ヴァイオドッグス

内容に関するアピール

梗概を提出してないのであらすじメモです。

発電機能のある動物を個人所有する世界で、子どもたちの間でその動物同士を戦わせる遊びが流行ってることを知った悪人がそれを使って儲けようとして、身の破滅を招くお話です。

お題の「魔法」に当たる部分は、人間そのものというか、人間の暴力への欲望を「まだ人間には早すぎたもの」として設定してみました。

文字数:164

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ヴァイオドッグス

 この部屋に暴力の気配はない。
 壮年の男と少年がむかいあって座っている。薄暗く、窓から差し込む光の中を埃が漂う。エアコンがどこかで低くうなっている。そこにときおりパルプ紙が擦れる乾いた音が加わる。
 男が雑誌をめくっている。一枚、二枚と進めてついに最後のページにいきつき雑誌を閉じて、目の前のテーブルに投げ出す。
 くそだな。まあ毎号のことだが。
 男は口元をにやりとゆがめながらそう言った。男は大きな体をソファに沈ませていて、片方の上腕にはそれをすっぽり覆うほどの大きさの蜥蜴をのせていた。今度は少年が口を開いた。
 あの。それで、俺に仕事は……
 少年はやせた体を伸ばして問いかける。
 男はふっと息を吐いて二人の間に置かれた雑誌に目を向けて黙り、すこしして少年の方を向いた。
 お前これ読んだことあるか? 壮年の男が問いかけた。
 まあ、と少年は肩をすくめてはにかむ。
 その。えろいところは見ますね。
 男は答えを聞いてうなづき、片方の腕を背もたれにかけて足を組んだ。
 私に納めるべきものを納めなかった奴がいる、と男が言った。
 少年は身を乗り出した。
 それ、俺にやらせてください。
 ああ。事務所の方に双子がいたろ。そのどっちでもいい。詳細を聞け。
 ありがとうございます。
 少年は頭を下げた。
 いけ。
 少年が立ち上がり出口に向かう。扉に手をかけて振りかえる。
 これで俺も|大物≪ビッグキャスト≫たちの仲間入りですか?
 まだだ。でもそうなる可能性がいま生まれた。
 男の言葉に少年は満足して部屋を出た。扉が閉まり切る前に、やりすぎるなよ、と男はもう一度声をかけた。はい、という威勢のいい返事が扉の向こうで響いた。
 数分後、おなじ扉が叩かれて今度は双子が入ってきた。片方はタンブラーを、もう片方はケーキを載せた皿を運んでいる。二人は先ほどまで少年が座っていた方のソファに腰掛けながら話を始めた。
 本国のスタッフから追報です。今度の“会議“で例の“指針“を採択させると。
 タンブラーの方だった。
 まあそうなったか、と男は相槌を打つ。
 そっちは? ケーキを運んできた方に問いかける。
 こっちは特にないですね、と水を向けられた片割れは答えた。男はうなづきながら手掴みでケーキを口に運ぶ。
 ああでも。
 そう言って片割れはあごに手を当てる。
 なんかガキ連中の間で流行ってるらしいっす。
 なにが。
 その、|電源動物≪タップアニマル≫を戦わせるのが。
 ほう。
 男がにやりとした。それに反応したのか腕で静止していた蜥蜴がかすかに頭を動かして先端が三叉状になっている尾を振った。この壮年の男はキムラ・“フォークテイル“・デショーン。デショーンは街を取り仕切るフィクサーたちの一人であり、電源動物の牧場主だった。

 すこしあと、デショーンは双子の運転するセダンの後部座席から、ゆっくりと後方へ流れてゆく一号ハイウェイ沿いの街並みを眺めていた。夕暮れの渋滞。双子のどちらかが気を利かせて車体右側のウィンドウを遮光設定に切り替えてある。
 通りをいく歩行者たちのほとんどが電源動物を従えている。電源動物たちは大きさも形状もまちまちだが、例えばレトリバー犬を散歩させている少女はそのそばに同じようなサイズで、やはり四足歩行の電源動物を連れている。少女の電源動物は短い銀色の毛並みを輝かせていたが、それは夕日を吸い込んでいるからで実際はもっと重たい毛色だろうと思われた。隣には黄金色の毛をゆさゆさとゆらすレトリバー犬。この二匹の動物の悠々とした歩みは、何千年という尺度の適応でこの世界に居場所を築いたものの矜持を示そうとしているかのようであった。少女の電源動物はほとんど犬のように見えた。自然動物のように。ある一点を除いて。
 ふん、とデショーンが鼻を鳴らした。助手席の片割れがデショーンを振り返った。
 この一年でまた格段に良くなりましたよね。全然つくりものに見えないっす。
 ああ、とデショーン。
 “工房“の連中もやっと混ぜ方を覚えたらしい。
 デショーンは通りの他の電源動物へも目を向ける。猫のようにしなやかな足取りのもの、歩行者の肩に乗る翼をもつもの、二足で飛び跳ねて移動するもの。様々な様式の電源動物がいるが、歩行時のふらつきや動作のカクつきは見られない。自然動物とほとんど遜色はなかった。彼らと自然種の差異はただ一点、外部出力用の金属(メタル)ラインが体表に走っていることだ。電源動物は、体内で発電した電力の供給など各種出力をこのメタルラインを通して行う。
 デショーンは腕の蜥蜴を軽く二度叩く。蜥蜴の体長に平行して走る二本のメタルラインが発光してデショーンの視野にウィンドウが表示される。この蜥蜴は特注の電源動物であり、体内で生成される演算・通信用の有機機械群をデショーンの顔面に埋められたインタフェイスインプラントと連携していた。デショーンはハンドジェスチャと視線操作でマップアプリを呼び出す。ウィンドウに南北にのびて海に囲まれた島嶼が映る。現在地を拡大する。ステータスバーにギノワンシティオーヤマと所在表記される。
 次の信号で左入れ、とデショーンが運転席の双子に告げる。
 しばらく先まで渋滞してる。パイプラインから行くんだ。
 了解っす、と双子が返事。
 三人の車が左折の列に並んでいると、ピンパンポンとくぐもった電子音が聞こえてくる。
 お、と双子の片方が言ってデショーンに確認した上でウィンドウを下す。エアコンの効いた車内に湿気ったぬるい外気が入り込む。引き換えにくぐもっていた電子音が明瞭になる。音は街頭スピーカーからのものでジングルの電子音が終わって放送が始まる。
 こちらは米国民政府です。数年前からリュウキュウ住民の間で所有が見られるようになった電源動物ですが……
 しばらく聞いたところで双子がウィンドウを上げる。信号が変わり数台待って三人を乗せたセダンが左折する。
 いつもの放送でしたね、と双子が言った。
 せめて時間を決めてくれたら時報にはなるんだがな。デショーンが返す。
 双子の言葉通り、音声放送はほとんど毎日繰り返されているものだった。その内容はかいつまむと、電源動物の利用をやめよ、というものであった。
 セダンが突き当たりを右折してパイプラインに入る。
 ああこっちはだいぶマシだ。やっぱいいっすねボスのタップは。おれたちの端末なんかじゃ重くてマップアプリなんて使えないすもん。
 これも双子の言葉の通りで、二十二世紀を目前にしたこの時代、個人用の情報処理端末の機能は大きく制限されていた。大規模発電の縮小という世界的な傾向に加え、鹿児島県の六〇〇キロ南に位置し、日本領でありながら行政の実権は米政府に握られているこの島リュウキュウは深刻な電力不足を経験した。しかしその状況は電源動物の出現で大きく改善した。遺伝的交雑技術で生み出され、体内に発電機構や演算機構をもち、メタルラインを通してそれをユーザーへ供給する。住民は再び安定した電力と情報端末へのアクセスを獲得していた。
 着きました、と双子が言った。
 そこはビル十階分の高さは優にこえる貯水タンクが目前に迫る駐車場で、 降車した三人はそばの芝生をしばらく歩くと高台になり、落下防止の柵の向こうに公園を見下ろすことができた。すでに日は沈み、夜の気配が迫っていた。
 公園にはティーンエイジャーが集まっている。双子がその一角で固まってる数人を指す。
 ここはあいつらが仕切ってるっすね。ちょっと悪い感じだし。
 その仕切りの不良たちが周囲に何やら呼びかけ始める。
 お、ちょうど始まるみたいっすよ、と双子が言った。
 ここで大丈夫ですか? 下おります? もう一人が気遣う。
 いやここで観る。気づかれて萎縮でもされたら意味がない。
 一帯に立っている街灯は節電のため停止されている。公園の方では不良たちが持ち込んだ照明が設置されているが、高台の三人は闇に溶け込み始めていた。デショーンが周囲に他に人がいないか見回して視線を戻すと眼下ではティーンたちが輪になっていた。その即席の闘技場に二人の子どもがすすみでてリングの両端で正対する。観客の側のティーンたちが口々に何やらはやし立てる声が高台の方まで上がってくるが内容までは聞き取れない。進み出た二人は両者とも電源動物を従えている。そしてきっと何かの合図があったのだろう。両者ーーまずは人間の方ーーが同時に動き出した。互いの電源動物を指差しながら何やら叫んでいる。次の瞬間には電源動物たちの方も動き出し、互いを攻撃し始めた。ずつきや体当たりをほとんど交互に繰り出しダメージを与え合う。
 これが、と双子が少しデショーンに寄せて口を開いた。
 電源動物バトルっす。
 おう、とデショーンは応じた。顔には笑みが浮かぶ。
 オーナーの子どもが所有している電源動物に指示して、相手の電源動物を攻撃する。行動不能にできたら勝ちっす。
 双子が説明していると公園の方でも勝負がつく。勝った方の電源動物はオーナーの子どもの方に戻り、負けた方は輪の中央で倒れ込んでいる。そこにオーナーの子どもが近づき、引きずって輪の端に連れていく。遠目で見ているデショーンにははっきりとは分からなかったが、どうやら投げ捨てるように輪の外に電源動物を押し出していた。最後にその子どもが足を振り上げて何か蹴り付けるような動きをしたところまでを見てデショーンは視線をリング中央に戻した。次の試合が始まっていた。デショーンの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
 それからしばらく見たが、双子の説明したような試合の形式を取れるほどの技巧を持つオーナーと電源動物はいなかった。オーナーの子どもは単にがなっているという感じだったし、電源動物の方は逃げ出そうとするものすらいるほどだった。それもそのはずで、電源動物は人間を攻撃することがないように穏やかな性格を持つように設計している。むしろ戦意に満ちている電源動物の方が不自然で興奮剤などを使用していると考えられた。次第に子どもたちの輪は乱れ、試合の体裁すら取れていないようなバトルも増えていたが、反対に集まっているティーンの興奮は増しているようで高台に届く怒号も声量が増していた。デショーンは満足して引き上げようと考えていた。しかし、そこで小さな人影が輪の中央に進み出た。デショーンは注意を引かれて柵に体を預けた。
 デショーンが注意を引かれた理由は二つ。一つは、興奮したティーンエイジャーたちの中でその人影がいやに落ち着いて見えたこと。もう一つは、その人影が一瞬こちらに目を向けた気がしたこと。デショーンはインプラントに指示して闘技リングを拡大表示する望遠ウィンドウを立ち上げた。それでその人影が少女であること、ぎりぎり十代に差し掛かるかどうか、ティーンと言えないほどに幼いことに気づいた。リングの反対に対戦相手のオーナーが進み出た。そちらは最初に取り仕切っていた不良で、集まりの中では年かさで体も大きい。従えているのは大型犬タイプの電源動物。対して少女が連れているのはその半分の高さもないような小動物タイプの電源動物だった。レッサーパンダがベースか、とデショーンはあたりをつけた。そして試合が始まって、それは素晴らしいものとなった。
 おお、と双子たちもデショーンの隣で声を上げた。
 少女とその小さな相棒は終始冷静で、冷徹だった。対戦相手の興奮をよそに静かに的確な指示を出し、それを正確に実行した。大型犬が飛びかかってきた時はフェイントをかけてかわしてすれ違いざまに前肢で切りつけ、慌てた不良の指示に犬が混乱したと見たら最短の動きで打撃を入れて、消耗した相手が散漫な動きを見せたところで、少しのための後にその小さな体に走るメタルラインからーーデショーンもそんなことが可能だとは知らなかったーー電撃を放ってそれが犬と不良を決定的に追い詰めた。それ以後は試合というよりも暴行で、不良が文字通り涙を流して謝るまで続けられた。いつの間にか輪になって囲むティーンたちのやじも止んでいて、あたり一帯に静寂が訪れた。それを破ったのはデショーンの高らかな笑い声で、眼下の公園にいる子どもたちまでその音は届き、そのほとんどが驚きと共に高台の方を見上げた。声に興味を示さなかったのは呆然自失して瀕死の犬を抱える不良と、たった今勝利を収めた少女だけだった。少女は気だるそうに地面を向いて頬についた人工血液を拭っていた。デショーンは笑いながら柵からからだを起こし、踵を返して車の方へ向かった。数秒後、デショーンたちがすこし歩いたところで公園の方から、おおお、という怒号とも感性ともつかない声が、興奮の合唱が響いてきた。

 ボス、と双子の一人が声をかけてきたのは帰りの車中だった。
 例の件の公式発表があったみたいです、と双子は言葉を続けてデショーンにニュースページを転送した。デショーンは蜥蜴を叩いてウィンドウを立ち上げてざっと目を通す。近々予定されている国連のエネルギー関連会合で米政府が電源動物の生産と利用を制限する条約策定を提案するという内容だった。
 電源動物はまだ幼いテクノロジーで、そのコンセプトアイディアが発表されてまだ十年も経っていない。物学コミュニティのネットに匿名で投稿された遺伝子操作ソフトウェアとそのチュートリアルが始まりで、そのキットを使用できる技術力のある国にはほとんど動物保護か遺伝子資産の保全を掲げる強力な倫理団体が存在したから、つまりキットの有用性を見つつも実用に向かうまでに数多の議論を重ねる必要があった。
 しかし、ある組織はそれが不満だった。他の国家が密かに新しいテクノロジーを試しているのに自分たちは待機するなんて耐えられない誰かがいた。そこでリュウキュウだった。日本の中のアメリカ、法を逃れたブラックサイト。コンセプトの発表から一年を経たないうちに、リュウキュウ住民たちの間で電源動物が出回り始めた。世界中の倫理団体が抗議をしたが、日米両政府は関与を否定した。現地の犯罪組織の関与を報告したが、捜査責任の所在は明確にされなかった。実質的にリュウキュウでの電源動物開発は黙認されて、現在では住民の半数以上が電源動物を所持しているだけではなく、米本国へもーー建前上は密かにーーかなりの数が出荷されていて輸出産業が壊滅していたリュウキュウの主要産業となっていた。デショーンはこの電源動物バブルの最初期に島にやってきた一人で、今では彼が持つ自然公園が島内最大の電源動物開発拠点となっていた。
 つまりデショーンにとって双子が知らせてきたニュースは終業宣告だった。国際社会が、米本国が表社会で電源動物を研究開発する技術と法制度を整えたということだからだ。三ヶ月後には電源動物関連条約の交渉開始が決議されている可能性が高い。それ以後はかの組織からの保護が期待できないばかりか、これまでの無法開発のスケープゴートにされかねない。
 ボス、機嫌良さそうですね。
 思案に耽るデショーンに双子がそう声をかけた。
 いつもこの話題になるとムスッとするでしょ、と双子が続けた。
 デショーンは顔を上げてルームミラーを見た。確かにデショーンは笑みを浮かべていた。

 事務所に帰ったデショーンは執務室に籠った。双子は階下の居室に帰してある。
 部屋は明かりをつけずに暗いままで、ソファに座り、蜥蜴を肩から下ろしてテーブルに置く。自身のこめかみに触れながら、
 神経インプラント、心的補助機能オフ。
 口に出して指示を出す。声紋の認証完了と機能の停止の通知が視野の隅にポップアップする。デショーンは次に蜥蜴の頭部を叩いて、ハンドジェスチャで指示を出す。モーター音と共に天井に設置された空間プロジェクタが起動してデショーンの立体映像が蜥蜴の上部、生身のデショーンを見下ろすように投影される。生身のデショーンは頭を抱えていて、闇の中に明るく浮かぶ投影がその体を照らしている。
 どうした?
 プロジェクタのスピーカーからデショーンの声が再生された。投影が生身に問いかけている。
 とうとう事業の終わりが来たんだ。生身が言う。
 ああ。投影が返す。
 このまま姿を消そうと思ってたんだが。
 ああ。
 今日あるものを見て、最後にもうひと稼ぎできることに気づいしまった。
 そして、生身が投影に計画を話す。投影はうなづきながら聞く。
 やればいいだろ。
 ひと通り生身の話を聞いた投影はそう答える。
 そう簡単にいかないから悩むんだろ、と生身がため息をつく。
 この投影はデショーンが自身の思考傾向をより仕事に向いたものに補正するために作成した調整人格で、通常時はインプラント内で密かに動いてデショーンの意思決定に影響を与えている。しかしデショーンはときおり、特に危険性の高い仕事の前にはいつも調整人格と直接会話することで方針を決定していた。
 地元の住民に私が卸していいのは生活用の電源動物だけ、それがリュウキュウヤクザとの取り決めだし、バトル用に調整した電源動物を生活用と判断してくれるとは思わない、と生身は語りながら立ち上がり、投影に背を向けて部屋のはしにある戸棚まで行き、二段目の仕切りをスライドさせてアワモリの瓶とグラスを取り出す。
 それに全部が私の目論見通りに運んだ場合、最後はラングレーの連中まで怒らせる可能性がある、と生身が続けた。
 あの、と背後から声。デショーンが振り返る。
 視線の先、投影の向こう側のソファに少年ーー昼に顔を合わせて仕事任せた殺し屋ーーが座っている。デショーンは反射的にジャスチャで投影を消す。早足でソファまで戻り瓶とグラスをおいたがその時にグラスの立てた音が室内に響く。デショーンはソファに腰を上げながらテーブルから蜥蜴を取り上げて腕にのせこめかみを叩く。深呼吸。数秒で上がっていた心拍が戻ってくる。少年はデショーンの投影が浮かんでいた場所をまだ見つめている。
 それなりにセキュリティは固めているつもりだったけどな、とデショーンの方から口を開く。
 少年が肩をすくめる。
 デショーンさんからしたら今日まで名前も知らなかったガキかもしれませんけど。俺だってそれなりに経験はあるんですよ、と少年がいた。
 デショーンは少年のその仕草を見て、ある可能性を思いつく。これなら最後にもうひと稼ぎーーそれもかなりの額をーーできるかもしれない。デショーンはソファに預けていた上体を起こし、グラスに酒をついで少年の方に押しやる。
 正確を期すなら、私はまだ君の名前を知らない、とデショーンは言う。そしてこう続ける。
 教えてくれるか?

 数日後、デショーンはクニガミにある自身の自然公園を訪れる。ゲートを通り、広大なーーときおり生育中の電源動物が顔を見せるーー地所でバギーをかり、土地のほぼ中央に位置する研究施設に顔を出す。そして開発主任に幾つかの指示を出す。
 その約一月後、デショーンの公園から電源動物たちが盗まれるようになる。そして同じ頃からリュウキュウの子どもたちの間で新種の電源動物が出回るようになる。
 そして二ヶ月後、デショーンは再び殺し屋の少年と会っている。ふた月前のあの日にローチンと名乗った少年と。場所はウラソエシティマエダにデショーンが隠し持っていた住宅。ギノワンシティフテンマの普段の事務所とは十分に離れ、双子は連れてきていない。
 すごい人気ですよ、とローチンが言う。
 リビングの壁に沿って置かれたソファにデショーンが座り、その斜向かいの一人がけにローチンが腰かけていた。
 方向性を明確に分けたのがウケが良かったな、とデショーンも答える。
 アクチンに手を入れて筋繊維の脱重合を高速化したもの、骨格強度とサイズを底上げしたもの、髄鞘の長さを調整して思考速度とスケールを調整したもの。口に出して言いながら指を折る。
 スピード、パワー、テクニックの三タイプですね、とローンチがうなづく。
 デショーンがローチンを通して子どもたちに配ったバトル向けに調整した電源動物は大好評だった。個性を持たせる他にも、性格の攻撃傾向付与や細胞修復能を取り除いて再生強度を引き上げるなど、各種変更を施してある。生育済みの個体へのヴァンパイアベクターによる組織改変という方法をとったためーー期間の短さから胚設計から行うことはできなかったーー変化がわかりづらいことが心配だったが杞憂だったようだ。
 想像以上に情報が拡散されてるのが心配です、とローチンが言う。
 デショーンが鼻で笑う。
 大丈夫だ。学生のコミュニティネットで話題になってもリュウキュウヤクザまで情報があがるのは時間がかかる。一月後には私はこの島にいないし、君はアメリカァから盗んだ英雄になる。カンパニーだってこの程度の情報漏えいならわざわざ対処しない。
 デショーンの説明にローンチがうなづく。
 大会の配信はどうだ。手配できそうか?
 はい。全球ネットで流せます。デショーンさんの方は?
 ああ。顧客候補の名簿、電源動物の設計データ、中央アジアに用意した工場も可能な範囲で稼働してる、とデショーンは言った。
 これが計画だった。分散型のインフラではなく、嗜好品としての電源動物をアピールする。あの高台から見た電源動物バトルの、あのときのティーンたちの曇りのない残虐さをデショーンは信じた。あの輝きを欲しがる者たちは絶対にいると。この一月はいわば宣伝の宣伝だった。子どもたちにバトル向けの電源動物の魅力を味わってもらう。そして来月ローンチが主催する電源動物バトルの大会。これが本番の宣伝となる。これを世界中に配信する。あの高台でデショーンが感じた興奮を伝えられたら、絶対に顧客がつく。デショーンはリュウキュウから脱出後、その顧客たちに特別にカスタムした高額の電源動物を売っていく。
 ローンチが学生ネットから拾った動画をプロジェクタに送って再生させる。空中に複数のウィンドウが開いてここ数日で行われたバトルの映像が流れる。そのどれもが、高台で見た時よりも洗練されている。つまり、より競技的に、そして破壊的で残酷になっている。デショーンは笑みを浮かべる。そしてローンチが追加で投げた動画の一つにあの少女を見つける。デショーンの笑みはより大きくなる。
 こいつは絶対に大会に出場させろ、とデショーンはローンチに厳命する。
 こいつがいれば私の計画は上手くいく。デショーンはそう思う。

 しかしその数日後、デショーンは崖っぷちに立っている。文字通りの意味で。デショーンがいるのはリュウキュウ最南端のキャン岬で、デショーンは両手をあげて海を背にしている。はるか下からは波が砕ける音。背後から吹き付ける潮風が、デショーンのむかいに立つ男の長髪をゆらしている。Tシャツにジーンズにサンダルのその男は、その褐色の肌も相まっていかにもリュウキュウ人といういでたちだった。男の名前はクニヨシといい、リュウキュウヤクザの幹部で、いまはデショーンに火薬銃を向けている。
 やったァアメリカァが仕事していいのは宜野湾から那覇まで。そういう取り決めだったよな?
 クニヨシがそう言った。これでも私のために標準語で話そうとしてるんだろうな、とデショーンは考えていた。
 やァなにぼうっとしてるか、とクニヨシが叫んで発砲する。銃弾がデショーンの腕を擦り、巻き付いていた蜥蜴が破損して地面に落ちる。デショーンは蜥蜴に目を向けて言う。
 安くないんだがな。
 そこで視界にポップアップ表示。心的補助がオフになった通知。デショーンは目を細める。数秒後、心拍数が上がり始める。首筋に汗。
 で、何がしたかったば。やァ。全部吐け、とクニヨシが詰め寄る。デショーンはこれ以上の駆け引きは弱みを晒すことになると判断して、企みをはじめから説明する。クニヨシは残虐さが高級な嗜好品になることを飲み込めない。
 この異常者が、とクニヨシは言う。
 やァがばら撒いた動物で子どもたちにどれだけ怪我人が出てるかわかってるか?
 意識が戻ろらんやつもいるんど、とクニヨシは声を荒げる。脱線してデショーンが配ったバトル用の電源動物が出した被害の話になる。
 結局ことのあらましを説明するのに二〇分以上かかる。そしてデショーンの説明がほとんど終わったタイミングで銃声が響く。発砲音が海と風と空の中に消えていき、遅れてクニヨシが前のめりに倒れる。クニヨシの背後から双子が歩いてくる。その片方が持つ銃から硝煙が上がり、もう片方の銃はぴたりとデショーンの胸に照準を合わせている。
 途中からしか聞いてなかったけどさ、片割れが言う。
 あんた俺たちのこと裏切ってるっすね? もう一人が続ける。
 くそ、とデショーンは呟く。最悪の事態になった。
 デショーンは屈んで地面に落ちた蜥蜴を拾おうとする。
 おっと。そいつはなしだぜ。これから俺たちとは“仮面“なしで話してもらおう、と双子が言う。
 デショーンは改めて自身の企みを説明する。聞き終わった双子はうなづく。
 そもそも双子はデショーンの部下ではない。この島には大きく三つの犯罪勢力がある。ナハシティなど主要都市の物流と海運を牛耳るアメリカ系、それ以外の地域と住民と直接取引を持つリュウキュウヤクザ、牧場動物を開発・販売する牧場主。デショーンは牧場主の一人だが、アメリカ系犯罪組織から借り受ける形で双子を従えている。これは護衛と監視を兼ねていて、双子が許容する範囲では電源動物開発以外の犯罪行為にも手を染めてきた。しかし今回の計画はーーアメリカ系とリュウキュウヤクザに残す禍根の大きさを考えてーー確実にルール違反となる。ほとんど確実にこの場で殺される。もっと悪い場合は……
 じゃあさ、と双子が口を開く。
 そらきたぞ、デショーンは思う。
 この計画に俺たちも噛ませてもらおうか、と双子が言う。
 予想当たり。もっと悪い場合は、私を利用した上で殺す。
 デショーンの背後では、来た時と変わらず波が砕ける音が繰り返されている。

 次の日、デショーンは自身の開発局を訪れていた。このままだといずれ双子に殺される。しかし問題を解くなら一つずつ。デショーンは開発主任のオフィスにいた。建物の最上階、一番奥の執務室。デショーンは主任に銃を押し付けている。
 あんたは私に雇われているものかと思ってたが、とデショーンは言った。蜥蜴は機能停止してるから心的補助は受けていない。しかし、主任はみるからにデショーンより貧弱で、補助なしでもよさそうだった。実際、数秒のうちに主任はさめざめと泣き出した。
 デショーンは開発局にリュウキュウヤクザに通じている人間がいると考えた。CIAならまだしも、地元のヤクザがこんなに早く自分まで辿り着けるとは思えなかった。
 家族が、家族がいるんですよ。そう言って主任は泣いた。ビンゴ。
 主任はゆっくりだが簡潔に説明した。あるときヤクザが来た。脅されて武装に使える電源動物の開発に着手した。以上。
 おい待てよ。武装だと? 私がやった子ども喧嘩用の調整とは訳が違う。そんなのどこで作ってる?
 主任は渋ったが、最終的には折れた。机の後ろの書棚から本を一冊抜き取り、できた隙間に手を入れてゴソゴソやる。駆動音と共に書棚が動いて通路が現れる。
 くそったれカンパニーめ、とデショーンは毒づいた。
 主任を先に歩かせて通路を進むと突きあたりにエレベーター。主任はこれだけは乗れないと言い張った。デショーンは主任の首を掴んで額を突き合わせ主任の潤んだ瞳を覗き込んだ。そこに映る怯えが十分な量に達しているか少し考え、主任を話してボタンを押してエレベーターに乗り込んだ。廊下に立つ主任に機能停止した蜥蜴を投げる。
 それにどうやら発信機が仕込まれてる。他にも何かないか調べてろ、と言ってデショーンはボタンを押してエレベーターの扉を閉める。エレベーターが降下を始める。回数表示なし。ガイドアナウンスなし。そして意外にも早く停止して扉が開く。そこにはバスケットボールコートほどの空間が広がり、エレベーターから部屋の奥に向かって通路がのび、その両脇に一定間隔で強化プラスチックでできた檻が設置されている。
 デショーンはエレベーターから出て足を進める。檻には電源動物が入っている。そのどれもデショーンは見たことがない品種で、じっと見つめることでテニスボールを宙に浮かせている猛禽型のものや(宙に浮かぶテニスボールに気を取られてるだけの可能性もあるが、とてもそんな感じはしなかった)、ヤギと思われる動物にまたがって腰を振りまくってる犬型のもの(これは見間違えようがなかった)などがいて、檻のエリアを抜けた先に作業机があり、その奥にクリーンベンチや遠心分離機、インキュベーターや冷蔵庫など実験機材が並んだエリアがあった。そしてそこに二十代なかごろの若者が立っていた。デショーンはそのそばまで行き、どうも、と声をかけた。
 どひゃあ、と若者は声を上げた。
 まったく気づかなかったのか? デショーンが聞いた。
 若者はデショーンの顔見て、それから視線を下ろして全身を観察しながら答えた。
 いや人影には気づいてたけど、たぶん私の妄想か何かだと思ったから。
 は?
 いやぁ人間に会うのはすごい久しぶりで。五年ぶりぐらいかなぁ。
 あんた、監禁されてるのか?
 え、いやいやいや。外に出るのが億劫で。(部屋の隅を指差して)向こうに仮眠室もシャワーもあるし、食事とか着替えは(上を指差して)連絡したら届けてもらえるから。
 なるほど、とデショーンは言った。そしてそれからしばらくは口を開くことができたなかった。
 この若い博士は止まらずに喋り続けた。主に自分の研究について。例えばさっきテニスボールを浮かせていたフクロウは有名な超力者の遺伝子を遊びで組み込んだらああなったこと。セックスピストルズ(ヤギを相手に張り切っていたあいつ)がいかに革新的な生き物か。
 彼はねどんな生き物とでも子どもを作れるの。母体の染色体に合わせて精子の染色体を増減させるように設定したい、衝突形質があった場合は相手型を模倣することで問題を緩和するの。でも何より苦労したのは受精時にどうやって突破するかっていうところで。あそれでも一番画期的なのはね、彼の子どもも彼と同じ能力を持つっていうところで……
 その調子で三十分か一時間ほど喋り続け、喉が乾燥して咳き込み始めたところでデショーンは口を挟んだ。
 もしかしてあんたか? 実験動物の基礎キットを公開したのって。
 え? うんそうだよ。あれ、言ったよね。あ、言ってないか。
 水を飲んだ博士が再び話し始めようとしたのをデショーンは遮った。
 なあ、あんたにお願いがあるんだが、とデショーンは言った。博士はそれを快諾し、その対応が終わるとデショーンは辞去することにした。
 ああそうだ。あんた最近、戦闘用の電源動物を開発したか?
 ん? いや。あでも、なんかそういう要望があったから使えそうな品種の仕様と設計書をまとめて上の人に送ったよ。
 デショーンは改めて礼を言ってエレベーターに乗り込んだ。
 いやぁこちらこそありがとう。人と話すのがこんなに楽しいなんて忘れてたや。よければまた来てよ! 昔はCIAの人もよく来てたんだけど役に立たないと思われたのか全然来てくんなくなって……
 エレベーターが閉じた。
 上階のオフィスでは主任が待っていた。
 まずはこれです、と幾分か落ち着いた主任が蜥蜴を渡してきた。
 発信機の他にも盗聴、録画機能が組み込まれていました。処置が雑だったので、うちで行ったわけではありません。
 ああ、それは分かってる。
 こちらは録られたデータです。回収しておきました。送信機能はなかったので、こちらに入っている分は誰の手にも渡っていないはずです。
 ああ。
 こちらの蜥蜴は尾の部分が破損していますが、機能に影響はなさそうでした。
 ああ。機能停止は私が手動で行った。
 主任はうなづいた。
 では次はこちらです。そう言って主任は紙の資料を差し出した。
 こちらも要求されると思いましたので用意しておきました。
 デショーンはざっと目を通す。
 ヤクザから発注された戦闘用の電源動物の仕様書?
 ええそうです。
 デショーンはうなづく。リュウキュウヤクザとアメリカ系の力関係を思い出す。ヤクザの強みは数の多さと地元のネットワーク。アメリカ系の強みは潤沢な武器と資金。そして背後にいる世界規模の諜報機関。圧倒的に後者が有利。デショーンは仕様書に目を通す。こんなもので勢力図に影響はない。しかし、両者が衝突した場合に流れる血の量ははるかに増すだろう。
 これ納品の予定は? デショーンが聞いた。
 ええっと、すでに納品済みです。そう答える主任の顔は引き攣っている。
 デショーンの顔には笑みが浮かんだ。

 それから一月近く、デショーンは特に危険を感じなかった。双子はまったく姿を現さなかった。それはこのゲームのルールが非常に明確だったからだ。双子はあの崖の上で、デショーンが持っていた電源動物の製造・販売プロセスの情報を全て入手していて、工場の認証もデショーンから双子に移してあった。デショーンはしかし、頑としてバトル大会開催までの流れを教えなかった。大会が成功しないと、十分な宣伝効果が得られないことは双子もわかっていた。つまりデショーンは大会までは安全が保証されていて、その後、スケープゴートとして殺害される可能性が大きかった。デショーンが生き残るためには、大会終了までに双子を殺すか島を脱出する必要があったが、双子はアメリカ系の本拠地に引きこもって手が出せず、空も海も港が抑えられており脱出も叶わなかった。
 そして大会当日になった。

 大会当日、デショーンは空港にいる。空港の駐車場、飲料販売機のそばの暗がりに身を潜めて、試合をリモート観戦していた。いまは準決勝が行われていて、ちょうどあの少女が戦っている。驚くことに使用している電源動物はあの高台で見た小さい個体で、デショーンが配っていたバトル調整されたものではなかった。しかしそれでも少女と相棒の冷徹な戦闘は相手を圧倒していた。
 関節を破壊し。
 感覚器官を狙い。
 ときにはオーナーすれすれに攻撃を行って動揺を誘った。
 大会は荒れに荒れていて、デショーンが見ていたここまでの試合でも攻撃に巻き込まれたオーナーが重傷を負い搬送される場面が何度かあった。少女も右腕が折れているようで歪に歪んでいた。自然と勝ち残ったオーナーたちは自分自身が的にならないように動き続けるようになっていた。そんな中、少女だけが試合開始から一歩も動かず相棒に指示を出し続けている。デショーンは鳥肌が立った。破壊する。その純粋な意志を見つけた気がした。
 ねえおじさん。
 その声に顔を挙げると、少年がこちらに手を伸ばして立っている。
 おじさんが言ってたように、搭乗ゲートの近くにアメリカ系の怖い人たちがうろうろしてた。全部のゲートに二人ずつくらいかな。
 わかった。ありがとよ、と言いながらデショーンは懐から丸めて輪ゴムで止めた新B円札の束を少年に渡した。
 いいのこんなに?
 ああ、私はもう使うこともなさそうだし。
 そう。あ、じゃあ何かも一個くらい頼み聞こうか。
 そうだな……
 デショーンは考えながら試合中継ウィンドウに目を向ける。少女の相棒が対戦相手にとどめをさしていた。これで少女の優勝が決まった。先に行われたもう一方の準決勝では、両オーナーが緊急搬送されて無効試合となっていたから。片方のオーナーは顔面もぐしゃぐしゃになっていたし死んだかもしれないな、とデショーンは思った。
 そろそろいいか。
 え? いま何か言った?
 なあ、もう一個の頼みだけど、五分くらいしたらもう一度見に行ってくれ。
 少年は五分待ってもう一度出発ターミナルに行き、しばらくして戻ってきて遠くからOKというジェスチャをした。デショーンがうなづくと少年はそのままどこかへ行った。
 デショーンはリュックを背負い直して歩き出す。立体駐車場を出て空中歩道を歩き自動ドアをくぐると出発ターミナル階に着く。搭乗ゲートを探して、見つけて、歩き出した。そしていくらも行かないところで久しぶりに聞く声に呼び止められた。
 動かないでください。
 いいのかこんなところにいて、とデショーンは振り向かずに言った。すぐ後ろにローンチが立っている。気配がある。
 大会の運営も配信もほとんど終わりってますから。それよりどうやったんです。アメリカ系の人たちがいなくなっちゃった。
 大したことしてない。双子がクニヨシを殺す瞬間を蜥蜴が撮ってたからそれを公開した。たまたまだったけど、偽造工作の手間が省けたのはありがたかったよ。
 ローンチが体を動かす気配があって、二人の前方にニュースウィンドウが表示される。馬ベースの電源動物に乗ったヤクザとアメリカ系の兵隊がトマリハーバーで戦闘している様子が中継されてる。
 ローンチが笑い声を上げる。
 デショーンさんすごいな。これ何人も死にますよ。
 そうだろうな。
 ちなみに大会の方は怪我が二十五人、死者二人です。死人はもっと増えるかも
 盛り上がったみたいだな。
 ローンチが笑う。
 やっぱりあんたはすごいや。
 ローンチお前、とデショーンが言った。
 いまお前、同意なく私のインプラントを操作したな。
 ええ。これ便利ですよね。
 それは……CIAの?
 そうです。声かけられたんですよ。今回の仕事で目に留まったみたいで。
 じゃあここにも?
 はい。お仕事です。
 地下室のデータか?
 はい。デショーンさん博士に頼んでデータ持ち出したでしょ。
 あれは返す。
 分かりました。
 撃たないでくれ。
 はい。
 いいか、私が死ぬとあのデータが公開されるぞ。デッドマンズスイッチだ。いいな?
 え?
 お前らが恐れてるのはあの交配怪物の研究データの拡散だろ。あんなものが世に放たれたら自然遺伝子への汚染の影響は計り知れない。政府機関のスキャンダルでは済まないはずだ。
 ローンチは返事をしない。
 だから私の要求を聞いて欲しい。私は無事にこの島から出たいだけ……
 ねえ、デショーンさんが死んだらデータが公開されるんですよね?
 ああ、だから。
 発射音。とてもちいさく。
 デショーンは胸に違和感を感じて確かめようとして、それよりも先に崩れ落ちた。意識が遠のく。とおくでローンチのこえ。
 デショーンさん、あんたがここまで大物になれた理由気づいてますか?
 あんたは賢くない。勇敢でもない。あの心的補助機能を使っているときですら。
 それでもあんたは大物だった。なんでかわかる?
 急に意識がはっきりして、そこは地下研究所。あの若い研究者が話している。
 ええ、なんでこの研究をしているか、ですか。うーん、なんているかなあ。なんかゾクゾクしません? いますでに秩序があって機能している遺伝子に手を入れるんですよ。やさしくなでてもいいし、無理やりこじ開けて握りつぶしてもいい。僕はその繊細な部分に立ち入って決定的に変えてしまうんです。わかるかなぁ。
 私はなんて答えただろうか。
 次に浮かぶには、あの間抜けな生き物。ヤギに跨って腰を振り続ける。よく見ると、そのヤギも別の動物に跨って腰を振りまくってる。そのつながりがえんえんとつづいていく……
 すでにしゅういはやみ。
 とおくでかすかなこえがする。
 さいごにお手伝いできて光栄でした

 

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