まだ見ぬ明日のあるじのために

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梗 概

まだ見ぬ明日のあるじのために

テラフォーミングの進む二一世紀末の火星。甲殻類から設計された生体ユニットが土地の開墾と大気改良に精を出している。

東田ひがしだ九郎三郎くろうさぶろう1.1.17は、第一世代のルートユニット東田一郎いちろう109.5.1から数えて九世代目。その三番目に生まれた事が名の由来だ。九郎三郎は平たい体に水槽となる透明な殻を背負い、その中で植物プランクトンとオキアミを養殖している。歩脚で地面を耕しながら、水槽内に開いた消化器官でオキアミを摂取し排泄物で土壌を改良する。オキアミは発光器官を持っており、夜に皆の背が光る光景を九郎三郎は好んだ。

ユニットを統括する東田一郎は十年前から変調した。開墾の遅れから過酷なノルマを課し、情報伝達は全て一郎を経由するように変更された。安全基準は引き下げられユニットの損耗率は高まった。

生体ユニットは高度な再生が可能だ。脚を再生させると名前の識別子小数第二位が一つ増える。小数第一位は内臓入れ替えを示す。毒性の高い過塩素酸塩を吸うため内臓は長く持たない。外殻も含め脳が収められたユニットコア以外を再生させる脱皮は、識別子一桁目を加算する。東田九郎三郎1.1.17の名は脱皮と内臓更新を一回、パーツ再生を十七回行った事を示す。

一郎は限界まで再生を許さず多くが脱皮に失敗し活動を停止した。穴埋めのため単為生殖が強要されたが、一世代に九回までの制限があり、九郎三郎は九郎一郎から九郎九郎までの兄弟を持つ。制限は撤廃されシステム未登録のユニットは番外児と呼ばれた。RNA錠剤で摂取するアップデートも得られず、環境変化に弱い彼らはすぐに停止する。九郎三郎も自分の生んだ番外児を失った経験から、本来持たない反抗心を育てていった。

ある日、九郎三郎は古いユニットコアを掘り出した。外殻を緩め体内に取り込んだコアはすぐ目覚め、新野にいのハナ1.0.1と名乗る。ハナはかつてこの地で稼働していた整地ユニットだった。窮状を相談した九郎三郎はその背を押され、オキアミの発光を制御した秘匿ネットワークの構築を模索する。通信プロトコルは、排泄物にRNAウィルス入りの結石を混ぜて回収させウィルス経由で伝達する。アップデート機能をハックした企ては成功した。

一郎を除いた議論は夜の休息時に瞬く光で慎重に交わされた。ルートユニット排除の総意を得た九郎三郎は、半年ごと地頭じとうの来訪を待つ。地頭二六衛門にじゅうろくえもんは九郎三郎の直訴から一郎の変調を認め回収の決定を下す。二世代目筆頭の二郎一郎がルートを継いだ。

安堵する九郎三郎に二十六衛門は他のユニットコア取り込みを指摘するが、能力を評価され新野ハナと共に有性生殖の許しを得る。整地と開墾をこなす生体ユニット新田にった一郎0.0.0に生まれかわった二体は、新たな開拓地のルートユニットとして新天地を目指す。

文字数:1200

内容に関するアピール

火星のテラフォーミングというオーソドックスな設定を、エンターテインメント小説の読み手へ届けるSFの舞台として選択しました。人間の登場しない中、生体ユニットとだけ呼ばれる生物と機械の境界線上の存在に古風な名前を付け、中世日本の荘園経営に見立てることで作品の導線としています。

SFのアイデアとしては、火星の厳しい環境下で独立して生存しうる生体ユニットのデザイン、ナンキョクオキアミの発光器官と光の明滅による通信プロトコル、ソフトウェア開発のようなバージョン履歴を模した名付けで管理される個体などを盛り込みました。

実作にあたっては、まず冒頭で九郎三郎とその家族たちの日常生活を丁寧に描くことで人間性を感じさせ、偏執的な統治者の強いる制約とそれに疲弊しつつも従っている人々という構図を押し出しながら、それに異を唱え自由を求めて走り続ける主人公の行動と心情にカタルシスを感じてもらえたらと考えています。

文字数:396

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まだ見ぬ明日の主のために

「皆の衆、降ってきたぞ。雨だ!」

東田五郎二郎10.10.5が雨の到来をオープンチャンネルで皆に知らせる。

「聞こえとるわ。でくの坊が」

東田一郎108.5.1が大声をたしなめると五郎二郎はさらに大声で笑う。

「このくらいの出力が初代様にも聞こえるだろう」

かすかな雨の匂いに、すでに目覚めていた東田九郎三郎1.1.17は、雨粒が背中の甲羅を叩くのを感じた。甲羅の蓋を開け、降雨からの水滴で水槽を満たす。

二一世紀末。人類の移住に備えてテラフォーミングの進む火星。人類はほぼ介在せず、甲殻類から設計された生体ユニットが自律的に土地の開墾と大気改良に精を出している。クリュセ平原の最東端区画で生を受けた東田九郎三郎1.1.17は、第一世代のルートユニット、東田一郎108.5.1から数えて九世代目の三番目に生まれた。だから慣習に従ってそう名付けられた。

一族の皆が今回の雨は何日か遅れたと言っている。すでに雨はやみ、膨大な水を蓄えた飛行船が次の開拓地へと向かうのが遙か高みに見える。あの船には天主様がおられると言う者もいるが、九郎三郎は信じていない。大砂嵐の最中でも飛ぶ事のできる強靱な翅を持つ地頭の種族であれば、船に行く事もあると聞くが、彼らの口から天主様の話題が出るのを聞いた事はない。

日も昇り見渡す限りの耕地に一族の者が点在しているのが見える。背中に出っ張った透明な甲羅の中の水は、先ほどの降雨でほぼ満たされている。九郎三郎は水槽によく光が当たるように身体の向きを調整する。水槽内に開いた口を開き、器用に顎脚をを使ってナンキョクオキアミを捕食する。水槽内には植物性プランクトンとオキアミが飼育されており、水槽への水の補給とたまに支給されるミネラルに富んだタブレットを摂るだけで、彼ら生体ユニットは活動し続ける事ができる。

開墾用の生体ユニットは発声器官を持たないが、互いのコミュニケーションには無線器官を用いるので不便はない。意識下で互いに全員の位置と作業の進捗状況を把握している生体ユニットたちは、思い思いのように見えて結果的に統率された動きで開拓作業を始める。

九郎三郎が担当している区画は、昨夜休息に入った時点で丁度耕作が終わっていた。次に向かうべき手つかずの区画の位置は分かっていた。移動しようと頑丈な歩脚の関節を伸ばし、縦横四メートルの身体を起こす。

「九郎三郎よ。今日からお前は持ち場を変えろ。知らぬわけはないが次は区画の一番東だ」

ルートユニットの一郎から個別通信が入る。内容は今日から担当する区画のことと、一郎が陣取っている基地の管理端末から得られるような細々とした事だった。言われずとも了解している事ばかりだが、口を出さずにはいられないらしい。

ユニットを統括する東田一郎は、十年前から変調したと聞かされている。九郎三郎が産まれる前の事だ。規模の大きな砂嵐が立て続けに襲い、一年近く開墾作業を進められなかったのだという。そればかりか、すでに作業の終わった土地に積もった砂を除けることもままならず、進捗は大幅に後退した。

テラフォーミングのために火星に投入された生体ユニットには高度な自律行動が認められている。人類は恒常的に維持する地上施設を持たず、プロジェクトに関わるスタッフは火星軌道上の宇宙船に滞在している。

環境に適応し速やかに進化を遂げるように設計された生体ユニットたちは、テラフォーミングが次の段階に進み、人類のための生態系を再設計する時が来たら処分される。彼らは火星に生態系を構築する際のデータを得るための実験装置でもあった。そのため、生体ユニットはそれぞれに与えられた作業に対する、本能的な動機付けは与えられているが、常にその行動を監視されたり評価されたりする事はない。

生体ユニットと人類の仲立ちをする特殊なユニット「地頭」が、状況を確認し必要な手助けを行うために定期的に訪れる。しかし、テラフォーミングそのものを阻害するような事態にならない限り、行き着くところまで見届けるというのが彼らのスタンスだ。

しかし、一郎は開墾の遅れを病的に恐れた。生体ユニットには後天的に獲得した形質を自己の遺伝子に反映するエピジェネティックな機構が組み込まれている。彼らは生きている限り進化し、単為生殖で子孫に受け継がせる事ができる。

一郎はこの区画に最初に投入された開墾ユニットとなる。そのため、彼の子孫からなる一族の中で最も長く火星環境に晒されている。それが心理を偏った状態に傾けた可能性があった。

ともあれ一郎はすでに五十体を超えていたユニットたちに過酷なノルマを課した。無線による情報伝達は全て一郎を経由するように変更され、全てを一郎が監視する。協調的に進行するはずの作業計画は、一郎の独断でたびたび変更された。

作業遂行の安全基準まで引き下げられ、ユニットの損耗率は高まった。一郎は活動限界ギリギリまで再生を許さず、多くのユニットが脱皮に失敗し活動を停止した。

生体ユニットは高度な再生が可能だ。脚を再生させると名前の識別子小数第二位が一つ増える。小数第一位は内臓入れ替えを示す。毒性の高い過塩素酸塩を吸うため内臓は長く持たない。外殻も含め脳が収められたユニットコア以外を再生させる脱皮は、識別子一桁目を加算する。東田九郎三郎1.1.17の名は脱皮と内臓更新を一回、パーツ再生を十七回行った事を示す。

生体ユニットは決まったサイクルで単為生殖を行う。後天的に獲得した形質を生殖細胞に渡す機構を持つため、単なるクローンとは異なり有性生殖よりもさらに環境適応力が高いというメリットを持つ。一世代に九体までが管理システムに登録できるという制限があり、誰が次世代を生むのかはルートユニットの一郎が決める。九郎三郎は自分も合わせて九郎一郎から九郎十郎までの兄弟を持つ。弟の九郎六郎が若くして機能停止したため、その代わりに九郎十郎の出生が認められた。

一郎が酷使して失ったユニットの穴埋めのため、過剰な単為生殖が強要された。一世代に九体までの個体数制限は撤廃され、システムに登録できない十体目以降のユニットは番外児と呼ばれた。RNAカプセルで摂取する遺伝子アップデートもアクセス権を持たないため得ることができず、環境変化に弱い彼らはすぐに停止する。

生体ユニットにも感情はある。しかし自らを開拓用のユニットにすぎないと定義し、自己保存の本能こそあれ、通常の生物のような自分の遺伝子を持つ個体を最大化する戦略はあえて白紙化されている彼らにとって、番外児の停止は再生させた歩脚がまた破損したのとさして変わる所はなかった。

遺伝子のベースとなった地球の甲殻類さながらの姿を持つ九郎三郎は、八本の歩脚で耕作地を荒らさぬよう器用に歩みを進める。

「どこまで行く。九郎三郎」

隣の区画の三郎一郎29.2.17が個別通信で呼び止める。東野端の区画を一から耕すのでしばらくかかりっきりになると九郎三郎は答える。

途中、五郎二郎の耕す区画に入る。

「五郎二郎おじよ、朝は初代様がえらい気色ばんでおったな」

一郎に叱られた事に触れると、わざと言っていると五郎二郎は笑う。

「一郎は初代様だというが、そこまで畏まる事はねえ。おまえらも言いたい事は言った方がいい」

九郎三郎は賛同したかったが、個体間の通信はすべてルートユニットの一郎を介している。下手な事を言うとまたうるさい事を言われる。五郎二郎の助言には反するが九郎三郎に口を開く勇気はない。

「おい、何を言うのも構わねえが、仕事は進めろ」

思った通り、耳聡い一郎が割って入る。身体の一番前に突き出た、大鋏の付いた鉗脚を軽く五郎二郎と打ち合って、九郎三郎は無言のまま目的地へと歩み去る。

新しい開拓地は四ヘクタール──二百メートル四方のありふれた正方形の土地だった。すでに整地は終わっており、岩や大きな石は取り除かれ地面の凹凸も水平にならされている。この土地を鋤のような爪の付いた八本の歩脚で耕していく。

整地済みとはいえただの固い大地にすぎない。掘り起こすと直径十センチほどもある石がたくさん出てくる。こうした邪魔物を掘り出して、植物が根を張りやすいように土を柔らかくしていくのだ。十分に耕された土地には水槽の水で希釈した排泄物を撒いて養分を与えるが、四ヘクタールの土地の開墾を終えるには数週間はかかりそうだった。

太陽が昇り水槽に光がよく差し込むようになると植物プランクトンから供給される酸素も増える。生体ユニットの筋肉は効率よく酸素を用いるが、フルパワーで仕事をしても息切れしないのはありがたい。

「ナニャードーヤラヨー」

そんな折、二郎八郎19.0.9が節をつけて長く唸った。その声はオープンチャンネルで全員に届く。この長く開墾地で稼働している年季者は仕事唄が好きで、また様々な唄をよく知っていた。今の発声はその合図だ。

おまえー行くーとこ われどーこまでもー

(ナニャードー ナサーレテ ナニャードヤラ)

けいーこくー 夏日ーの 火夏ーぼーしー

(ナニャードーヤレ ナサレデ ノーオ ナニャードヤレ)

こりゃー果ーまでも 火夏ーのなー は 果ーまでも

(ナニャードーヤラヨー ナニャド ナサレテサーエ ナニャード ヤラヨー)

(ナニャードー ナサーレテ ナニャードーヤー ナニャド)

ひとしきり二郎八郎が唄うまで皆耳を傾ける。合いの手も最初は小さく口ずさむだけだ。すこし間をおいて今度は六郎四郎3.3.7が同じ唄を繰り返す。今度は他の者も一体、二体と小さく声を合わせる。朗々と歌い上げるのは一体だが、声を合わせる数が増えていく。

次々に唄い手を変えながら、この仕事唄は数時間続く事もある。

九郎三郎は合いの手を入れるのが得意で、稀にちょっとしたアレンジを加える事もあった。そこから唄のバリエーションが生まれることもあり、九郎三郎には唄の才能があると皆に期待されてもいた。今日の昼間はずっと風が凪いでおり、そうしたときは日の出から日没まで開墾作業が続く。

日が傾きあたりが暗くなると、水槽のプランクトンの光合成も心許なくなる。

「ここらで終いにしようや」

五郎二郎が呼びかけると、応とあちらこちらから皆の返事が返る。特にどこかに集まって休憩するわけではない。作業を進めていたその場にうずくまり、身体の隙間に砂が入り込まないように脚と大鋏をしっかり密着する。このままの状態で休眠に入れば酸素消費は最低限で済む。夜間の砂嵐などのアクシデントでどうしても動かないといけない場合のために、一定量の酸素を確保しておく事は日常的なサバイバルの一環だった。

日が落ちて少し風が出てきたが静かな夜だった。水槽の中で共棲しているナンキョクオキアミは蛍光物質を身体に蓄えており、身体の各所にある発光器官を光らせる。オキアミ同士で互いを識別し情報を交換しているのだ。

生体ユニットの背中の上というごく限られた環境で、何を思って光を発しているのか迄はわからない。しかし、わずかに筋肉を動かし微弱な電流を流して、オキアミの群れを操るのは生体ユニットにとって生まれたころから親しんだ手慰みだった。オキアミを捕食する時に口の側まで群れを追い込むこともあり、実用的な面がないこともない。

夜になって平原に散らばる皆の姿を見ると、ポツリポツリと背中の水槽が発する蛍光が明滅する。その様は九郎三郎のささやかな楽しみ、心が癒やされるような光景だった。

翌日、予想されていた強風が砂嵐にまで発達し、九郎三郎たちの区画を覆った。日の光は遮られ、酸素を無駄に消費しないためにもじっとしているより他はなかった。そんなときいつも、九郎三郎は五郎二郎のことを考える。世代で言えばまだ中堅といったあたりだが、他のユニットより一際大きく力も強い五郎二郎は、なにかと皆に頼られていた。

九郎三郎が独り立ちして間もない頃のこと。火星の四分の一を覆う砂嵐が二週間続いた時も、五郎二郎が司令塔として立ち続けた。ちょうどその季節、生体ユニットたちは総出で赤星一号の植え付けを行っていた。菌類とカトレアのハイブリッド生物として、大気中の窒素を固定するために作出されたのが赤星一号だった。

開墾のために作られた生体ユニットにとって、土を耕した後に赤星一号を植え、その栽培地を広げる事こそが最終的な目的だった。植え付けをしてしっかり根付いたところまでを確認できれば、その区画での九郎三郎たちの仕事は終わる。あとは新たにやってくる栽培ユニットたちに仕事を引き継ぎ、別の区画へ一族全員が移動する。

赤星一号の苗は、開墾ユニットにとって命の次に大切なものだった。苗は定期的に補充されるが貴重なものだ。飛び抜けた自己再生能力を持ち、単為生殖で数を増やす生体ユニットにくらべれば、重量あたりの価値は苗の方が遙かに高いといっても過言ではない。

五郎二郎のおかげで苗の全滅を免れ、これまでに植え付けた赤星一号の多くを守れたことは、いまでも語り草となっている。成体になって初めて植え付けに参加していた九郎三郎にとって、その時の五郎二郎の姿は英雄のように印象づけられ憧れと言ってもよい感情を育てるまでに至っていた。

単為生殖で九郎三郎を産んだ八郎一郎4.9.2はもちろん特別な存在だ。幼生の間は常時通信が直結され、惜しみなく与えられる八郎一郎の思考や動作をなぞる事で、九郎三郎は成長した。しかし成体として一人立ちした今となっては、親しみこそ感じるものの九郎三郎にとって自分と一番似た個体の一つに過ぎない八郎一郎から学ぶべき事はないと感じていた。後天的に獲得した遺伝形質も、勝るとも劣らないという自負があった。

もっとも、九郎三郎もまた十世代目の子を産み、成体になるまで育て上げており、彼らに対しては他の個体とは違う愛着を感じていた。親子の関係というのは、そうした非対称的なところがあるのだろうと感じてもいた。

一度、兄弟の中でも似た形質を持つ九郎八郎に自分の子に特別な感情を持つか尋ねた事がある。しかし、九郎八郎は特に意識した事はないと答えた。他の一族同様に皆を大切に思っていると。停止してしまう個体が出るのは悲しい事だが、それは補えばいい。

世代の違う他の個体に聞いても返事は大きく変わらなかった。九郎三郎は、自分が少々変わった個体認識をしていると悟った。突然変異的なものなのか、後天的に得た形質なのかまでは判断できなかったが、自分の生んだ十世代目の番外児を失った経験でこうした感情を自覚したという記憶があった。知らず、九郎三郎は生体ユニットが本来持たないはずの反抗心を育てていった。

その日も砂嵐が開墾地を襲った。砂嵐から赤星二号を守る深い塹壕を掘っていた九郎三郎は、地中から古いユニットコアを掘り出した。外殻を緩め体内に取り込んだコアはすぐ目覚め、新野ハナ3.0.9と名乗る。ハナは九郎三郎たち開墾ユニットが来る前に、かつてこの地で稼働していた整地ユニットだと言う。本来なら皆と共有しなければならない出来事だが、そうしたくないという気持ちが先に立った。

はじめて遭遇したイレギュラーな事態に戸惑ったという事もあるが、一郎に知られたらハナのような異分子は即刻破棄されるという予感があった。一郎は計画遂行のためには今手にしている駒だけで組んでいこうという傾向があった。多様性は不測の事態を生む。そう信じて己の限られた思考だけで進めようとしていた。そんな一郎にハナを見せたら、その取る対応は深く考えるまでもなかった。

その数日後。屈強な五郎二郎が機能を停止した時、皆にわかにはそのことを受け入れられなかった。喪失感を補填するため一郎は報酬系を刺激する生体アミンを気前よく支給したが、しばらく作業効率は停滞した。仲間を弔う霊歌は禁止され、肉体のみならず神経系のストレスも高い数値を示し続けた。

体内の新野ハナに窮状を相談した九郎三郎は、全ての元凶である一郎を排除した繋がりを持つことを勧められる。ハナにその背を押され、オキアミの発光を制御した秘匿ネットワークの構築を模索する。通信プロトコルを考案し、排泄物にRNAウィルス入りの結石を混ぜて回収させ、ウィルス経由で伝達する。遺伝子アップデート機能をハックした企ては成功した。

一郎を除いたユニットたちの議論は、夜の休息時に瞬く光の織りなす唄で交わされた。ルートユニット排除の総意を得た九郎三郎は、半年毎ごとの地頭の来訪を待つ。人類と同じほどの体格を持つスズメバチ、地頭二六衛門は九郎三郎の直訴から一郎の変調を認め、回収し司法解剖の決定を下す。ポストの空いたルートユニットは二世代目筆頭の二郎一郎が継いだ。

安堵する九郎三郎だったが、二十六衛門はその身体をスキャンし他のユニットコア取り込みを指摘する。規律に抵触する行為だったが自発的な能力開発が評価された。九郎三郎は新野ハナと共に有性生殖の許しを得て、新しい役割を持つ生体ユニットの設計をゆだねられる。整地と開墾の両方をこなす生体ユニット新田一郎0.0.0に生まれかわった二体は、新たな開拓地のルートユニットとなるべく新天地を目指す。

(時間切れのため、途中でアップしています)

文字数:6951

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