熊の王

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梗 概

熊の王

二一二五年。初夏の日本、原生林と化した近畿地方南部の山岳地帯に、雄の巨熊きょゆうが踏み入る。
体長五メートル近い彼は、ヒグマ並みの体躯にツキノワグマ状の体毛を持つ二種の近縁種で、“熊の王”と呼ばれていた記憶を持つ。人語を解する熊である彼は、何故、自分が山林を歩いているのか分からなかったが、山中で雌熊のマーキングを見つけて激しい欲情に囚われると、周囲の山全体に拡がる生き物の気配を鋭敏な感覚器官で捉え、山野を駆ける。そして、まさに番おうとしていた一対のツキノワグマ達に襲い掛かり、雄を力任せに嬲り殺し、雌と交配する。周囲に強烈な血の匂いと、性ホルモンが発散され、周囲の山々までその影響が拡散していく。彼はその拡がりを感じ取る。
熊の王は、次々に山に潜む熊を見つけ出し、雄は残虐に殺し、雌は執拗に交配する。彼は自身の残虐性と異常性に慄く。

その行動を続ける間、自身が繰り広げる残虐な光景から意識を逸らすため、熊の王は何故このようなことが起きているのかを考える。辿った記憶の中で、派手な迷彩キャップを被った女性猟師の姿と、自分がその女性に強く執着していたことを思い出す。しかし、彼の戸惑いと裏腹に、彼の造られた本能は彼に、移動と殺戮、捕食と交配を繰り返させる。

熊の王は自分の本能に抗い、自身の正体を明かすため、熊ではなく人間の姿を探そうと躍起になる。
彼は、人間の生息域の残骸が散在している廃村を巡るうち、自分自身が脳内インプラントに欲動を支配され、雌熊を孕ませたうえで流産させる毒の精を胎に詰め込んだ人工個体であることを自覚する。と同時に、何故、そうした自覚が熊である自分に湧くこと、その記憶が熊としての自分ではなく熊を造ろうとしていた人間のものであることにも戸惑う。

暴虐への渇望に抗えず、周囲一帯の熊を殺戮し、交配し回った彼は、やがて人間の痕跡を辿るうち、記憶の中にある都市が既に崩壊している可能性に思い至り、世界と自分の真実を知るため、街へ降りていく。
その鋭敏な感覚器が街の中に真新しく、熱を帯びた車の存在を感知し、彼は見覚えのある派手な迷彩キャップを被った人間がいることに気づく。それは探していた彼女が愛用していた品だ。

眼前の人間の手元から轟音が上がり、猟銃から放たれた弾丸が熊の王の身体を貫く。混乱した意識の中、熊の王は、再び闘争本能に身体を操られ、目の前の人間に猛然と襲い掛かる。
その巨大な爪が迷彩キャップを弾き飛ばし、その下の素顔が露わになる。
しかし、その人間は記憶の中の彼女ではなく、記憶の中にある彼女の恋人の男だった。そして、熊の王の意識の転写元オリジナルだった。
再び、男が猟銃で発砲する。熊の王は自分の意識が拡散し、別の異常個体に初期化されて宿っていくことを意識する。
あと何度、この自作自演の罪滅ぼしを続ければ、茶番めいた輪廻は終わるのか、と。限りない暴虐の先に救済を夢見ながら。

文字数:1200

内容に関するアピール

激増する熊の個体数を減らすため、恋人を熊に襲われた研究者によって、熊を駆除する機能性生物である改造熊が作り出され、研究者の意識を脳にコピーされた熊側の視点として物語は進行します。
人口減の果てに、熊に生態系の頂点を奪われて崩壊しつつある日本が舞台のため、ある意味、現在の日常は終わっておりますが、終わった世界の中で、熊が「自分が何者なのか」を追って真実に辿り着くというミステリ的な構成を意図しています。
主人公は熊でありながら、熊にコピーされた研究者の意識でもあるという、二重の意志と思考が並走する様子を作品の魅力にしたいと思っております。

よろしくお願いいたします。

文字数:281

課題提出者一覧