかもう一回話せないか。そしたら

「自分の心に従えよ。時には休んだっていいんだ」

とか、なんとか言えるのに。結局なんでもいいんだな、励ましって。

胸のポケットから、彼からもらった名刺を取り出すが、書いてある文字が読めないので連絡がとれない。お洒落なフォントの名刺じゃなくて宇宙語かよ。伸ばしても、叩いても、うんともすんとも言わない。

「おい手が止まってるぞ、何やってるんだ」

後ろから銃口を向けられるように、その声を聞いて、ぎくっとする。つい背筋が伸びる。振り返ると執行役員の山口が立っていた。ジェルで固めてあげた髪の毛に、大学時代は間違いなく体育会でスポーツをやっていたであろう肩幅と厚い胸板。突き刺すような鋭い目つき。

この会社で一番の切れ者。そしてキレ者。

「どうやら地球が滅亡するかもしれないらしいんです」

しかも俺のせいで。俺は恐る恐る山口にスマホの中継画面を見せる。

「そんなこと言っている場合か。リリースは来月まで来てるからな。それが明日の顧客とのミーティングで決まる。そこできちんと握らないと、さらに延期になるんだぞ。再度遅延した日には目も当てられない。損害賠償の請求まであるかもしれない」

真っ黒な仕事人間の山口は、地球の終わりなど気にも留めない。

彼が気にしているのは、成果を出すこと、そして自分の評価を上げることだけ。中途入社後に一気に頭角を現し、数年で執行役員まで上り詰めた。(それと同時に彼と共に仕事をした多くの社員が辞めた)火の海を行進するデスマーチと化した、このプロジェクトを前任と交代で入り、立て直そうとしているのが山口だった。

彼の仕事の方法は単純だ。できないことをできると言う。そして、それを下の者に押し付ける。自分ではやらない。それだけ。生粋の炎上体質。彼の本質は無能だと俺は思っている。

「どうせ民間人に出来ることなど何もない。地球はこれからも変わらずに続く。そう思いながらやってればいいんだよ」

お言葉ですが、山口さん、俺にはできることがあるかもなんです。そして、顔を近づけて耳元で山口は言った。

「逃げられると思うなよ。また失敗したら今度は殺すからな」

俺の肩にポンと手を置いて山口は去っていった。くっそーーーーー。わかってる、仕事しないと。仕事しないと。

—-

なんとか会社を出て、テラさんと話したい。

「佐藤さん、チャットで送ったテスト仕様書、今すぐ見てもらっていいですか」

チームのメンバーから正面のモニター越しに声をかけられる。

「うっす、見ます見ます」

メンバーからの確認やチェックのタスクが四方八方から降ってくる。それはプロジェクトマネージャーである自分が裁かないといけない。それに並行して明日午前中の先方との打ち合わせの準備もしなければいけない。アジェンダと会議資料の作成、事前の顧客送付。脆弱性診断のパッチ対応のテスト設計。関係者への根回し。

だめだ、普通にやっていたら今日は会社から出られない。ご飯を買う暇すらない。積み上がったテトリスは消しても消しても上から降ってくる。スマホの音量を消して、中継を流したままPCの横に置きながら仕事をする。一心不乱にタスクを潰していく。

早く彼のもとに行かなくては。

存外その明確な意識が、積み上がっているタスクを次々と消化していった。多忙な現実に時間が溶けていったこれまでとは異なり、目の奥がすーっと冴えて、焦点がよく合っているような気がする。

「佐藤さん、なんか今日キレキレですねー」

死んだ声でメンバーに声をかけられる。

「地球最後の日かもしれないからね」

「まさか大丈夫っすよ」

残業が常態化すると、仕事にメリハリなんてものはなくなる。過酷な現実に適応するために心は死んでいく。組織の歯車として、弱々しく同じ場所を回り続ける。ゾンビとして舞うことがその環境にいる上では正解なのだ。

しかし、そこに明確な目的ができると、人間性が取り戻されるような気がする。

メンバーに開発状況を共有してもらい、課題管理表を最新に更新する。リリースをブロックしてしまっているバグのリストも最新化して、報告用の資料にまとめていく。来月リリースできるということを説明に盛り込んでいく。

高い生産性と共に一日は秒で終わり、既に深夜を回っていた。深夜だが気にせずに顧客に資料を事前に送付をする。(ブラック体質の企業はブラック同士の企業と取引をしていることが多いのだ)

喫煙室に入り、煙と共に一日の疲れを吐き出してから、会社の休憩スペースで仮眠を取った。寝た気もしないままに翌日になる。茅場町から客先の汐留に向かう途中、永田町の方角を見てみたが、例のモノリスは見えなかった。混乱を避けるためか、国からもテラさんとの間でどのようなコミュニケーションが行われているのかは、報道されていなかった。

気にはかかるが、今は打合せに頭を切り替えた。

「共有させていただいた課題管理表をご覧いただき、現在このような工程・スケジューリングで進んでおります。先日に挙がった脆弱性に対するパッチ対応は既に完了しております」

打ち合わせの当日。ブラインドの向こうには高いビル群が立ち並んでいる。広い会議室には、版元とパブリッシャーの担当者、そして開発会社である俺とメンバーの後輩、あと営業担当。

脆弱性テストで見つかったサーバー攻撃に対するリスクも解消したことを報告し、実装もフィックスさせて先方とリリースの合意を取って、来月こそリリースに漕ぎ着けたい。

「ちょっと話変わっちゃうんですけどね、再度この前共有してもらったデモ環境触ったのですが、キャラクター変更時のモーションが無いんですけど。ここの動きつけてもらえます?」

パブリッシャーの担当者が切り出してくる。

「テスト期間はもう終わってまして。それに要件で伺ってない内容かと思いますが」

「ユーザー体験を考えたら絶対にあった方が良いですよね。私たちはものづくりに妥協したく無いんです」

またこの流れ。取り決めたはずのことを無視して、後出しで好き放題言ってくる。作っているのはこっちなんだ。金を出しているのだからと言って、俺たちの苦労なんて何も考えてやしない。

「技術的にはやれますけど工数が増えるのでリリースが遅れます。追加の費用も発生します」

「でも最初に議論した時に今の内容は伝えてましたよね。これ実装漏れなんじゃ無いですか」

「お伺いしていません」

きっぱりと断る。ただ言った言わないでは、埒が明かない。ブラインドの外に気が向く。おれは早く行かなければいけないのだ。その後も不具合ではない部分を不具合と言い張って、おねだりのように修正を求めてくる。こいつらは本当にこのゲームをリリースする気はあるのだろうか。何なら一度遅れてしまったからには、もう全く別のプランを想定しているのかもしれない。

俺は時計を見る。募った憤りは最高潮に達し、これまでに踏み出せなかった鬱屈としたものが噴き出し始めた。

「それは無理です。リリースに支障が出ます」

「でも、このくらいのこと、サクっとやれるんじゃないの」

「こちらは徹夜してやってるんです。メンバーも稼働が限界なところまで来てます」

「それはこっちの知ったことじゃないな。効率的にやってくれないと」

「求められているものを作ってるんです。こちらの知ったことでもありません。無理です」

もう絶対に退いてたまるか。強情な姿勢を貫く。憤りに薄い皮一枚の敬語を纏わせただけの、やけくそ状態だった。ヒートアップした末に、よくわからなくなった自分は、手元に置かれていたコップの水を自分に被せた。

「失礼、寝不足で手が滑りました」

髪から水を滴らせながら、ギンギンの目で先方にそう言ってやった。流石にその狂人ぶりに引いたのか、以降は反論してこなくなった。黒を呑み込むのは白じゃない。より深い黒なのだ。

そこからも俺は間違っていない、その一心でその場を回していった。自身の断固たる姿勢に先方もついに諦め、なんとか来月のリリース予定日まで話を纏めることができた。

先方オフィスを出ると、うるさく鳴っていた心臓も落ち着いてきた。冷静な頭で先ほどの会議のことを思い出してしまい、顔が熱くなる。自分はなんということを。望んだ結果は得られたものの、明日を迎えるのが怖い。どうせなら地球よ、終わってくれ。

でも、自分にはこれから地球を救いに行くという大仕事が残っている。

ふと後ろから

「佐藤さん、最高っす」

と目の下に深淵なクマを浮かべたメンバーの後輩から肩を叩かれた。

ああ、最初からこうやればよかったのかもしれない。先ほどの恥ずかしさは薄まり、なんだか自尊心の存在を感じた。ビジネスにおける対等な関係の中で、きっぱりと自分の利益のために主張していくことが必要なのかもしれない。

「すまん、ちょっとやることがあって。先にオフィスに戻っててくれ」

後輩にそう言い残して、そのまま急いで永田町に向かう。汐留駅に着くと、本日永田町には電車が止まれないとのこと。ダイヤも大きく乱れている。

がーっ!結構距離があんだよ!めんどくせえ!

俺は永田町に向けて、2.6kmの道のりを走り出した。

—-

テレビで見るよりもかなり大きい。国会議事堂の頭上には真っ黒な宇宙船が浮いていた。周囲は警察車両や野次馬で包囲されている。その中に関係者が出入りするテントのような地点を見つける。

ままよ!特攻だ!

その出入口に何事も無いように堂々と入り込むが、当然止められる。

「ここは立ち入り禁止です」

「関係者です」

そう、広い意味で。

「通行証がなければ入れません」

「すみません、中に忘れました」

本当に忘れる人もいるだろうよ。

「通すことはできません」

がーっ、埒が明かない。

「恐怖の大王”テラ”はおれの知り合いなんです!!!!!」

と騒ぎ立てる。正論と真実を大声で主張するのは、強力なのだということを、俺は先の会議で学んだのだ。しかし、というか、案の定、警備員に取り押さえられる。カバンの中身があたりに散乱する。周囲の野次馬たちも突然の騒動に注目している。地球最後の日に再び恥ずかしい姿を晒している。そうするとパンツスーツの女性が近づいて、しゃがんだ。

「あなた、これ」

手に持っているのは、昨晩にテラからもらった名刺だった。

「離してあげて」

そういうと、警備員は直ちに俺を解放してくれた。偉い人なのかもしれない。

「ついてきて」

そういうと颯爽と進み始めた。俺は慌てて、辺りに散らかったカバンの中身を掻き入れた。

—-

出入口のついた特設の長方形の黒いテントに入り、中央に置かれたテーブルに女性は座った。

「状況を説明します」

女性の鋭く凛としたその声に思わず背筋が伸びる。

「今恐怖の大王”テラ”は地球に対する審判を行っています。24時間をかけて、100人の人間と会話を行い、地球の成熟度合いを判断し、どのような審判を下すかを検討しています。22時間が経過して、既に97人分が終了している。彼は特にここまでの判断について何も言っている訳ではないから、状況はわからないのだけど」

ふうと息を吐く。

「もしあなたが彼の関係者だというなら、彼を止めて」

「言われなくても、そのつもりです。そのために来ましたから」

「あなたはなぜ恐怖の大王と知り合いなの。事によっては」

「広い意味での同類です」

社畜仲間だ。再び息を吐く女性。気が付かなかったが、よく見れば彼女にもマリアナ海溝のような深いクマが入っている。こんな事態だ。もしかするとあなたも同類かもしれませんね。世界は社畜が支えているのかもしれない。

「まあ、いいわ。とにかく頼むわよ」

そういって、俺はボディチェックで衣服以外の身に付けていたものを取り除かれた。その際一つだけ持たせて欲しいものがあると懇願した。手土産が要るんだと言った。長いテントを出ると頭上には宇宙船が鎮座していた。あまりの大きさに空が落ちて来たのかと思った。その一部から薄明光線のように光が降り注いでいた。

「そこに立って」

「死んだりしませんよね」

軽口を叩いてみると、女性は俺の背中を強く押す。暴力は心に余裕がないサインだと言いたい。

光溜まりの中心に立つと同時に、首の付け根から引っ張られるような気がする。一瞬自分が液体にでなるような感覚があった。あたりがぼんやり暗くなったような気がしたが、後に聞き覚えのある声がする。

「もしかしてサトウさん?」

昨日ぶりだ。同志テラよ。

「おつかれさん。ドスの効いた声なんてさせちゃって」

そういって雫の浮いた冷たい缶コーヒーを両手で差し出す。

「ちょっと話そうぜ」

—-

「本当は審判時以外で、審判対象の惑星の人間と接触してはいけなかったんです。審判の客観性が失われますから。ですが、地球への到着もかなり遅れてしまい、気持ちが落ち込んでしまっていたので、ついサトウさんとお話してしまいました」

終わりが見えない薄暗い空間の中で、中心だけ明るく照らされており、そこには向かい合うように椅子が置かれている。俺とテラさんはそこに腰掛けて話を始める。

「宇宙の大きなエネルギーの流れを考えると、生命のある惑星の存在はその流れを滞留させてしまうことがあります。だから審判を通じて、宇宙の全体最適のために惑星を間引く必要があるんです。

しかし、同時に生物とは、宇宙の存在理由たるものですから、彼らが生きるに足るかを知性や人間性から審判するんです。僕たちはその仕事をより”高次”の存在者たちに委託された事業者です」

仕事のスケールが大きい。しかし、テラさんたちも委託元から任された仕事をするだけという意味で、街のごみ収集業者などと変わらない。

「でもこの星に着いた時、もう本当に死んでしまいたいと思ってたんです。鈍臭いので失敗ばかりで上司にも怒られてばかりで。そんな不完全な自分に、他の生命を裁く仕事なんて務まるのか、一体そんな資格があるのだろうか。ずっとそう考えていました。

でも昨日サトウさんに励ましてもらったおかげで、もう一回頑張ろうと思ったんです」

人は思わず頑張ることは美徳なのだと思ってしまう。

違うんだ。自分が頑張っている他者を見たいだけなのだ。それは決して相手のためではない。自分のために他者に頑張りを強要しているのだ。俺は頑張りたくないテラさんに、つい身勝手に頑張りを強いてしまった。

「いいんだよ、別に頑張らなくて。もうその思考が疲れちゃってるんだよ」

「あとちょっとでノルマ達成に貢献できて、ようやく少しは評価が得られるのかもしれません」

「そんなことしなくて大丈夫だ」

「もう少しで、この仕事をやっててよかった。そんな瞬間に出会えるかもしれないんです」

俺は今の会社で数々の社員を見てきた。社畜で働く多くの人間が苦労を正当化して、苦労を努力と取り違える。目を背ける。俺も先輩からそれを後押しされてきて、ここまで生き残り、そして同じように後輩たちにその嘘を押し付けてきた罪がある。

しかし、今度はその罪に正面から向き合わなければならない。

「頑張るな。仕事のために自分を犠牲にすることはない」

「なんでそんなことを言うんですか。僕だって必死に頑張っているのに」

「所詮仕事だ。無理なことは無理と言えばいい。無理だと言っても、誰もテラさんを責める資格はない」

仕事というのは初めから壊れているのだ。その瑕疵を覆い隠そうと、色んな論理を用いて価値を上塗りしようとする。軋みの中に挟まれ、その中でじっくりと火に焼かれるように、やがて自分の身は滅ぼされてしまう。

「社畜は悪だ。自分がその場所にいる理由を正当化する必要はない。悪は悪として、断罪してやれば良いんだ」

もっと早くその理解にたどり着くべきだった。しばらくテラさんは自分の中で整理をつけるように黙っていた。

「佐藤さんみたいな上司だったらよかったのに」

恐怖の大王の瞳からは、静かに涙が流れていた。

「そんな大したものじゃない。ただ君と同じ気持ちが分かるだけだ」

テラさんは袖で涙を拭った。

「はあ、なんかすっきりしました。この仕事やっぱりやめたいです」

そうか。俺はテラさんに微笑む。その勇気に感服だ。

「ところで地球はどうするつもりなんだ」

「正直に言うと、ここまでの97名から判断するに確実に不適格となり、消滅対象でした。でもまだ変わる希望はあるのかもしれない。審判は尚早として経過観察の場合に用いる特別判断があります。今回の審判は保留として、数百年後に再度という形になりますが、一旦は大丈夫です」

「スケールが大きいな」

そう俺が話した瞬間、宇宙船の暗闇の中に怪しい光が降り注いだ。

—-

「ったく全然使えないな、お前。散々仕事が遅れた上に、ろくに最後まで仕事やりきれないわけ。そんなんじゃ今期の審判ノルマ達成できないじゃん」

テラと同じような服装を来た人間が光の中から現れる。明らかにテラ側の人間だ。

「もういいよ。この絶望の大王が代わりに地球に審判を下してやるよ。はい、不適格!はい、しょうめーつ」

絶望の大王を名乗る男は、手に持っている大きな棒のようなものを振りかざした。そうして思い切り地面に向かって叩きつける。そうすると地震のようなものが起き始めた。

「先輩。適切な審判無しに、審判を下すのは違反行為です!」

テラは震えた声で指摘していた。

「いいんだよ、誰も宇宙のこんな片隅の惑星なんて見てないって。そんくらいスレスレの攻めたことをしないと成果が出ねえだろ」

俺はこういう人間を知っている。自分の欲望のために正論を振りかざし、ルールや規則を都合の良いように解釈し、周囲をコントロールしようとする人間。

「テラさん、この人は誰だ」

「前に話した僕の上司です。でも、もう決心が着いたので大丈夫です」

そういうと、テラは暗闇の中に走っていた。おい、こんな時にどこにいく。

どこからともなくぴーっという高い音が響く。絶望の大王は少し慌てた様子だ。彼はそして光に包まれて、その中で「やめろ!」という絶望の大王の声が響いて、やがて一瞬で消えた。

光の上から、新たな宇宙人が降りてきた。

「優越的な関係の利用、および業務上必要な範囲を超えた言動に関して、十分な証拠が提出されたため、報告が挙がった対象者を母星に転送しました。以前からこちらの人物については報告が挙がっていたので、証拠の提出によって検挙の良いきっかけになりました。ご協力感謝します」

そういって宇宙労基局を名乗る宇宙人のたちは嵐のように去っていた。テラさんが戻ってくる。

「あ、テラさんもしかして」

「前から証拠は集めてたんですけどね。勇気が出なくて。弱者がやられっぱなしだと思ったら大間違いですよ。報告してやりました。27年分、宇宙船で報告をまとめる時間はあったんで」

どうやら一件落着となったようだ。まあ、ある意味では俺の撒いた種でもあったんだがな。

俺はテラに声をかける。

「なんか変に焚き付けてしまって悪かった。力になれたらと思ったんだが、多分余計なことをしてしまった」

「いいんです。結果、辞める踏ん切りもつきました。審判なんて驕った事ではなく、もう少し身近な人の力になれそうなことをやってみますよ」

少し不安も混じっている表情だが、テラは笑っていた。

「そうか」

「地球にも騒ぎを起こしちゃってすみませんでした」

「大丈夫だ、どうせ、何事も無かったようにこの星は回っていくさ」

—-

永田町に現れた宇宙船は去っていき、すぐに日常は再開された。事態の詳細は公表されなかったが、記者会見では深いクマを携えたあの女性が、交渉に成功した、と話していた。

一部の人間は地球が終わると思って散財をしたのに、地球が滅びなかったので恐怖の大王を呪ったているらしい。世紀末にもそんな人がいたらしいが、思いのほか地球は滅びてくれないものだ。

「おい、昨日は打ち合わせの後どこに行ってたんだ」

テラさんと別れた後、ネカフェに泊まって翌日会社に出勤すると、山口がデスクで怒り口調で話しかけてくる。

「まだリリースに向けての仕事が山積みだろうが。こんなんじゃ次のポジションいけないぞ。せっかく推薦してやろうと思ったのに」

俺は何も答えない。そしておもむろにリュックの中をまさぐる。

「おい、聞いているのか佐藤」

無言で、茶色い封筒を山口に差し出す。

「なんだこれは」

「辞めます。残ってる有給全部使いますね。おつかれっした」

俺はそういって、デスクにラップトップとカードキーを置いてオフィスから出ていく。しばらく後ろから山口の怒声は聞こえていたが、イヤホンをするとそのノイズは直ぐにかき消えていった。

—-

オフィスから出た。通りを吹く風は思ったよりも爽やかで心地が良い。振り返ってみると、Maguroのオフィスビルは7月の暴力的な日差しを反射して煌々と照っていた。何かが変わらない限り、この会社はまた何度も燃え続けるんだろうな。でも一度外に立ってみれば、所詮たった一棟の小さなビルの中の出来事。世界は思ったより広いんだから、もっと外に出ろってことだよな。宇宙人を見習って。

駅前の交差点から、遠い青空を眺める。

君も辞められただろうか。

私用携帯の電源を入れる。今日は2026年7月4日の金曜日。久しぶりの週末がやってくる。サブスクで溜め込んでいた映画でも見るか、鎌倉まで一人で小旅行なんてのも良いかもしれない。時間はある。

まずは帰って汚い部屋を片付けるところからだ。

文字数:15697

課題提出者一覧