妖精飼育日記

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梗 概

妖精飼育日記

用語説明:妖精
 五年前突如として世界中に現れた、生物の分類学上どの系統とも一致しない完全なる新種。その羽根の形状や謎めいた行動から『妖精』と呼ばれる。
 未知の生物にあらゆる学者が頭を悩ませる一方で、一度懐けば分かりやすく愛情を返してくれることや、育て方次第で変化する外見・性格の多様さから、ペットとして飼い始める人が出てくる。しかし入手や扱いの難しさからマニア向けに止まっており、その実態は世間でもほとんど知られていないままである。 

本文は日記の形式を取り、優という人物がペットマニアの親戚の遺言により『妖精』を引き取った三日後から始まる。

妖精のことなど何一つ知らない優は、幼馴染兼同室の真尋と共に、親戚の知人の妖精マニアからのアドバイスなどを参考に悪戦苦闘しつつも世話をする。
 特に二人を悩ませたのが『障り』と呼ばれる現象だった。妖精の気質に合わないことや、害になるようなことをすると起こる様々な現象であり(親戚のメモ曰く「小さくてかわいらしい祟りのようなもの」)、優や真尋も手の甲から芽を生やされる、片目だけ複眼にされるなどの小規模だが奇妙な目に合い続ける。
 とりわけ真尋の方は優以上に苦戦していた。普段は優しいが機嫌が悪くなると子供の物を捨てる、壊すなどの暴挙に出る母親のせいで、小学校の頃に金魚を死なせてしまった記憶から、生き物の世話自体に苦手意識を覚えていたのだ。
 それでも丁寧に育てていると、やがて少しずつ妖精は懐くそぶりを見せるようになり、二人も愛着が沸き始める。同時に苦手意識を克服していく様子の真尋を、優は安堵の気持ちで見守る。

ある日妖精マニアを訪ねた二人は、相手がひどい『障り』に侵されていることに気付く。老人は妖精を愛するあまり死んだ個体を食べ、全身が内側から変容していたのだ。
 その一件以降、落ち着いていたはずの『障り』が再び真尋に現れるようになる。原因が分からず困惑する優を他所に、冷静に見える当の真尋。心配しながらも優は仕事の都合でしばらく家を空けることになり、妖精の世話と日記を真尋一人に託すことになる。

一週間後、帰宅した優を出迎えたのは、半身が鱗によく似た水晶の羽毛に覆われた真尋と、空になった妖精の籠だった。
明白な『障り』と妖精の不在を問う優に、真尋は老人の一件以降『障り』について自分の体を使い調べていたこと、実家に妖精を連れていき、わざと母に『障り』がでるよう仕向けたことを告白する。優や妖精との日々で、確かに苦手意識は克服された。だが、真尋の幼い記憶は清算されていなかったのだ。
 今更金魚の仇を取る気はないが、これでようやく自分は解放されるのだと、どこか安堵した様子で呟く真尋の『障り』が、蛍光灯の光に透けて輝く。

この一日だけは妖精ではなく、己と真尋のための記録であり、今後この日記が誰かに渡されることはないだろうと記す優の言葉で、日記と物語は終了する。

文字数:1198

内容に関するアピール

雑誌で短編小説を読む時、見知らぬ図鑑のコラムを眺めるのと同じような感覚になることがあります。雑誌掲載のお話を頂いた、ということで、ガッツリとしたSFというよりは図鑑のような話にしてみました。博物学の本や古い標本を眺めている時のようなワクワク感を、『妖精』という呼び名だけは馴染みのある変な生き物の生態に沢山詰め込んで書きたいです。エンタメ小説誌ということで、怪奇小説のような要素も混ざっています。

尚、優と真尋の二人は社会人かつ性別を決めていないのですが、書いている途中は「少年たちの共犯」というイメージがずっと浮かんでいました。

また、現代日本によく似た、しかし少し古風な景色の多い世界を舞台にしています。話の筋には影響しませんが、我々の歴史とは少しずれている景色についても、ところどころに盛り込んで書ければと思います。

余談ですが、地球外生命体を飼うのって面白そうだなぁと思い、妖精を隕石と共にやってきたという設定にしようか少し悩んだのですが、前回の課題でも地球外生命体に人間が結果的にひどい目に合っているのでひとまずはやめておきました。

文字数:468

課題提出者一覧