喧々窮(けんけんきゅう)して修飾す

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梗 概

喧々窮(けんけんきゅう)して修飾す

源頼政*[主]人間が、一閃、声を荒げると、*[敵ボス] 頭-猿。足-虎。尾-蛇の混合体。生物毎に免疫系が独立に作用し、脳構造が単離しているが牙を向け口からレーザー砲[装備] 紫の可視光を射出する。対して・・・』

深夜、綾子は研究の傍ら、平家物語が元ネタであるゲームの、補機サブルーチンをチマチマと書き上げ実装ていく。
ゲームエンジンが発達した今、ライターの書いたシナリオ自然言語をそのままに実装できる物語機関ナラティブエンジンがついに台頭した。そのため、プログラミング不要で、良い物語スクリプトがそのままゲーム最終成果物となったが、より解像度の高い世界観を構築するためには、ルビヘルパー物語関数で、キャラの生物的特性を詳細に言及する補記が必要だった。

京大の理学部で、思弁生物学を研究している綾子(博士後期)は進化の歴史で”あったかもしれない”可能性について研究している。が、研究仲間からは内容を嘲笑され、民間企業からは冷笑されて、針のムシロ。
食いつなぐため、綾子はバイトとしてルビを書く。とはいえ、趣味で小説を書きながら、空想生物を研究する綾子にとって、正直、天職とも入れる副業だった。
「けど、私がしたかったのはこんな下働きじゃない!」
研究で一山当てたいが、指導教官の功善からは報告会のたびに刺され続ける。そんな折に偶然、大量の計算資源クラウドリソースが手に入った。せっかくだしと、オープンソースの物語機関で、『わたしが考えた最強さいつよのカンブリア爆発前の生物』を自由に実装writingしてみたところ、なんと『物語を育む生物』が誕生した。
綾子はこの架空生物に『デザイノイド』と名付け、そいつらの排泄物ログを自身の小説として公開する。と、評判が上々でちょっとバズった。嬉しい。するとある日、学部時代の因縁の元カレである蒼汰から、連絡が届く。
蒼汰に小説の内容を絶賛されて、綾子はついデザイノイドのことを口走ってしまう。すると蒼汰はそれを使って『メタ』物語機関を作ろうと起業を持ちかけてくる。研究と就職の狭間で揺れるものの、結局、綾子は承諾する。が、蒼汰の目的は、綾子の成果を独り占めして一儲けすることだった。
その事に気付いた綾子は、蒼汰が変わらずクズだったことに怒りを覚え、自分の作った仮想生物達を蒼汰の計算環境に流し込んで負荷をかけ、そのスキにデザイノイド達を壊滅させるが、二匹だけネットの世界に逃がリリースし、オープンソースとして公開することで、蒼汰の目論見を完璧に潰す。
そして、実は、この脱出劇の裏では功善が一役買っていたと後で知る。綾子が恐る恐る礼に訪れると、功善から実は綾子の小説のファンだったとぽそりと告白され、同時に今回の騒動を元に、共著で論文を出そうと提案してくる。そのツンデレぶりに、すっかり良い気になった綾子は快諾するが、後日書き上げた論文自信作に、功善の手によって真っ赤に添削ルビが入れられているのを見て、がっくしと意気消沈するのだった。

文字数:1278

内容に関するアピール

件名「ご依頼の梗概について」

稲松様、お久しぶりのご依頼、誠にありがとうございます。

『一般読者にもわかりやすく』けど『ハードなSF要素をいれる』ために、京都を舞台に承認欲求不満の理系女子が、クズの元カレに対して、ツンデレ教授と一緒に対決する改善懲悪ものという、大筋自体はわかりやすくし、同時に、細かいサイエンスネタをルビに詰め込んで、興味ある方にはゆっくりと読んでもらえるような構成にしました。
また、雑誌掲載においては、老練な作家の皆々様も一同に会すると思いますので、わたしのような若輩が少しでも目立つよう、ページをパラパラと捲る際に、ぱっと見での驚きで、少しでも目に留めてもらえるようにとの工夫でもあります。

以上の内容で、どうぞご検討いただけますと幸いでございます。

長谷川

# 参考文献
武村政春. ろくろ首の首はなぜ伸びるのか遊ぶ生物学への招待

文字数:369

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喧々窮(けんけんきゅう)して修飾す

源頼政*[主]人間が、一閃、声を荒げると、*[敵ボス] 頭-猿。足-虎。尾-蛇の混合体。生物毎に免疫系が独立に作用して、脳構造が単離しているが牙を向け口からレーザー砲[装備] 紫の可視光を射出する。対して・・・』

深夜2時、京都の左京区大原にある温泉宿で、私は受託したゲームスクリプトの細かいところの実装をしていくルビを書く。最初に送られてきた依頼内容の概要によると、どうやら平家物語をベースとした、妖怪退治が魅力のRPGゲームとのこと。
「うーむ。この鵺の、ビームのあたりを描画をちゃんとしないと、コンパイルしたとき微妙に雰囲気がでないかも」
布団に包まりセコセコと大筋がすでに実装されたスクリプトに補機ルビを自分の知識をフル活用して打ち込んでいく。傍から見るとブツブツ怪しげな単語を放出するヤバイやつだが、今居るのは一人部屋なので無問題ダイジョーブ。研究合宿に参加してるメンツで女性は私しかいないので、この8畳一間の和室があてがわれのだ。このときだけは理学部が実質、男子大であることに圧倒的感謝。なにせ、ちょうど研究合宿と、懇意にしているゲーム会社から頼まれていた依頼が重なってしまったのだから。
ちょっと離れた宴会部屋兼男子の雑魚寝部屋からは、男共の声がまだ響いてきている。若手理学徒と先生方の喧々諤々の議論が行われていたのは最初だけで、すぐに酔いが回ってみんな中坊のようなバカ話やサブカルネタで盛り上がっていた。ので、そそくさと逃げ出してきた。二日にかけて行われる他大学との毎年恒例の勉強会、今年は京都側うちが幹事だったので、今いる場所も私の家からそう遠くもないのだが、せっかくお部屋がご用意されているようなので、移動時間ももったないし、こうやって早々に戦線離脱して、喧騒を離れ布団のなかでぬくぬくと内職しているわけだ。

ゲームの中で物理法則を再現する『物理エンジン』や”木に火を放つと、燃える”といったオブジェクト同士の相互作用を自動的に処理する『化学エンジン』など、目まぐるしくゲームを開発する上での『エンジン』が進化して、それに付和雷同してコンピューティング環境の性能発展も加熱するにつれ、数百人レベルでの開発が主流になってきていたのが少し前。アイデアベースでチマチマ個人でのゲームを作る時代は終わったとちょっとの昔までは思われていたが、その開発コストのインフレを打ち止めにしたのが、『物語ナラティブエンジン』だ。自然言語処理NLPやら敵対的生成ネットワークGANやらと、それを実行する計算ユニットGPUが発達して、どんな言葉でも、とりあえずシナリオだけを書いて実行すれば、よしなにモーション、エフェクト、キャラクタのイメージ、などなどが付与される。昔は大規模開発が当たり前だったらしいゲーム業界も、今ではテキストだけを物語エンジンに突っ込めば、それなりに動くモノとして出力されるのだ。要は、自然言語でのプログラミングが可能になった今、人件費の大部分を締めていたエンジニアがお払い箱になったということだ。
とはいえ、テキストからどんな世界が実際に立ち上がるかが、常に思い通りとは限らない。どうしても文字ベースのほうが抽象度は高くなりがちなので、イメージとの『ズレ』が起きるのはままある。
その歪を緩衝するための下働きがこのお仕事だ。メインのライターが仕立てたストーリーに沿って、ルビで補機サブルーチンを書く、大抵の物語エンジンにはブリタニカ百科事典、理科年表、Wikiなどがデフォでインストールされているため、それなりに正しい(っぽく見える)知識をキャラクタや重要なモーションに補機ルビとしてくっつけると、コンパイルしたあとに、割と良い感じになることが多いのだ。漫画で言うならば、背景を書くアシスタントのようなものだろうか、しらんけど。
理系の研究をしていると、「社会で何の役に立つの?」とかの(帰省すると親戚から特に)揶揄によく晒される。私の専門とする『思弁生物学』なんて、その筆頭とも言えるのだが、何処で何が役立つかわからないもので、この仕事は私の専門にジャストフィットした。最初は貧乏院生のご多分に漏れず、生活費稼ぎではじめたが、これが滅法楽しく、京都の出町柳あたりにある開発会社からも結構頼りにされてきた。「で、エビデンスは?」とか突っ込まれずに好きなようにガンガン書いて、それで人の役に立つ、そしてお金がもらえる!こんな経験は研究でもできないし、なんなら趣味で書いてる小説でも味わえない。正直天職だと思う。
「でも、いつまでもこんな下働きはなー」
また独り言が声に出る。このぬるま湯のような仕事は勿論気に入ってるが、ぶっちゃけずっとやっていけるような仕事ではない。技術の発展と発展の窪地に偶然できた空白ニッチ、物語エンジンの発展と共に、徐々に需要は減るだろう。一生食っていけるような仕事ではない。
布団の中で激しく足をバタバタとさせながら、「でも研究もなー」とウニウニと口にする。
修士マスターのMはMadのM、博士ドクターのDはDeadのD、狂化状態バーサクモードで超絶的な血の海レッドオーシャンに飛び込んで、もがきつつも必死に泳ぎ方を覚え、あるかもわからない陸地を求めるのが、研究者のキャリアというもの。その覚悟が修士の終わりぐらいまではできてた気もしなくはないが、とかく最近は淀んで久しい。正直、博士課程も佳境に迫りつつあるこの微妙なタイミングで、正気に戻りたくはなかったな。————現実に目をやると辛くなるので、今の作業に集中しよう。
「これで、いったん動かしてみっかな・・・っと」ある程度まで書き上げたので、文章コードをコンパイルして、湧き上がるグラフィックを確認し、ゲームの世界と生命が勃興する世界を描画していく作業に移る。部分的なスクリプトとは言っても、手元のPCだとレンダリングに時間がかかりすぎるので、委託された会社で借りてるクラウド環境につなぎ、試しの実行をしてみる。
デフォルトのアセットとして用意されている、猿、狸、虎、そして蛇のをダウンロードしてきて、対応するルビの部分と紐付けする。別々の動物アセット同士では、非互換性からレゴのようにくっつけて、「はい、異種混合体キメラ」というわけにはいかない。その部分をなんとかするため、今回は『免疫系が独立』とルビをふり、更に、サイドメニューから別のヘルパー物語関数を呼び出して『免疫系が独立身体の胴体である狸の部分が免疫寛容をもち、狸の細胞が他の動物の主要組織適合抗原複合体を不活性化する』と補機に補機を重ねがけする。
ガワだけでよいモブの場合はここまではしないが、今回はリアルなオープンワールドでの戦闘ゲームなので、鵺がダメージを受けた際の内部構造とか、死にかけのときの挙動とかもちゃんと表したい。ので、進化シミュレーションに従って、このあたりの体内システムについてはちゃんと補強した。
下処理が終わって、実行に移すと、画面に『鵺』のボディプランが少しずつ形成されていく。そして、良い感じに早期進化シミュレートが開始され、わりと思った通りのベースに仕上がった。
『進化をいちいちさせなくても、最終結果を文字で起こして出力すれええやん』と思うかもしれないが、生物の複雑系とシミュレーションのパターンは、人の理解のキャパを遥かに超える。昆虫の模様から、生態系の安定的なアトラクターまで、極めて複雑なパラメータ最適化はコンピュータによる計算に任せつつ、文字によって抽象度の高い方向づけと自由度の束縛条件を添加させ、クライアントがご満足いただける”かたち”に、ふんわりと着地させたほうが、より上質な作品になるのだ。
そして、テストテスト。平安の街並みを模した世界レイヤーの上にモンスターを配置し、何パターンかの動きを自動で作動させて、おかしな挙動が起きないかチェックチェック。
「いけいけいけいけ」
テストパターンの完了ゲージを祈るように見つめる。このフェイズの作業が一番緊張。失敗した場合は、乱数のシードを変えたり、ルビの一部をもうちょい詳細に描写したりと、いろいろ小手先でなんとかするしかないのだが、面倒いし、面白味のない作業でないので、やはり一発でうまくいってほしい。
そして、祈りの甲斐あってか、完了ゲージが100%になって、『Success!』の文字が画面に輝いた。
「いっ!よっし!」と布団をめくり、拳を高らかにガッツポーズ。これでやっと依頼された全生物の処理がこれにて完了。時計を見るともう4時、気づいたら男子部屋からの馬鹿騒ぎも収まっている。ホントは時間があったら、明日の発表の手直しをするつもりではあったが、もういいや。どうせ功善先生教官もいないし、小言を言われる心配もないだろう、北米に謎の寄生虫を発見するため、出張中の先生が現れることなどないに違いない、いくら神出鬼没のお方でも、流石に。

次の日、朝、研究会の私のターン、眠い。タイトルは『地球生物における進化の連続性とカオス状態における分岐パターンについて』
発表自体はそそくさと15分で終わらせて、すぐに質問タイムに移る。この時間が一番つらい。ちょっとの沈黙が降りたあと、「素人の質問で恐縮ですが」と、よその大学の人がおずおずと手を上げた。
「素人〜」の前口上が当てつけに聞こえる。だって『素人』なのは当たり前だ。だってこの分野を詳細に研究しているのは、今いる部屋の中で恐らく私しかいない、っていうか、京都に限らず関西全域に広げても殆どいないと思う。
「ここでいう再現性っていうのはあくまでドライシミュレーションの結果のことですよね。ウェット生物実験の結果とかでなくて。それって、いったいどれぐらい検証妥当性が担保されているんですか?」
質問内容も極めて陳腐、けど突っつかれると痛いトコ。なので放っておいてくれというお気持ちにもなるが、地蔵と化した聴衆のなかでの唯一の質問はまあ、有難いので無下にもできない。とはいえシンとなるのはいつものことなので、今更なんとも思わんが。
「ああーと、それはですねー、計算の初期状態を—-」
ペラペラと適当なことを捲し立てながら答えつついると、目端で藍色の人影を捉え一瞬ぎょっとする。見間違えであってくれ、と必死に祈りながらもう一度そっと見るが、間違えではない。っていうか間違えようがない。針金細工のような長身、腹痛はらいたを我慢するかのようなしかめっ面。そして、トレードマークの藍色の白衣。どう見ても、私の指導教官、功善である。ヤバヤバヤバヤバ。

私が所属するのは京都の百万遍あたりある大学の院の研究室、この大学のキャンパスは今出川通りと近衛通りを挟んで大きく三つの区画に分かれているが、不思議なことに南にいくほど、明るく元気に満ち満ちている傾向がある。最南端は一回生や二回生の若者が多くハキハキキャピキャピしており。真ん中の観光名所にもなってるクスノキがあるとこは、イケイケサークルに所属する文系の皆々様がウェイウェイしていて、そして最後の北部区画の、さらに最北端にあるのが、私のラボが入ってる寂れた理学棟だ。この辺はいつもシーンとしていて、観光客もほぼいない。ちなみにそのちょっと奥には農学部の家畜小屋、牛とかいる。この最果てで、私は生物の可能性について研究している。
生物の進化についての研究は、昔からワリと深刻なジレンマがあった。端的に言うと、『進化は再現性の担保が難しい』ということだ。大腸菌レベルの次世代への伝達が早ければ、進化実験はできるものの多様性がなく、逆にイルカとか象とかになると、直接参与する実験が難しく観察ぐらいしかできない。結局の所、進化はどんな生物でも百回繰り返しても同じなのか、というのは確かめようが無い命題なのだ。生命の流れのテープはリプレイ不可。が、近似解は導ける。それが、思弁生物学、私の研究分野。ざっくりいうと生命のあり得た『かもしれない』生物の進化について研究している。もし、過去に大絶滅が起きなければ?、もし、オーストラリア大陸が北半球にあったら?そんな反実仮想の世界についての可能性について、生物学は勿論、物理や化学、そして演算によるシミュレートによって理論構築を行っている。特に昨今、計算システムのパフォーマンス向上と共に存在感がやや増してきた分野だ。物語エンジンでのゲーム開発をより実地に基づいて行う学問、とイメージしてもらえればよいかもしれない。無論、あのような嘘生物学と違い、ガッチリ根拠も新規性も求められるけど。
生物の進化は、原子ビットの鬩ぎ合いの合間から、拡散と収斂の合間をスルスル縫って、ひょっこりと顔を出す。かっこよさげに言うならば、思弁生物学は、その偶然と必然を切り分けて、アナザーワールドの可能性を追求する学問だ。だが、まだ研究者自体の数も少なくわりと、というかかなりマイナーな学問、一部からは『Suspicious怪しげな Fauna動物相』、略して『SF』と揶揄られることもしばしば。でも、私はこの学問を探求する楽しさに惹かれ、計算系の学部にもともといたのに、この生物理論物理学計算研究室という理系の学問が悪魔合体したような、どこで区切るかもわからぬ節操のない名前の理学系の研究室に移ってきたのだ。研究室のボスがどんな人かもろくに確認もせずに。

昨日の合宿は自分の発表が終わると、脱兎の如く退散したが、無論一時しのぎしかならなかった。今朝目が覚めると、ボスである功善からメール、もとい出頭命令が届いていた。

===
件名: 昨日の勉強会について
綾子君
昨日は大変興味深い発表、誠にありがとうございました。
是非色々とアドバイスしたいので、朝9時に私の部屋に必ず来ること

追伸:
察せ

功善
===

興味深いけったいな発表、ありがとうございましたええ加減にせいやアドバイスしたいしばいたろか、はい。

「でっ」
功善先生は私が教授室に入るなり、背中越しに強めの語気を飛ばしてきた。手元のディプレイから目を離さないまま、こちらを振り向こうともしない。「昨日のアレ、なんなん?」
「はっはい」と声が裏返りながら、ひとまず返事するが、思考が固まる「アレ、と申しますと・・・」
「アレ、言うたらあの発表しか無いやろ、アレ、あの発表。アレ、昨年の中間発表のプレゼンと全く一緒やったやろ」
「そうみえましたかね?前半部分は割と変えてたんですけど・・・先生は途中からお越しになったから気づかなかったかもですが」一か八かの掛けに出てごまかす。
「いや、ばっちり最初からおったよ。ホントは明日—-だから今日だかに帰る予定やったけど、予定が巻いてたから帰国を先倒しにしたんよ」
ハイ下手を打った!誤魔化しに失敗し、もう私には立つ瀬がない。「ええっそうなんですかー」とか、大袈裟に相槌を打って、必死に場をつなぐ。もはや先生の背中を見つめるのも怖くなって、横の壁ににかけてあるLサイズの白衣に目をそらす。白衣と言っても、その白衣は白くはない。ゴリゴリの京都出身の功善先生の実家は四条丸田町あたりにある何代か続く染物の工房で、だからなのかなんなのか、絞り染めで拵えられた、藍色な幾何模様に染まった白衣を事あるごとに着ている。
最初会った時に、ガンギマリすぎるその格好につい、「すごい格好っすね」と挨拶よりまず先に突っ込んでしまったが、
「海外から来たお客さんに、えろう、評判がええのよ」
とニヤリと破顔わらって返された。けど、今だに私はただ目立ちたいだけじゃないか説を信じている。そんだけ業績があって、その高身長タッパなら、これ以上目立つことも無いだろうに。
脳内空間で昔の記憶をリロードしながら現実逃避をする間に、大勢の沈黙の天使が二人の間を横切っていく。そして最後の一匹が過ぎ去る時が来た。先生はクルリとワーキングチェアを回転させ、私と目が合わせる。イヤだ、逃げたい。
「はーー」っと盛大にため息をついてから、「綾子はん、これからどないすんねん。もうあと二年も残って無いんやで」といけずたっぷりな感じで言ってくる。そう、博士課程もターニングポイントに突っかかった私に、いつまでもこんなぬるま湯モラトリアムは続けてる余裕はない。「ちゃんと将来のキャリアをじーーと見つめても良いんやない」と追い討ちをかけてから、先生は手を前後にぷらぷら振る。「もう去ね」のサインだ。これにて禊の時間は終了。「あ、じゃあ失礼しまーす」と言いつつ、後退り。同時にこの合図を受けた瞬間、頭の中でスイッチがONになる、よっし!合宿の下働きやら、ルビの仕事やらで最近まともに時間取れなかった分だけ、趣味の小説執筆の時間がやっと取れる。やったやった。
と思ったが、最後の最後で、先生が背中越しに鎧袖一触の一言「好きなことで時間使うのもええけど、研究もきばり」えっ、どのこと?どこまでバレてんの?

さて、また私はカコカコと物語をしたためる。と言ってもルビではない。私による私のための、私の小説だ。語るも聞くも恥ずかしげな、とろりと甘い、昭和のみやこが舞台の恋愛小説。
そして、新しい作品を『小説家やろう』にアップ。流れるように趣味用のTwitterアカで<新作書きました!よろしく|д゚)チラッ>と小説ページのリンクとセットでツイート。
我がペンネームは『京の三十路みそじ』半年前の25の誕生日とともアカウントを開設したときに、「いやー私も四捨五入したらアラサーですわ」と調子に乗ってつけた名前だ。しかし、暫く経って気づいた、名は末永く使うもの。今はまだよいが、時間が経つにつれ、このペンネーム、じわじわと自身の首を締めてくるんじゃなかろうか。ま、その時になったらまた考えよう。
すぐにいつも見てくれている@KOBOSHIさんから、応援コメントが来て嬉しくなる。
<いつも小説を拝見しております。本業の方もお忙しいはずなのに更新頻度が高くて嬉しいです>ああー、もう小説家で食って行っちゃおうかなー。
「なーんてなっ」ぼすっとビーズクッションに寝転びながら、そう叫ぶ。・・・いや、わかってる。現実はそんなに甘くないことは完全に理解してる。なぜかって、アラサーだから。
実際のところ、甘くない、どころではない。ばっちりつらい。今の私は所謂『詰み』の状態だ。一応弁明すると、、決して昔からこうだったわけではない。研究だって以前は張り切ってたし、就活も引く手は数多、学部時代には彼氏様もおってイケイケのキャンパスライフだった。が、それも今は昔。最近では、研究もうまくいかず、就活は頓挫、恋愛事もご無沙汰である。立てばマサカリ、歩けばお祈り、座る姿は干物女、つら。私の最後の憩いの場は、名も知らぬ人々との140文字のやりとりの中。
けどどうやら、毎日そうそう悪いことばかりではないらしい。

朝、目が覚めて、いつものようにスマホを布団の中でダラダラと巡回。お気に入りの作家さんと絵師さんを舐めますように見てると、ピコン!とメッセージボックスにメールが届いた通知。反射的に背筋が凍るが、久善先生からでは無いので、まずセーフ。スパムかな?開いてよくよく読むと、英語ではあるが、何かのサービスのプロモっぽい内容。ディスカウントらしい・・・が!その適用される金額に驚いて目が覚め、すぐさまメガネをかけて、自動翻訳機能をONにしてから読み返す。

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件名: ~特別なプロモーションにご招待~
南禅綾子 様

メメントクラウドにご登録の方の中から、10名限定でこのメールをお送りしております。
あなたは、クラウドで活用できる5万ドル分のクレジットをご利用できます。
ぜひ、無限のリソースをご活用ください。

メメントクラウド
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5万ドル!フィッシング詐欺としか思えないような内容のメールだが、冷静になると、確かになにかキャンペーンに応募した気もする。
メメントは、私のバイト先が利用しているクラウドサービスだ。つまり、私の個人アカウントならば、約500万円分の計算資源コンピューティングリソースが使い放題。ありがたい申し出だが、そんなにもらっても持て余す。ならば現金に還元しようと目論むが、ちゃっかり禁則事項にマイニングが入っている。しかもクレジットは期限付き、最大で半年。
「半年で500万も使えるか!」
悔しいので、巨大素数発見プロジェクトにコントリビュートするかとも思ったが、一つアイデアを思いついた。その妄想に自分で勝手に楽しくなる。ふふふふふ。
「どうせなので、私が考えた最強おもしろ生物でもつくりましょか」

研究室に来て、備え付けの自分のPCから、メメントのコンソールを立ち上げる。借りるマシンのスペックは勿論一番イイヤツ。なにせ湯水の如く金が使えるのだ。早速立ち上げ、SSHで接続し、物語エンジンをインストール。環境構築に戸惑いつつもなんとか立ち上がったので、テキストエディタを立ち上げる。研究もそろそろ真面目にやらなきゃだが、とはいえ、あまりやる気にもならない今、せっかく舞い降りたチャンスを活かして、物語エンジンに自分の好きに生物を作り出し、遊んでみようじゃないかと考えついた。
「さてさてさて」両の掌を擦り合わせて、ウォームアップ。せっかくの潤沢なリソースが使い放題なのだ。腕がなるぜ。
『5億7000万年前をベースに気候は温暖平均気温は35℃に設定、酸素濃度は現在の気候よりも40%増加で、すでにエディアカラ生物群78%の生物群のボディプランに回転対称性をもたせ、交雑を繰り返す毎に脊索動物に進化は出現済みで・・・』
まず最初に下地となる世界設定を書き記していく。計算資源に事欠かないとはいえ、流石に宇宙開闢から書き始めるのは極めて難しい。だからある程度は現実に即した生態系を、模写する段階からスタートさせる。一応スクラッチで宇宙の始まりから実行することも原理的には可能だが、それには素粒子物理、宇宙物理、それに数学の基礎論など、多くの専門性が問われる。数式でも物語エンジンは解釈はしてくれるが、自然言語と数式の帳尻合わせが難しくなっていく。それに地球と違いすぎる星を構築するのも至難の技だ。例えば、ホルムアルデヒドの海で満たされている惑星の生物、というのも構築はできるが、水の一滴でもうっかり文の中に(間接的にでも)混入してしまうと、それだけで化学反応によりすべてが大崩壊してしまう。つまり、文の宇宙の神になるには、無謬の論理性、跳躍したな想像力、甚大なる知見の全てが問われる。過去には前人未踏プロジェクトと銘打って、重力定数やプランク定数などの基本定数をいじって生まれた世界や、非ユークリッド幾何が如実に影響する世界での生物を作り出した猛者たちもいたというが、眉唾ものである。夢はあるけどね。

暫しの間、順当に計算を走らせ、生物たちを進化させていく。まず最初のベースラインを作るため、最初の数億年は、あまり現実で起きたであろう生態系と変えずに実行。みるみるうちに数多の生命達が特有の形質スタイルを築き上げ、ひょっこり顔を出しては消えていく。とは言え、数万に渡る生物たちのダイナミズムをいちいちレンダリングして、つぶさに見てくとキリがないので、爪、尾、下顎の門歯の数などをカテゴリ化して、1/0でフラグを立ててから、形態形質状態の行列として読み込む。最初はかなり疎な行列だが、次世代に進化していけばいくほど、要素が少しずつ埋まっていく。多様性が生まれつづけ、発散していくことの現れだ。その行列式の値が極値を迎えた瞬間に一旦ストップ。現実世界に捉えるならば古生代の石炭紀ぐらいのポイントだろうか。そしてここから、進化の方向性を大きく現実から枝分かれさせていく。
面白い生物とはなんやろな?とちょっと考えて、やっぱり自分で面白いことを『考えられる』生物が最強なんじゃないかと結論づけた。今日の飯より、明日生き残ることより、明後日に子孫を生むことよりも、何より今を感じて楽しみ妄想できる奴ら。短期的には生存に一切にポジティブなフィードバックはかからないだろうが、私が織りなす文字の計算宇宙では、そんな奴らにも生存権を与えてやろう。
普段のお仕事だとメモリと計算コストを削減するため、発生モジュールのツールキットを再利用するから、基本的な生物たちのボディプランも統一されるのがセオリーだが、今回はそんなことを考えなくても全然オッケーなので、独自規格でグイグイ行く。『酸素濃度が高いため、気管が細いまま、身体のサイズが肥大化酸素による循環の効率性が高まることで、気管の占める総体積が少なくなり余剰部分が身体の中に発生するする。体細胞の70%は脳細胞であり、そして—-』
そして、ここからが面白いところだ。この世界の第四の壁を取っ払って、私はこの子達に介入する。
『そして、生物群は文字[※外部環境依存]を食べ、それを咀嚼し、排出する。排出される文字たちは繊維状のタンパク質の形状で吐き出される[*外部環境出力]
[※外部環境依存]とはすなわち、外部からこの生物たちに干渉するためのインターフェースのこと。それは、ずばり”文字列”である。世界の古典、青空文庫、その他Webで公開されている名著に名文、古今東西ありとあらゆる文章をクローニングし、スクレイピングしてきて、植物の形状にレンダリングして、”文字”食の幼生に摂食させる。そして、十分に文学の滋養を吸収したあと、成体になる過程において、体内で複雑に反応を起こし、その結果としてより高度な文学的芸術として、ログに吐き出[*外部環境出力]される。
出力される結果の形質を糸と表現したのは、まあなんというか、排泄される形をビジュアル的に穏当なものにするためで、他に特に意図はない。文字によって形成された生物が、文字を食べ、最後に文字を吐く。物語エンジンが構築するイメージの写像が蚕っぽいビジュアルになると想像し、私はこの愛しき文学生物を、『文字蚕』と呼ぶことにする。
そして、期待を込めて実行実行。さてどうなるかと、コーヒーを飲みつつのんべんだらりとログをぼんやりに見ていると、スグ、むにむにとした幼虫どもが現れて、葉っぱを模した文学作品のテクスチャーをはもはもと食べ始める。そして、ある閾値を超えると、スルスルと糸を放出して、変態の準備が始まり、蚕・・・というには、球状に近い状態までボヨっ膨らんだ蛹に移行する。これがもし本当の蚕なら、ここからさらに蛾としてメタモルフォーゼするのだろうが・・・私が興味があるのはその繭なので、可哀そうだが繭だけ残して、自死アポトーシスするように設計してある。そして、繭の糸を紡ぐかのようにイメージ処理された繭オブジェクトをテキストベースに逆変換すると、ダダダダと流れるログの中に、物語の流れが垣間見え始める。『あなたはねこ』、『私はハンバーガー』とはいう最低限なものだが、文っちゃ、文である。
「よっし、ベースはできた。で、こっから・・・」
そこから、『赤の女王法』と言われる手法で、より文字蚕の特性を鋭敏化させていく。
文の構造解析や文学批評や物語のルールブックを食わせて、文字蚕の天敵となる生物を作る。コイツらには出来のよくない糸を出す文字蚕を、積極的に捕食していくように進化させることで、より上質な糸を紡ぐ文字蚕だけが生存するような選択圧をかけていく。すると、二種に緊迫した拮抗的共進化構造が生まれるため、冷戦時代のアメリカと旧ソ連のような軍拡競争がエスカレートしていき、より自身の特性が特化していく。『その場に留まるためには、全力で走り出さなけばいけない』とアリスに忠告する、赤の女王の言の如く。
そして、自然選択の結果としてどんどんどん、物語を食む生物、文字蚕が進化していく。更に更に進化を加速させるため、ややメタ的な手法を用いて、処理を加速させる。64個のプロセッサで同時並行マルチユニバースに世界を構築し、それらを合体バギングすることで、進化をプロセッサの数だけ効率的に行なっていく。いいぞーどんどん食ってよく育てよ。

そんなこんなで一週間後、あとは自動で計算を走らせまくっていたが、そろそろ良いかと思って、ちょっと確認。
開けて吃驚ビックリ、「めっちゃ進化してるやん」。うっかりと慣れない関西弁になるほど驚いた。
ログの中には、ちゃんとした物語が出力されていた。物語のせつせつ稠密に編み込まれ、その中に強烈なテーマを綾なす模様がしっかりと書かれている。と同時に、一つ一つの言葉のセンスは羽毛のように軽やか、な物語を文字蚕たちは宿していた。真っ白な繭という形でレンダリングされている文字蚕たちを、一つづつテキストベースに変換させてほどいていくと、大文豪たちが紡いだとしか思えない物語群が脈打っている。そのような生態系アーキテクチャがサーバーの中で蠢いていた。いやすごい、面白い!ひょっとして私は天才かもしれん!何の才能だろ、創造神とかかな、履歴書には書けない特技だね。
でも、頭によぎるのは「これが面白いの、私だけかも」という気持ち。親の贔屓目と言われればそれまで。というわけで、簡単な実験をしてみよう。
『南西部に地殻変動マグニチュード11の引き起こし、区画の一部を分裂させて、島として独立させる』と記述し、一部の文字蚕の環境を雑に切り分ける。そして、隔離した個体に、過去に自分が書いた”やろう小説”をどんどん食わせ、その島(綾子島とでも呼ぶべきか)の文字蚕だけを特殊に進化させる。さすれば、綾子島産の文字蚕の出来上がり。そして、そいつらの吐き出す物語は、私らしさが綺麗に現れている小説だった。おそらく私が書く以上に。
「最後にこれを『やろう』にアップして、と」
ある意味でのチューリングテスト、私の小説と銘打った文字蚕のログを、果たして読者は見分けられるのだろうか。—-という心配は、結局のところ全くの杞憂で、その実験は大成功と言ってよかった。その最新話は、今までにないスピードで圧倒的な閲覧数を獲得した。念願のプレビュー数に応じた広告収入も手に入る。500円、500万が500円、けど、初めて文学で手に入れたお金。やっぱ嬉しくないと言えば嘘になる。それが自分で書いたものでなくても。だけど、誰も傷つけたわけでないし、別にいいよね。
それから数日後、小説用のアカウントにDMが届いていた。誰であろう、なんと私の元カレ、蒼汰だ。私が昔に愛した忌まわしき黒歴史。蒼汰とは、私が学部時代に付き合ってた過去がある。叡電貸し切りの新歓コンパがきっかけで付き合い始めた。顔立ちもシャンとしてて、爽やかで話も面白い。けど、付き合ってから一年してやっとわかった。上っ面だけというかなんというか、さもしいのだ。心も頭も考えも。
<おひさ>
<なに>素っ気なさを気取って返す。
<いいじゃん。てかなに、三十路って(笑)>
うるせえ。<いまさらなに>
<いやめっちゃ綾子の書いている小説、いいじゃん。俺チョー感動した>
そりゃ予算500万の超大作だからな、とは勿論黙っている。<あっそう。で>
<いやそれで、もしよかったらちょっと話したいんだけど。できれば直接会って>
<今更、会ってしゃべりたいことなんてないんだけど>
<まあ、いいじゃん。それに別に昔話をしたいわけじゃないんだよ。綾子の文才を期待してお願いしてるんだ。ビジネスとして、マジに>
文才?ビジネス?マジで?

「ちーす」
「・・・オス」
その3日後、私は結局、蒼汰と直接会って話すことにした。でもなんかこちらから動くのは負けた気がするので、大学近くの喫茶店まで呼びつける。
「で、ビジネスってなんなの」大学近く今出川通りにあるこのお店は、座高が高めの古びた木製椅子なので、お尻が痛い。けどコーヒーが美味しいので気に入ってる。それに今日はどうせすぐ出ていくし。
「あ、やっぱ興味もっちゃう」ニヤニヤ顔で問いかけてくる蒼汰、ウザ。
「話の内容次第」いいからはよ話せ。
「ぶっちゃけて言うと、綾子の才能を見込んでお願いしたいことがあるんだよ」
話を聞くに置いては、どうやら、今蒼汰はイベントを手掛ける会社に勤務しているらしく、で、今度京都の特集をするとのこと
「楽しそうだね」と社交辞令で口にすると、蒼汰は溌剌とした笑顔で、「楽しいよ」と返してくる。その表情を見て、学部時代の私はこれに殺られたんだよなー、とむしろ暗澹たる気持ちになった。
「で、ね」と区切って蒼汰が話を戻す。「そこで、京都のイベントとかのレポが文章を書けるライターを探してたんだけど、綾子やんない?」
「ライター・・・」マジでビジネスじゃん。
「小説の仕事じゃないけどね。けど、ほら、あの綾子のアップしてたやつ、すげえ京都の描画とか綺麗だったし、ぜひ頼みたいんだよね。ほら、特に最近のやつ小説
『特に最近の』そのセリフがぐさっと刺さる。いや違うんだ、違うんですよ、最近のやつは私が書いたやつじゃないんだよ。「いや、実は・・・」つい罪悪感に勝てずに、私は事実を吐露していく。真面目に社会人やっている元カレに対して私は、ろくに研究もせずに謎生物を作って喜んでいる。その不甲斐なさに耐えきれず、文字蚕たちのことを滔々と告白する。だが意外なことに、蒼太の反応は、さっきより晴れやかになった。
「すげえじゃん!」と拍手喝采の雰囲気を醸しながら応えてくれる。
「でも別に私が書いたってわけじゃないし」謙遜、でも褒められて満更でない自分もどこかにいる。
「ってことは、どんなジャンルの作品でもなんでも作り放題ってこと?」もたれ掛かって食い気味に聞いてくる。古い木製の机がギシっと鳴った。なんだこいつ、急に
「まあ、それなりに」
そこで、一転、蒼汰は神妙な顔つきになる。これ見よがしに考える仕草をしてから、「なら—-ちょっと別の儲け話があるんだけど」と、剣呑な顔つきで口にした。

蒼太曰くの『儲け話』とは、ズバリは、小説のサブスクリプションサービスだった。
「っても、既存作品の単純な紹介ってわけではなくてね、AIとかを使ってイイカンジに、」
「レコメンドするの?」
「いや、ユーザーに合わせて創作するの」
その答えに驚く「AIが?」
「AIが。わりとイイカンジのサービスになると思ってひっそり考えていたプランなんだけど、肝心のAI部分がまだ既存の技術だとうまく作れなくてね」
そりゃそうだ。その部分が無ければ絵に描いた餅だろう。え、「てことは?」
「そう、綾子、一緒に起業しようぜ。そして、そこの会社のCTOやらない?俺たち、ビジネスライクな関係ならうまくいくと思うんだよね」
その意外過ぎる申し出に、脳が混乱する。CTO!学生の皮をかぶった実質ニートの私が役員とは!しかも私が構築した技術で。
「重責に感じるかもだけど、綾子と一緒なら俺もやれると思うんだよね。なんつーか、綾子は昔から責任感の塊だったし。モチ、持ち株の比率は等分ってことで」
蒼汰の私に対する評価は昔から良くも悪くも更新されてないらしい。そうだ、私はほんの数年前まではやればできる子だったはずなのだ。思えば、蒼汰と別れた後ぐらいからズブズブと泥沼に足を突っ込み始めた・・・気もする。ならば、もう一度こいつとリスタートを切るのもよかろうか。勿論、恋愛沙汰は勘弁だけど。
腹積もりは決まったが、すぐに返事をするのは癪に障るので、たっぷり焦らして惑わせ持て囃させて、半刻ぐらいかけてから、イエスの了承を返してやった。
「ありがとな。これで、一騎当千の百人力、すぐに俺ら億万長者だぜ」蒼汰はそう言って、喫茶店をでてから、百万遍の交差点で別れる。
そして社会人になって羽振りの良いことを言っていても、合計千円のコーヒー代はきっちり割り勘。ひょっとしてこいつ、あんま変わってない?

始めたサービスは想像以上に順調だった。正直不安になるほど。『起業するというのは、崖から飛び降りながら、飛行機を組み立てて、地上にぶつかる前に飛び立つようなもの』という格言があるが、私達に対しては、まったくもって当てはまらなかった。メメントクラウドのチケットが残っていたので、最初のインフラコストが賄えたのも大きかったが、チケットの残高が消えるまでにどんどんユーザーが入ってきたので、すぐに損得分岐点は超え、田舎の正社員ぐらい標準の給与が入ってきたのだ。費用対効果としては悪くない。というのも、私が作ったのは文字蚕以外だと、ユーザー情報と、著者やジャンルとかの整理に加え、ユーザーが登録してるSNSから、自身の交友関係とか知的レベルとかも洗い出し、文字蚕が出力する作品のマッチ度を調整するインターフェイス部分を作っただけ。他の部分は全部外注。『太宰治が書いた風の異世界転生モノとか』とか『1024文字の漢詩のフォーマットに集訳されたユリシーズ』とか、需要がたかだか一人の物語を文字蚕達から吐き出されては、フォーマット加工を施し、ユーザーに提供していく。まるで、文学農場といった有様だ。
サービスがあっけないほど順調なので、私の方も別に大学を退学せずに続けているが、蒼汰の方は仕事をやめてこれ一本で食っていくつもりらしい。やつには営業とPRの才能があるようで、そのおかげもあってか、加入率もうなぎのぼり。上っ面のサイコパスが、社長業に向いてるってのはどうやら本当らしい。

「いや、ほんとに綾子には頭があがらん」
定例のMTG。私の希望で、蒼汰とはそれぞれ独立して職務を全うしているが、流石に偶には顔を突き合わせる必要がでてくる。ため、最初に会った喫茶店で、月に一回は直接会って、話し合うことにしているのだ
私は名物の鶏バターカレーを食しつつ、「蒼汰、ほんと私に感謝しな。足を向けて寝るなよ」と、スプーンで向かいの蒼汰を指して言う。
「わかってわかってる。ほんとにありがとう」と蒼汰はどんだけわかってるんだか分からない口調で、サラダを頬張りながら調子よく応えてくる。
と、その時、蒼汰の携帯がブルッと鳴った。
一瞬、蒼汰は急にビクッと驚きつつ、ヒュオッと携帯をすぐさま手にし、通知を確認。そして口元をちょっとだけニヤッとさせた。
「なんかあったの?」
「いや、何でも、どうした?」
妙に私の目を見て微笑みながら繕うように言う蒼汰。でも私は過去の経験から完全に学んでいる。蒼汰が「どうした?」と口にする時は、必ずなにかヤマシイことがあるときなのだ。
トイレに席を外したスキに、机に置きっぱなしの蒼汰の携帯を引き剥がすように瞬時に手中に収める。本来なら他人の携帯を見るのは罪悪感を感じるべきだろうが、蒼汰に対してそういう感情は持たぬほうがよい、というのが私の経験則。しかしながら当然ロックがかかっている。でもこいつはパスワードを昔から今付き合っている彼女の誕生日にしているので、フェイスブックの蒼汰のページからから今カノらしき人物をを探し出し、誕生日を確認して打ち込む、無事解除、うわうわほんとに開いちゃった、毒を食らわば皿までと、恐る恐る中を読む。内容に愕然。

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題名: 御社の買収につきまして
北山蒼汰 様

新株発行により現状の100株から1万株にする手続きが完了したことを確認したのちに、御社の株式の51%を弊社で取得させていいただきます。

株式会社メメントジャパン 山科ユリカ
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OK、完全に理解。このメールの示すところは、つまり、身売りだ。メメントはクラウドサービス以外にも世界を席巻する超グローバル企業。青田買いで有名なこの会社は、世界中の伸びそうなベンチャーを買収し、傘下に加えるのを得意技にしている。その買収リストに私達の会社も入っていて、そして、買収がつづがなく進んでいる。もうひとりの創業者の私を差し置いて。しかも、私の今の持ち株は新株発行で見事に希釈される算段だ。よって、私には殆ど何も入ってこないだろう。は?
顔を上げると、トイレから戻ってきた蒼汰の顔が目に入った。向こうも真っ赤に怒気した私の顔色と、自分の携帯が握りつぶさんばかりに掌握されているのを見て、事の次第を察したようで、一瞬で青ざめる。問い詰めてやろうと、とりあえず私は立ち上がり、「てめえ!」と男のような野太い叫びを発したものの、怒りに逆上のぼせすぎて、二の句が続かない。フリーズ。そのスキに蒼汰は、着の身着のまま、風のごとく裏口から逃げていく。私も追いかけようとしたところで、店主に止められ、会計を迫られる。おい!せめて食った分だけ払え!

「やられた・・・」
結局その場では蒼汰には逃げられ、あいつの分の食事代も私がちゃんと出した後、まさかと思ってプロダクトのサーバーを管理しているコンソールに入ろうとしたら、悪い予感が的中、すでにパスワードが変えられていた。
「昔から、逃げるのはうまいんだよな」もはや特技の領域だろう。この環境に入れないではサービスのCTOの権力が実質全て失われたようなものだ。もしこのまま買収が進んだら私の代わりに誰かが派遣されてつづがなく、サービスは続行されるのだろう。私は蚊帳の外のまま。そう考えると、一層のこと悔しくなって、悪あがきの諦めついで、「あいつがそこまでアホだとはおもわんが・・・」と念の為ダメ元で、携帯と同じパスを打ってみた。無事開いた。
「開いた!」呆気なさ過ぎてつい叫んでしまう。蒼汰あいつがアホで良かった。どうやって私が携帯を盗み見たと思ってたんだろうか。
二段階認証も手元にあいつの携帯があるのでヨユー
「けど、こっからどうするか」
そう、ここからのカタの付け方が難しい。全てのエンジンを止めて、サーバーを落とししてしまうこともできるが、何百人ものユーザーが使っているサービスをそんな形に止めてしまえば、訴訟は覚悟せにゃならぬだろう。とはいえ、コンソールのパスをまた変え、環境を奪い返したところで、意味は無いかも。もし、複製スナップショットが別環境にすでに存在していたら、私の愛しい文字蚕達を蒼汰が簡単に復活できちゃう。仮に、ネットにこの事態をばら撒いてもその先は泥沼だ。発言力でいうなら、一応の代表である蒼汰の方が上、世間はトチ狂って裏切ったヤバイやつと私のことを思うだろう。Twitterのトレンドにはまだ載りたくない。少なくともこんな形では。
「けど、地獄に突き落とすのを、あいつだけにするなんてでき・・・るな」一瞬考えたものの、すぐに自己解決。が、思いついたアイデアの実現するには、技術的な問題————大量の計算パワーが必要になる。けど、メントのチケットはもうとっくに使い切ってしまったし、売上に手をつけると横領で訴えられるスキを与えてしまうかも。
「なんとかすっきゃねーなー」と、とりあえず叫んでみるが、当然天からモンスターマシンが降ってくるようなことはない。しょうもないので、Twitterにて<計算リソースがほしいー。緊急事態発生!>と匂わせTweetをしてみるが、まあ、勿論、壁に向かって叫んでいるのと変わらない。と思ったら、通知がピコン、@KOBOSHIさんが、<いいね♡>をつけたよう。いや、全然良くはないのだけど。
ひとまず今できることは、立てこもって引きこもって、膠着状態を作ることぐらい。全てのサーバーの権限を私だけに変更してから、家から一歩も出ない生活を送る。当然蒼汰から苦情なのか嘆願なのか謝罪なのかわからないメールが大量に届くが、一切取り合わない。籠城と肚から決めたなら、交渉のテーブルにはつかないのが鉄則だ。
けど、三日目にしてついに膠着を破るメールが届く、それも意外なところから。それは蒼汰からでなく、大学の事務局だった。件名は『サーバーの割り当て申請について』
どうやら、功善先生がなんかのプロジェクトのために大学のスパコンを使おうとしていたらしい。けど、生憎のところ先生は南アフリカで謎の微生物採取のために出張中で音信不通。まあ、ならしょうがないよね。

「くしっ」
大学のサーバー室は冷房が効きすぎて、家からもってきた毛布を被っても正直寒い。かじかみそうなその手で、私は必死に文字蚕達の生態系を修正するための物語を認める。これが最後の物語。
大学のサーバーを中継して、文字蚕の環境のサーバーと、外部の文字エンジンOSSオープンソースソフトウェアプロジェクトのサーバーを接続させる。
私は文字蚕を世界に向けて放つことにした。メメントが目をつけた大きな理由は、文字蚕の能力にあるはずだ。ならば、それらを秘密にすることなく、世の誰でも使えるように解放リリースしてやったらどうなるだろう。恐らく、この買収騒ぎも一切なくなり、最後に蒼汰に残るのは、価値のない会社、そして私に残るのは文字蚕を作った、という名誉だけになるだろう。
そのために独自のオレオレ環境を、大学の膨大なコンピューティングリソースを悪用して、規格を標準のものにと整える進化を施していく。そして、最後エンターを押して、文字蚕達をワールドワイドな世界にリリース、と同時に携帯を高らかに上げ、蒼太に向かって贈る言葉を考える。はんなりとした京都言葉で皮肉を贈ろうかと思ったが、あいつはどうせ二重の意味ルビに気づかないだろうから、ストレートに<死ね>と送ってから即ブロック—-どころか小説用のアカウントもそれに紐づく諸々すべても一括削除してしまう。蒼太と繋がる全てものは葬りたいというのも勿論あるが、文字蚕に頼らず、やっぱりちゃんと自分の力で、小説を書き直したい。それに、京の三十路はやっぱり恥ずい。
すべての作業を終えてから、ドタっと冷たい床に大の字になって寝転ぶ。そして、OSSのエコシステムの中で、蚕達はどう生きてくのかな、と少し憂う。もし文字蚕が一般に使われるようになったら、物語エンジン自体の使われ方もまた変わってくるだろう。物語自体も構築する『メタ』物語エンジンが生まれたりして。今こそ花形のシナリオライターの職も危ぶまれるかもな。けど、もっと未来では、と私は思う。こうしてどんどん物語を構築する技術が向上するうちに、物語が単純な物語でなくなって、れっきとした理学分野の一部になる日も来るかもしれない。例えば、数学の最先端の理論が、無矛盾な理論世界を構築して、実存とは無関係の極座にあるのと同様に。そうなったら、フィクションが虚構とは一概に括れなくなるかも、しらんけど。

全てにカタがつき、晴れやかな気分で2階の研究室に向かう途中、晴れ燦燦さんさんとした気持ちで階段を半分まで登ったところでやっと気づく。染まった白衣を着た功善先生が、顰めっ面の仁王立ちで行方に立ち塞がっていたのだ。死を覚悟。
ラスボスのような薄ら笑いを浮かべ、カツンカツンと妙に響く足取りで、ゆっくりと階段を降りて私に近づいてくる。その圧から察するに、おそらく、私の悪行が全て明らかになっているのだろう。逃げようか泣きながら謝ろうかで態度を決めかねる私に対して、先生から発せられた最初の一言は、意外過ぎた。
「なあ、この服—-」白衣の肩の部分をスッっと摘んでから「どないなワザで染められてるか知っとるか?」と、意味不明な質問をしてくる。脳の血管がキレにキレて、言語中枢がついにやられたのだろうか。
「さあ・・・不勉強ながらわかりませんが・・・」
「これな、小帽子絞り、っちゅう技で染められてるのよ」
「小帽子・・・コボウシ・・・KOBOSHI!?」

全て先生は知っていた。私の小説の趣味は勿論、起業した事、切羽詰まったこと、その他諸々をすべてを。そしてその上でそっと助け舟を出してくれた、ということだろか。
「だったらどないする?」茫然自失となった状態で先生の個室に招かれた後、勇気を出してそう聞いたところ、煙に巻くようにクックックと悪代官のように笑いながら先生は応対した。
「普通に怖いです」という言葉を私は必死に飲み込む。なぜSNSに書いてない事も含め、全部知ってるんだと問い詰めたいが、どう考えても藪蛇なのでグッと堪える。
そして先生は十分笑ったあとに「あの文字蚕ちゅうやつ、おもろいな」と一言。
その一言で、私は今までの騒動の全てが報われてた気がした。たかがそんなことで、と思われるかもしれないが、驚くなかれ、先生から褒められたのは、会ってから苦節四年ちょいで、初めてのことだったのだ。
そして、功善先生は、「これ、一緒に論文にしようや」と私に言ってきた。これはまさに千載一遇のチャンス。私はさっきまでの先生に対する不信感をすぐどこかにふっとばし、悦に入って二つ返事でOKする。後日、自慢の私の下書きドラフトが、功善先生の手により、真っ赤に添削ルビで染められるとも知らないで。

# 参考文献
武村政春. ろくろ首の首はなぜ伸びるのか遊ぶ生物学への招待
Jonathan B. Losos. 生命の歴史は繰り返すのか?
チャールズ・コケル. 生命進化の物理法則
カール・ジンマー, ダグラス・J・エムレン 進化の教科書(1-3巻)
生命とは何か 金子邦彦

 

文字数:19997

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