月面師

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梗 概

月面師

月雄つきお が月の土地権利書を売り渡す度に、月の おもては少しずつ黒ずんでいった。
 
新橋のルノアール。堤月雄は珍客と相対していた。
月雄は、元は五反田の裕福な地主の生まれだが、月狂いの父親・月次郎が「親父(月雄の祖父)は五反田を手に入れたが、俺は月を手に入れる」と豪語し、怪しげな研究で資産を食いつぶしたため、現在は失踪した父親への倒錯した復讐心から「月の土地権利書」のセールスマンをしている。
しかしそんな怪しげなジョークグッズを買うものはおらず、売れたのは近所のトメさん、公園で声をかけてきた5歳のあかりちゃん、ホームレスの重蔵くらいである。
 
ゆえに自ら「月の土地を購入したい」と声をかけてきた目の前の男は珍客なのだ。
 
商談を進める月雄だったが、どうにも話が嚙み合わない。男は終始マスクを外すことはなく、洞窟から響くような声で話し、手付金としてマスクの下から黒い石を取り出す。男は月雄を本当に月の地主だと思っているらしく、その尋常ではない様子に身の危険を感じた月雄は、何も売らずにルノアールを後にする。
 
アパートに戻って妻にそのことを話し、こっそり持ち帰った黒い石を見せる。妻はその石が本物のダイヤモンドだと言い、もう一度男と会うように迫る。気乗りしない月雄だったが、家にヤクザの五島が来たことを知らされる。五島は、他人の土地を勝手に売買する地面師グループのケツモチで、月雄はその詐欺の片棒を担ぎ、しかもヘマをやらかして逃げていたのだ。このままではオトシマエをつけさせられる、と妻に脅される。
 
改めて男に連絡を取ると、月雄の態度に不信感を抱いているらしく、会いたがらない。焦った月雄は「今度は他の地権者を連れていく」と伝え、アポを取る。
 
当日、帝国ホテルのラウンジに月雄と男、そして近所のトメさんが同席した。
「私が月に行ったときには、本当に何にもなくなっててねえ・・・・・・」
終戦後の焼け野原を生き抜いた女の一代記は、男の琴線に触れたらしく、トメさんの権利書と引き換えに望外の代価が手に入る。
これに気をよくした月雄は、妻と作戦を練る。手に入った金で道具屋に発注をかける。
月のパスポート、月の印鑑登録証明、月の固定資産評価証明書。
5歳のあかりちゃんは「月から追放され地球人の老夫婦に育てられた思い出」を語り、ホームレスの重蔵は「先祖の武士が月に入植した歴史」を語り、存分に自分たちの土地の価値を上げる。
そして取引決済日、ダミー会社の口座に10億円が振り込まれたのだった。
 
世間は、月面に観測され始めた黒カビの話題で持ちきりになった。それは徐々に増え、ついには「静かの海」を除き、月全体をすっかり覆ってしまった。黒カビはジオード状の構造物であり、これによる地球への影響は、今のところ未知数だという。
 
月の裏側の真ん中に、錆びた棒杭が立ってあり、括り付けられた看板にこう書いてある。
「堤月次郎所有地」

文字数:1200

内容に関するアピール

稲松様、お世話になっております。
 
今回はお声がけいただき、ありがとうございます。
 
梗概の『月面師』は、安部公房の『人間そっくり』や藤子・F・不二雄の『3万3千平米』、そして五反田を舞台とした実際の地面師事件にインスパイアされたファーストコンタクト不動産SFです。
 
前者の二作品は、私がSFに触れたほぼ最初期の作品です。
当時の新鮮な気持ちをこの作品に吹き込みましたので、小説つばるで初めてSFに触れる読者のみなさんにも何か届くものがあったらなと思います。
 
後者の地面師事件については、私は関わったことはないのですが、しかし何の元手もなくテキストの操作だけで大金を掠め取る様に妙な魅力を感じてしまいます。何ででしょう・・・・・・。
 
でも多かれ少なかれみなさんそういうものに憧れってありますよね。
本作は基本的にはコメディですので多少背徳的な欲望でも罪悪感なく楽しめます。
 
それでは何卒よろしくお願いします。

文字数:400

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