ヘルマフロディトスの喜劇

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梗 概

ヘルマフロディトスの喜劇

とある地方。奈緒は廃業した旅館の地下で改造クワガタを暴力団に売って生計を立てている。
母は幼少期に蒸発、観光業の衰退で旅館は潰れ、父は自殺。遺書で奈緒は、自分が父と血が繋がらないことを知る。
幼少期からのいじめの原因であるヘテロクロミアの眼は顔も知らない実父由来か。

奈緒は頭がよかった。しかし昨今のAIで賢さの価値が暴落しそれに意味はなさず、未来に期待もない。
安価なDNA合成機と顕微鏡、AIを使える頭、父の趣味でたくさん残されたクワガタがあれば生計は立つ。

彼氏の諒は暴力団のブローカー。月二回ラブホテルで交わる。諒は奈緒の太ももに小さな入れ墨を彫り、「俺の印だ」と笑う。彼に奈緒は依存していた。昔の映画のような古い関係が心地よかった。

ある日、稀少なギナンドロモルフ——左右で雌雄の分かれたモザイククワガタの製造依頼が来る。その姿は左右非対称ながら美しく、心を奪われた。非常に困難な技術らしいが、奈緒の眼は視力も色覚も極端に違い、世界は常に二重に見える。この欠陥が、第一卵割の境界線をはっきり見分けた。運命だと感じた。

諒と事後のベッドで、奈緒は「Herma」というモデルを諒に見せる。左右非対称の眼を持つ謎めいた美女で、世界中にファンを持つ。「私と同じ眼なの」と羨望する奈緒に、諒は煙草を吹かして応えない。

数ヶ月後、ついに完成する。ヘルマと名付けた。
法外な値段で売れた。ヘルマは交尾では増えず、技術は組織に渡したが不思議と奈緒にしか生み出せなかった。

ある日、週刊誌のスキャンダルで「Herma」が炎上。暴力団との繋がりが報じられ、流出した写真の太ももに自分と同じ入れ墨を見つける。画像検索で辿ると、世界各地に同じ入れ墨と非対称眼の女たちがいた。記事と流出した情報によると、入れ墨はブランドの烙印——提供者の違法実験で生まれた姉妹は、人身売買網の「商品」として流通していた。

奈緒も売られるはずだったが、組織が想定しなかったヘルマ製造の技術を発見し、諒の手元に囲われたのだろう。

自分もヘルマも商品だった。もしかしたら母の蒸発、父の自殺も組織の意図か。

奈緒の何かのスイッチが入る。
優れた脳と行動は、倫理の壁をさらに飛び越える。

ヘルマに繁殖能力と、ヘテロクロミアを人間に伝播させるベクターを組み込み、世に放つ。次世代も完璧なモザイク。繁殖は止められない。市場は暴落、生態系も崩れ、やがて世界中の人間の虹彩もまた左右で色を違えはじめる。姉妹たちを「商品」たらしめていた稀少性は消滅していくだろう。

諒が殴り込んでくる。

父たちの復讐も姉妹たちも、どうでもよかった。
世界がモザイクで埋め尽くされ、いつしかそれは異常ではなくなる。
奈緒は想い描いた。自分こそが「普通」となり受け入れられる未来を。
生きてそこにいるかはわからないが、奈緒は初めて未来に希望が持てていた。

ヘルマが廃旅館の地下から飛び立ち、羽ばたいていく。

文字数:1196

内容に関するアピール

未来の危惧として「魔法の杖だけが発展してしまい、世界中で師匠不在にも関わらず、善悪も倫理もなく出力だけが途方もなくなる。そして師匠不在のため、どこまでも暴走したままになる。」ことを書いたつもりです。あまり題材として見けけないクワガタをモチーフとしたのは、ビジュアル的にも異質さ際立たせる意図です。舞台は東北の田舎、温暖化でクワガタのブリードにも最適、退廃しつつもどこか享楽的な雰囲気をイメージ。

文字数:197

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ヘルマフロディトスの喜劇

わたしは毎朝、ひとつの性を、半分だけ殺すことから始める。

 顕微鏡の下で、受精卵が最初の分裂を終えたばかりだった。二つに割れた細胞。その片方の核へ、ガラス針の先を沈めていく。狙うのは性染色体のひとつ。針先が触れた瞬間、染色体は紡錘糸の張力から外れ、分裂のリズムからこぼれ落ちる。たったそれだけのことで、片側の細胞は雌であることをやめ、雄になる。境界は、最初の卵割面――卵を左右に分かつ一本の、見えない線にそって引かれる。

 この線を、わたしは見ることができる。

 左目と右目で、世界は決して重ならない。右はやや遠視で、青を強く拾う。左は近視で、赤に傾く。焦点も色も合わないから、わたしの視野はつねに二枚の半透明な絵を、わずかにずらして重ねたようにぶれている。医者はそれを遺伝疾患と呼び、同級生はもっと短い侮蔑の言葉で呼んだ。けれど卵割面のような、ほとんど光学的にしか存在しない境界を見るには、二枚のずれた絵こそが役に立った。片目には見えないものが、もう片目には見える。その差分が、境界を立ち上がらせる。

 針を抜く。卵はもう、後戻りできない。これから分裂を重ね、左半身が雄、右半身が雌の――あるいはその逆の――一匹のクワガタになる。雌雄モザイク。ギナンドロモルフ。左右で大顎の形がちがい、翅の色がちがい、本来なら決して同じ体に同居しない二つの性が、正中線できれいに縫い合わされた個体。

 地下は寒い。廃業した旅館の、かつて貯蔵庫だった部屋。コンクリートの壁に結露が滲み、ホルムアルデヒドと標本の樟脳が混じった匂いが染みついている。父の遺したクワガタの標本箱が、棚にいくつも並んでいる。生きた個体は、保温した飼育棚のなかで腐葉土を掻いている。

 わたしは暴力団に売る虫を作って生きている。

 その朝の客は、田所という中年の男だった。

 組織の下っ端で、配達と集金を兼ねている。彼はいつも、地下の匂いに顔をしかめながら降りてくる。わたしが差し出した発泡スチロールの箱には、改造したクワガタが六匹、湿らせた水苔の上で脚を動かしていた。大顎を本来の倍に伸ばしたもの。前翅を金属光沢に変えたもの。発光遺伝子を仕込み、暗がりで腹部が青く灯るもの。どれも自然界には存在しない、注文どおりの逸脱だった。

 「相変わらず、気味が悪いもん作るな」

 田所は箱を覗き込んで言った。侮蔑ではなく、ただの感想だった。彼にとってわたしは、機械の一種だ。入力すれば出力する。出力が金になる。それ以上の興味はない。わたしは彼に、興味を持たれない安心を覚えていた。化け物の眼を、彼は一度も見なかった。

 彼は封筒を作業台に置き、箱を抱えて階段を昇っていった。封筒の厚みを、わたしは確認しなかった。諒が決めた額が入っている。それで足りる。電気代と、DNA合成機の試薬と、わたしが一人で生きるための最低限。賢さを売って生きていく未来は、もうどこにもなかったから、わたしは欠陥を売って生きていた。

 観光業が死んだとき、町も一緒に死んだ。

 温泉は涸れていなかったが、人のほうが涸れていなかった。新幹線は町を素通りし、若い者は出ていき、旅館街は一軒、また一軒と看板を下ろした。父の旅館は最後まで粘ったほうだ。粘った分だけ、潰れ方は深かった。

 母は、わたしが六つのときに消えた。蒸発、と父は言った。荷物も、書き置きもなく、ただある朝いなくなっていた。父はそれきり母の話をしなかった。わたしは母の顔を、写真でしか知らないが、私のような眼はしていない。父は驚くほどわたしに似ていない。父は、旅館の負債を清算しきれずに首をくくり、わたしが父の遺伝子を継いでいないことを遺書で知った。

 わたしのヘテロクロミア――右が淡い琥珀、左が灰がかった青の眼は、顔も知らない男から来たものだ。幼い頃から、この眼のせいで殴られ、つばを吐かれ、教科書を便器に沈められた。化け物の目。片方ずつ別の人間から盗んだみたいな目。父はそのたびに、お前の眼は珍しくて綺麗なんだと言った。今思えば、父はわたしが自分の子でないと知っていて、それでもそう言った。あの言葉が善意だったのか、台本だったのか、わたしには今も判別がつかない。

 わたしは頭がよかった。それは自慢ではなく、ただの測定値だ。何を読んでも一度で覚えたし、構造のあるものはすべて、内側から組み立て直せた。教師たちは大学を、奨学金を、町を出る未来を口にした。

 その未来は、わたしが十八になる頃には値崩れしていた。賢さは、もう希少ではなくなっていた。どんな難問も、手のひらの機械に話しかければ、わたしより速く、わたしより正確に解いた。論文を読む速さも、仮説を立てる精度も、機械の前では誤差にすぎなかった。人間の知能は、最後の特権を失った商品だった。供給が無限になれば、価格はゼロに漸近する。わたしの頭の中身もまた、暴落した相場の一部だった。それは悲劇ではなかった。ただの需給だった。需給に、感情はない。

 それでも、安価なDNA合成機と、中古の顕微鏡と、それらを使いこなす頭と、父が趣味で遺した大量のクワガタがあれば、生計は立つ。違法に遺伝操作されたクワガタは売れた。世の中には、合法で流通しない異質に、法外な金を払う人間がいる。わたしはその需要に答えていった。賢さの相場は崩れても、異質さの相場は、崩れていなかった。

 

 諒は、その需要と供給のあいだに立つ男だった。

 組織のブローカー。改造クワガタの他に何を扱っているのか、わたしは深く尋ねなかった。月に二度、町外れのラブホテルで会う。事が済むと、諒は決まって裸の背中を起こし、煙草に火をつける。換気扇の回らない部屋で、煙はゆっくりと天井に溜まっていった。彼はあまり喋らなかった。わたしも喋らなかった。

 あの夜、諒はわたしの太腿に針を入れた。

 彫り物だ、と彼は言った。事後の気だるさのなかで、わたしはうつ伏せのまま、左の太腿の内側に細い痛みが走るのを感じていた。アルコールと墨の匂い。針が皮膚を縫うたびに、小さな点が連なって線になり、線が形になっていく。痛みは鋭く、けれど不快ではなかった。誰かの手が、わたしの体に何かを書き込んでいる。それが書き換え不能であるという事実が、奇妙に心を落ち着かせた。書き換えられないものを、わたしはずっと欲しかった。

 彫り終えると、諒は満足げにそれを眺めて言った。

 「俺の印だ」

 幾何学的な、小さな紋様だった。三本の線が円弧で閉じ、内側に点が一つ。意味は教えてくれなかった。わたしは意味を尋ねなかった。

 男女の古い映画のなかのような関係。男は無口で煙草を吸い、女はその沈黙を読み解こうとして、読み解けないまま男を待つ。理不尽で、対等でなく、けれど物語の形がはっきりしている。わたしにとって、諒に望まれることは、人生に輪郭を与えられることのように感じた。

 ある夜、わたしは諒に、ひとりの女の画像を見せた。

 「Herma」というモデルだった。本名も国籍も公開されていない。広告にも、雑誌の表紙にも、SNSの数千万のフォロワーにも、ただその顔があった。完璧に均整のとれた骨格。そして――左右でまるきり色のちがう眼。右が琥珀、左が青。わたしと同じ配置の、わたしと同じヘテロクロミア。ただし彼女のそれは、欠陥ではなく意匠だった。世界中が、その非対称の眼に恋をしていた。

 「私と、同じ眼なの」

 わたしは言った。羨望だったと思う。同じものを持って生まれて、片方は化け物と呼ばれ、片方は女神と呼ばれる。差は何なのか。骨格か、運か、生まれた場所か。

 諒は煙草を吹かして、答えなかった。煙が、二枚にぶれた天井へ昇っていった。彼の沈黙の意味を、わたしはまた読み解けなかった。後になって、あれは沈黙ではなく、答えそのものだったのだと知る。

 

 

 ギナンドロモルフの製造依頼が来たのは、その数週間後だった。

 諒が値段を告げたとき、わたしは一度聞き返した。一匹のクワガタに払われる額として、それは現実離れしていた。買い手は海外の収集家らしい、と諒は言った。本物のギナンドロモルフは、自然界では数十万匹に一匹しか現れない。左右で性の分かれた体。市場には、その「事故」を金で買いたい人間がいる。

 技術的には、ほとんど不可能だと言われていた。雌雄モザイクは設計して作るものではなく、卵割の偶然がもたらす逸脱だ。狙って起こすには、最初の分裂のその瞬間、左右どちらか一方の細胞からだけ性染色体を脱落させなければならない。問題は、その境界が見えないことだった。受精して数時間の卵のなかで、未来の正中線がどこを走るか――それを分裂のさなかに見極められる者は、いない。

 いない、はずだった。

 わたしは標本箱から、自然発生のギナンドロモルフを一つだけ取り出した。左半分が漆黒の大型の大顎、右半分が小ぶりで赤褐色の、雌の体。正中線で、まるで二匹の別の虫を縦に貼り合わせたような姿。

 美しかった。

 その美しさは、調和のなかにではなく、調和の不可能性のなかにあった。決して同居しないはずのものが、一つの体に縫いつけられている。矛盾が、形を持っている。わたしは長いあいだ、それを見つめていた。そして気づいた。わたしはこれを作れる、と。

 わたしの二枚のずれた視界は、卵割面を見るために生まれてきたようなものだった。右目が拾う遠視の像と、左目が拾う近視の像。その差分が、卵の表面に走る張力の線を浮かび上がらせる。普通の眼には一枚の濁った球にしか見えないものが、わたしには二枚の絵の食い違いとして読める。化け物の眼。盗まれた眼。便器に沈められた眼。

 それが、運命だと感じた。

 わたしという欠陥のすべてが、この一点に収束していた。重ならない両目。値崩れした賢さ。父の遺したクワガタ。地下の静寂。顔も知らぬ男から受け継いだ眼の色。すべてが、左右の分かれた一匹の虫を作るために、あらかじめ配置されていたように思えた。運命という言葉を、わたしは普段は使わない。因果の連鎖を、人は事後に物語と呼ぶだけだ。けれどそのときだけは、配置の見事さに、設計者の手つきのようなものを感じた。

 わたしは作業台に向かった。

 最初の卵を、針で殺した。失敗した。卵が死んだ。針が深すぎた。次は浅すぎて、染色体は脱落しなかった。その次は、脱落させた細胞のほうが分裂を止めた。卵は、無数のやり方で死んだ。わたしはその死に方を、一つずつ記録した。死は、生よりも多くを語る。どこで間違えたかを、正確に教えてくれる。

 百を超えるあたりから、手が境界を覚え始めた。正中線は卵ごとにわずかに傾いている。わたしはその傾きを、両目のぶれの差から読み取った。針を、紡錘糸が最も無防備になる一瞬に沈める。性染色体が、分裂の流れからこぼれる。片側だけが、性を失う。失敗は、九割を超えていた。それでも、残りの一割が生き残ればよかった。希少性とは、そういうものだ。

 桜が散る頃には、わたしの飼育棚で、左右の分かれた幼虫が腐葉土を食んでいた。

 ヘルマと名づけた。あの羨望するモデルの名から取った。

 羽化したそれは、標本でみた美しさとも比べ物にならない。正中線はミリの狂いもなくまっすぐで、左半身は雄の威容を、右半身は雌の繊細を備えていた。光の角度を変えると、左右で翅の干渉色がちがって発光する。わたしはそれを掌に載せ、長いあいだ、両目で――決して重ならない両目で――見つめた。掌の上の矛盾。縫い合わされた二つの性。それは、鏡だった。わたしは初めて、自分の眼を美しいと思った。それが他人の体に宿っているときだけ、わたしはそれを愛せた。

 ヘルマは、法外な値段で売れた。

 諒は技術を組織に渡すよう求めた。わたしは手順を書いて渡した。針の入れ方、卵割面の見極め方、温度と湿度の管理。誤魔化さずに、すべて書いた。組織は別の人間に、同じことをやらせようとした。

 誰も、作れなかった。

 手順は完璧だったはずだ。けれど卵割面を見極める段で、全員が躓く。普通の眼には、その境界が見えないのだ。組織は機械を試した。高解像度のカメラ、AIによる画像解析。機械は卵の表面を完璧に記録した。けれど境界は、記録された一枚の像のなかにはなかった。それは二枚のずれた像の、その差分にしか存在しない。一台のカメラでは、視差が生まれない。視差のないところに、わたしの見る線は立ち上がらない。それはわたしの欠陥のなかにしか、存在しなかった。

 結局、ヘルマを作れるのはわたしだけだった。

 わたしは月に数匹を生み、そのたびに、町に住む誰よりも超える額が口座に振り込まれた。ヘルマは交尾では増えなかった。雌雄モザイクの生殖腺は、左右で食い違ったまま機能しない。だから一匹ごとに、わたしが地下で一から縫い直すしかなかった。

 わたしは、生まれて初めて、世界に必要とされていた。化け物の眼が、金を生んでいた。そのことに、わたしはささやかな、けれど確かな満足を覚えていた。地下の冷たさも、田所の侮蔑も、諒の沈黙も、その満足の前では小さなことに思えた。

 その満足が、どれほど精巧に設計された檻だったかを、わたしはまだ知らなかった。

 

 

スキャンダルは、ある週刊誌から始まった。

 モデルの「Herma」が炎上していた。記事は、彼女の所属事務所と、ある国際的な犯罪組織との資金的なつながりを報じていた。マネーロンダリング。それ自体は、わたしには関係のない話のはずだった。

 関係があったのは、記事に添えられた一枚の流出写真だった。Hermaのプライベートの一枚。露出の多い衣装。その左の太腿の内側に、小さな彫り物があった。三本の線が円弧で閉じ、内側に点が一つ。

 わたしの太腿にあるものと、同じだった。

 心臓が、二枚にぶれた。わたしは画像検索にその紋様をかけた。出てきたのは、Hermaだけではなかった。

 世界各地に、同じ女たちがいた。

 北欧のインフルエンサー。中東の富豪の若い妻。南米の、行方のわからなくなったモデル。東南アジアの、ある動画に一度だけ映って消えた少女。国も年齢も肌の色もばらばらの女たちが、二つの共通点で結ばれていた。左右で色のちがう眼。そして、太腿の内側の、同じ紋様。

 わたしは夜通し、断片を集めて、繋ぎ合わせた。匿名掲示板の書き込み。削除された記事のキャッシュ。流出したとされる内部文書の、不鮮明な画像。一つ一つは、何も語らない。けれど並べていくと、それらは一枚の像の、ばらばらの破片であることがわかった。わたしは破片の縁を合わせていった。正中線で浮かんだ像は、二枚にぶれたまま、けれど輪郭だけは残酷なほど明瞭だった。

 ヘテロクロミアは、自然の偶然ではなかった。少なくとも、彼女たちのそれは。ある提供者が、長い時間をかけて、ヒトの胚に同じ操作を施していた。虹彩の色を、左右で違えるように。神経堤から生じた色素細胞が眼へ移動し、虹彩に色を運ぶ、その発生のさなかに、片側の色素経路だけを止める。生まれてくるのは、欠陥ではなく、商品としての非対称だった。卵割面を読んで虫の性を分けるわたしの手つきは、誰かがとうの昔に、人間に対して完成させていた技術の、粗悪な模倣にすぎなかった。

 彫り物は、ブランドの烙印だった。提供者の印。出荷された商品に押された、所有のしるし。

 女たちは、人身売買網の「商品」として流通していた。希少な眼を持つ、設計された美。Hermaは、そのもっとも成功した個体だった。表の市場に出て、女神になった一体。

 そして、わたしの太腿にも、同じ印があった。

 わたしも、売られるはずだった。

 それが、わたしの出自だった。母の蒸発も、おそらく蒸発ではなかった。父は、組織がわたしを置くために用意した、仮の保管者だったのかもしれない。血の繋がらない父。几帳面な遺書。あの旅館の倒産も、父の死も、どこまでが偶然で、どこからが設計だったのか、わたしにはもう切り分けられなかった。観光業の衰退という巨大な偶然のなかに、いくつの小さな設計が隠されていたのか。わたしには、それを計算するためのデータが、永遠に足りない。

 わたしは、出荷されなかった。

 なぜなら、組織が予期しなかった価値を、わたしが持っていたからだ。出荷前の在庫が、商品を作り出す技術を見せた。化け物の眼で、卵割面を読み、雌雄モザイクを縫い上げた。わたしは、商品であると同時に、商品の製造機械だった。後者の値が、前者を上回った。だから諒は、わたしを出荷せず、自分の手元に囲った。太腿に印を彫り、月に二度抱き、生かしておいた。

 俺の印だ、と彼は言った。あれは愛の言葉ではなかった。在庫管理の符牒だった。Hermaの太腿の印と、わたしの太腿の印は、同じ意味を持っていた。所有。流通可能。

 わたしは、自分が今まで満足と呼んでいたものの正体を理解した。必要とされている、という感覚。世界に輪郭を与えられた、という感覚。それは、よく管理された家畜の感じる安心と、生化学的に区別がつかなかった。檻が居心地よく設計されているほど、家畜は逃げようとしない。わたしの檻は、見事だった。希少性という名の檻。わたしを唯一の製造者にしておくことが、わたしを最も従順にしておく方法だった。

 ヘルマも、わたしも、同じだった。希少であるように設計され、希少であるがゆえに値をつけられ、流通する商品。わたしは地下で、自分とそっくりな矛盾を、来る日も来る日も縫い続けていた。

 不思議なことに、怒りは来なかった。少なくとも、熱を持った怒りは。来たのはもっと冷たい、もっと明晰な何かだった。脳のどこかで、スイッチが入る音がした。値崩れしたはずの賢さが、ひさしぶりに最大出力で回り始めるのを、わたしは他人事のように観察していた。倫理という壁が、視界の隅にあるのはわかっていた。けれどその壁は、二枚にぶれた像の、ちょうど片方にしか映っていなかった。もう片方の像には、壁の向こうの景色だけが、はっきりと見えていた。

わたしは地下に籠もり、ヘルマを設計し直した。

 まず、生殖だ。雌雄モザイクが不妊なのは、左右の生殖腺が食い違っているからだ。わたしは縫い目の引き方を変えた。正中線を、生殖巣のもとになる細胞の手前で折り返す。外見は左右に分かれたまま、生殖系統だけは一つの性に統一された個体。見た目は矛盾、内側は完結。ヘルマは、自らの正確な複製を産めるようになった。次の世代も、完璧なモザイク。そのまた次も。一度放てば、もう止められない。希少性を、自己増殖する能力。それは、市場を破壊する最も確実な装置だった。

 ヒトに広がるウイルスを、一から作る力は、わたしにはなかった。どんな細胞に取りつくか、ヒトからヒトへどう渡るか、胎盤を越えられるか――そうした性質は、配列を眺めて設計できるものではない。

 けれど、作る必要もなかった。

 胎児の眼ができあがる、その発生のさなかに、片側の色素細胞を黙らせる――虹彩の色を、左右で違える技術。それは、提供者がわたしや姉妹たちを作るのに、とうに完成させていたものだ。針でクワガタの卵にしていたわたしの手つきは、その模倣にすぎなかった。完成された手本は、わたし自身の設計図のなかにあった。わたしは、自分がどう作られたかを読み、その仕組みを、ありふれたウイルスに積み替えただけだ。

 ウイルスがすることは、ひとつだけだ。宿主のなかに棲み、母の胎内で子の眼が分かれていくそのとき、片側の色を、そっと止める。どちらを止めるかは、発生の偶然が決める。生まれてくる子の眼は、左右で色がちがう。わたしの眼が、Hermaの眼が、姉妹たちの眼が、設計されて与えられたものと、区別のつかないかたちで。

 ヘルマは、その火種を運ぶ器だった。甲虫を飼う者の身のまわりに、ウイルスは静かに撒かれる。最初に感染するのは、ほんの数人でいい。世界じゅうに散った、富裕な買い手たち――誰も持っていない一匹を飼い、その傍らで息をしていた者たち。彼らから先は、人間の網が勝手に広げる。寝室から寝室へ、国から国へ。組織の客が、組織の商品から、それを受け取る。

 一度放てば、利己的な因子は数世代で集団に行き渡る。市場のクワガタの相場は崩れ、やがて野生の性比が傾き、生態系がきしみ始める。ヒトのほうは、もっと時間がかかるだろう。十年か、三十年か、百年か。いつか、地上のほとんどの人間の虹彩が、左右で色を違え始める。

 そのとき、わたしたちを商品たらしめていた希少性は、消滅している。Hermaの値は、ゼロになる。姉妹たちの太腿の烙印は、何の意味も持たない記号になる。化け物の眼は、ただの眼になる。世界は、わたしの眼の側へ、ゆっくりと作り替えられていく。

 わたしは作業台で、最後のヘルマを縫い終えた。

掌に載せたそれは、これまでのどの個体よりも美しかった。美しさの理由を、わたしはもう知っていた。それは矛盾が縫い合わされた異質な姿が美しいのではない。やがて異質でなくなる予兆が美しいのだ。サルマキスとヘルマフロディトスは、神話のなかで一つの体に溶け合い、男とも女ともつかぬものになり悲劇となった。だがこれは、私がこの世界で異質ではなくなる、という喜劇の始まりだった。

 

 地下の階段を、誰かが駆け降りてくる音がした。

 諒だった。彼は何度も電話をかけてきていた。わたしは出なかった。ヘルマが生殖で増え市場が暴落したのだろう。

 扉が蹴破られた。諒は息を切らし、手には金属の鈍い光があった。彼の眼は――左右で、同じ色だった。ありふれた、暗い茶色。ひどく古臭いものに見えた。骨董品のような、対称の眼。

 「何をした」

 彼が言った。わたしは作業台の前に立っていた。掌の上で、最後のヘルマが、ゆっくりと前翅を持ち上げていた。

 父母の復讐のことを、わたしは考えていなかった。会ったこともない、顔も知らない実父のことも。世界中の姉妹たちのことも、正直に言えば、どうでもよかった。彼女たちはわたしではない。わたしは誰の代理人でもない。そういう物語は、機械にでも書かせればいい。わたしより速く、わたしより正確に、感動的に。

 わたしが考えていたのは、もっと先のことだった。

 世界が、左右で色のちがう眼で埋め尽くされる。最初は奇病と呼ばれ、次に流行と呼ばれ、やがて誰も気に留めなくなる。教室で、わたしのような眼の子供は、もう便器を見ることはない。なぜなら、隣の席の子も、教師も、便器に沈めようとする手のその持ち主も、みな同じ眼をしているからだ。異常は、数が増えれば異常でなくなる。それは新しい正中線だ。世界そのものに引かれる、左右を分かつ一本の線。多数派という名の、新しい対称。

 わたしはそこで、初めて「普通」になる。

 わたしが世界に合わせるのではない。世界が、わたしに合わせて作り替えられる。受け入れられるとは、そういうことだったのだ。望まれるのでも、必要とされるのでもなく、ただ、ありふれていること。誰にも振り返られないこと。誰もがわたしの眼を凝視しないこと。それが、わたしの望んだ自由だった。

 生きてその日を見られるかは、わからない。諒の手の金属が、それを許さないかもしれない。けれども、一度放たれた因子は、わたしが死んでも増え続ける。わたしの欠陥は、わたしを越えて世界に行き渡る。わたしは、自分が消えたあとの世界の見え方を、二枚にぶれた両目で、はっきりと思い描くことができた。その光景のなかでだけ、二枚の絵は、ようやく一枚に重なった。

 生まれて初めて、未来に希望が持てていた。

 諒が踏み込んでくる。

 わたしは掌を、開いた。

 ヘルマの鞘翅が割れ、その下から後翅が広がる。左右で色のちがう翅が、地下の薄明かりのなかで、別々の干渉色に光った。それは一瞬、二匹の別の虫が一つの体で飛び立つように見え、次の瞬間には、まぎれもなく一匹の、完結した生き物として宙にあった。

 ヘルマは、割れた天窓の隙間を抜け、崩れかけた旅館の上の、夏の空へ昇っていった。あとに残したものを、それは決して振り返らなかった。

文字数:9769

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