オルフェウス補遺

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梗 概

オルフェウス補遺

人々は文書を読まなくなり、映像が真実の拠り所となって久しい。「オルフェウス」に保管された記録映像は、世界が荒廃しても残り続ける。

公的記録映像を厳重に保管するために建てられた巨大施設、オルフェウス。破滅的な戦争のなか、そこに数万人が集まり、外の世界から身を守るように暮らす。手製の貨幣と経済システムを作り上げ、失われた文明を模した社会を営んでいる。

オルフェウスの旧メディア区画で、元女優のリオ・マルチェラとスタントマンのゲイブ・コールは、古い映画のリメイクに関わりながら暮らしている。理屈で演技を組み立てるリオと、身体が先に動いてしまうゲイブ。二人は互いの才能を誰より知る相棒であり、施設で例外的に映像作りに通じている。

 

人々は、人智を超えたAIモデルの暴走が世界戦争の引き金を引いたのだと、天災のように語り継いでいる。ところが、二人は戦争直前の国際会合の記録映像を見つける。そこには本来いるはずの首相の席が空いていた。記録を辿ると、戦争の発端が、首相の欠席と他国の怒りという、卑小な人間的な事情であったことが分かる。

そんな理由で世界が終わったことに、人は耐えられない。リオはゲイブに首相を演じさせ、誰にも知られることなく、この事実を偽の記録映像で上書きしてしまう。

さらに二人は、件の会合の発端が、国際社会に批判的な発言を続けていた女優マデリーン・コルブの射殺事件にあったことを知る。リオは、かつて一度会ったその女優の最期も書き換えようとする。

 

その頃、ゲイブは別の記録を密かに改竄していた。負傷して意識を失ったリオを背負いオルフェウスへ向かう道中の、監視カメラ映像である。

リオはその映像を目にし、背負われているのが自分ではないことに気づく。映像が書き換えられている。こんなことができるのはゲイブしかいない。

問い詰められたゲイブは、道中で足を負傷した子供たちを見捨てたことを明かす。限界だった。背中にはリオがいた。だがその事実をリオに知られたくなくて、書き換えたのだった。

 

リオはゲイブを許せないまま、一週間を過ごす。それでも施設内の公園で遊ぶ子供たちを見て、やはりコルブが撃たれる映像を書き換えようと決める。世界の終わりが卑小な事件であった事実を、未来の子供たちに発見させたくないと思う。

二人はコルブのシーンを撮る。幾度撮っても納得のいく演技に届かない。リオは不意に足をくじいて転ぶ。銃で撃たれたみたいに。助けに入ったゲイブも機材に足をかけて大きく転ぶ。銃で撃たれたみたいに。リオは足をひきずりながら画面の外へ走る。その姿は、男を置いて去る決心をし、逃げ去ったコルブのようだ。

こうした偶然によって撮れたショットに、リオは満足する。見捨てられた男は助からないかもしれない。だが記録のなかで、コルブは生き残り、戦争のきっかけにならずに済むだろう。良いことをした、とリオは思う。

文字数:1183

内容に関するアピール

「世界の終わり」が訪れた後の世界で、止むに止まれぬ気持ちから「こうであったかもしれない」歴史を虚構として差し出す人物の物語を書こうと思いました。舞台は巨大な記録映像保管施設オルフェウス。戦争後は人々が集まって住み着き、九龍城砦のようになっています。

どうせ終わるなら、世界の終わりは人類にとって不可避的なものであってほしい。それが政治的な失策や取るに足らない事件の連鎖であったことは、現実を受け止めて生活しようとする人にとっては辛い。歴史を改変してもいいぐらい、強い感情だと思うのです。

リオとゲイブはその感情から、歴史的な記録映像を書き換えていきます。過去を虚構で覆う行為は未来の人々のためだと考えていたリオは、ゲイブが個人的な記録を秘密裏に書き換えていたことを知って、その行為の偽善に悩みます。それでも二人はカメラの前で演技を続けます。それが二人を救ってくれる方法だからです。

文字数:388

課題提出者一覧