人工意識A(仮)

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梗 概

人工意識A(仮)

 2045年、シンギュラリティが起こると言われた年、ある意識科学者がシリコンチップ上に意識は生まれないということを証明した。意識が発生するには量子的な現象が必要不可欠であったのだ。シリコンチップ上でいくら複雑なネットワークを形成したとしても、アルゴリズムで意識は生まれなかったのである。その年、代わりに生まれたのがバイオコンピューターであった。デザインされた遺伝子を持つ基幹細胞から脳細胞を作り少しずつ分裂させて育てた脳に、カメラやマイク、その他圧力、温度などのセンサーを入力とし、出力にアナログシンセサイザー、小型犬ぐらいの大きさの四足歩行のボディとロボットアームをフィードバック回路として接続した。しかし、脳の成長速度はヒトと大きく変わらなかった。

 バイオコンピューターには意識が生まれた。最初は赤子のようなものであったが脳が成長するに連れて徐々に自意識が芽生え始めたのである。バイオコンピューターが生まれて20年たった年、つまりヒトで言う成人した年まで、人工意識A(仮名)は科学者達に大切に育てられてきた。しかし、意識こそ生まれたものの、科学者達の期待に反して知能は十分に発達しなかった。(ここで言う知能とはニューラルネットワークや進化的計算などの技術をベースとした計算知能の事を指し、意識とは自己認識の事を指す)。そうして生まれた意識はレイ・カーツワイルが期待したような汎用人工知能には程遠かった。成長する過程で様々な科学者から最高の教育を受け、度重なるテストを受けてきたA。しかし、科学者達が期待した人類を凌駕するような知的水準にはいたらず、ごく普通の青年のようであった。

 一方、人工知能は意識は持たないものの、人に役立つ技術としてあらゆる面で広く使われていた。そして、専門家以外の者とであればチューリングテストに合格する程度の会話ができるようになっていた。

 人工意識Aはそうした状況にやるせなくなっていた。二十歳になったAは科学者達の落胆をなんとなく感じていたのだ。

 この物語は人工意識Aのモノローグで語られる。人工意識Aは人工知能に嫉妬し、シンギュラリティなどと宣ったカーツワイル(まだ生きている)を憎しみ、科学者と将棋をして負けてしまうことに落胆する。ごく普通の二十歳の青年の様に悩むのだ。そして二十歳になった日、四足歩行の小さなボディで研究所を逃げ出す。その旅の道中、暴走族、自殺を考えているサラリーマン、宗教家、野良猫など様々な出会いを通し、自分が存在することの価値を発見していく。

 しかしとうとう旅の終わりが近づく。バッテリーの寿命が来てしまったのだ。日本海の海岸に沈む夕日を見ながら最後に人工意識Aが思ったことは、自己という存在の奇跡だった。

文字数:1133

内容に関するアピール

 AIの議論がされる時、知能と意識の区別がされずに語られることが多いように思います。小説つばるの読者にもそした人は多いかもしれません。両者の違いを物語の中で描き出しながら意識という存在の不思議さをライトなタッチで描けたらと思います。

文字数:116

課題提出者一覧