サカナ・ポッド

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梗 概

サカナ・ポッド

 サキは湾岸水族館の飼育員だ。環境の激変で天然の魚はほぼ絶滅し、館内に展示できる生物は年々減っていた。ある日、館長から採算悪化を理由に閉館の可能性を告げられる。子どものころここで初めてベニクラゲを見て飼育員になると決めたサキにとって、この場所は特別だった。

 そんなある日、搬入口に差出人不明の小包が届いた。中には卵ほどの白い球体。説明書には「サカナ・ポッド」とあり、ボタンを押すと水槽が生成され、画像を読み込ませれば生物の学習生成ができるという。半信半疑でボタンを押して帰宅すると、翌朝ロッカーに水槽がひとつ現れ、絶滅したはずのクマノミが泳いでいた。

 サキは毎晩ボタンを押した。クマノミ、ニホンウナギ、イワシの群れ、サンゴ礁。話題は瞬く間に広がり、入場者数は急上昇した。しかし館長の顔は晴れない。水槽が増えた分、維持費も膨らんだからだ。サキはさらに踏み込み、実在しない生き物を生成し始めた。花柄のクラゲ、アイスクリームのような巻貝、翼を持つトビウオ。エサ不要、水質浄化機能つき。水族館は世界的な話題となった。

 その頃、館内のシステムエンジニア・二階堂がポッドを貸してほしいと言ってきた。拒絶したサキに、二階堂は自分がポッドの開発者だと明かした。軍事転用を命じられ組織を逃げ出し、サキに送りつけて観察していたという。そして今、入力データ量は設計上限を超えており、暴走の危険があると告げた。

 五ヶ月後、ポッドは自律的に水槽を生み出し始めた。一時間に十個、二十個。外壁を突き破り、道路にまで水槽が出現し、街は浸水した。止める方法はひとつ、物理的に破壊すること。ただしポッドが生んだすべての生物が消える。

 サキは長い時間ポッドを見つめた。七宝焼のクラゲが揺れ、バニラ色の巻貝が回転している。自分が生み出した存在たちだった。サキはポッドを床に叩きつけた。乾いた音とともに球体が割れ、水槽が端から順に消えた。クマノミも、ウナギも、存在しえなかった生き物たちも、音もなく。道路の水が引き、残ったのは空のガラス箱だけだった。

 翌日、荷物をまとめて最後のフロアを歩いた。出口へ向かいかけたとき、足が止まった。片隅の水槽の中に、ベニクラゲが揺れていた。老いると幼体へと戻る、不死クラゲと呼ばれる生き物だ。

 そこへ二階堂が現れ、ポケットから白い球体を取り出した。予備のポッドだった。生成した生物のDNAデータはログとして残っている。ベニクラゲの細胞逆行の仕組みと組み合わせれば、絶滅した魚たちを取り戻す研究の足がかりになるかもしれない。二階堂はそう言って、ポッドをサキに差し出した。

 サキはしばらく見つめてから受け取った。水槽の中では、稚クラゲへと逆行したベニクラゲがぷかりぷかりと漂っていた。

文字数:1136

内容に関するアピール

水族館という閉じた空間を舞台に、便利な力がやがて制御を失い、空間そのものを侵食していくストーリーを考えてみました。
大切なものを取り戻したいという気持ちが、取り返しのつかないことを引き起こすというお話です。
ラストに置いたベニクラゲは、老いると幼体に戻る生物です。
すべてが消えた後にベニクラゲが残っていることで、この物語の続きが始まる予感を出せたらと思いました。

文字数:179

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