十四本腕のためのピアノカノン

印刷

梗 概

十四本腕のためのピアノカノン

十九世紀ウィーン。ピアノ作曲家のマルクは同時期に台頭した作曲家ヨハンに闘争心を抱いていた。ヨハンは難易度の高い曲を作っては弾いてみせる。マルクもそれを真似るが、自分の短い腕では彼ほど上手く曲を弾けないでいた。

街で義手をした人物を見かけ、マルクは思いつく。義手のような装置で腕を伸長すれば難曲も弾きこなせるのでは、と。知人のピアノ職人に頼み込み、完成した装置を装着して練習するうちに、マルクは過去苦戦した曲を弾けるようになっていく。

一方でヨハンの技術力も向上していく。鍵盤間の移動を繰り返しながら細やかに指を動かす曲を弾き、天才と称えられるようになる。指を動かすには義手が邪魔だが、鍵盤の上であちこち腕を動かすには自分の腕は短い。

せめて腕がもう二本あれば。そう思い至ったマルクは、今度はサロンのツテを頼って国外から医師を呼び出す。戦争の現場で義手の研究をしていた医師とピアノ職人の力を借りて、マルクは肉体に「ピアノを弾くための腕」を接続する。木と鋼とフェルトで作られた、わずかな力で軽やかに動作する新しい人工腕だ。

増えた腕で届かない部分の鍵盤を補いマルクはようやくヨハンの技量に追いつくが、すぐさまヨハンが抜き返してしまう。やけになったマルクはさらに技巧を追求することに決める。以降、マルクはヨハンに直接挑戦するようになる。

腕を六本に増やしてさらなる難曲へ。これもヨハンは弾きこなす。マルクは腕に伸長する機構を搭載し、腕の数を活かすために新型ピアノを開発。ピアノ職人により幅広い音の幅を表現できる長大なピアノを作らせてヨハンに挑むが、ヨハンはその場で無駄な音を省いて二本の腕でも弾けるように編曲し、これに対応する。

ヨハンを越えられないマルクは思い切った身体改造へ踏み切る。腕を倍の十二本に増やし、鍵盤が円を描くように並ぶピアノを開発する。自身が中心に座って十二本の腕で三百六十度すべての鍵盤を弾きこなす演奏を披露し、初めてヨハンを打ち負かす。

ウィーンいちのピアニストとなったマルク。各所から演奏依頼が舞い込み、ついに宮殿での演奏を依頼されるように。喜々として向かおうとしたところにヨハンが待ったをかける。今の君は化け物じみた見世物として楽しまれているだけだ、と。

振り返り、マルクはヨハンの指摘を受け入れる。その視線に化け物を鑑賞するような目線が混ざっていたことを。音楽家としての自分は消え、ただの見世物になってしまった。絶望に暮れるマルクに、ヨハンが手を伸ばす。

以前の自分に追い縋り、高みを目指してくれたのは君だけだった。今度は一緒に――。

宮殿で、マルクとヨハンはピアノの連弾を披露する。マルクの主旋律を支えるヨハンの演奏。

追いかけ合うような十四本腕で演奏されるピアノカノンが、現代の世で演奏されることはない。

文字数:1154

課題提出者一覧