梗 概
朝日を浴びるが如く
主人公は北朝鮮の鴨緑江ほとりの町に生まれ育った若き軍人。とはいえ、年に一度の形ばかりの軍事訓練以外は戦争とは無縁の暮らしを送っている。彼の二十歳の誕生日に戦争が勃発し、韓国軍があっという間に半島全体を制圧しようとした勢いで攻めてきた。
町の住民の多くが対岸の中国に逃げ込む一方、すでに陥落した地域から逃げてきた住民も毎日大勢いるので、主人公の所属する国境警備隊の上官はこれらの住民を無事に逃した後で自分たちも対岸へ行く、もし上手くいかなかったら韓国軍に降伏すると判断した。どのみち軍人としての責務を十分に果たした選択肢と言える。上官の立派さに惚れる主人公は素直に従った。
三日後、韓国軍がほぼ無人の街の外にやってきた。主人と上官は数日間にわたる救援活動で体力が消耗し尽くされたので、あらかじめ用意した白旗を上げて敵陣へ向かおうとした。
その時、どこからか緑色のレーザビームが照射され、韓国軍の戦車とドローンがあっという間に鉄のクズと化した。煙の中から、主人公たちと明らかに毛色の違う特殊部隊装備一式を装着する北朝鮮軍人たちが現れた。そのリーダ格の男が主人公と上官を見つけ、彼らの勇敢さを褒め称え、二人に一緒にウラジオストクへ行くように提案した。
リーダ格の男の話によると、彼らは金将軍を代表とする国の指導層を守護する北朝鮮の最強部隊・暴風兵団の一部である。平壤陥落時、将軍は戦局は我に利せずと判断し、秘密裏に開発した宇宙船に乗り込んで衛星軌道に上がり、そこで地球上の情勢を静かに見守っているらしい。
特殊部隊の男はそのとき金将軍に、ロシアは必ず匿ってくれるので後日ウラジオストクで会おうと言われた。多勢の韓国軍を数撃でやっつけた特殊部隊の男の話だから、信じるしかないと主人公は彼らについて行った。
一連は鴨緑江側に沿ってロシアに向かって進軍を続けているうちに、韓国軍のドローンやへりがやってくるたびに特殊部隊の武器に撃ち落とされる景色を見て、主人公は自分の選択は間違いではなかったことを確信した。しかし自分たちを宇宙から見守るだけの将軍にだんだん腹が立つようになった。
ウラジオストクに着いた。鉄道網で主人公たちを待ち構えたのはロシア人の温かい笑顔ではなく、機関銃と戦車、そして不法入国勢力は直ちに降伏せよとマイクから響いた警告のみだった。
正面戦場での戦闘に慣れてないか、特殊部隊は次から次へとやられ、上官も殺された主人公は絶望で上空何百キロにいる将軍を罵ったら、そらから紫色のビームが飛んできて、目の前のロシア軍を物理的に飛ばし散らかした。
ウラジオストクに入城した主人公は、将軍がハッキングしたテレビから、ウラジオストクも安全ではないのでシベリアへ逃げよう、そこで会おうと言われ、そのまま立ち尽くした。
文字数:1145
内容に関するアピール
世界に対して、我々と違う認識、そして暮らし方の人々の終末物を描きたいので、登場人物を北朝鮮の軍人にしました。ただし、衛星で何か面白いことができるのかに着いてはアドバイス頂ければ幸いです。
文字数:93
朝日を浴びるが如く
「平壌発 朝鮮中央社報道:我が民族史上最も快哉な一日。
我が国の人民が一番敬愛する元帥様の快挙をみよ!5月1日、世にも奇妙な半身不随な傀儡国家・大韓民国軍が世界の善良な人民の敵たる米国と徒党を組んで、いわゆる最新世代の爆撃機との戦闘機、計四隻出動し、我が祖国朝鮮の領土を侵略した。この鬼畜にも劣る行為に対して、我が朝鮮史上唯一無二の偉人がなぜ看過するはあるのか!見よ!元帥同志は執務室で優雅に身を構え、両手でコントローラを握ってらっしゃる姿。まるで敵の全動向を掌握した余裕そのものです。午前12時24分、我が国境に侵入した最初の戦闘機組に対して、我が国最新技術の結晶を詰め込まれたミサイル・千里馬が発射された。敵は予想もできなかったでしょう。自分たちを滅ぼすミサイルを操作しておられるのは全世界全人類の中で一番軍事知識が豊富な元帥様であることを!そしてもう一つ、我がミサイルは敵機を通過するだけでそれを操作不能にしただの鉄塊に落とし込む一級の技術品であることを!五分も立たないうちに襲来する全ての敵機が墜落しただけなく、元帥様は二発目ミサイルを米軍基地へ飛ばしたのであります!全朝鮮人民、全世界人民!米国そしてその走狗たる大韓民国の惨敗する狼狽ぶりをご覧になりましょう!では、またお会いしましょう!」
目の前のものはいったい何なのか。昨日の朝礼でふだん軍事雑誌ばかり読んでいる小隊長のなんの説明にもならないただの早口ことばを聞いてもチンプンカンプンで、実物を前にしてはまったく頭が追いつかない境地に至っている。黒焦げた金属としか言いようがない形さまざまな鉄の塊が五両編成の貨物列車のワゴンを全て満杯に詰まっている。二両目のワゴンには僕の身長よりも高い八つの車輪だったものが鉄の山の中で静かに浅く埋まっていて、元の色であろう灰色で下手な割り方をされた板チョコレートのような二つの四角形が向き不揃いのまま三両目と四両目のワゴンので同じく斜め縦に立てかけられている。唯一記憶に残る小隊長の言葉によれば、この四角形が米帝の最新技術を詰め込まれた戦略爆撃機の翼の両端らしいやら何やら。最後のワゴンはやっと入隊して一年も経ってない僕にも理解できるもの──座面が残っていない背垂れだけのパイロット席と、その周りで粉々に割れたガラス、もはやなんの意味もなさない表示装置、それと散りばめられている指針の数々がただ無様に放置されている。これが空を飛んでいた姿を想像してみたがどうしても頭の中で飛行機の形に組み立てることができなかった。おそらく撃墜されたときは今よりもきっともう少し飛行機らしい形をしていたんだが、平壌の戦利品展示会場に一刻も早く届けるのを急ぐあまりどこかの工場で機械で雑に切断されてこの有り様になったあと、まる二日間、全首都市民の焼き付けるような視線と罵声を浴びせられた上、間をおかずに国境行きの貨物車に運ばれてやっとここ、新義州のレールに留められた次第であろう。
列車前後を歩き回りながらファインダーから覗くとこの爆撃機を構成する部位だった物の細部が肉眼で見るよりも一層はっきりと映る。板チョコのような滑らかな翼たちはどれもでこぼこだらけで、黒ゴケた背景でより鮮明に浮き彫りになった意味不明の白い直線の図案がせっかく撮った写真の構図にとって邪魔以外の何者でもない。もう諦めようとしたその時、元は何の部位かはもう判別できない鉄塊で記されている一連の英数字が目に飛び入った:26−0008。
シャッターを切った。やっと報告記事に使える写真を撮った安心感で長い息を吐いて、手に持っている銀色のカメラに視線を落とす。FUJIFULIM、どれも大文字であることにいま気づいた。
鴨緑川の向こうによく公務を騙ってたぶん遊びに行っている上官に頼んで先週入手したばかりデジタルカメラだが、解像度が予想よりも低くて爆撃機の写真を撮るときに、これは普通のアリラン手電話で撮ったものと何が違うのかと心の中でボソボソしていた。ただ見返していると、写真の細部は白飛びも黒飛びもしなかったし、色も手電話のカメラでは出せない鮮やさで使えないものは一枚もなかった。ぜひフジのカメラをお願いしますと上官に頼んだけど、そもそも日本語ところか漢字も読めない自分は操作画面をいじることはできないのが当然なことだ。なのに、罪のないカメラに文句をつけるなんて大人のやることではない。僕はいつから、こんなみっともない人間となったんだろう。
ガキの頃、父の肩に乗せてもらったときに通りの反対側でどデカい一眼レフを構えた観光客にパシャと撮られた。いま思えば、カメラと縁を結ぶきっかけである。あれはカメラというもの、お前も記者になればあれを使って色々撮れるのだぞ。そのような会話だった。
あれから10年以上経った。観光客の外国人が持ってるようなゴツいカメラに触れたのはわずか数回にすぎない。しかもうちの一回は闇市で気に入ったフィルムカメラを試し撮りしようとしたら誤ってシャッターを押しっぱなし、土下座して何とか弁償を許してもらった不愉快な体験だった。けっきょく闇市で回されたどんな中古品も手に負えないぐらいの値段で、それに僕の所属する社会安全軍は予算が厳しく、民間会社と同じく手電話で撮影するもので書類を済ますことが多かった。せっかく宣伝担当と任命されたのにこれじゃ話にならないと思って、一週間前に出発寸前の上官に追いついてお願いしてみたら、昨日お帰りになったとき手渡されたのがこの可愛らしい銀色のカメラである。
「おお─、これはこれは、早起きして仕事かい。李報道員同志」
背後から自分の役職が大袈裟に呼ばれた声がしたので、振り返って上官に会釈した。
「おはようございます。賢兄さん」
「兄さんって、おい、勤務中は職務で呼ばねぇかこの野郎」と愛想良く突っ込まれた。猫背でせっかくの高身長を無駄にしてしまった従兄弟の朴がノコノコと僕の近くまで歩いてきて、貨物列車の中のものを一瞥してから僕の左手にぶら下がっているカメラに指を刺す。
「この安いやつ上手く撮れたの?」
「ええ、なんとか。見ますか?」
カメラロールを何枚か回すうちに、賢兄の顔付きがだんだん真剣になっていく。途中の一枚をとくに気に入ったようだ。
「この朝日がちょうど斜めになってる飛行機の翼、だっけ?の上に昇る構図がいいと思うね。労働新聞に載ってる写真と言われても俺は信じるぞ。それにしてもコイツ細かいところまで映るね、さすが報道員同志だよ」
自分の顔が暖かくなるのに勘づいて、僕はカメラを取り返して別の話題を振った。
「そういえば、見学の学生たちいつ来るんですか?」
「もう駅まで来てるよ。今日はすぐ終わると思う(賢兄は鴨緑川のほうに顎をしゃくった)中国の方々のんきに待てられないからな。ああそうだ、これをお前に渡すのを忘れた」軍服のポケットから三枚のメモリカードを取り出し僕のポケットにそのまま入れておいた。
「こいつSDカードではなくXDカードを使うんだ。入手しづらいらしいので無くすなよ」
駅の外から子供の笑い声が伝わってきた。賢兄はゆっくりとボタンをとめて、低い声で僕に言った。
「親父さん、きっと浮かばれるさ」
「ボタンを止めてたらすごく説得力があると思います。朴参謀殿」
「ホームから突き落とすぞ、この野郎」
「君たちは本当に幸せな時代に生まれた世代だ、これから自由にソウルに行けるのだから!」
声がよく透き通るとはまさに我が情報支隊第二小隊長殿最大の特徴である。僕と同じく苗字が李なので、会議以外のときは役職だけで呼びかけている。身長はやや低めだが硬派な体格で軍人たるものの威厳をしかと漂わせている。さっきまで僕と賢兄がいた駅のホームの同じ位置で仁王立ちしている。たださっきと違うのは、全市から集まってる小学生たちが4×8の列を組んで駅のホームから改札までぎっしりと詰まっている。一番後ろに声を届こうとする配慮もあってか、小隊長はさらに声を張り上げる。
「全員!チューモク!これが先週、米帝が我が祖国を侵略した動かぬ証拠、爆撃機B-21の残骸である!まずは…」
いくら普段から聞いているとはいえ、やはりこの声を聞きながら落ち着いて撮影するのは無理だと断念したいところだが、僕の所属する社会安全軍のほかに階級の高そうな人民軍幹部が数人ほど無言で佇んでいる。職務怠慢をくらって反省文を書くのはごめんだ。とにかくファインダーから目の前の小学生たちを覗いで時間をやり過ごすことにした。
臙脂色のスカートを履く女学生と青の短パンを履く男子学生がフレームを埋め尽くした。みんなこころあらずなのは一目でわかる程度だった。当然といえば当然のことで、固有名詞の散弾をえんえんと浴びるよりもこれから控える対岸への日帰り旅のほうがよっぽど魅力的だ。この街の大人にとって、対岸への通行許可が最高のごちそうも同然、何気なく会話で流行りの中国語の語彙を何個か混ぜるのは日常的によくあること。小学生に人気の黒ネズミの米国アニメキャラが描かれている通学リュックはもとより、首に巻きつける少年隊の赤いスカーフも対岸からの輸入品のほうが信頼されている。僕も幼き頃初めてもらった誕生日プレゼントが母からもらった赤いスカーフで、その母もある日、「お前の誕生日までに戻ってくるよ」と言ってそのまま対岸の町で行方不明となった。
ある時、転勤されたばっかりの賢兄にこの事を話したら、お前も中国に行ったらいいじゃないかと言われた。あまりのあっさりとした返事に僕は口を閉じて二度と母を話題にしなかった。僕は平壌へ行ったこともないのに、近いとはいえ異国に足を踏み入れるのは何か心許ない気分だ。
鉄道レールから向こうの運転手がやってきた。赤いネクタイに半袖の青シャツの男性二人、僕にはわからない言葉で時刻を問いかけたようで、賢兄ともう一人の中国語のできる将校が応対した。結果、二人が貨物列車の運転室に入り、小隊長の無念を気にすることもなく警笛を鳴らして、中朝友誼橋に一直線と列車を進行させた。後を追うように、こちらの小学生たちもホームを降りてワイワイ騒ぎ国境へ走り始めた。
午後、食事後少し昼寝して、パソコンにUSBを差し込んで写真の分別作業をやろうとした時のことだった。情報課の扉が突き破られる勢いで開けられ、汗と埃まみれの課長が我々全員に向かって声を張り上げた。
「全員!情報課全員!人民病院へ行け!記録用紙を持っていけ!」
困惑な表情を浮かべた課員を見て課長が声を投げ込む勢いでもう一度繰り返した。
「行ったら全て分かる!戦時だぞ、お前ら!」
僕と同じ班の二人が安全局の扉を出ようとした所、真反対から来た賢兄とばったりぶつかって、パラパラと舞い込む記録用紙を片付けながら、僕は聞いた。
「何があったんですか?」
「急に電話とネットがつながらなくなっんだ。それでうちの管区が工兵を平壌へと行かせたら、国道に押し寄せて来たんだよ。難民が」
「え」思わぬ言葉を耳にしたので、難民ってどこから、のを頭で整理しようとしたのが賢兄にバレたようだ。
「平安南道が多いかな、平壌の人もチラホラと。何かまずいことが起きてるぞ」
パシャ。黄色袖なしの上着に膝丈ぐらいのスカートを履く女性。あらぬ方向に伸びている、崩れたパーマを気に止める様子が全くなく、手電話の画面を見せてくれた。
「三日前のメールです。私の元教え子から来たの。先生、逃げてください、海州が吹き飛んだ。すぐ電話したけど返事来なかった。戦前動員集会で海州に行ったらしい、すごく優秀な踊り子なの。(別のメールを見せて)こちらは江原道の教え子からのメール。先生、南からの飛行機がめっちゃ飛んでいます。首都はどうですか?これも返事なし。わたし美容室で列を待てたの。メールが次から次へと届いたんで、不安を感じて…外でトラックを捕まえて、荷台にはもう人がたくさん載っていた…平壌を出た時、あの、黒い煙が昇ってたのをみてました…」
パシャ。季節はずれの灰色の防寒着と化学繊維袋を胸に抱えて離さない中年男性。喫煙者の独特な、喋る前に咳をする癖。「どういうことなんだ?俺たち、南の傀儡に勝てたのじゃないのか?コホ…先月の今頃かな、新しい団地の分配が決まってて、一昨日までそこに住んでたんだ。とうもろこし飯を炊いたときだけどさ、電気コンロが使えなくなった。最近停電あんまり聞かないでしょ?それで家出て電気計を見に行ったら、ウチの洞のみんなが荷物をまとめて走ってた。何があったって聞いたら、平壌がやられたわ将軍が殺されたわ、傀儡軍が子供を探して殺してるとか。俺は信じないよ、でもあれが来た、あの…南のミサイルが、で、ここまで歩いてたんだよ。でも新義州は無事そうだな、いったいどうなってんだ…」
パシャ。薄手の上着、運動靴、紫色のスカーフのおばあちゃん。瞼が赤く膨れ上がっていた「最初…うちの人は外が騒がしいと言って様子を見に行ってて、しばらく戻ってこなかったんで私もホテルを出て…そうしたら…海、元山の綺麗な海に南の奴らの船がいっぱいで、あれ、ニュース映画でよく見る無人機が飛んでで、撃ってくるの、珠じゃなくて光を…でも撃たれた人たちはバタバタ倒れるのよ。ウチの人も倒れてるの…ああ、痛ましいや(しばらく号泣)、私がどうやって新義州まで辿り着いた?そんなの覚えてないわ…あなたたち戦わないの?将軍様はもう、あれなのに…恥ずかしくないの?!」
パシャ。人民軍の兵士。僕とさほど歳が変わらないように見える。地べたに座り、ずっと下に向いて何も喋らない。仕方なく二人で人民軍の将校を読んで連れ出させたとたん、「もう終わったんだ。なぜあなたたちは慌てないのか!畜生、もう終わりだ。将軍様、なぜ俺たちを見捨てたんですか…」
夜も深くなった頃、配られた記録用紙が埋まった。僕の班がいったん臨時司令部に戻ることにした。
真ん中を囲むように並べられているいくつかの折り畳み机の前に、賢兄とほかの将校が面と向かい合い、机周りの地面には記録用紙の山ができている。僕たちが入ってくるのを見て、賢兄のとなりの将校が自分の机に顎をしゃくって、手電話を取り出して耳元にあてて喋り始めた。
流暢な中国語だった。僕は賢兄の耳元に寄せて聞いた。もう電波が回復したのですかって。
「いや、川の向こうからかけて来たんだ。だってこの人数が押し寄せてきたんだもん。向こうさんも状況確認しなきゃならんでしょ」
将校が手電話の通話口を押さえて、緊張感と興奮を交えたような口ぶりで状況説明を始めた。
「中国軍は、人道主義援助措置の許可が降りたというので、明日の朝までにこっちの避難民は友誼橋を渡っていいとのこと。ただし─」部屋中の誰かが唾を飲んだ音が聞こえた。「男女問わずに若い人を優先的に通って欲しいので、協力せよと」
約束でもしたように、司令と将校たちは同胞の未来を祝福するように両手を叩いた。
「呆れたよ、この能無したち」賢兄は僕の耳元で囁く「向こうさんは労働力が欲しいだけなんだよ。ぺぇー」
白い壁に泡だらけの唾がくっ付いた。
まずは黒い点、そして無数の線、耳を防いでもガンガン伝わる轟音と共に、新義州のあらゆる建物に穴が開く。
団地、百貨店、体育館、病院、軽工業大学の教室…僕の幼少期が過ごした場所は一つ残らず、南の無人機が突っ込んだ。
最初の頃、新義州の市民と市民の列に紛れ込んだ軍服たちがまだ空いている友誼橋のレールから中国側に逃げ込むことができた。敵の無人機は国境あたりまで飛んでくると一気に高度を上げ、ただ空の上から情勢を観察するのみだった。二日目になって、友誼橋の真ん中にプラスチック製の、壁といっても通用する十メートルぐらいある拒馬があったのを見て、無人機の陣列が残りの部隊を掃討し始めた。
李小隊長の屍がすぐ目の前に横たわっていた。うつ伏せ姿勢でこれから匍匐で敵陣に進めるようだった。あるいは彼なりの無人機対策かもしれないが、もう答えを知る術もない。
賢兄は僕の横で何かを叫んでるようだ。ただ反応できなかった。爆撃機の残骸が運ばれた前日、ソウルの電気専門店に行けば、自分が持っている銀色カメラよりも遥に良い戦利品はいくらでもあると二人で楽しく話し込んだはずだったのに、何もかも亡くなった。
無人機は来なくなったらしい、その代わりに一連の砲撃音で聴力が回復した。
聞いたことのない履帯の軋む音がする方向に目を凝らすと、軍事訓練で李小隊長に教わった緑の戦車たちが現れた。
パシャ。
一筋、緑色の光線が眼前を横切る。
ほんの数秒前にこちらに向けた敵戦車の砲台がバレエ選手よろしく横一直線にぶっ飛んでいった。爆音が耳元に届いたとき、さらに何本の緑光線が僕らの陣地の真上から南の戦車を次から次へと照らし、更なる爆音が衝撃波と共に空気を轟かせた。
頭を仰いで、視野に飛び入るは空ではなく、黒い人影だった。
下半身が丸木船らしいものにズッポリ嵌りながら、右手でパラシュートの縄を捕まえて、左手で僕が見たことのない、望遠鏡とも銃とも言える大ぶりな道具を肩に当てて僕たちが見えないところの目標を狙い、例の光線を随所に射出する。気付いたら彼らが既に地面に降り立った。
二回数えて、七人だった。僕たちに向ける正面が三人で一列に並び、左右に二人ずつ配置する菱形の陣形を組んでゆっくりとこちらに接近してきた。
頭では理解したつもりだけど、心底からこの一群を軍人として認識することを拒否する理由がひとつある。
全員、ヘルメットを被っていない。代わりに、顔面を覆い隠すように一枚の漆黒なマスクがその周縁部から設けられた何本のストラップが後頭部の真ん中に収束してしっかりと固定されている。その後頭部も髪の毛一本さえ露出することなくマスクと同じ色の布で包み込まれている。強いていうならば、細部こそ色々と違うが、雰囲気としてはコンピュータ射撃ゲームの米帝侵略軍にしか見えない。
こちらの困惑をまるで気にしないようで、七人の陣形は足音を立てずに歩み寄ってきた。
「貴官たち、見事だ!」
なぜか古風な言い方だが、朝鮮語、しかも、賢兄と同じく首都の訛りだった。このことにいくぶん慰められたような気がして、僕と賢兄は抜けた腰を上げる。
「貴官たちの役職と所属部隊を申し出よ」と男は言葉を続けた。
「あなたたち、特殊作戦軍か」賢兄は敬礼しようとした僕の前を出て、一群に問いかけた。
「いかにも、我々は」ヘルメットを被ってない男たちはピッタリと同じ角度で顎を引いて、まるで合唱でも始めるかのように声を合わせた。
「─百戦百勝、一当百、暴風軍団!!」
将軍直轄の精鋭部隊、本来ならばここ国境地帯に現れるはずがない。僕たちが一番考えたくないことが証明されたのだ。我が国はすでに全域陥落し、もう祖国と呼べるものはどこにもない。
「みなさん、こんな時でも威勢がいいんだね」賢兄の口調は普段と同じだが、声の揺らぎは明かである。
「将軍様、はどこにいらっしゃいます?」
「いまは、天上に在らせられます」
次の瞬間、鬼の形相を現した賢兄は男に突っかかった。力いっぱい込めて両手で男を押し倒そうとしたが、相手は全く微動だにしなかった。しばらくして、賢兄の喉から正気を失った声が漏れ出た。
「貴様らのような恥知らずがいるから、この国は終わったんだ。俺たちは人民一生懸命守っている、テメェらはなんだ?俺は将軍様の代わりに処刑してやる、この、畜生にも劣る偽物め、何が百戦百勝だこの野郎!─うわ!」
「少し誤解があったようだ」マスクの男は激憤した賢兄を片手で陣形の中へと背負い投げし、淡々と言葉を続けた。
「第一、将軍様は存命してらっしゃいます。第二、我が国は終わってない。むしろこれから始まるというべきだ。あちらの貴官もこっちに来てくれ。これらを見ておくれ」
男は僕を近くに呼び寄せて、自分の腕時計をイジって僕らに見せた。
「暴風兵団のみんな、ご苦労さん。」
子供の頃から馴染んだ顔が盤面に現れる瞬間、胃袋が暖かくなるのを感じた。馬のようにあちこち走り回って、死ぬことを何度身近に体験した数日間の記憶が嘘のように真っ白になった。
「私は誤算をしたのだ。南の傀儡一味と鬼畜米国の残虐さを。みなさんのご家族の中で、此度の戦禍で命を落とした方も少なくないでしょう。心からお詫びする」
視線がずっとこの顔に釘付けにしたまませいで、頭を下げて初めて盤面に映る映像の他の部分に行く余裕ができた。将軍はいつもの人民服ではなく、白く膨れあがるガッチリした、ポケットの代わりに四つの得体の知れない丸い円が正面に張り付いている。右手の手袋から一本の管が背中のリュックとつながっている。
「私はいったん、宇宙に行く。ステーションに着いてから諸君らに必ず連絡する。だから諸君らも諦めずに自力で敵の包囲から脱出するんだ。こんな時だからこそ誰が本当の朝鮮人かを見分けられる。まだ抵抗している同胞戦士を一人でも多く連れて、遠いと思うがウラジオストクで集合しよう。私はすでに話をつけておいた。我が血盟ロシアが諸君らに必要なものを提供するでしょう。ただし、間違っても中国の境界に入るな。鬼畜軍が素早く動けるのは、ならず者中国が裏で我が国の情報を提供していると私は読んでいる。では、また近いうちに。」
「社会安全部新義州市局情報課所属、参謀・朴賢一であります」
まだ少し震えているが、情緒が安定している。賢兄は軍服の袖で涙を拭いて、僕のほうに指差した。
賢兄の紹介を聞いて、マスクの男は僕の肩を叩いた。一介の戦士なのにいい根性ではないか、と褒めてくれた。マスクの二つの覗き穴の下は黒い網のようなもので塞がって目玉が見えない。
「では、ここからウラジオストクに行くとなると…朴参謀、我々と貴官たち合わせて八人が搭乗できる乗り物はあるのかね?」
「1級運転免許をお持ちの方は?」
七つの右腕が一斉に上がった。
文字数:8989




