梗 概
もう無理限界のえもーとぴあ
陰キャオタクの大学院生だった悠は、サイコ女の蔑称と引き換えに華々しい社会人デビューに成功した。
二十一世紀半ば。彼女はユーザーの挙動から個人の詳細な感情と行動を高精度に予知するマーケティング技術で成功者となったのだ。
それは、彼女が大学時代に脳科学と人間行動学を掛け合わせ、偶発的に発見した推論モデルを活用したものだった。
俄かセレブに仲間入りし、念願のVIPな彼氏を作るつもりで富裕層のパーティに参加した悠は、彼女を非難する人物から卵を投げられ、そこをスクープされる。
「人間の感情を支配して利用する魔女め!」
そう叫んで捕まった犯人が、悠の技術を悪用したロマンス詐欺被害者だと知らされ、悠は衝撃を受ける。
彼女は自身についた魔女のイメージを払拭するため、さらに技術を発展させていく。集団の仮想的な感情モデルを作り、群集心理を可視化・活用する技術を開発していったのだ。個々人の願望実現ではなく、人類全体の平穏幸福を目指すそれを悠はアース・マーケティングと名づけた。これを使えば、部分最適での合成の誤謬によるあらゆる不幸は起きない。悠にも、理想の人生が世界ごと訪れるはずだった。
暫くは、悠の目論見は順調だった。世界は加速主義に傾倒しており、悠は地球人口の七割程度から様々な行動データを収集し、多角的な分析が可能な集団心理モデルを構築することに成功した。
しかし、そのモデルの中に、政治・経済・社会の動向に関わらず定期的に生じるパターンを発見して、悠は動揺する。それは、人類の種全体に共有的無意識が実在すること、さらに、人間の感情が環境要因よりも強い方向性を持っているという可能性を示唆していた。そして、その方向性は一貫して世界を悪化させていた。
つまり人類は、種の自己一貫性として滅びを望んでいるらしい。
手に負えない何かを掘り当てたことに戸惑い、悠はやむなく大学院での推し活仲間でオタ友だった後輩、透を頼る。
かつて悠の共同研究者だった彼は、論文公開前のアイデアを商業利用に持ち込んだ悠を恨んでいた。だが、中傷を受ける彼女に同情し、モデルに現れるパターンの分析に協力する。二人は分析を進め、そもそも悠が透と共に見つけた個人用の感情モデルが、件のパターンを基底状態に持ち、それなしでは再現しないということを発見する。
つまり、人類が滅亡へ向かう志向性の存在自体が、二人に件の推論モデルをもたらし、悠だけを成功者にし、良い感じに進展しつつあった悠と透の仲を引き裂いていたのだ。
「私達、人類のオワコン化を手伝ったってこと?」
「俺ら限界オタだし。元々過激派なんよ」
二人は少し迷った末、人類全体が滅びを受容する精神を持てるように、限界オタクの精神へのごく緩い指向性を仕込んだ集団感情モデル活用サービス“えもーとぴあ”をリリースする。
早速、滅亡の進捗を示すパターンが、祝砲のように大きく脈動する。
文字数:1200
内容に関するアピール
世に、感情や思考を可視化や操作するBMI技術は研究されて久しいですが、非侵襲的技術の進展は今一つなのでしょうか。一方、WEB上のユーザー挙動の可視化、SNSマーケティング、ナラティブエンジニアリング、等、集団心理へのアプローチは多様に発展していると感じています。
本作は、人類に内在する滅亡への志向性から生まれた緩やかなディストピアで、オタク思考を持つ二人が、いつか限界が来る人類に救いのある終焉を仕込む物語です。
個々人が局所最適で幸福を得るのは比較的容易ですが、社会全体や種族自体が、やがて来る滅びを肯定するのはなかなか難しい。
限界オタクが持つ一種の破滅的な無常観や、喜捨めいた行動は、一種の集団的な悟りとして有用な気がします。
なお、本作は「未来から過去へ情報を送る際の伝送容量は定義できる」という最近発表された論文にヒントを得ています。
インターステラーに着想された論文だとか。素敵。
文字数:392



