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梗 概

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 国立工業大学を首席で卒業した学生の紙西ミヤは、すぐれた認識モデルを持つ人工知能の開発に惹かれてアーケル社に入社する。彼女のやさしい姉セツはかつて重度の精神病を負っていたが、今はアーケルのデバイスによる脳深部刺激療法(DBS)によって軽快しつつある。治療を担当したアーケル主任技術者の館ユウキとセツは今は恋仲であり、ユウキがミヤをアーケルに引き込んだ張本人でもある。ミヤはセツやユウキと穏やかに過ごしていたが、ある日セツが突然失踪する。
 警察の捜査は進まず、ミヤはアーケルから不正にデバイス記録を引き出し独自に彼女を探そうとする。しかし不正操作はユウキに発見されてブロックされ、ユウキはミヤを家まで送り届けて監視する。ユウキの高邁な技術倫理にミヤは胸を打たれる。しかしユウキが眠ったあと、ミヤはかれの生体認証を悪用して記録を取得する。セツの記録はしばらく途絶えていることがわかる。セツは死んでいるか、あるいはデバイスが停止したまま放置されている。半狂乱になっているところをユウキに見つかり、ミヤは失職する。
 一年後、ミヤは当て所なくセツを探し続けている。アーケルの最新認識モデルを用いたロボットやサービスはそこらに溢れかえっている。警察が川べりでひとり歩いているセツを発見する。病は進行し、その人格は完全に荒廃している。「私のあたまをみんなが覗いている」とセツは繰り返し呟く。治療の甲斐なく彼女はすぐに死んでしまう。ユウキはセツが死んだあとに事実を聞かされ、なぜセツが死ぬ前に会わせてくれなかったのかと悲嘆する。ミヤはユウキの足元にちいさな機械を放り投げる。それは自殺したセツの頭部からミヤが取り出したアーケルの製品だった。リバースエンジニアリングして取得した情報をミヤは語る。埋め込まれたデバイスは、知覚と脳活性を同時にモニタし、アーケルに送信している。表向きDBSを装い高度な認識モデルを生成するための情報を収集し続けていたのだ。ユウキの論文には匿名アノテーターという協力者たちが繰り返しあらわれる。侵襲性脳深部デバイスを利用し、生活環境をまるごと売り渡すかのような危険な実験に誰が協力しているのかは度々話題になっていた。「大勢の同意なき精神病患者たちが匿名アノテーターですね。お姉ちゃんも――」「セツは最初から同意している。他の患者たちもそうだ」ユウキはこたえる。精神病患者たちは認識モデルの性能向上を通して密かに社会参画することを望んでいた。セツは優秀な妹に負い目を感じ、自分が世に役立てる方法をユウキに相談していたのだ。ミヤは号泣してユウキの研究を糾弾しその場を去るが、その後彼女によって匿名アノテーターたちが誰なのか暴かれることはない。
 アーケルの製品は百年にわたり多くの分野で重要な役割を担う。

文字数:1154

内容に関するアピール

 当初は『匿名アノテーター』として知覚を窃取されて広告技術に勝手に使われ、好みの異性の顔ばかりがコンテンツに出てきまくる男の話を考えていましたが、ミッシングものの映画数本を参考に全体を書き直し、今のお話になりました。
 課題本文には『どことなく失礼』などと書かれていますが、稲松さんはわざわざご依頼をくださっているわけで、ぼくはなんだか一種のラブレターをもらったように感じました。つまり、ぼくの良さが存分に出た作品を書けば、採用の目があるかもしれないなと思ったのです。わずかな経験に基づくと、ぼくのSF小説の良さは『ソフトウェアエンジニアとしての背景知識がつくる誠実なギミック』『百合小説で書き散らしている地獄のように情緒的な展開』の二点だと考えています。実作ではその二つがぐしゃぐしゃに絡み合ったようすがうまく書ければと思っています。

文字数:367

課題提出者一覧