梗 概
君に遺せるたったのひとつ
『君に遺したかったのはひとつだけだ。君に遺せるのはひとつだけだ。どうかこの子を、息子をよろしく』
病室で日比谷青葉は手紙を書いていた。これは余命わずかな青葉の、死後二十年後に届けられる。
膝の上ではまだ幼い息子、一成が眠っている。
青葉は手紙の宛先、基木響子と出逢った十年前を回想する。
『――いまだ私を知らぬ君が、私が呼吸するのを支えている』
青葉が十六歳の時、未来から来たという響子と出逢った。
レズビアンである青葉は彼女の美しさに目を奪われる。しかし響子は青葉を「お義母さん」と呼んだ。響子は、将来生まれる青葉の息子の妻だと言う。
心臓病で十年後に死ぬ青葉の運命を変えるために来た、と。
早急な検査を勧める響子に、病気は生まれつきだ、と断る青葉。今後十年の生存も、青葉には驚きだった。
「根治しないんだ、手術はしない、息子も生むはずない」
しかし提示される証拠は確かに将来の息子の存在を示している。同時に彼の父親にも思い当たる青葉。静止画に映る男の子は青葉が暮らす児童養護施設を援助する、基木によく似ていた。
基木は以前から高額な手術代を条件に、青葉に結婚を迫っていたのだ。
ショックによる発作で青葉は入院した。響子はつきっきりで青葉の看病をした。その病室には、基木もよく訪れた。
言葉にはされずとも、響子から基木と夫婦のように扱われるのが青葉は苦痛でならなかった。響子の献身が将来義母になるゆえだと分かっていても、青葉は彼女に惹かれていたから。
生まれたときから孤児だった青葉。病気の身体にレズビアンであること。生に未練はなかったのに、未来で逢いたい、手術をしてほしい、と響子に泣かれると痛い。でもそれは、基木を受け入れることを意味している。
響子と日々と過ごすにつれ、彼女への気持ちは膨らむばかりなのに。
基木は隠そうとする青葉の気持ちを、すっかり見抜いていた。
ある日偶然二人きりになった病室で、つまらなさそうに基木は青葉の恋心を指摘した。
図星を刺され病室から逃げた先で響子を見つける青葉。彼女が愛おしそうに眺める結婚指輪。少しも勝ち目がないことになんて気づいていたのに。
彼女を好きになった。幸せになってほしかった。
悔しくて、やるせなくて、けれど彼女のためにできることは限られていた。
「手術をするよ、約束する」
きっとこうなる運命だった。響子が未来から来るのも、その結果青葉が恋をするのも。手術を受け、一成を産むことになるのも。
未来の響子や息子の傍に、絶対に青葉の姿はないだろう。
――そして響子は未来へ帰り、十年、青葉は彼女に恋をし続けた。
「お母さん!」
手紙を出しに病室を出た二十六歳の青葉の背へ、幼い声がかかる。振り返ると、そこにいたのは気まずげにする女の子――響子だった。自身の母と間違えたのだ。
青葉は思わず彼女を抱きしめる。
「君の未来で、また逢おう。その時にもう一度そう呼んで」
(過去の私は、きっと驚くだろうけどね!)
文字数:1221
内容に関するアピール
つばるの読者は普段からSFに慣れ親しんでいる人ばかりではない、ということで、やはりライトなSFを書くことにしました。
タイムトラベル物は鉄板ですし、SFに詳しくなくとも一度や二度は触れたことのある有名作品も多いです。
そこに最近SF界隈で大注目の百合を掛け合わせて、私好みの作品にしました。
新人設定である私の作風を知っているつばる読者さんはそう多くはないでしょうし、私の作風を全開にしてお見知りおきいただこうかと。
切なくもさわやかな、タイムトラベル青春百合小説が書けたらなあ、と思っています。
文字数:244