星花火

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梗 概

星花火

 未来では、生命を育てた培養星を打ち上げて咲かせる「星花火」が人気の娯楽だ。もとは閉鎖生態圏カプセルとして流行した培養星を、終わったあとどう処理するかから生まれた技術だったが、いまでは花火のための培養星まで作られている。
 発光菌や胞子植物、微小生物などを育てた星の中心には小型の人工重力核があり、星花火師は内部の管理アバターに感覚同期型VRで接続して星に住み、風や温度、生命反応の癖を身体で知ったうえで、どこにどうメスを入れるかを決める。均衡を崩された重力核は、生命反応を発光へ変えながら大気を解放し、切る位置次第で弾ける方向やタイミングを変え、普通の花火以上に複雑な形を夜空へ描く。
 かつては終わった星の処理法にすぎなかった技術が、いまでは職人芸として人を魅了する。しかし、華やかさの底に、命の後始末として始まった来歴が沈んでいる。

 主人公の星南は、当代一の星花火師職人と呼ばれる気難しい親方に憧れて弟子入りした若い見習いだ。
 豪華な星花火に魅せられ、自分もいつかそんな花火を打ち上げたいと願っている。だが卒業試験として親方から与えられたのは、売れ残って倉庫に放置され、内部の命をほとんど失った花火用培養星〈富嶽306景〉シリーズ「夜嵐」の在庫100星だった。
 どれも普通に打ち上げれば、似たような貧相な花火にしかならない。反発する星南に、親方は「住んでみろ」とだけ言い、一つでもまともに咲かせられなければ星花火師をやめろと告げる。

 星南は一つずつ夜嵐に入り、打ち上げを繰り返すが、何十星費やしても親方は険しい顔をしたままだった。ついに星南が外から命を持ち込んでしまうと、派手に広がる星花火を見た親方は「よその匂いがする」と言って去っていく。
 後悔に沈んだ星南は、夜嵐の中でじっと過ごす。そのとき初めて、自分は星にちゃんと住んではいなかったのだと知る。そばに寄ってきた一匹の発光生物の明滅を見つめるうちに、死んだ規格品の星にもわずかな違いがあると気づいた。
 倉庫の位置ごとに光の量や角度が違い、その差が風や温度、最後まで残った生命反応に影響していたのだ。忘れられた百の星は、長い放置のなかで、それぞれ少しずつ異なる終わり方を身につけていた。

 星南は華やかさを求めるのをやめ、その星に残されたかすかな反応を生かすことに集中する。
 次第に夜嵐には散り方の違いが出始める。最後の一星は、星南が後悔に沈みながら過ごした夜嵐だった。一匹の発光生物と長い夜を過ごしたその星が夜空に上がる。最初、不発かと思われるほど沈黙した星だったが、次の瞬間、嵐に散る花びらのように光が解けていく。
 遅れて届いたパチパチという音は、あの星が拍手したように聞こえた。見上げる星南の隣で、親方はぼそりと言う。

「星が笑ってんな。ま、及第点ってとこかね」

 星南は自分がようやく、憧れてきた世界の入口に立ったのだと知る。

文字数:1192

内容に関するアピール

今回のテーマを聞いた時、どこかノスタルジックで夏の終わりのような小説を書きたいと思いました。
それが少しでも伝わっていると幸いです。

星花火には倫理的な問題があるものの、「閉鎖生態系のカプセルには、菌や植物、虫程度の生物しか存在しないこと」、「終わってしまった星をどう処理するか、という命題から出発していること」、「星花火が人々を魅了すること」、などから多くの人が許容している、という世界観です。

星花火用の培養星というのは、人工的に作られた生命を使用していて、この世界では「人工生命は生命ではない」という倫理観を持っている…という設定も考えたのですが、短編で料理するには設定過多だと思い、断念しています。

文字数:300

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星花火

 一筋の流星となって、星南の星花火は煌めく光点の間を駆け上がっていく。
 星花火の内部で膝を抱えながら、星南は外を見上げていた。高速で迫り来る星々は、通り過ぎるたびに細い光線となって夜空を切り裂いていく。まるで、時間が引き延ばされていくかのように星南は感じていた。
 大切な星との日々が、地面から伝わるガタガタという振動の中で、弾けて、置いてかれていく。
 目の前が滲む中で、なぜ、という言葉が星南の口からこぼれていった。

 単身赴任でロクに帰ってこない父が、祭りの夜店で買ってくれた小型の人工星バイオスフィア
 そこに、土と水と空気と微小生命たちを閉じ込めて小さな生態系を育てる、子供向けのキットが付いていた。
 父がくれた星は、なんの変哲もない、どこにでもあるような星だ。けれど、星南には自分だけの特別な世界に見えた。
 光苔から滴る雫で繁殖するキンチャクソウ。その光る花にぶら下がる一つの蛹から、三匹の蝶々が羽を広げる。
 一種類だけでも魅力的な生命たちが、彼の小さな世界の中で、複雑に絡み合って生きている。
 星南は夢中になって、人工星を育てていた。
 けれど、どんな星にも終わりは来る。
 きっかけは、ほんの少し大気のバランスを変更しただけだった。
 初めは蟲たちの挙動がおかしくなり、みるみるうちに、星が衰弱していく。
 取り返しのつかないことをしてしまった、と思った時にはもう遅い。
 ただ星南は泣きじゃくり、母親に慰めを求めるしかできなかった。
 優しく撫でるゴツゴツとした手のひらの感覚で星南の気分が落ち着くと、母は星花火のことを訥々と話し始めた。

「終わってしまった星をな、それはそれは綺麗に、咲かせてくれるんよ」

 星の中心にわざとメスを加える。
 不安定化した重力核が、星に残されていた命を一つ残らず光へと変える。
 最後には、星が捉えていた空気が爆発的に解放され、美しい星花火が咲き誇るのだ。
 ただ、それだけでは満足しないのが人間。
 星花火の技術を突き詰めた「星花火師」は、魔法のように火花を変形させ、空中に複雑な物語を描き出す。
 ある時は、咲き誇る彼岸花の上で、金色のアゲハ蝶が飛びまわる様を。
 またある時は、夜空で線香花火を楽しむ妖怪たちの姿を。

 自分の星も綺麗に咲かせてもらえるならと、星南は、当代一と呼ばれる星花火師の元へと向かった。
 しかし、大切に育てていた星をその大きな手に渡した時、なぜか星南は言いようのない嫌悪感を感じた。
 そのせいだろうか、星花火としての準備を済ませ、元に戻せなくなってから、星南は打ち上げを拒否してしまう。
 自分でも、なぜ打ち上げたくないのかわからないままぐずる星南に、その星花火師は辛抱強く、話を聞いた。泣き疲れ、しゃっくりだけが口をつく星南の頭を、わかったと軽く叩き、星花火師は作業部屋へと星南を案内する。
 部屋の奥には、使い古され年季の入った、感覚同期型VR装置が鎮座していた。
 人工星には、管理用のアバターが搭載されており、星の内部に自由に入ることができる。
 星花火師は、この管理用アバターに感覚同期型VRで接続して星に住み、内部の環境を理解しながら、重力核のどこにどうメスを入れるかを決めているのだ。
 その装置に星花火師は星南を誘う。
「内緒だぜ?実は中から見れるのさ」
 そうして星南は、星の見届け人として打ち上がった。

 流星群もかくやと思われるほど降り続ける星々の中で、星南は自身の星がミシミシと音を立てるのを感じていた。
 もう、耐えきれない。
 そう思った時だった。
 ふっと時間が止まったかのように、引き延ばされた光線が、点に、そして、満天の星空に変化する。
 そして、ドン、と星が叫び声をあげた。
 なんの固定もされていなかった星南は浮遊感を感じ、いつしか、空中に投げ出されている。
 ぐるりと回る視界の中で、スローモーションのように大地が割れた。
 瞬間、星に残っていた発光生物たちが群れをなして目の前を通り過ぎていく。
 割れ目から見える内部の光が高まり、そして轟音を立てて、星南は吹き飛んだ。
 目の前で散らばっていく色とりどりの火花。
 それらは、先ほどまで星から脱出しようとしていた蟲たちの、変質した姿だった。
 彼らは、星南が育てた小さな世界を離れ、外界へと還っていく。
 目の前で光に変わっていく一匹の蝶に、星南は右手を伸ばした。
 ──────。
 声にならない声が、星南の口から溢れ出ていく。
 それは悲しみでもなく、別れの言葉でもなかった。
 星南の心には、何かを奪われてしまった怒りがあった。けれど、その怒りさえ塗りつぶしてしまうほど、目の前の火花は美しかった。

 VR装置を外されてもなお、目の奥に残る花火の残像に、星南は涙を拭くことができなかった。

***

 星花火師見習いの朝は早い。
 星南は、日が昇る前に身支度を整え、各種の教本で雑然とした部屋を出た。
 階段を駆け下りて一階の作業部屋に入ると、大小様々な人工星が四基、中央の円筒培養器の中で眠っている。
 星たちを挟むように、左右の壁沿いには棚と一体化した作業机が伸びている。向かって左側の机には吸い殻が山ほど積まれた灰皿が置かれていた。親方が夜遅くまで作業していたのだろうか。
 一つため息をついてから星南は、作業場の清掃を始めた。
 培養器のケーブルを一つずつ持ち上げながら、周囲に散らばった胞子片を集め、甘い香りのする吸い殻で蓋をして、袋を閉じる。
 袋を廊下に出して戻る頃には、東の窓から差し込んだ朝焼けが、埃っぽかった部屋を少しだけ輝かせていた。

 白銀しろがね、赤銅、緑青、群青。
 親方に打ち上げを依頼された人工星たちが、中央の培養器の中でプカプカと浮いている。
 その周囲を歩きながら各種のスイッチを入れると、星たちは重低音で文句を言いながら、環境を朝へと変化させていく。
 育てる人の性質を反映した星たちは、寝起きもまさに十人十色というようだった。
 早起きの白銀星は降りしきる人工雪に反射した光で、凍った湖面に虹色の模様を生み出している。逆に最も寝坊助な赤銅の星は、死んだかと思うくらいの長い間の後、ぼんやりとした、夕焼けのような朝を迎えるのだ。
 星たちの記録を取り終えた後、星南は今日のスケジュールを確認する。

 一件目 赤銅星の重力補正
 二件目 発光生物用飼料の買い出し
 三件目 群青星の最終同期確認(三日後打ち上げ予定)

 そこまで確認したところで、最後の欄に赤いチェックが付いているのに気づく。
 星南が、はて?と記憶を思い出そうとしたところ、後ろから嗅ぎ慣れた甘い香りが漂ってきた。
「そこは俺が入れた」
 振り返ると、作業着をだらしなく着崩した親方が、階段の手すりにもたれながらタバコを燻らせている。

「おはようございます、親方。…それで、入れた、とは?」
 星南からの問いかけにも、口から煙を吐き出すだけで親方は応えない。
 眉をひそめる星南の横を通り過ぎ、作業部屋に入った親方は、灰皿でタバコの灰を落とす。近くにあった椅子を乱暴に引き出すとドカリと腰掛けた。
「白銀星。湖面の虹模様の原因は?」
 不意に問いかけられた星南は困惑しながらも、回答が口をついて出てくる。
「プリズム型と全反射型の人工雪の結晶比率を0.48付近にすると、色の分散状態が保たれたまま反射されるからです」
「正確には0.4819だな。カイワネさんもよくこの比率を見つけたよ」
 そう言って親方は、タバコを咥えたまま白銀星の培養器を撫でる。
「あの。親方、それで──」
「赤銅星。地軸が48.9度まで傾いている。打ち上げ角度と、準備はどうする。」
 隣の赤銅色の星の培養器を指で突きながら、親方は問いかけた。
 有無を言わさない声色に逆らえないまま、星南は答えを口から吐き出す。
「…打ち上げのデッドゾーンは45度から60度ですから、地軸を立て直すか、逆に傾ける必要があります。親方の打ち上げ図を見るに、内殻の流体金属を偏らせて、60度ギリギリに傾けるかと」
 正解。と言うように、親方はタバコの灰をトントンと灰皿に落とす。
 親方はその後も、依頼のあった星たちについて、星南に問い続けていく。
「──群青星。打ち上げ当日に外殻の一部に亀裂が入っているのを発見した。どう対処する。」
「亀裂の度合いによって対処が変わります。小規模であったり、異なる鉱物の間であれば、無視できます。大規模のものであれば、打ち上げの中止を検討します」
「どうしても打ち上げないといけない場合は?」
「…亀裂箇所を同種のパテで塞ぎますが、群青星は珍しい鉱物を使用しているので、高くつきそうですね。」
 ざっとこんなとこかと、と言いながら星南が算出した金額を見せると、親方は目を細め、口からモワンと煙を吐き出した。
「まぁ、仮定の話だ。次、緑青星。内部に毒性の植物が生えている。星花火の種類は何にする。」
「毒星は即時完全反応型だけが許されてますね。加えて、打ち上げは第三区画で許可を得て、隔離区域を設定する必要がありますが…菱和さんはお金あるんですかね」
「菱和のことだ。またおかしなパトロンを捕まえてくるだろ。今は考えなくていい。」
 ふん。と鼻を鳴らすと、親方は最後の煙を深く吸い込んだ。上を見上げ、プカプカと煙を打ち上げている。
 それまでの矢継ぎ早の問答から離れた星南は、親方の真意に考えを巡らせた。
 前日に何かあっただろうか。一週間前は?一ヶ月前は?
 記憶を探ってみるものの、ここ最近は、いつも通り見習いの仕事をこなしていただけだったと星南は思う。
 眉間に皺を寄せた星南を横目に、親方はタバコを灰皿に押し付けて、ゆっくりと口を開いた。
「星南。──星花火師の仕事において、技術と並んで最も重要とされるものは何か」
 その真剣な眼差しから、何かを試されていると感じ取った星南は、居住まいを正して、回答を述べる。
「星花火は、もともと終わってしまった星を空に返す技術として始まりました。星花火師に求められるのは、重力核を制御する技術だけではありません。星に宿った生命と、それを育てた人の時間に対する敬意。そして、命を終わらせる責任を引き受ける倫理です」
 目を閉じた親方はしばらく、両腕を組んで右足をパタパタと踏み鳴らす。
「…優等生の回答だな」
「親方。これ、なんなんですか?」
 両腕をほどき、膝に手をつけて立ち上がりながら、親方はこう言った。
「お前の見習い卒業試験」
「…はい?」
 ついてこい。そう言って親方は作業部屋を後にした。
 突然の言葉に呆然としていた星南は、親方が外に出ていくのを見送ってから、慌ててその後を追いかけた。

 星南が駆け足で追いつくと、ガタガタという音を立てて、倉庫のシャッターが開いているところだった。
 倉庫には品評会で打ち上げ予定の人工星が幅を利かせていたが、親方は目もくれずに端の埃の積もった棚へと向かっていく。
 久方ぶりに見た親方の星に星南が見惚れていると、奥から叱咤の声が聞こえてきた。
 星南が小走りで向かうと、上から下まで小型の培養器がずらりと並んでいる棚の前で、親方が腕を組んで待っていた。
「遅い」
「すいません…。それで、これは《夜嵐》ですか?なんでこんなに」
 富嶽三百六景シリーズ《夜嵐》は、星花火ブームがピークに達した時に作成された、星花火のためだけの培養星だ。星花火師の優劣をつけるために、同じ星を如何に打ち上げるかが問われていた時代の遺物である。
「こいつらを引き受けることで、幾らかもらえてな。」
「へぇ…。にしても多すぎません?」
「ざっと、百基ってところか。──こいつらを使って、一つでも俺が良いと思った星花火を打ち上げてみろ。それがお前の卒業試験だ」
 卒業試験。
 また耳慣れない単語が星南の頭を通り過ぎようとしたが、ぐっと我慢して意味を反芻する。そうして星南はまず一番聞きたいところを聞くことにした。
「卒業したら親方のところから出なくちゃならない、ってことですか?」
「いや。まずは俺の依頼をお前に回して実績を作ってからだな」
 その言葉に星南は、ずっと握りしめていた拳を緩めて、いつもの無茶振りに苦笑した。
「親方が良いって判断するってことは、単純な好みですよね」
「なんだお前、自信ねぇのか?」
 その言葉にカチンときた星南は、心の奥底から、親方を見返してやりたいという気持ちが湧いてくる。
「わかりました。親方の眼を見張るような一発を打ち上げてやりますよ」
「おう。逆に一発も良いのがなかったら、また十年修行だな」
「…後から言うのは卑怯じゃないですか?」
 恨み節を言ったものの、親方は眉を上げるだけで黙ったままだった。
 ため息をつきながら星南は棚から一つ培養器を手に取った。埃で曇っていた培養器のガラスを右手で拭き取ると、そこには、黒ずんでボロボロになった石ころが薄茶色の溶液の中で沈んでいる。
「…あの。つかぬことをお聞きしますが、これはいつの夜嵐で?」
「忘れた」
「手入れは?」
「不良債権に手間をかけるほど、ウチの家計は甘くねぇ」
 はっきりとしたその物言いに、星南は死んだ魚の目をしながら親方を見つめるが、親方はくるりと身を翻し、倉庫を足早に去っていく。
 どうやってこの残り滓のような星を打ち上げるのか、と一瞬星南は気を取られた。が、親方に逃げられたと気づくと、大事な親方の人工星も気にせず、出口に向かって全速力で走った。
 くぐり抜けた扉の前で、星南は親方の後ろ姿に悲痛な叫び声をあげた。
「親方ぁ!こんなのどうしろっていうんですかぁ!?」
遠くの方でいつの間にか煙草を吹かしていた親方が、一言だけ、星南に声をかける。
「住んでみろ!」
 こうして、星南の見習い卒業試験は始まったのだった。

***

「住んでみろ、って言われてもなぁ…」
 見習いの仕事を終え、いつもなら趣味の星巡りをしている時間に、星南は倉庫の夜嵐と向き合っていた。
 卒業試験が言い渡されてから一ヶ月。培養器の清掃を行い、劣化した培養液を新しいものと取り換える。なんとか見た目だけは綺麗にしたものの、星本体の生命反応が微弱だった。
 星花火には生命反応が不可欠。魅力あふれる星花火を作るためには生命が溢れてなければならない。星南はVRゴーグルをつけたまま頭を抱えた。
 点検を兼ねてつけた、単純な視覚だけを同期するVRゴーグル上には、荒れ果てている夜嵐の地表が広がっている。
 富嶽シリーズの顔である、富士山を模した山は所々剥げていて、名刀のような美しい稜線が錆だらけのノコギリのようだった。
 山の麓の発光生物が潜む洞窟は、カサカサに乾いていて、無数のひび割れが入っていた。夜嵐の名に反しない強風がひび割れに当たって、不快な雑音を響かせる。
 これまで五十基以上確認してきて、あまりにも救いようのない星たちに星南は参ってしまっていた。
「しょうがない。色々いじって、生命反応が出てくるのを待つしかないか」
 VRゴーグルの電源を落とし、先ほどまで繋いでいた夜嵐を倉庫の棚に戻し、手入れのための道具を自前の道具箱にしまう。
 星南が固まった背骨をのばそうとすると、薄暗がりにずらりと並んだ培養器が目に入った。
 不気味な圧をもった培養器が、次第に位牌のように見えてきて、星南は小走りで自室へと急ぐ。
 それからしばらくの間、倉庫からガックリと項垂れて出ていく星南を、夜嵐がじっと見つめる日々が続いた。

 星南と親方は、作業場兼住宅から少し離れた打ち上げ場の、三百六十度空を見渡せる展望台で待機していた。
 すでに打ち上げシークエンスは起動され、星南がもつ端末には、カウントダウンが示されている。
 端末に五が表示された時、培養器が割れる硬質な音が微かに響いた。シューっという音が後に続く。
 四、三…
 端末を見れば順調に打ち上げ器内の圧力が高まっているのがわかる。それに合わせて、先ほどまでの風音が小さくなった。
 二、一…
 端末が零を表示した時、静寂があたりを包んだ。
 瞬間、ドンッという轟音と共に、爆発的な風が二人を包む。
 勝手知ったる二人は気にも止めず、星花火の行方をその目で追った。

 星空を背に、金色の梟が一羽、飛んでいく。
 喜びの鳴き声をあたりに響かせながら、悠々と翼を広げて旋回。
 キラキラと光る欠片が梟の跡をついて、金色の渦を描いた。
 梟は高く舞い上がるたびに、その輪の軌道を少しずつ狭めていく。
 輪の中心にたどり着いた時、ボン!という破裂音と共に梟が消える。
 残響は、紅と金色の火花の羽と共に散って、消えていった。

(──どうだ…?)

 星南は両手を握って祈りながら、親方を見つめていた。
 梟の星花火は、ここまで打ち上げた中でも一番の自信作だ。
 特に、梟の鳴き声を表現する、空気穴の位置を決めるのに苦労した。加えて、火花が羽のようになるかはもはや賭けだったが、しっかりと変化してくれたように星南は思う。
 卒業試験を始めてから3ヶ月目。星南は、黄金天道虫や紅色蜻蛉が生き残っていた、五十二番の夜嵐で親方を見返すことに決めていた。
 打ち上げ図を星南の好きな梟に決めると、必要な蟲たちの数を計算し、そのために必要な環境変化を培養器に組み込む。標識再捕獲法で蟲たちの数を数え、その度に微調整を繰り返した。
 並行して、打ち上げ技術を磨くため他の夜嵐で練習した。30基ほどを費やした所で、納得のいくレベルまで達し、それは運命的に五十二番の完成と合致した。
 3ヶ月と30基の失敗。多くの試行錯誤を経たこの梟の星花火は、星南としては成功のように見える。
 後は親方が気に入ってくれるだけ。
 星南はドキドキしながら親方の感想を待っていたが、先ほどまで静かだった鈴虫たちが声を張り始めても、なお親方は無言だった。
「…親方。どうでした?」
 恐る恐る星南が問いかけるが、親方はタバコに火をつけて、思案顔を浮かべている。
 もう星花火の気配もない中空に何を見ているのだろうか。
 星南は親方の考えに想いを馳せながら、もう一度、暗い夜空へと目を向けた。
 たっぷりとタバコを吸い切った親方は、星南の肩に手をのせてこう言った。
「よく頑張ってる。…だがまだ足りねぇな」
するりと星南の肩から温もりが離れると、そのまま親方は去っていく。
 星南は軽くなった肩に手を置いて、温もりが消えるまで立ち尽くしていた。

 渾身の一投すら親方に届かなかった星南は、真っ赤に目を晴らしながら、再度、夜嵐の中身を確認していた。
 しかし、岩の裏側に身を寄せ合う苔植物と、孤独にたそがれている芋虫がいるくらいで、星南が満足する星はどこにもなかった。
 元々、夜嵐は全盛期であっても生物の数が少ない。
 人気の《華街》や《神湖》と言った生命が豊かな星とは違って、過酷な環境と、強靭な生き物たちがテーマだからだ。
 故に、これだけ無惨な状態になっても生き残りはいるが、それでも星花火にするには圧倒的に足りない。増やそうにも、その棲家となる植物がいなかった。
 足りない。
 星南は、その言葉を頭の中で繰り返す。その度に、ずしりと胸の奥が押しつぶされていった。
 倉庫の端にあった最後の夜嵐の調査を終えると、星南はVRゴーグルをつけたまま寝転がって、空を仰いだ。
 もう諦めてしまおうか、と幾度も考える。
 しかしその度に、無茶な難題を与えてきた親方を見返してやりたい、という子供っぽい怒りが湧き上がり、いつの間にか打つ手を探している。
「七十一番は、光苔が川にしか住んでいない…。この星は、ヤナギモドキが二本か…」
 どの星を使用しても、親方に認めてもらえるような星花火が打ち上がるとは到底思えなかった。
「一体、俺に何が足りないってんだよ…!」
 拳を床に打ち付けると、夜嵐内部のアバターが真似をし、黒土を虚しく跳ね上げる。
 星南は目を瞑って、弟子入りした時のことを思い出した。
 派手で豪快、けれど繊細な表現を随所に描き出す親方の星花火に憧れて、星南は弟子入りを志願した。
 弟子を取らない主義だった親方が、星南だけはすんなりと受け入れた。
 あの親方に認められたような気がして、弟子入り後に親方に無茶苦茶な課題を与えられても、腐らなかった。
 地道な修行を経て、今では親方の手伝いを任されるくらいには、実力を得たと星南は思う。
悶々と悩んでいると、ふと、星南は後ろ暗いひらめきにたどり着いた。

「──もしかして、俺に足りないって言ったんじゃないのか?」

 頑張っている、と自分のことを認めてくれたじゃないか。
 それでも足りないというのは、星花火の魅力が足りないって意味なんじゃないだろうか。
 派手好きの親方のことだ。2色じゃ足りなかったのかもしれない。
 親方は夜嵐の中を見たこともないはずだ。それなら、ここまで酷い有様になっていることを知らずに言っているのかもしれない。

 それまで自分を責めていた星南にとって、星花火の鮮やかさが足りないという言い訳は、あまりに甘美だった。
「足りないなら… 足せばいい」
 そう呟いて、星南はかき集めたデータを、夜嵐の吹き荒ぶ風の中に投影した。
「七十一番の光苔を八十三番に移植。一週間かけて定着させてから、四十五番のタマカヅラを移す。それから…」
 星南はパズルを解いていくように、培養器のデータを3次元上に配置していく。
 やっと見つけた光明に縋り付くように、星南は一つの夜嵐を作り上げる計画を完成させた。
「これなら、…いける」
 打ち上げ図、培養スケジュール、必要な材料。そして打ち上げ日にチェックをつけて一息ついた頃には、夜明けを迎えていた。
「…やばい!支度を始めないと間に合わない!」
 そう言って、VRゴーグルを乱暴に外した星南は、足早に作業部屋へと戻る。
 雑多に放置された夜嵐たちは、日が昇るにつれて濃くなっていく影に、ひっそりと身を潜めていった。

 当日、打ち上げ場で星南は、何度も何度も夜嵐の状態を確認していた。
 万が一の失敗も許されない、と星南は震える手で端末を操作し、夜嵐を打ち上げ環境に移行させる。
 移行開始のシークバーが順調に増えていくのを確認すると、星南は喉がカラカラに乾いていることに気づいた。
「そりゃ、残ってた全部をつぎ込んだからな…。もう後がない。」
 星南は不安を吹っ切るように頬を何度も叩く。いつの間にか汗が滲んでいるのを両手に感じた。
 二の腕で顔を拭いながら、冷たい水を求めて作業部屋に戻ると、親方が依頼のあった星をチェックしているところに出くわした。
「どうだ?」
 問いかける親方に、完璧ですよ、と言いかけて、星南は少し体を硬直させた。
 この夜嵐を作り始めてから、抜け道を通っているかのような後ろめたさを星南は常に感じていた。
 内部の生命を抜かれた後の夜嵐は、どこか薄暗く、吹き付ける風の音が耳に痛い。
 怨念のように感じるそれらは、日を追うごとに、星南の背中を重くしていた。
(親方は、使、といった。だから問題ない…)
 自分自身に言い聞かせてから、星南は深く息を吐く。そうして親方へ挑発的に胸を張ってこう答えた。
「卒業の式辞は考えてますか?」
 星南のその仕草に、親方は若干の笑みを浮かべて、チェックに戻る。
 星南もコップに目一杯水を入れ、一息に飲み干した。
 ぬるい水は喉が詰まるような不快感を残したが、そのまま星南は作業に戻った。

 発射シークエンスを開始した星南の頬を、少し湿っぽい風がなでていく。
 すでに手を出せなくなった夜嵐を、星南は展望台で見守るしかなかった。
 その後ろには、灯りの消えた電灯にもたれ、タバコを燻らせている親方が控えている。
 三十秒前。星南は生憎の曇り空を見上げて、ため息をついた。
 明日からの天気は大雨で、一週間は不安定な気候になる。
 スケジュール通りに完成した夜嵐だったが、これ以上待てば内部の均衡が崩れてしまうかもしれない。
 多少のコンディショニングの悪さを押してでも、打ち上げをするしかなかった。
 そう言い訳をするかのように、星南は打ち上げを強行した。
 端末のカウントダウンの数字が減っていくたびに、星南は深呼吸を繰り返す。
 三が表示された時、耐えられなくなった星南は端末から目をあげ、打ち上げ機をじっと睨みつけた。
(──頼む)
 星南が心の中でそう呟いた時、夜嵐は静かに打ち上がった。

 破裂しそうなほど命を詰め込んだ夜嵐が、ゆりかごに乗って夜空に運ばれていく。
 最も鮮やかに見える高度まで持ち上がってから、ふっとゆりかごが外れた。
 その衝撃が伝わると、星南のすべてを込めた星花火が、ゆっくりと、目を覚ました。

 紫水晶のように輝く火花が、しとしとと降り始める。
 雨は次第に勢いを増し、激しい驟雨に変わった。

 遠くの方で、ドォン、ドォン、と腹の奥に響くような音が二度鳴る。
 カーテンのように降りしきる雨の向こうから、甲高い笑い声が近づいてきた。

 ぬっ、と鬼が現れたのを皮切りに、メスや培養器を頭につけた付喪神たちが嵐の中を踊りながら歩きだす。
 彼らが一歩踏み出すたび、周囲に紅や翠、金や銀の火花が弾け飛んだ。
 パチパチと鳴る花火の音は、まるでお囃子のようだった。

 遠くの方で、二度音が鳴ると、彼らはまた紫の雨の中へと去っていく。
 笑い声に似た甲高い声を響かせながら、嵐はいつの間にか止んでいた。

(──綺麗だ)
 星南の口をついて出たのは、純粋な感想だった。
 まるで自身が作ったと思えないほどの会心の出来に、星南は思わず見惚れてしまっていた。
 たっぷりと時間をかけて星花火の余韻が冷めると、見上げ続けていた首の痛みを自覚する。
 打ち上げまでの緊張も相まって、ガチガチに固まった筋肉をほぐしながら、星南は背後の親方に話しかけようと近づいた。
「おやか…た…」

 か細いタバコの光で照らされる親方の眉間には、皺が寄っている。
 その表情だけで、星南は何かを間違えたのだと悟る。
 どうすればいいかわからずその場に立ちすくむ星南に、親方は口を開いた。

「よその匂いがすんな」

 ビクリと肩をすくませる星南を一瞥した親方は、戻るぞ、と低い声を発して、そのまま去っていく。
 星南は言われるがまま、震える足で親方の跡をついていくしかなかった。

 親方は、椅子に座って、何かを考えるかのように下を向き、ただただ沈黙している。星南は親方に促されるままに来客用の椅子座っていたが、姿勢を崩すことができなかった。
 時折、親方が口から煙を吐くたびに、星南は肩をすくめる。
 星南は早く楽になりたいと思う反面、何も聞きたくなかった。
 親方は、灰皿の中に吸い殻を三本追加してから、ようやく口を開いた。

「星南、お前、なんで星花火師になりてぇと思ったんだ?」

 予想だにしない問いかけに、星南はしどろもどろになりながら答える。
「昔、親方に打ち上げてもらった星花火が綺麗だったから…」
 子供のような回答に、恥ずかしくなった星南は俯いて、それ以上何も言えなくなってしまう。
 親方は鼻から深い息を吐いてから、また話し始めた。
「星花火が綺麗だから、星花火師になりてぇ。そんなやつはごまんといる。自慢じゃねぇが、ガキの百匹や二百匹、星花火に惚れさせるなんて造作もねぇさ。でもな、星花火師になるやつはほとんどいねぇ。なんでかわかるか?」
 星南は首を振る。
「それはな、星花火師ってのは、星を殺す仕事だからだよ」
しん、と辺りから音が消えたように星南は感じた。
「綺麗だから、仕方ねぇって思っても、自分がその手で命を終わらせようとはしない。誰かがやって、それを見てるだけの方が良いのさ」
 星南は何もいえなかった。
 もちろん頭ではわかっている。なんだったら、打ち上げ免許試験の問1は命を奪うことについての倫理問題だ。
 けれど、星南の中に、命を奪うことへの葛藤はなかった。
「綺麗な星花火と親方に憧れてただけで、そんなことちゃんと考えてないっすよ…」
 親方はまたタバコに火をつけた。
「…本当か?星南。確かに、憧れが盲目にさせることもあるだろう。でもよ、俺はお前はそうじゃないと思うぜ」
 立ち上る甘い香りが、星南を包む。

「もう一回考えてみな。なんでお前が星花火師になりてぇのかを」

 親方から逃げるようにして、星南は作業部屋を離れた。三階の自室に戻る気もなく、ふらふらと歩いていると、いつの間にか倉庫にたどり着く。
 倉庫の奥、歯抜けになった夜嵐の棚の前で、星南は座り込んだ。
 どうして自分は星花火師になりたいのか、親方からの問いかけが頭の中をぐるぐると回っている。
 星花火に魅了されているのは当然だ。親方の星花火が打ち上がる時は、どんなに高熱が出ても必ず見届けてきた。
 けれど、それだけじゃないと、親方は言う。
 そして星南も、気づく。
 星花火が綺麗なだけだったら、星花火を見ているだけでいい。
 けれど自身の心の中に、どうしても星花火師になりたい、という思いがあるのだ。
 かたりと、伸ばした足に命を使い切った空っぽの夜嵐が当たった。

 いつの間にか星南は、その培養器をもって作業部屋に足を向けていた。
 そろりと覗いて、親方がいないことを確認すると、奥の方へ一直線に歩く。
 等身大のVR装置が、まるで星南を待っていたかのように、等身大のVR装置がきらきらと光っていた。

 その星はとりわけ終わっている。
 荒野のように吹き荒ぶ冷たい風が、俯く星南の体をあらぬ方向へと押しやった。
 ざらざらとした黒土には、時折ガラス質が混ざっていて、ふらつく足元にチクリとした痛みを与える。
 立ち止まって、目線だけ上げると、風化した富嶽が物悲しく夕焼けに照らされていた。
 陽が沈み、真っ暗闇を迎えると、轟々という耳につく風の音だけが聞こえる世界になる。
 一歩一歩確かめるように、星南は歩き続けた。
 目的地は、富嶽の麓の洞窟だった。

 洞窟を目指したのはただの思いつきだった。こんな星でも、そこなら発光生物が一匹くらいいるんじゃないか。
 ここにきてもまだ、殺す相手を探している自分に対して、星南の口から嘲笑が漏れた。

 洞窟の岩肌はペタペタと吸い付くようだった。
 風の音が聞こえないほど奥に入ると、わずかな光苔で照らされた、小さな水たまりが見えてくる。
 透き通った水面に指を入れると、拒絶されたように感じるほど、冷たかった。
 力の抜けた星南はそばに腰を下ろす。なんとなく、体育座りの姿勢で丸まった。

 そのまま、どれくらいの時間が経っただろうか。もはや頭の中はぼうっとして、何も考えられない。
 ほのかな緑色の光に包まれながら星南は、きつく組んでいた両腕をだらりと下げ、夜嵐の暗闇に身を任せた。

 一匹の蝶が目の前を通り過ぎたように感じた。
 その気配が消えると同時に、自分の星を打ち上げてもらった、あの時の星花火の情景がフラッシュバックし始める。

 あの蝶にどうして自分は右手を伸ばしたか。

 あの時、自分はなんと言ったか。

 なぜ、自分は、どうしようもない怒りを感じていたのか──

「ああそうか、自分でトドメを刺したかったのか」

 星花火の美しさで蓋されていた心を、星南は開く。
 自分の方が、もっと上手く咲かせられるのに。
 そんな子供の駄々は、修行の日々でいつしか熟成されていく。
「星を、最も美しく咲かせられるのは、俺だ。」
 そう確かめるように呟くと、星南は眼を開いた。

 洞窟の中に、一匹も蝶はいなかった。

***

 その日から、星南は、命を移し替えられてしまった夜嵐の手入れを始めた。薄暗い倉庫ではなく、作業机に並べていつでもその様子を見れるようにした。加えて、星南には、もう一つの利点がある。
 それは感覚同期型VR装置に近いことだ。

 本来は打ち上げ環境の移行のために使用されるVR装置を、終わった星の手入れに使用する。
 時間も手間もかかる行為だったが、犠牲にした星をVRゴーグル越しに世話をすることが、星南は不誠実に感じた。
 初めは様子を記録するためだけに入っていただけだったが、次第に、星南は星の中で日々を過ごすようなった。

 わざわざ管理アバターが持てるような園芸用品を自作し、光苔の赤ちゃんに水をやる。
 テントを建てて、日の出から日の入りまでずっと、風の音に耳をすましていたこともあった。
 山の頂上で見る澄み切った朝焼けと、大地に描かれた壮大な風紋を、星南は生涯忘れないだろう。

 共に過ごしているうちに、星南は、生命以外にも星ごとに違いがあることに気づいた。
 番号が小さい夜嵐の黒土はサラサラで、ふむと気持ちがいい。逆に番号が大きい夜嵐はジトッとした重たい風が吹いている。
 どれもほんの少しの違いだが、気付けば、様々なところにある星の癖が一つずつ星南の目に留まるようになった。
 どうして何もかもが奪われているにも関わらず、違いが出るのか。星南が調べてみると、単純な話だった。
 棚に置かれた位置の違いで生まれる、日差しの当たり方や外部の湿度などが、ほんの少しだけ影響している。
 売れ残りとして忘れられた百の星は、長い放置のなかで、それぞれ少しずつ異なる生を過ごしていたのだ。

 星南は、外部と内部の環境をさまざまに変更して、その星だけが最も美しい状態になるよう環境変数を調節し始めた。
 完成したものから順に星を打ち上げていく。不発になったり、打ち上げ自体に失敗するものも多かった。
 その度に星南は、星に申し訳ないと謝りたくなったが、不思議と背中は軽くなっていく。

 気付けば星南は、最後の夜嵐にたどり着いていた。

 この星は、あの日、星南が失意に沈んだ夜嵐だ。
 自身の思いを見つめ直した星。あの頃よりも厳しい風が吹いているような気がしたが、星南は負けじと、麓の洞窟へと向かう。
 暗闇の洞穴を、確かな足取りで星南は進んだ。
 ガツっと足先が硬い岩にあたり、星南は行き止まりにたどり着く。
 もはや光苔の灯りさえなくなってしまった星に、ついに死んでしまったか、と星南は思った。

 しきりにあたりを探った星南の手が、軽く水に触れた。
 はっとした星南は、ゆっくりと向きを変えながら、深呼吸する。
 意を決して、ぼんやりと浮かぶ真っ黒な塊に、手を入れた。

 温かな水が、星南の右手を包み込む。
 次第に、じんわりと温められた血液が登っていくのを感じて、星南は胸が熱くなった。

 活動を停止するその時まで、星は生き続けている。

 そう思った瞬間、星南は、この星の終わらせ方を思いつく。
 夢中で図面を引き、最高のトドメを刺すために、メスを取り出した。

 これで終わりだというのに、星南はいつになくリラックスしていた。端末も適当なところに置いて、展望台の柵に手をついて、星が打ち上がるのを今か今かと待っていた。
 星南の頭の中に絵図ははっきりと写っている。それでも、どんな風に咲くのか、星南はワクワクしていた。
 親方が隣に来ていたのに気づかないほど、星南は星花火が待ち遠しかった。
「どうだ?」
 親方は甘い煙を浮かべながら、星南に問いかける。
「完璧ですよ」
 気負いもなく、星南はそう言った。
 親方のニヤリとした笑いに、つられて星南も笑う。
 シュポッ、という軽快な音が鳴った。

 一筋の流星となって、星南の星花火は煌めく光点の間を駆け上がっていく。
 高度が高まるにつれて、白線がゆれた。
 ふっ、と時間が止まったかのように、星の上昇が止まる。
 そして、ドン、と星が叫んだ。
 次の瞬間、空いっぱいに白一色の光が、大輪の花を咲かせた。

 そうそれは、かつて地球という星で打ち上げられていた「花火」と、同じ形をしていた。
 一発、たった一瞬で終わったその花火を見送って、シンとあたりは静まり返る。

 遅れて、くっくっくっ、と親方の笑い声が聞こえた。

「星が笑ってんな。ま、及第点、ってとこかね」

 星南は、背筋を伸ばして、もう何もない星空を見上げ続ける。

 涙の跡が、満天の星空の下で、淡く光っていた。

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