梗 概
正しい恋人の増やし方
幼馴染のユキは、「幸せなお嫁さんになる」という夢を叶えた女だった。可愛くて恋愛体質な彼女は、かつて“意識だけを別世界線へ移動できるスイッチ”を使い、複数の世界線で同時に恋人を作っていた。世界線ごとに別の彼氏と付き合えば浮気にはならない――そんな理屈で恋愛を増やし続けた結果、ユキは記憶と人格の混線を起こしかけたが、最終的にはたった一人を選び、スイッチを手放して結婚した。
一方、私はそんなユキをどこか軽蔑していた。恋愛に振り回される愚かな女。自分ならもっと上手くやれる、と。
結婚祝いの夜、冗談半分でユキから譲り受けたスイッチを、私は軽い気持ちで使い始める。別世界線でなら、違う恋愛を同時に楽しめる。しかも私はユキと違って冷静だ。スケジュール管理も得意だし、恋愛に溺れたりもしない。
最初は順調だった。世界線ごとに違う彼氏と付き合い、それぞれに違う自分を演じ分ける。だが恋人が四人を超えた頃から、少しずつ綻びが生じ始める。別世界線の記憶が混ざり、彼氏の名前を呼び間違え、昨日のデートがどの世界線だったのかわからなくなる。それでも私は、まだユキほどではない、と自分に言い聞かせる。失敗を認めれば、自分もユキと同じ“恋愛に狂った女”になってしまう気がした。
やがて世界線同士の矛盾は、人間関係だけでなく世界そのものを軋ませ始める。街から突然人が消え、昨日まで存在した店が最初からなかったことになる。恐怖した私は、ようやくユキに助けを求めた。
事情を聞いたユキは、なぜか少し安心したように笑った。
「よかったぁ。私だけじゃなかったんだ」
呆れられると思っていた私は、拍子抜けする。
「だって、だんだんわかんなくなるんだよね。どの人にどの自分だったか。私も七人目くらいから、名前ぜんぶメモしてたもん」
まるで恋愛相談みたいな口調で言いながら、ユキは私の世界線を整理していく。だが途中で、彼女の手が止まった。
「あれ……これ、まずいかも」
私が増やしすぎた世界線は、すでに互いを食い潰し始めていたのだ。
ユキは小さく息を吐く。
「収束させるしかないね」
それは、無数の可能性を切り捨て、たった一つの世界だけを選び直すことだった。
収束のあと、世界は何事もなかったように元へ戻った。消えていた人も店も戻り、崩れかけていた現実は静かに繋ぎ直される。けれど、私の恋人たちは誰一人、私を選ばなかった。彼らにはもう、私と過ごした記憶が存在しないのだ。残ったのは、何人もの恋人と過ごした記憶を抱えた私だけだった。
静まり返ったスマホを見つめながら、私はようやく理解する。
ユキは、恋に溺れていたんじゃない。
あれほど世界線を増やして、それでも最後には、自分でたった一つを選んだ。何も失わずに全部を手に入れられると思っていた私には、それができなかった。
そして、ユキをずっとバカにしていた私が、いちばんのバカだったのだ。
文字数:1179
内容に関するアピール
第6課題で“語り手”だった「私」を主人公にし、“語られる側”だったユキを「師匠」として再構成しました。
前作で「私」は、恋愛に突き進むユキをどこか呆れながら眺める悪友でした。けれど本作では、「私はユキとは違う」「自分ならもっと上手くやれる」という思い込みこそが、主人公を破綻へ向かわせます。
「魔法使いの弟子」という課題に対して、私は“力そのもの”よりも、“失敗を見ていたのに、自分だけは制御できると思ってしまう傲慢さ”を書きたいと思いました。
ユキは恋愛に振り回される愚かな女に見えて、最後には自分でたった一つを選び取った人です。一方「私」は、何も失わずにすべてを手に入れようとして、結果的にすべてを失います。
「魔法使いの弟子」という古典的な構造を、最初は恋愛コメディとして書くつもりでした。しかし書き進めるうちに、自分だけは失敗しないと思い込んでいた主人公の、自己認識の物語になっていきました。
文字数:396



