梗 概
点綴
人類が老化と死を克服した社会では、個体は常に修復され、常に生存可能な存在であることが前提となっていた。だがその裏側で、ごく稀に発生する『復旧不能個体』に対してだけは例外的に死が訪れる。そうなってしまった存在への対応が秘密裏に行われており、主人公はその役割を無作為に選ばれた。通知は個人端末に直接届き、差出人は表示されない。
対象は大学に通うごく普通の女性だった。訪れた頃には彼女はすでに自身の状態を理解しており、「死んじゃう、ということですよね」と主人公に問うた。「死」そのものを忘れた社会で戸惑う主人公をよそに、彼女はそれを未知の経験として受け入れ、やがて静かに機能を停止した。
主人公は指示通り作業に着手する。継続を前提にした彼女の人間関係をなめらかに解消するために。AIが彼女の姿や声、チャット文を再現して関係の継続を装う。一方で主人公は、現実の痕跡を整理する役割を任された。そこで遺された私物や記録を通して彼女の人となりを知ることになる。
ある日、彼女の親しい友人が作業中の主人公の前に現れた。訝しむ問いに対し、堪えきれずに主人公は、「彼女はもういない」と告げる。
「どういうことですか?」
「言葉通りの意味です。亡くなった──という言い方が正しいのか分かりませんが」
禅問答のようなやりとり。しかし会話を重ねるごとにやがて友人の中で意味を結び始め、「じゃあ、あの子との時間はもう続かないんですね」と涙目で応答される。それはこの世界に秘匿されてきた『終わり』が、初めて共有された瞬間だった。
主人公は補完作業を中断し、どうしてこの役割を担ったのかを考えた。その末に、彼女の関係者を訪ねて回ることに決めた。指示されたものとはまったく反した行動である。出会った人々は彼女の不在の真相を軽く受け流そうとするが、主人公はその都度、「終わったんですよ」と言葉にする。最初は通じなかったその発話は、関係の深さに応じてわずかな沈黙や躊躇を生み出し、やがて理解の兆しを伴い始め、悲しみとして終局した。
それと並行して、友人と協働しながら身辺整理を進める。私物は都市の片隅にある処理施設へと運び込まれ、記録は体系的に整理されていく。すべてが取り払われた部屋の中で、友人はぽつりと「さようなら」と呟く。それが別れの言葉だとは知っていたが、特別な響きがあった。それが補完されるためのものではなく、続きのない関係を引き受ける一種の決意だと実感した。
処理完了の通知とともに、今回の出来事の秘匿が命じられる。しかし主人公には分かっていた。この社会において終わりとは、継続を前提に、補完されることでしか成立しなかった。だが彼女の死は、どのようにも続けることのできない断絶として現れ、言葉として共有された。終わりとは処理されるものではなく、誰かと引き受けることで初めて成立するのではないか――その認識だけが、彼の内に残った。
文字数:1200
内容に関するアピール
終末ものといえば、世界の破滅や社会の崩壊といった大きな物語的な終わりをイメージしがちです。一方で個人の内面に閉じた小さな物語的な終わりが想起されることが多いです。本作ではそのどちらでもない「中くらいの物語」的な終末を目指しました。そこで「関係の終わり」に焦点を当てて書いてみました。
死が克服され、終わりが存在しない社会を前提とし、そこに例外としての「死」を再導入することで、人と人との関係がどのように断絶し、また共有されるのかを描くことに挑戦してみました。死を出来事としてではなく、言葉で成立するものとして扱うことで、終わりのあり方を考えたいと思います。
サイエンスよりもスペキュレイティブな発想を軸に、読み手によってはソーシャル・フィクションとしても受け取れる読み味の作品を目指します。
文字数:346




