歌謡ミュージカル「鷹匠の女」  (台詞の殆どは歌と踊りで現される。そんなはず。)

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梗 概

歌謡ミュージカル「鷹匠の女」  (台詞の殆どは歌と踊りで現される。そんなはず。)

魔法が解けてしまう前に ぼくはこの夜を 飛ぶしかなかった
編集者稲松は箕輪編集会の交流会に出席するが、夢を語れないことを箕輪に否定される。
懇親会では歌と演奏。出席者は踊りながら互いを紹介し合う。
落ち込む稲松。夢を叶えて人形師として成功した男に声をかけられる。
男から自作の動物フィギュアを無理矢理、ズボンのポケットへ突っ込まれる。
稲松はポケットに入った鹿の角が局部に当たり痛がりながらも踊る。
鷹匠の女と知り合う。女が飼う鷹は吉澤と言う名。鷹の方が自分のあるじだと説明される。
イベントで女は鷹を飛ばす。稲松はその美しい鷹の姿に見とれ、どこへ向かったのかと訊ねる。
今夜のあなたの夢を取りに飛んで行きました
女は痛がる稲松のポケットからフィギュアを桌子に広げる。
気づくとフィギュアの数が足りない。
稲松が屈みこむと桌子の下に20cm程の隙間があり、そこにフィギュアがいた。
取り出そうと手を入れると、体がその隙間に入り込み動物と同じ大きさになる。
 
二体はトナカイとヘラジカの恋人だった。これから二匹は両親へ挨拶に行くので、村へ一緒に行ってくれないか頼まれる。
動物の村に着くと歌と踊りで双方の親親戚と友を紹介しあう動物の懇親会。
トナカイとヘラジカは種が違い、双方の親は付き合うことを認めない。
若い世代は異種動物間での恋人は許容するが、肉食動物は忌み嫌う。
稲松は自分には夢が無いと語るが、そこは動物らには賞賛される。
人は夢をもつから 魔法が解けて 飛び降りる
造形師のトナカイと知合い、彼から木彫りの人形をポケットへ無理矢理入れられる。
鷹匠の♀トナカイと知り合う。トナカイは鷹を放つ。鷹に魅入る稲松。
トナカイとヘラジカの間で喧嘩が広がる。体格的に不利なトナカイはヘラジカたちの攻撃に押され、多くのトナカイが倒れていく。
そこへサンタの一群がトナカイを助けに来る。ヘラジカたちは去る。
トナカイを助けられなかったことで悲しむ稲松。
鷹匠の♀トナカイは悲しんでいる稲松のポケットからフィギュアを桌子に広げる。
人形を桌子に広げるが、一人足りない。
稲松が屈むと桌子の下に20cm程の隙間があり、そこに人形がいる。
人形を取り出そうと手を入れると、体がその隙間に入り込み小さな人形と同じ大きさになる。
 
人形は箕輪編集会の参加者。参加者達から夢を実現するための懇親会へ誘われる。
参加者の人形師から屋上にあるトナカイフィギュアを取って来てくれれば、あなたに夢が授けられると教わる。
稲松はビルの階段を登る。 屋上ではトナカイとヘラジカが戦いをしていた。
森で助けられなかったトナカイを助けるが、稲松はビルの屋上から落ちてしまう。
数人の作家は、稲松が登場する小説を書きだす。
夜を落ちる稲森の体を、飛んできた鷹が支えた。
日本中全ての作家は、稲松が登場する小説を書き出した。
魔法が解けてしまう前に 稲松は東京の夜を 飛んだ

文字数:1200

内容に関するアピール

世界中の鷹匠の女へ、捧げる。

自分の夢が何だったのかを思い出せなくなったあなたへ、も捧げる。

作中に実在のモデルは存在しません。

文字数:62

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鷹匠の女 歌謡音楽劇大全

 

  1. 12月22日夜新宿、雑居ビルの屋上

鷹の吉澤ひとみは羽ばたきをせず、新宿の夜空の上、五色に輝くネオンの中を滑る。

吉澤 「歌謡曲が死にかけている」 わたしが道徳の時間に教室の演壇から胸を張ってそう発表したとき。誰の胸にも、この言葉は届かなかった。それはクラスの誰も歌謡曲なんて興味が無かったし、それが事実だったからだ。そして、ゆっくりと確実に、誰もが知らない場所で歌謡曲は死にかけていた。
「ロックン・ロールは死んだ」 そうジョニー・ロットンが叫んだとき。世界中の若者の胸が騒いだ。それは誰もがロックン・ロールを愛していたからだ。事実、ロックン・ロールは今でも元気に踊り続けているし、これからも死ぬ様相は全く無い。ロックン・ロールは地球の横でずっと一緒に回り続けるだろう。
「歌謡曲は死にかけている」 それならば、誰が殺したのか。それについては多くの人たちが犯人捜しをしたが、結局のところ真犯人なんていなかった。歌謡曲はアフリカ象がそっと気づかれずに群れから離れて消えていくように、われわれの前からいなくなった。
鷹の吉澤はパチンと爪を鳴らした。
しかし私、吉澤ひとみは、東京で象の死に場所を探しだした。そして、象の顔を撫で、静かに上下する彼のお腹に手をあて、まだ生きている歌謡曲の歌を聴き、物語を聞き出した。死にかけたアフリカ象が語ってくれた歌謡曲の物語のいくつかを皆さんに語ろうと思う。最初のひとつはこんな話だ。

(全登場人物によるスローなコーラス)〽 oh baby 象が語った どこにでもいる男の物語 

象は語った 歌謡曲が死んだのは この国から夢と希望が消えたからだと
鷹匠の女は鷹を飼う でも本当は鷹が女を操っている
鷹の名は吉澤ひとみ
鷹の吉澤ひとみが目指すのは 夢と希望が溢れた土地
oh baby 今夜の魔法が解けてしまう前に 
oh baby 彼らはこの夜を 飛ぶしかなかった
oh baby あなたのキスで 今夜だけ 
oh baby 今夜だけ 生き延びさせて       「鷹匠の女のテーマ」:今野明広

新宿の高層ビル屋上。異業種交流サロンに、様々な職種の人達が白服の箕輪を中心に輪になってグラスを手に談笑しあい、また時に音楽が流れ歌い踊る。物語の主人公今野は、箕輪に話しかけられる。

箕輪 今野さん。わたしたちに最も大切な夢。その夢のたったひとつやふたつが、語れない?今野さんが初めてだよ。このサロンにやってきてさ、おしゃれサンドイッチ食べてさ。おしゃれサラダもおしゃれパフェも食べてさ、夢が語れないなんてあるかな?
今野 本当にすいません。次回までには、何とか絞り出してきます。ぼくらしい夢ってやつを。ぎゅうっと。ね。
今野と箕輪 〽 夢を抱えて生きる箕輪 夢を持てずに生きてしまっている今野 ああ
夢を抱えきれない箕輪 夢に触れたことが無い今野 ああ
そんな男の約束を 女は信じた ああ
夜も今野を信じた ああ 女と男と夜のため息 ああ 「今野のため息」:今野明広

屋上の中央に、鷹匠の女が進む。その腕を目がけて鷹の吉澤さんが舞い降りてくる。
今野 
生まれて初めて鷹匠さんを見ました。うわ、すごい。うわ、鷹。握手してください。いや。あなたじゃなく、鷹の方です。
鷹匠 彼女の爪は素手で触れませんよ?こちらの青色の彼女がわたしのご主人。吉澤さまです。
今野 
あ。吉澤さん、はじめましてです。なんて優雅。で凜々しい青色といったら。あれ、吉澤さんの背に何か止まっていますね。虫?人形か?
鷹匠 いや、これはね。ちょっとね。よく気づきましたね。
鷹匠の女は鷹の背に乗っていた人形のように見える物をそっとつまみ、力を入れて握り潰す。
今野 あ、握りつぶした!え?何か流れてるよ。それ、血じゃない?
鷹匠 吉澤さまは、こうやって獲物を見つけて、わたしに渡してくれるのです。
吉澤(鷹)   クッククック 
鷹匠の女は握りつぶした手の平を今野の白いダッフルコートにつけると、赤い手形がつく。
鷹匠  〽 ようこそここへ クッククック わたしの青い鳥
恋をした心にとまります そよ風吹いて クッククック
鷹匠 吉澤さまが、また新しい獲物を見つけたようです。
吉澤   クッククック
鷹匠は拳の上に乗った吉澤を素早い羽合わせの動きで前に出すと、吉澤は再び高く飛び上がった。
今野  鷹は。。いや、吉澤さんはどのくらいの時間で戻ってくるのですか?
鷹匠 今回、吉澤さまは夢と希望の地へ行くようなので。時間かかるよお。いつ戻るだろうね。
今野と鷹匠と箕輪 〽 便りがとどけられ 誰よりもしあわせ感じます
どうぞ行かないで このままずっと わたしのこの胸で
しあわせ歌っていてね クック クック クッククック 青い鳥 「わたしの青い鳥」:阿久悠 

フィギュア作家の男、型造が隣に来る。
型造 おれは、子どもの頃にさ。夢を授けてもらったから。だからな。今は好きだった人形作りを仕事にできてるんだ。
型造、ひとつかみのフィギュアを今野の上着のポケットへ押し込む。
今野 いったい誰に夢なんか、分けて貰えたんですか。
型造 ほら、昔はクリスマスにやって来ただろ。赤い服を着た、太って無駄に白い髭をはやした爺さんが。
今野 橇に乗ってる人ですね。
型造 そうなのか。おれは橇は見たことがないな。サンタがクリスマスに配るだろう。そのサンタからもらったんだ。おれの夢って書いてある贈り物を。
今野 いやいや。サンタなんていないから。一度も目の前に現われなかったし、ぼくは自分で触れる物しか信じないんだ。
型造 まあね、最近はいいサンタは見かけなくなった。悪いサンタが増えたからな。子どもがいる家へ行って、靴下の中には遠い国の子ども達が働く工場で大量生産された玩具を入れるだろ。な。その代わりに、子ども達が寝ている間に体から子どもの夢を抜き取ってるんだぜ。サンタの大きな布袋には盗んだ子どもたちの夢だけが一杯に詰まってるんだ。
型造はさらに両手いっぱいのフィギュアを今野のズボンの左右のポケットに押し込む。今野は体をよじらせながらも、無抵抗に受け入れる。
今野 サンタはそんな子どもの夢を何に使ってるわけ?これ、局部にあたってチクチクする。ああっ。
型造 今野さんよ。サンタに会いに行けば、なにもわかるよ。
箕輪 きみが願えば、必ずサンタに会えるよ。
鷹匠 サンタに会いに行くのよ。
交流会に参加している皆が一斉に踊る そして歌う。

 〽 願えば夢はきっとかなう。サンタに会いに行こう。
今野は願う。きっと、サンタに会える。

今野は腰を振る度にフィギュアが局部に当たって痛がる。
今野 ちょっと待って。そこ、いい年した大人がさ。それ、そんなに大切なことかな。あ、局部がいたい。人生で大切な願い事は誰もがひとつだけ叶えることができるって、箕輪さん編集「人生の勝算」に書いてあったよ。ぼくのあそこ。ああチクチクする。だから、家に帰ってよく検討させてください。
鷹匠 なんでそんなにクネクネするわけ?
今野 ちんちんにフィギュアが当たるんだよ。
鷹匠 とればいいじゃない。
鷹匠は今野の体に正面から密接し、今野の顔をみながら両ポケットに手を入れてフィギュアを取り出す。
今野 あっ、やめて。
型造 おい。やめろよ。
今野 そうだよ。あっん。いやあ。
型造 おれのフィギュアをめちゃくちゃに握るな。
今野 そっち?
鷹匠はフィギュアを桌子の上にばらまく。箕輪が、その50体ほどのフィギュアを丁寧に並べる。
鷹匠 そうやってきれいに並べると、なんだか生きているようですね。
型造 おれが造ったフィギュアは命があるんだ。
箕輪によってガラスの桌子の上に7×7の正方形にフィギュアは並べられた。
今野と鷹匠と型造と箕輪に他の参加者の吟遊詩人、ガバティ選手、セールスマン、ポールダンサー、占い師らが踊り、歌う。

 〽 So this is Xmas And what have you done
Another year over And a new one just begun
And so this is Xmas I hope you have fun    「Happy Xmas」:John Lennon
箕輪が踊りの動きを止める。
箕輪 あれ。真ん中のフィギュアが消えている。
鷹匠 たしかに、音楽が鳴って、きちんと踊り出す前は7×7がきちんと並んでいたのに。
今野 倒れてどこかへ転がったんじゃない?
型造 真ん中のひとつだけが転がるなんて、ありえないだろ。ここにあったのは、そうそう。ヘラジカ。ヘラジカが足りない。どこ行った?
今野がガラス桌子中央のフィギュアが無くなった場所へ顔を近づけると、ガラスの15cm程下に板がある。その板の上にヘラジカのフィギュアが置かれている。
今野 あれ?あれ、吉澤さんの羽の音が聞こえる。
鷹匠 え、どこ?吉澤さまは飛び立つ時しか羽ばたかないんだよ。
踊っていた者達が夜空を見上げる。音楽とともにパタパタという音が次第に大きくなり、皆は上を向いたまま音が来る方を探している。
今野は屈んでガラス桌子の下に出来た隙間を見つめる。ヘラジカのフィギュアを掴もうとすると、体ごとガラスと板の間に入ってしまう。
今野 あれま。体が小さくなっちゃった。
ヘラジカ いや、驚くことはない。おれの体が3メートルあるからな。
今野 いや、きみは。トナカイ?
ヘラジカ ヘラジカだ、全然違うだろ。君が来るのを待ってた。一緒に動物の森へ来てくれないか。
今野 え?ぼくは確か。まずサンタクロースを探しに行かなくちゃいけないんだ。
ヘラジカ 君に来て欲しいのは、おれの彼女、トナカイを親に紹介しに行くのに付き合ってほしいんだ。
今野 たしかに、サンタに近づいている気はする。
ヘラジカ よし行こう。
今野はヘラジカの後を追ってどこかへ消える。
屋上では、プロペラの音が大きくなり、真上に垂直離着陸機が浮いている。機体からサーチライトが照らされ、機体の底部からは懸垂下降でロープを伝わり軍服の女性が降りてくる。
軍服の女 今野はここにいるか?
箕輪 あの、どこにでもいる感じの今野明広ですか?
軍服の女 そうだ。
型造 ヘラジカのフィギュアを探してたけど。いないなあ。
軍服の女、上空で待機していた機体へ手で信号を送りロープを下ろさせる。
軍服の女 了解した。こちら、吉澤。無事、次のステージへ進行中、オーバー。

〽 And so this is Xmas (war is over)
And what have we done (if you want it)
Another year over (war is over)

軍服の女、ロープにつかまり垂直離着陸機へ登っていく。機体からは無誘導爆弾が落下され、ビルは瞬時に崩壊する。
ビルの瓦礫は地底に吸い込まれる。そこから緑が生え、瞬く間に森となる。

War is over, if you want it 
War is over now Happy Xmas 「Happy Xmas」:John Lennon

2.12月23日昼、新宿 動物の森
鷹の吉澤は、新宿の冬空の下、雑居ビルの間を滑り森の上を旋回している

吉澤  新宿二丁目のラブホテルの「同性利用可」と書かれている看板に、「夢を持って生きればつまずくことはありません」という紙が貼られていた。ホテルからため息をついて出てきた少年は、張り紙を見て新宿を出ようと伊勢丹に向かった。
そのラブホテル隣の産婦人科の看板にも同じ紙が貼られていた。産婦人科からため息をついて出てきた少女は、その張り紙を見て新宿を出ようと伊勢丹に向かった。その夜に雨が降ると「夢を持って生きればつまずくことはありません」という張り紙は剥がれて落ちた。少年と少女は伊勢丹の屋上でほんの瞬間すれ違った。
(コーラス)〽  oh baby 今夜の魔法が解けてしまう前に
oh baby 彼らはこの夜を 飛ぶしかなかった
oh baby あなたのキスで 今夜だけ 
oh baby 今夜だけ 生き延びさせて              「鷹匠の女のテーマ」:今野明広
森を歩いている今野とヘラジカは、湖の畔でドングリを食べているヘラジカの恋人と会い、ヘラジカ、トナカイ親族交流会の席につく。恋人のヘラジカとトナカイ双方の親、親族友人らが集まり音楽に合わせて踊っている
ヘラジカ♂ こっちはおれの恋人だ。こっちは今野さん。
ヘラジカ父、母 はじめまして。トナカイさん、今野さん
トナカイ父、母 はじめまして。ヘラジカさん、今野さん
今野 え?はじめてなの?今まで、みなさん会ったことなかったの?
ヘラジカ♂ ヘラジカとトナカイは完全に別の種なのに、似たものと勘違いされてるからな。お互いのことを無視するんだよ。人間でもそういうことってあるだろ。
今野 そうかな。きみたちは、写真で見るとよく似てるけど、ヘラジカは大きさがトナカイの三倍くらいあるんですね。へー、へー。
ヘラジカとトナカイの親たちは今野のことを睨みつけるが、双方とも話そうとはせずに、ただ沈黙し睨み合っている。
トナカイ父 なんでここに、人間を連れて来るんだ。
ヘラジカ父 まあいいじゃないですか。人間にわれわれが、どう違うのかはっきりわかってもらうためにも。
トナカイ♀ せっかくだから、自己紹介していくのはどうかな。
トナカイ父母とヘラジカ父母 ・・・・・・
ヘラジカ♂ 今はだれも恥ずかしがって自己紹介したがらないから、今野さん自己紹介してよ
今野 なんでぼくがっ?ま。そうですね。えっと、人間のです。独身。好きな食べ物は生魚とあんこ系の暖かくて甘い菓子です。そういえば、夢を何も持ったことがないです。つまらない男だとさっきも言われました。
ヘラジカ父 いや、今野さんそれはいいことだよ。ヘラジカ族はクソな夢なんか誰も持たないね。
トナカイ母 トナカイ族だって夢なんか持たないわ。人間がそんなのを持つから地球は滅びていくのよ。
ヘラジカ父 気が合いましたね。
次第ににこやかに杯を交わし合うトナカイ族とヘラジカ族と今野。
恋人のトナカイとヘラジカがマイクを持って歌い出すと、他の親族らは二匹を囲んで円になって踊る
〽 もしも あなたと逢えずにいたら わたしは何を してたでしょうか
平凡だけど 誰かを愛し 普通の暮らし してたでしょうか
時の流れに 身をまかせ あなたの色に 染められ
一度の人生それさえ 捨てることもかまわない       「時の流れに身をまかせ」:荒木とよひさ

ヘラジカ♀の人形師が踊りながら近づき、今野の両手を握る。
人形師 今野さん初めまして。うほお。わたしは生の人間を初めて見ましたぜ。わたしは木をツノで削って人形を掘っておるんだ。ねえ、ほらほら。見てくださいよ。ほいほい。
人形師は、鞄から木彫りの人形を今野に見せる。比較的よく造られた人形に今野は感心するが、どの人形も苦しそうな顔をし、体の一部が欠けている。
今野 よく出来ているけど。個性的な人形ですね。
人形師 だってね。死んでいる人間しか見たことがなかったんですよ。でも、今。生きている人間を初めて見たので。これからは、生きた人間を彫れます。よね。やったぜ。もう、これは全部今野さんに差し上げますぜ。
人形師は今野のポケットに人形を詰め込む。今野は腰をくねらす。そしてまた踊りの輪に入る。そして人形が局部に当たり痛がる。が両手をあげて踊り続ける。

もしも あなたに嫌われたなら 明日という日 失くしてしまうわ
約束なんか いらないけれど 想い出だけじゃ 生きてゆけない
時の流れに 身をまかせ あなたの胸に より添い
綺麗になれたそれだけで いのちさえもいらないわ    「時の流れに身をまかせ」:荒木とよひさ

今野の近くにヘラジカ♂が寄ってくる。
今野 トナカイ族とヘラジカ族が仲良くなれてよかったですね。
ヘラジカ♂ みんな今野さんのおかげです。
今野 いやいや、そんなことはないですけどね。全然全然。でも、ヘラジカさん、恋人のトナカイさんの3倍くらい大きいですよね。あれ?これって交尾の時に困らないの?
ヘラジカ父、母 ちょっと、おまえ。失礼な人間だな。ヘラジカ族に対してそんなこと言うなんて。
トナカイ父、母 失礼なのはこっちにだろ。おいそこの人間。トナカイのキュートな小柄ぶりを笑うのか!
トナカイの父母は今野に対して角を出して詰め寄るが、ヘラジカの父母はそのトナカイを角で突き飛ばす。
ヘラジカ父 トナカイは本当にちび野郎だろ。
それを見ていたトナカイの親族たちはヘ近くのヘラジカへ角で攻撃をする。トナカイ族とヘラジカ族が土煙をたてて争い始める。
体格的に有利なヘラジカが圧倒的に優位に立ち、多くのトナカイは傷つき倒れていく。
傷ついたトナカイたち 私のどこがいけないの それともあの人が変わったの
 残されてしまったの 雨降る町に 悲しみの眼の中を あの人が逃げる
 あなたならどうする あなたならどうする
 泣くの歩くの 死んじゃうの あなたなら あなたなら         「あなたならどうする」:なかにし礼

トナカイたちの体が横たわる動物の森へ迷彩色のオフロードバイクに乗り、ゴーグルを付け赤服を着た女サンタロースがやってくる。ヘラジカに向けてガスショットを数発放つと、ヘラジカたちは逃げ去っていく。

逃げさるヘラジカたち 〽 これっきり これっきり もうこれっきりですか 
街の灯りが映し出す あなたの中の見知らぬ人 私は少し遅れながらあなたの後 歩いていました
これっきり これっきり もうこれっきりですか これっきり これっきり 「横須賀ストーリー」:阿木燿子
サンタ ヘラジカどもめ。おれの可愛いトナカイたちを傷つけるとは許せん。
傷ついたトナカイたち 〽 ありがとう ありがとう サンタさん いつもありがとう 夢を配るサンタさん
サンタクロースが傷ついたトナカイたちに向けて手をかざすと、トナカイたちは立ち上がる
傷ついたトナカイたち 〽 サンタはやってくる わたしたちが傷ついた時 わたしたちが倒れた時
 あなたは争いの場にやってくる でもいつも争いが終わってから サンタはようやくやってくる 「あなたはやってくるけど、いつもちょっと遅い」:今野明広
立ち上がったトナカイは、サンタを歓迎するわけでもなく踊り出す。今野もその輪に入るが、局部に人形が当たるのを気にしている。トナカイ♂が踊りながら今野に話す。
トナカイ♂ あれは悪いサンタなんだ。子ども達から夢を盗み出している奴だ。
今野 夢を盗み出す?いったいサンタはその盗んだ夢をどうしているんだ?
トナカイ 夢を使って、世界を作るって言ってたよ。あんたにはその意味がわかるかい。
サンタはトナカイ達に自分が受け入れられていないことを察し、またトナカイ♂が今野へサンタの秘密を話されるのを止めさせる。サンタは奇妙に腰をひねる今野を引っ張ってくる。
サンタ きみの踊りいいよ。いけてるよ。
今野 ちんちんにフィギュアが当たるんだよ。
サンタ 取ればいいじゃない。
サンタは今野の体に正面から密接し、今野の顔をみながら両ポケットに手を入れてフィギュアを取り出す。
今野 あっ、やめて。
人形師 おい。やめろよ。
今野 そうだよ。あっん。いやあ。
人形師 おれの人形をめちゃくちゃに触るな。
今野 またそっち?
サンタは人形を桌子の上にばらまく。トナカイ父が、その50体ほどの死体の人形を丁寧に並べる。
サンタ そうやってきれいに並べると、本当の人間の死体みたいですね。
人形師 わたしの造った人形は全部本当の死体を見ながら彫った。だからさ。そうなんだよねえ。
トナカイ父によってガラスの桌子の上に7×7の正方形にフィギュアは並べられた。
今野とトナカイ♂とその両親にトナカイ族の参加者は踊り、歌う。

 〽 クリスマスがやってきたね(戦争は終わりだ)僕たちはどんなことをしたんだろう(君たちが望めば)
今年ももう終わり(戦争は終わりだ)新しい年が始まるんだ(君たちが望めば)
ハッピー・クリスマス(戦争は終わりだ)きみが楽しんでるといいな(君たちが望めば)  「ハッピークリスマス」:ジョン・レノン
トナカイ父 あれ。真ん中の人形が消えている。
サンタ たしかに、音楽が鳴って、きちんと踊り出す前は7×7がきちんと並んでいたな。
今野 倒れてどこかへ転がったんじゃない?
人形師 真ん中のひとつだけが転がるなんて。無理無理。ありえないだよ?ここにあったのは、ほらあれだって。飛び降りしてぺしゃんこになった人間。どこ行った?
今野がガラス桌子中央のフィギュアが無くなった場所へ顔を近づけると、ガラスの15cm程下に板がある。その板の上にぺしゃんこになった人形が置かれている。
今野 あれ?あれ、鷹が飛ぶ音が聞こえる。
サンタ え?どこ、どこよ?おれ、鷹を作った覚えはないけどな。鷹はいないだろ。
踊っていたトナカイ族はみな上空を見上げる。音楽とともにパタパタという音が次第に大きくなり、皆は上を向いたまま音が来る方を探している。
今野は屈んでガラス桌子の下に出来た隙間を見つめる。人形を掴もうとすると、体ごとガラスと板の間に入ってしまう。
今野 あれま。体が小さくなっちゃった。これ、ぼくの死体かな。
死体 いや、驚くことはないさ。動物の森はここから先のサンタが作った世界の入り口だ。ただ、サンタの世界でのことなんだ。ぼくはここにいるから、ちょっと先を見に行ってくれないか。
今野 了解したよ。
今野は自分の顔をした死体を大きく避けるようにして、その先へ進んだ。
屋上では、プロペラの音が大きくなり、真上に垂直離着陸機が浮いている。機体からサーチライトが照らされ、機体の底部からは懸垂下降でロープを伝わり軍服の女性が降りてくる。
軍服の女 今野はここにいるか?
トナカイ♂ あの、どこにでもいる感じの今野明広ですか?
軍服の女 そうだ。
人形師 一体少なくなった人形を探してたけど。いないなあ。
軍服の女、上空で待機していた機体へ手で信号を送りロープを下ろさせる。
軍服の女 了解した。こちら、吉澤。無事、次のステージへ進行中、オーバー。

メリー クリスマス いい年になるよう祈ろう
恐怖のない世界になるように 争いは終わるよ みんなが望みさえすれば
争いはいま終わるんだ ハッピー クリスマス メリー クリスマス
  「ハッピークリスマス」:ジョン・レノン

軍服の女、ロープにつかまり垂直離着陸機へ登っていく。機体からは無誘導爆弾が落下され、新宿に出来た動物の森は瞬時に崩壊する。崩れた雑居ビルが地下から浮かび上がる。爆弾震源地中央には大きなクリスマスツリーが、冬の早い夕陽が差す中、五色に輝きはじめる。

夢の 夢の 夢の続きが あるのなら 何処かへ 何処かへ 連れてって
そんな倖せ 落ちてれば 落ちてれば 生れ変って 薄化粧
泣くな新宿 泣くな新宿 新宿なみだ町 「新宿なみだ町」:荒木とよひさ

3.12月23日 夜新宿 戦場
鷹の吉澤は新宿の冬空の下、爆弾で崩壊した雑居ビルの間を滑り、五色に輝くクリスマスツリーの回りを旋回している。

吉澤 サンタクロースが作った街、新宿二丁目は戦場だった。
少年は2丁目に住み、2丁目に灯が落ちると仕事を始めた。戦争が激しくなっても少年を買う男は尽きなかった。その日も少年は夕方のアニメ「はなかっぱ」の再放送を見始めた時、ドアを叩く音がした。
樅の木の救済の灯りが暗闇を照らすとき、街中が人々の肉を燃やしながら炎に包まれても、君の見ていた夢が全て消滅したとしても、君の死が全ての終わりではない。それだけは覚えておいてほしい。きみ。君の死は全ての終わりではないんだ。

〽恋は私の恋は 空を染めて燃えたよ
夜明けのコーヒー ふたりで飲もうと
あの人が云った 恋の季節よ

恋の季節よ 恋の季節よ ルルルル・・・・  「恋の季節」:岩谷時子

少年がようやく目を覚ましたところで、赤十字の腕章をした今野が物資の提供を求めて尋ねてきた。この男に買われたこともあったかもしれないが、少年はよく思い出せない。家に他人に差し出す金も食べ物はないと追い返そうとすると、服や毛布が無いかと言う。

「服が裂けた負傷者が山積みなんだ。少しでも雪の冷たさを覆ってやる物をくれないか」
少年は頬に手をあて、髭が伸びていないことを確認してから、奥の部屋から新品の枕と毛布を差し出した。
「一度も使っていない、新品じゃないか」
「いいよ。自分のはあるんだ。恋人は、もうここへ来れなくなったんだ」
「戦場へ行ったのか」
「ああ」
「気の毒だったな。戦争が終われば、できるだけ返すよ」
「この戦争って終わるのか」
「どうかな」
「あんたと前に会ったかな?」
「どうかな」男は少年の狭い部屋を見回した。「やっぱり、これは置いておくよ」
「いいから、持って行ってくれ」

少年は今野へ大きな枕と白い毛布を押しつけるようにして、手渡した。ヘルメットのツバを持って軽く会釈した今野が着る野戦服の第一ボタンが取れかかっていることにも気がついた。

今野がその傾いた雑居ビル全戸を廻っても手に入れられたのは、その少年から受け取った枕と毛布だけだった。野外救護所に向かう途中も、敵の砲撃を受け、ビルは崩れていった。あちこちで火の手があがり、それが行く手を照らす灯りになった。

救護所に負傷者は溢れていたが、彼らを助ける物も人もそこには足りていなかった。今野もまた、誰かここに新しい要員が一人増えれば、すぐに前線へ向かわなければならなかった。包帯を洗い、負傷者の体を拭いていると、枕と毛布を提供した少年がやってきた。少年は豊和工業の銃を持った男達に連れてこられ、無理矢理に赤十字の腕章を付けさせられていた。

「わかったよ。傷を消毒して、包帯巻いて、できるだけ服や毛布で覆ってやればいいんだろ」少年はぶっきらぼうに言った。

今野が銃とリュックを抱えて、銃撃音の激しい戦場へ向かうのを少年は目の端で捉えた。映画「地獄の黙示録」は映像効果のためだけに不必要に発煙筒を使ってるのだと思ったが、ここ新宿二丁目の景色もまさしくその通りだった。敵方も味方も夜を色鮮やかにすることへは特別に執着しているのが見て取れた。

街の至る所で炎と各色の発煙筒が煙を出している。店のネオンと街路にはクリスマスの電飾が飾られている。爆撃によって地面に落ちたネオンの看板も電飾も、なぜか光り輝くのを止めていなかった。

敵のサンタが持つ99式自走155mm榴弾砲の激しい砲撃が始まり、真っ赤な信号弾が新宿の夜空を染める。味方の155mm榴弾砲も激しく応戦を始め、新宿の夜を震えさせた。

暫くすると味方が「看護兵、看護兵」と叫びながら、担架で大勢負傷兵を連れて来始めた。また次第に担架もなくなり、重傷兵が仲間に背負われてやってくるようになった。医者も看護婦も手が空かずに、実際は簡易テントの前に寝かされたまま長い列になっていた。文句を言う者は誰もいなかった。彼らには苦痛の声をあげる力すら残っていないようだった。

少年は、看護師の指示に従い、負傷して戻ってくる男や女の軍服を脱がせ体を拭いた。また消毒をし見よう見まねで包帯を巻いているところに、体の大部分を損傷した男が運び込まれた。少年にはそれはトラックに轢かれた猫の死体のようにペシャンコに見えた。

看護師は、その男には消毒も毛布も必要ないと言ったが、少年は見覚えがあったヘルメットを上向かせた。それから男のシャツの第一ボタンが外れそうになっていることを見つけ、ため息をついた。負傷兵用の寝具や服が積まれている一番上に少年が差し出した大きな枕と白い毛布が乗っていた。少年は枕と毛布を手にし、それをきつく胸の前で抱きしめたところでも、またため息をついた。

今野のペシャンコになった体から服を脱がせるのは諦め、男の頭を持ち上げ枕を敷いた。大きな白い枕に男の半分薄くなった頭はあまり沈まず、開いたままの目も口も閉じてやることは出来なかった。その上に白い毛布を掛けてやると、すぐに今野の体液で毛布は沁みになった。

「おい、その枕と毛布は民間人に借りた奴だぞ。不要な男の死体に使うな」
「うるさい。これはぼくの毛布なんだ」

少年は、自分でもわけがわからず涙があふれてきた。

「ぼくのなんだぞ」

少年が思い、少年の瞳から涙を出させたのは、今日初めて会った今野の死ではなく、この毛布をかけて一緒に眠りたかった男のことだったが、そんなことは既に死んでしまった今野にはわからなかった。

〽 いつものように 幕が開き 恋の歌うたうわたしに 届いた報らせは 黒いふちどりがありました
あれは三年前 止めるアナタ駅に残し 動き始めた汽車に ひとり飛び乗った
ひなびた町の昼下がり 教会の前にたたずみ 喪服のわたしは 祈る言葉さえ失くしてた

少年が白い毛布を強く握っていると、サンタの一小隊が小型トラックを先頭にして自動小銃を撃ちながら、野外救護所にまで押しかけてきた。武器を持つ者がいない救護所は瞬時に制圧をされてしまう。責任者が救護所を攻撃してくることを懸命に非難するが、容赦なく頭に銃弾を撃たれて倒れた。

「これは、おれの戦争なんだよ」 サンタは銃を夜空に向けて撃ちながら、そう言った。

サンタたちは、気のままに医師、看護師や負傷者を殴り、切り刻み、犯した。

 つたがからまる白い壁 細いかげ長く落として ひとりのわたしは こぼす涙さえ忘れてた
 暗い待合室 話すひともないわたしの 耳に私のうたが 通りすぎてゆく
いつものように幕が開く 降りそそぐライトのその中

それでもわたしは 今日も恋の歌 うたってる   「喝采」:吉田旺

少年のところへ来たサンタは、太って白と黒が混ざった髭と髪をした男だった。少年もサンタの男も売買で何度か関係を持った相手だということがわかり合った。

サンタは顔を赤らめ、発情した顔で言った。「なあ。おれのを舐めてくれよ」

サンタの男はそう言って、弾薬やファーストエイドキットが入った装備ベストから、ガチャの鷹のフィギュアを取り出した。そして、少年の口の中にフィギュアを押し込んだ。

「そんなに奥まで咥えなくていいのによ」

男は口の中にフィギュアを咥えた少年の頬を殴った。少年はフィギュアを口から出さないでいると、またその頬をサンタが殴り、少年の唇から血がでてくる。数発殴るとサンタは自分の拳に痛みを感じる。

「くそっ。また会おうな」

男は血だらけの少年の唇に唇を会わせて去って行く。少年はよろけて、今野の死体の上に倒れてしまう。口から血とフィギュアと食べたものを今野の毛布の上に吐く。苦しそうにも、自ら全てを吐き出そうとしているかのように、今野の体を覆っていた白い毛布の上は吐瀉物が溢れる。ようやく胃から吐く物が何も無くなり、頭を上げる。吐瀉物の中に鷹のフィギュアが見つからない。手で血と吐瀉物をかき分けて懸命にフィギュアを探すがやはりどこにもフィギュアは見当たらない。

「鷹、どこ行った?」

少年はため息をついて、毛布の上に体を横たえた。

新宿二丁目にある戦場の夜空に、プロペラの音が大きくなる。クリスマスツリーの真上には垂直離着陸機が浮いている。機体からサーチライトが照らされ、機体の底部からは懸垂下降でロープを伝わり軍服の女性が降りてくる。

〽 また逢う日まで逢える時まで あなたは何処にいて何をしてるの
それは知りたくない それはききたくない たがいに気づかい昨日にもどるから
ふたりでドアをしめて ふたりで名前消して その時心は何かを話すだろう
 「また逢う日まで」:阿久悠

軍服の女があたりを見回す。

「こちら、吉澤。辺りに動く者は何もない。オーバー」

軍服の女、吉澤が上空へ合図を送る。クリスマスツリーの周辺に焼夷弾が降り注ぐ。辺り一面が火の海となる。辺り一面が焼き尽くされる。

〽 夜と朝の間に ひとりの私 天使の歌をきいている 死人のように
夜と朝の間に ひとりの私 指を折ってはくりかえす 数はつきない
遠くこだまをひいている 鎖につながれた むく犬よ 
お前も静かに眠れ お前も静かに眠れ 「夜と朝のあいだに」:なかにし礼

4.12月24日 新宿 雑居ビルの地下

鷹の吉澤ひとみは羽ばたきをせず、新宿の冬空の上を滑っている。

吉澤 新宿二丁目の雑居ビルの地下に自殺未遂者らを集めたカウンセリング施設がある。箕輪心療医院という体操立派な看板があったが、わたしたちはみなここを、「自殺サークル」と呼んでいた。八名程度のわたしたち参加者はスーパー銭湯によくある黄色いプラスチックの椅子に輪になって座り、一週間にあった出来事を話しあった。現実は映画やドラマと違い、そうそう毎週劇的なことがあるわけでもなく、泣きながら発表をすることも、猛烈な拍手のあとに泣きながら抱き合うこともない。淡々とした一週間のアルバイトの様子であったり、散歩中にあった他人の飼い犬の小便のことであったり、本当にとりとめの無い話をする。時たま参加者の誰かがお菓子を焼いてきたり親戚から果物を送ってきたりすると、おすそわけと言って皆で黙ってその場で座ったままそれを食べてから黙って解散した。フィギュアを作っている人もいて、自分が作ったフィギュアだと言って時々みんなに配っていた。わたしはそれが500円ガチャで売られている物だと知っていたけど、彼には何も言わずに受け取りたくない素振りをしていると、彼は無理矢理わたしのポケットへフィギュアを押し込んだ。本当はもう一度こんなガチャフィギュアを無理矢理よこすなら、皆の前で「おまえの作ったのじゃないだろう」と怒鳴りつけてやろうと思ったのだけど、それは出来なくなった。彼は今日、12月24日にビルから飛び降りて死んでしまうからだ。12月24日に自殺サークルへ来る人は少ない。わたしとこの太った自称フィギュア作家とあと、どこにでもいる影の薄い今野という男だった。とにかく時間があるので、今野という男はさっきから適当な長い話を続けていた。たぶん、こういう話だった。小学4年生の頃、好きだった女の子の使っていた消しゴムを無くしてしまったのがずっとずっと気になっていたら、その10年後に行ったスーパー銭湯で頭を洗っていると、水の流れ場からその消しゴムが流れてきたっていう、たぶんそんな話だった。

「そうだよな。今野」

「吉澤さん、いつもぼくの話を聞いてないよね」

「そんなことないだろ。今野、お前の話は長くてよくわからないんだよ」

「型造さんは、帰ったの?」

「屋上へ行くって言ってたよ」

「え、何しに?」

「飛び降りるんだって」

「それ。だめなやつじゃん」

今野はビルのエレベータに向かって走ったが、地下のエレベータは動かなかった。一階へ駆け上がると、雑居ビルに入っている中華料理、ガールズバー、焼き肉、エステ、火鍋などの見せに行く客で行列が出来ていた。今野はビルの屋上まで12階分を駆け上った。

型造が柵を乗り越えたところを見つけ、今野は柵を飛び越えると、そのままの勢いでビルから落ちてしまった。

〽あなたはすっかり疲れてしまい 生きてることさえいやだと泣いた
 こわれたピアノで 想い出の唄 片手で弾いては 溜息ついた
時の過ぎゆくままにこの身をまかせ 男と女が ただよいながら
おちて行くのも 幸せだよと 二人冷たい 身体合わせる

おちていく今野の体を鷹の吉澤が背中で受け止めた。

「あれ、ぼくの体こんな小さかった?」

「今野、なにか願いを言え」

「え?」

「鷹に助けられた時に願いを言えば、その願いは必ず叶うっていうだろ」

身体の傷なら 直せるけれど 心の痛手は いやせはしない
小指にくいこむ 指輪を見つめ あなたは昔を 想って泣いた
時の過ぎゆくままにこの身をまかせ 男と女が ただよいながら
もしも二人が愛するならば 窓の景色も変わってゆくだろう

小説家が書くPC画面に、原稿用紙に、吉澤ひとみの名前が溢れる。

時の過ぎゆくままにこの身をまかせ 男と女が ただよいながら
もしも二人が愛するならば 窓の景色も変わってゆくだろう

日本中のあらゆる人が書くPC画面に、原稿に吉澤ひとみという名前が溢れた。

吉澤「応答願います」

 

文字数:14765

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