梗 概
本の声
2070年、中田仁志は亡くなった兄、中田空也から譲り受けた国語辞典を自分の娘、美海に渡すべく、本の時間修理屋である本屋正治に本の修理を依頼する。本の修理屋はただ本の修理を行うのではなく、本がなぜ現在の状態になったのかをタイムトラベルモニターで見ながら空也が本を手にした時点から、現在までの情報を本の外部記憶(半径5メートル以内の情報)と内部記憶(手に取った時の持ち主の気持ちなどを図る装置)を頼りに映像編集が行われる。正治はできるだけ事実に忠実に編集した本を渡すように心がけている。本の編集というのは編集者の心持でなんとでも変わるからだ。本が物理的に欠落している場合、新品に一度復元し、電子レンジ状の紙面劣化機(1分1年)を使い、紙を劣化させ、破けたところを継ぎ足したりする。タイムトラベルをしていく内に、空也が母の介護に疲れている姿がモニターに映り、空也が日記に死にたいと書いている姿が映される。そんな辛い毎日を過ごす日々が続き、1年後、空也の母が死ぬ。空也は母の1周忌が終えたあと、死ねことを決意するが、1周忌が終えた後、弟の仁志から結婚すると言う話を聞かされる。弟の結婚後、直ぐ死ぬのも悪いと思い、2年後に死ぬことを決意。2年後、死ぬ間際、孤独でいることの辛さを伝えるべく、iPhoneのカメラで仁志と仁志の子供宛のビデオメッセージを送る。しかし、ビデオメッセージを取った後、すぐにiPhoneをハンマーでデータが復元不可になるまで壊す、そして1週間ほど家を出る。そして、一週間経った後、自宅で睡眠薬を大量に飲み、眠りながら死んでいく、その後、美海が生まれ、仁志や仁志の妻聡美と美海の三人の物語が映像で編集され、本が完成する。一番最初に依頼人の仁志に確認を行う。仁志は涙し、完成品を娘にこのまま渡すことを承諾。次の日、娘の美海にその本を渡すと、美海も一ページずつめくりながら脳には入ってくる情報に涙を流す、最後まで読み終えると、美海は空也に小さい時に会ったことがあると話す、仁志は驚く、なぜなら美海が生まれたころには空也は亡くなっているからだ。その話を聞き、本屋が恐らく空也がタイムトラベルを行い美海にあったのだろうと話す、美海は次はもっといい思い出を残そうねと本に語りかけ、本を抱きしめる。
文字数:949
内容に関するアピール
空也の孤独と自分では叶えることのできなかった家族や仲間や恋人を作るという大事な作業をタイムトラベルし、美海に伝えることが主な目的です。空也~仁志~美海の順序で構成されている物語を実は空也と美海は既に出会っていたというところが大きなアピールポイントです。
文字数:126
本の声
2100年現在、人間のタイムトラベルは「歴史改変を行う原因」になるという理由から、未来や過去に行った者は例外なく死刑になっていた。2040年には全世界の人間に「人間がタイムトラベルを行うと死ぬ」ウイルスが打たれる法律が成立され、時間差はあれどタイムトラベルを行った人間は必ずに死ぬようになっていた。2038年にこの法律案が全世界で上がった時は人間の間では賛否が分かれていたが、最終的な決定をAIに委ねた所、全世界のAIの総意で法律は成立された。成立された2040年後もこの法律に反対するものは多く、紛争の種にもなっていたが、2100年となった今では全世界の99.99%の人間がウイルスを打たれ、今では「ダメ絶対」というキャンペーンのもとでドラッグ以上に人間のタイムトラベルは禁止されていた。しかし、死ぬと分かっていてもタイムトラベルをしたいと思う者は存在し、民間の業者が依頼し、違法にタイムトラベルをさせるという話はよくあった。物体をタイムトラベルさせ情報を入手するのは2100年の現在でも「知る権利」の観点から議論の対象になっており、AIに判断させても各国のAIによって判断にバラツキがあった。
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ドアベルがカランコロンという音を立て、黒のスーパーライトジャケットを着た40~50歳の白髪のガテン系の男が本の時間修理屋に入ってきた。本屋正治の弟子、田辺一二三は立ち上がり、ガテン系の男をソファーにもてなす。男はソファーに王様のように座り、机に足をのせていた。一二三はすごい男が来たなと思いながら、休憩室でコーヒーを作り、机に乗せられた男の足にあたらないようにコーヒーを置く、男は読んでいるのか、読んでいないのかわからない感じで国語辞典をパラパラ捲っていた手を止め、足を地面につけ、一二三が机に置いたコーヒーを飲み
「兄ちゃん、薄いわ。コーヒーの旨味は苦味にあるんよ。」
一二三は心の中で、なら飲むなよ、と思っていたが
「申し訳ありません。まだまだ修行中なのもので」
と言い訳すると、コーヒーを飲みながら、ガテン系の男は笑っていた。
「兄ちゃん。あんたの心の中当てたろか?「飲むなよ」と思ったろ?」
一二三は少し驚きながら、いえそんなことありません、と否定したが、男は笑っていた。
「コラコラ仁志、そんなにウチの弟子をイジメるんじゃない。」
と言って、作業室のドアが開き、丸眼鏡にツーブロックの黒ひげの痩せた本屋正治が現れた。
「新人はイジメることによって後からよく伸びるというが俺の持論だからな」
正治は笑い
「まあ、ウチの弟子は許してくれよ」
コーヒーをソっと置き、まあそうだな、と言って立ち上がり、正治の元に歩き、国語辞典を正治の胸元に当て、先程笑っていた目と違い真剣な目で
「よろしくな」
と言って正治に国語辞典を渡した。正治は国語辞典を受け取り
「ああ」と頷くと、男はニコッと笑い、じゃあな、と言って、ドアのノブに触れた時、自分の方を見て
「兄ちゃん今度来るときは苦めのコーヒーにしたってなー」
と言って、その場を去った。
「師匠、あの人は?」
正治は男が去ったドアを見ながら
「学部は違うが自分の大学時代の同級生で中田仁志という詐欺師をやっている男だ。」
「詐欺師ですか?」
「まあ、あくまで俺の感想だ。世間では高名な心理学者さんらしいな」
と言うと正治は手にもった本を見て
「この本の時間修理やってみるか?」
と一二三を見ながら話した。2年間働いていたが、今まで時間修理屋らしいことは一切してなかったので一二三は嬉しく思い
「はい!」
と即答した。正治は一二三の顔を見て、微笑し
「作業室に入るには国に認可されたIDカードを発行しないといけないから一週間ほど待ってくれ」
と言って、正治は作業室に戻った。
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一週間後、一二三のIDができたので正治と一二三がIDをかざし、作業室に入ると、一二三は資料で見たことがある機器達を目にし、気分が高揚していた。奥に行くと四角い大きなテーブルがあり、テーブルの椅子に正治が座ると一二三にも座るように促した。
「一二三。お前たしか時間修理士2級試験合格してたよな?」
「ええ」
「なら、これの使い方はある程度知っているよな?」
と言って、テーブルに置いてあった電子レンジサイズの時間スキャナーを指差した
「本の製造年数を正確に解読する時間スキャナーですよね?」
「ああ、そうだ。まずこれを使って本の年数を解読する」
と言って、先日依頼があった国語辞典を時間スキャナーの中に入れ、ボタンを押した。ボタンを押すと、スキャナーの中で上下左右に青い光線が光だし、本の時間を読み取っていた。数秒経つとスキャンが終わり、本の経過時間や作られた場所、移動した場所などの本に関わる詳細な情報が表示された。正治がアップロードという青いボタンを押すと一二三のスマートウォッチから音が鳴った。
「スキャンの作業はこれで終わりだ。本の詳しい情報は今俺のクラウド上に上がっているから後で確認するとして・・・」
と言って、本を時間スキャナーから取り出し、本を万力にはさみ
「この本は背が相当歪んでいるから、まずは本の接着剤をはがす」
と言って、正治は彫刻刀で数分無言で接着剤を取っていると
「この作業が重要なんだ。背をがちゃんと修復されていないと本のゆがみなどに影響するからここはちゃんと見ていてくれ」
と言って、また無言で接着剤を削りだした。しばらくすると紙の地肌が見えてきたので万力をはさみなおし、歪みをもとにもどした。
「次はボロボロの表紙を昔の状態に戻す。」
と言って、表紙を手に取る正治
「と言っても、新品に戻すのではなく、古さを残した状態にする。それにはこの物体逆向時間機を使う」
平成時代を描くドラマなどででてくる。時間を回し時間が来るとチンッと音が鳴る電子レンジ機のような時間機に表紙を入れ、30という目盛に合わせる。最初は何の代わりもなかったが、暫くすると物凄い速さで物体の修復しだし、目盛が15になったところで、正治はストップボタンを押し、扉を開け、表紙を見て
「これぐらいでいいだろう」
と言って、表紙を一二三に見せた。一二三は表紙が元に戻る過程を見て驚きで言葉がでず、ただただ表紙を眺めるのみだった。
「15分なんで15年かな、あまり、新しくしてはいけないんだ。時間を感じさせるくらいの古さは残していたほうがいい」
そういって正治が笑うと、なぜか一二三も笑えてきた。正治が手を叩き
「そして、今から教えるのが一二三にやってもらいたい作業だからよく見ててね」
と言って、正治は棚にあったアイコンのようなものを手に取った。
「時間修正アイロンですか?」
「おっ、分かってるね。流石、二級時間修理士。これは通常のアイロンの機能も有しているからね。アイロンで折れたページを一ページずつ伸ばしていって、破れたページは破れたページから段々と過去に戻って修復してね。その時も現状維持を心がけて、あくまでも修復する際に時間修正加えるという形で行ってね。」
と正治が話をしている間に一ページ本の修正が完了した。
「じゃあ、やってみる?」
と正治が言って、はい、と言って、椅子に座り、一二三も修正を行いだした。
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8時間が経った頃、一二三は一連の作業が終わり、正治に本を渡した。
「初めて?」
と聞かれ、一二三が
「はい」
と答えると、出来上がりを見て
「初めてにしては速いし、中々上手だな。二日はかかると思っていたよ。」
と言って、笑った。
「じゃあ、後は表紙をつけるだけだな。19時だが、見ていくか?」
「はい、最後までみたいです」
と言うと、正治は笑って
「よし分かった」
と言って、テーブルに万力を置き、万力に本をはさみ、木製のハンマーで本を叩きだした。
「背固めを行う際は丸みをつけることを意識するんだ」
と言って、中腰になり、本の目線に丸みができているかを都度都度確認しながら、正治はハンマーで叩いていった。暫くすると、ハンマーで叩くのを止め、背にのりを塗り、しおりをはさみ、補強用の布と紙を張る。そして、本の背表紙にのりを付け、本の表紙を貼る
「これで後は乾燥させれば完成だな。」
一二三は「おー」という声が自然と漏れた。
「ここまでは楽しいんだよな。ここまでは・・・全く時間修理屋っていうのは面倒だよ。」
「時間映像付与のことですか。」
「ああ、明日からその作業に移る。ハッキリ言って中田から聞いた話だと面倒な話になっているよ。」
大きくため息をつく正治。一二三は時間映像付与のやり方を学校で習ったことがあったが面倒な作業ではなかった。なのになぜ正治がこんなにも憂鬱そうな顔をするのか一二三にはわからなかった。
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翌朝、正治はA4のノートサイズのPCを起動した。PCを起動すると自動的に20インチで2画面のモニターが表示された。正治の顔を自動認証すると自動でログインした。
「学校の映像付加の実習ではこの型のPCを使っていたか?」
「ええ、同じOSのPCを使ってました。」
「ソフトは?」
一二三はアイコンを見て指をさし
「このソフトを使っていました。」
「そうか・・・」
と一言いうと、何か考えている様子だった。
「じゃあ、最初から最後までやってもらうか・・・。」
と言って、PCの前に座らされた。一二三はあわてて
「いや、実習ではやりましたが、実践は初めてなんで・・・。」
と言った。
「なんにでも初めてはつきもの、とにかくやってみろ。最初のスキャンで他者やいつも本の近くにいる人間の特異な動き等を特異点としてポイントが打たれているから、君がやるのはそれを30分ぐらいの映像に編集するだけだ。それに今回はあまり関係したくないんだ。じゃあな」
と言って、手を振り、正治はその場から去った。
「全く、いい加減だな」
と思いながらも仕事を任せられたということで喜びがあった。
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一二三はスキャナでPCに送られた映像で50年分の外部映像と内部映像を見ていた。たしかに時系列順に特異点を抽出していたが、その特異点は何千とあり、それを観てしかも編集するのはやはり大変な作業だ。
最初の特異点の映像はこの本を書店という今はセレブが芸術作品として買い求める所で、40代ぐらいの男性と10代ぐらいの少年が一緒に本を選び国語辞典を買っていた。一二三が二人にカーソルを合わせてみると40代ぐらいの男性は中田仁志の父、善弥。10代ぐらいの少年は中田の兄、空也と表示された。
中高と父が買ってくれた国語辞典を使いながら勉強する空也。同じ作業が何百回と続くので、一二三は飛ばし見をして、以前から希望していた他県の国立大学の経済学部に入学通知が家に来て喜んでいるところに映像を戻し、編集作業を行う。
他県のためか荷造りをし、アパートに引っ越し、その時、国語辞典も一緒に持って行く、経済学部に入学ししばらくすると、家に女性を連れてきて、髪を切ってもらい、終了すると肩のマッサージをしてもらい、彼女の手にそっと触れて、空也と見つめ合う女性。女性にカーソルを合わせると金沢河連という名前がでてきた。可連との幸せな日々がしばらく続き、二年がたった。
喪服を来て、彼女と二人で撮った写真を見て、アパートで号泣する空也。どうやら彼女が亡くなったように一二三には見えた。
経済学部を卒業するとどこか自分の居場所を探すように、他県に引っ越し、毎日スーツを着て何処かに出かけているようだ。そこからさらに早送りし2年が経った。
荷物をまとめ、アパートからででいき、実家に戻る空也。そこには父、善弥の遺影があった。父が亡くなったようで、自分の部屋で夜にしばらく泣いていた。
私服で毎日何処かに出かけているところをみた。ハローワークのパンフレットが見えたので、ハローワークに行っていたようだ。3か月後、就職活動が実ったのか、スーツを着て毎日出かける。ただ一二三が気になったのは、普通だったら、月一か週一で飲みに出かけてもいいのだろうが、空也は定時で帰り、声には出さないないものも何かに悩んでいるように一二三には感じた。会社で上手くいってないようにも思えたが、映像だけ見るだけではわからない。
そんな日々が2年間続き、ある時、空也が家に戻ると自分の部屋の窓を全開にし、自分の椅子にある大便と小便を掃除して、消臭剤をかけていた。
「えっ」と一二三が声をあげた
うっかり一つ飛ばしていた特異点を見返すと数時間前に、空也の母が空也の部屋に来て、パンツを脱ぎ、椅子に座り、用を足し、お尻を机に置いてあったティッシュで拭き、それを椅子に捨て、部屋を出て行った。空也の母はボケているのかと思いながら、一二三は編集をしていった。
空也は誰にも思いをぶつけることができなかったのか、その日から日記をつけだし、今日会った出来事を書き、最後に「死にたい」という言葉を残す、同じことの繰り返しなのでまた早送りをする一二三。早送りしていく中で確実に疲弊していく空也の映像が映し出される。
1年後、喪服を着て母の写真を見て、窓を開け、少し涙を流す空也。その時、仁志が空也の部屋に入り酒を飲むことを強制する。仁志は拒否する姿勢をとるが、空也は仁志を無視し酒を飲むことを強制する。頭にきた空也は近くにあった国語辞典を投げる。そこで初めて内部記憶が機能する。そこで初めて空也の思いが本に流れ込む
「なんで、今まで俺が介護をしてきたのに何もせずお前は遊び歩いていた!俺は俺だけでは面倒が見れないから、お前にも手伝うようにも言ったはずだ!死ね!このクズが!ゴミが!」
という負の感情がテキストとしてでてきたが、映像では空也は国語辞典を投げ飛ばすだけで一言も語らず、怒りに震えながら黙っていた。仁志はそんな空也に驚き、黙って部屋を去っていった。
また一年が経ち、空也の母の一周忌が過ぎ暫くすると、空也の部屋に仁志が女性と一緒に入ってきて女性を紹介する。一二三がカーソルをその女性に合わせると中田聡美という名前が出てきた。どうやら仁志の妻のようだ。仁志と聡美がいる時は笑って仁志の肩を叩いていて談笑していたが、三人が部屋を出ていき、空也一人になったとき、空也が机を何度も何度も叩き、そして、アルバムを取り出し、兄弟で撮った写真を何度も何度も鉛筆で穴を開け、ある程度開け終わると、息を荒げながら何かを決意したような狂気を宿した目に変わるように一二三には見えた。
空也は会社に電話をしていた。ズームにして会社の電話番号がのっていたので間違いはなかった。遺書の代わりに動画で誰かへのメッセージを残そうとしていたが、それを止め復元させないためか電子端末をハンマーで破壊し、何処かにでかけて行った。
一週間後、空也は部屋に戻ってきて、腹を抱え、涙が出るほど嗤い、睡眠薬を大量に飲み死んだ。
3日後に仁志が空也の死体が発見する。
2年の月日が経ち、空也の部屋に荷物を置く聡美。
6年が経ち、空也の部屋は美海の部屋になっていた。
そこで映像の編集を終了させた。
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次の日、正治に編集した映像を見せた。
「大便のシーン、仁志が兄さんに国語辞典を投げられるシーン、写真をブスブスするシーン、最後にお兄さんが笑っているシーンはいらないじゃない?」
一二三も同様に感じていた
「まあ、そのシーンは削除するとして、仁志はこんなモノを娘に見せて何をする気なんだ?」
と正治は頭を傾げていた。
一二三は知っていた。なぜこの映像を仁志が見せようとしているのかを、しかし、友人である正治には言えなかった。そして、この事実を知っているはずの仁志がわざわざ娘に見せようとしている事に嫌悪した。
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翌日、仁志と美海が来て、最初、美海は仁志の後ろに隠れるように挨拶もそこそこに部屋に入ってきた。
「久しぶり、美海ちゃん」
と正治が話すと、少し笑顔を見せた美海。
正治が仁志に国語辞典を渡すと
「ああ、ありがとー、綺麗になってるなー」
「ウチの修復技術をなめるなよ」
と正治と仁志はお互い笑った。
「映像付加はしてくれたんか?」
と仁志が聞くと、正治は一二三を指さし
「ウチの優秀なエースがやってくれましたよ。」
仁志が一二三を見ると
「そうか・・・兄ちゃんが・・・悪かったな」
申し訳なそうに言ってきたので
「ごめんなさいを言う相手が違うでしょう?」
と一二三は言った。正治の顔が見えたが、言葉に出さないが何かを感じ取っている様子であった。
「美海、お前に申し訳ないと思っているが、この本をよんでくれないか?」
と言って、国語辞典を美海に渡した。最初何がなんだかわからないという顔をしていた美海だったが、国語辞典を渡されて、それを一ページずつめくりながら読んでいくと、顔が苦しみに似た表情になり、最後まで読み終えた時、その顔は般若のようになっていた。
美海は「こんな物!」と言って、国語辞典を激しく踏みつけて、窓を開けて、車道に向けて、捨てた。車道に置かれた本は車に轢かれてボロボロになった。美海はキッと仁志を睨みつけ
「クズが!」
と言って、外にでていった。その様子を見ていた正治はため息をついた。仁志は一二三に
「兄ちゃん俺に隠していることないか?」と聞いてきた。
「ないです。もしかしたら見落としている部分はあるかもしれないです。」と一二三は答え
「もう一度見返したほうがいいですか?」と一二三が問うと、仁志は首を横に振って、結構、と言って、外の曇り空を見ながら
「自分はある日を境に引きこもりがちになった美海の理由が知りたかったや、でも美海はその理由を一切語ろうとしない。だから自分はあの本を使ってなんとかできたらと思っていたが・・・。」
目を一瞬つぶりゆっくりと目を開ける仁志。
「自分も薄々感じていたんや。兄の遺影を見るのを避けようとしている美海を見て・・・、兄は私を恨んでいたんやな。兄の死体を見た時、警察が言っていたんや。これは自殺じゃないかもしれんと・・・だから兄の死は今だに死因不明なんや。」
苦い嗤いを一二三に向ける仁志
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2日前に一二三が最後の映像を見ていると、美海が学校から戻って、ランドセルを机に置き、部屋をでると誰かと出くわし、誰かに手を掴まれ、美海はその手を振りほどこうと強く抵抗するが抗えず、着ている服はボロボロの状態になり、強い力に引っ張られ廊下にでた。しばらくすると、美海の抵抗する力を無くした手が部屋に映し出され、一定の速度で手だけが左右にずっと動く映像が続いた。
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