パリ、1984年のプヌマティック

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梗 概

パリ、1984年のプヌマティック

 
パリ 20c

 1866年から構築されたパリの気送管式郵便網プヌマティックは、かつてパリ全域を結ぶ世界最大規模の通信網だった。
 
「プヌマティックで送り出したのち、稀に行方不明となる手紙は過去へ誤配されている」。ミッテランが大統領に就任した1981年、歴史学者のギヨームはそう唱えた。19世紀後半の文献から、まるで未来から届いたような怪文書の記述に着目したのだった。彼の発言は当然相手にされず、学会からは黙殺された。
 
 ギヨームは時間誤配が発生する条件を一人で探究する。第二帝政期のパリは、オスマンの都市改造と産業革命によって、人も都市も激しく揺らいでいた。彼は郵便局員ジャンの協力を得て、意図的に過去へ手紙を送り、歴史の改変を試みる。手紙は消失した。過去への誤配は成功したのか? しかし世界に変化はない。ギヨームは繰り返し手紙を送り、やがて「改変された世界では、誰も改変そのものを認識できない」と考える。ギヨームは手紙の痕跡を探すが、時は1984年に。ミッテランが理想と現実の狭間で揺れ、政治地図が変わり始めたその年、プヌマティックは終了した。
 
 約2年の沈黙のあと、ギヨームは突然政治批判を始める。保革共存コアビタシオンを非難し、社会主義に基づく理念統一を主張する文章を立て続けに発表。歴史でも過去改変でもなく、今ここの政治への主張を繰り返した。1994年、自ら首を吊って亡くなった。
 
東京 21c
 小学四年生の奏多は、父と母と三人でパリに旅行で訪れた。ヴァンヴの蚤の市で、鍵をぶら下げたテディベアを買ってもらう。東京の自宅に帰ると、早速トリコロールのリボンを結んであげる。ぎゅっと抱きしめたとき、感触に違和感を覚える。中に異物を感じた彼は恐怖からそれを遠ざける。
 
 16歳で両親を事故で亡くした奏多は大学教員の叔父に引き取られる。数少ない荷物の中にはトリコロールのリボンを巻いたテディベアが。意を決してぬいぐるみのお腹を切り開くと、小さなキャニスターとフランス語で書かれた手紙が現れる。叔父の翻訳でそれがギヨームの署名入りと知る。
 
「私は過去改変に成功したのかもしれない。今の世界は改変後の世界であり、世界の改変に気づく者はいない。誰にも証明できない。この手紙を受け取ったあなたが〈真実の歴史〉を解くだろう。もしくは〈歴史の真実〉に辿り着く」
 
 大学院生になると19世紀フランス史を研究する。ギヨームの歴史改変の証拠を探すが、数多の研究から導かれた正史に不自然はなく、取っ掛かりすら見出せない。やがて奏多はギヨームの足跡に目を向ける。ミッテランが妥協を強いられ保革共存に陥った1986年を起点に、19世紀まで歴史を遡ってゆく。そして、無数の「ありえたかもしれない歴史」を書き出し始める。
 
パリ′ 19c
 奏多が執筆した1848年から1871年のパリの架空歴史の文章にて、本物語は終わる。

文字数:1198

内容に関するアピール

フランス近現代史×時間SF。時間SFと言いつつ、いわゆるタイムトラベルSFとみせかけて、「歴史とは何か?」という問いに駆動された歴史認識文学へスライドさせてゆくことを試みました。ゆえに、「魔法使いの弟子」の構造は結末部にて崩壊します。オースターの小説が、最初探偵モノだと思って読んでいたらどうもそうじゃなくなっていくように、実作では良い意味での裏切りを狙いたいです。(オースターが探偵小説作家でないように、今作はSFとはいえないかもしれません)。かつて、私は第二帝政期のフランスで拙い卒論を書きました。いつか史実や歴史認識をテーマに小説を書きたいと思いながら、気づけば講座ももうすぐ終わりに。来月パリへ旅行に行きます。パリの空気をまとった文章を実作で表したいです。

文字数:332

課題提出者一覧