月は無慈悲に鬼を生む

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梗 概

月は無慈悲に鬼を生む

「また連絡きた」

「また戻っちゃったの?」

困ったような表情で、ポツリとつぶやいた茶見。それを藤木がからかうよう振り向いて笑った。その場で音もなくくるりと宙で回転してみせ、その動きからぬるりと茶見の背後から一緒に画面をのぞき込んだ。

「なあに、つぎは何を縫わされるのかしら」

「も~、つつかないで!たまたま順行してたときで、どっちもでちゃったの」

「水に、木洩れ日…よくよくアタリを考えなきゃね。それにしても時間遡行が下手ねえ」

 茶見は頬を少し膨らませて、怒ったように藤木をにらみつけた。

 

20××年、世界は、クリエイター人口を見誤っていた。

版元は、複数の雑誌を抱えていたが、作り手はそのなかで兼業していた。特に小説とコミックどちらとも受注する者が多い。「ビックネーム」にまでなれば別だが、才能の神様は作品を捻出するのに同じタイミング、ある一定の期間でしか力を与えないようでグランマ・モーゼス現象的に才能が開花したメンバーは、「月」にこもり、創作活動に集中することになっていた。それは世間では一切公開されていない。時間を巻き戻し、漫画を描く時間、小説を書く時間と繰り返すその環境は極秘のものであり、版元は売上を目当てに、作者は持てる限りの自分の才能を開花させるために共犯関係にあったため、その秘密は門外不出、厳密に守られていた。

「月」と呼ばれる仕組みは厳密には、中にいるメンバーにも知らされてはいない。さらには、出版社のなかでもほんの一握りの人間にしか知らされていない、コカ・コーラのレシピのように。時間を操るというのは、神に背く行いのようにも思えるが、作家たちは自分の才能を活かすことへの喜びに、最初に感じた畏怖さえも忘れ、作品作りに没頭するのだった。ただ世界中からも注目される少年雑誌ジャンパーは、出版界でも太陽のような存在で常に面白く、熱い作品をいくつも打ち出している。その利益も計り知れず、この存在なしには文芸作品の生き残りは難しいのだった。実際、茶見のように、純粋に文芸を書いていきたいと思っている者がコミックも担い、皮肉にもそちらのほうが人気を博している事例は有り余るほどだ。

 

茶見にもお構いなしに、藤木は冷蔵庫から牛乳パックを抜き取って、ごくごくと飲む。さきほどまで、がりがりと描き込んでいた原稿は大量にインクを吸い込んでいたが、意外とその手はきれいなまま、すらっと細長い手で牛乳パックを鷲掴みにしているのは、なんだか不釣り合いだった。

「かいてばっかで、ちゃあんと、GENET浴びてないからよ。ここは素敵だけど、体内時計狂うわよ」

「あびてるよ~!大体仕事多すぎるんだよ~!誰かヘルプ~」

「あら、私たちの最大の使命よ。だから時間遡行があるんだし、やりたいことができるように、描いて資金を集める。それができていればずっとここで、書いてられる。五島下みたいにすっかりバランスが崩れちゃうこともあるけどね」

ガタンと音がして扉が開いた。同時に、部屋に倒れ込んできた人影に茶見と藤木は慌ててのぞき込む。

「五島下!大丈夫?」

「列車が…、走ってるの」

虚空を見つめる五島下に、茶味と藤木は自分たちの、そして仲間たちの未来を見たのだった。頬を張られたように、「月」の異常性を認識し、悪徳なビジネスに終止符を打つべく、宗英舎へ立ち向かっていった。

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