ドゥームスクリプト

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ドゥームスクリプト

 あなたはその死体の少年を見ている。少年の背後、とおくの方には森が、その向こうには海が広がっているが少年を観察しているあなたの視界にはぼんやりとした色彩としてしか映っていない。少年はしっかりとその足で立ち、片方の手はあなたと繋いでさえいるが、その体は冷たい。目は焦点を結ばず、口元をよく観察すると呼吸をしていないことも分かる。
 あなたは少年に振り向けていた体をもどして再び歩き出す。死体の少年は手を引かれて少し遅れてついてくる。ここはルート一一五を海側から南へのぼっている途中で、ヤンバル自然演算公園はすぐそこまで迫っている。
 右耳の受信機が振動して、男の声が続く。
 こちら司令部。イレブン聞こえているか?
 あなたは返事をしない。
 別にいい。聞いているのは知っている、と男の声は続ける。
 イレブン。貴様はいま命令違反を犯している。ただちに行動を中止せよ。さもなければ……おい、どうした。
 受信機の向こうが騒がしくなる。男の声が途切れるが通信はつながったままで、漏れ聞こえる物音から向こうで暴力的な何かが起こっていることがわかる。あなたは坂道を登る。少年の手を引く。反対の手に持っている火薬銃を握り直して重さを確かめる。そして一瞬だけ意識の空白がおとずれて、この数日の記憶を遡る。少年と共にボートで渡った大クレーター、あなたたちを逃がすために別行動をとった友人、墜落した残骸から引き出した棺と収められた死体。そして、あなたの意識が立ち上がった瞬間。
 ああ、まだ作戦を開始して七〇時間も立っていない。あなたはそう呟いたかもしれない。なんにせよあなたは小さく息を吐く。それを見ていたかのように、受信機からの声が再開する。
 イレブン? その声は先ほどのものと違い女性的に聞こえる。
 こちらイレブン、とあなたは応える。
 よかった。こちらは観光機構を制圧しました。これよりあなたたち第零番部隊カウントゼロはWHO存在情報事務局の指揮下に入ります。
 了解。
 あなたからの情報で迅速に行動できました。感謝します。
 いいよ別に。
 現地の活動が確認されたもう一人のエージェント、〇番隊員ダブルオーとの連絡が途絶えています。注意してください。
 はいよ。
 あなたの返事のあとに少しだけ間が空いて、再び受信機の声が話す。
 あなたがカウントゼロにいたとは。
 おれのこと知っているの?
 覚えていませんか?
 わるいね。このシステムが移植するのは精神傾向、いわゆる霊魂だけだから。まあそれももうすぐ消えるわけだけど。
 ええ、そのようですね。部隊の技術者もおさえました。あなたが“そこ“にいられるのはあと数時間だと。
 再び少しの間。坂道の終わりが近づいている。
 おれたちは親しかった? あなたは聞いた。
 あなたから仕事のやり方を教わりました。生き残り方と、殺し方と、救い方を。
 その順番で?
 ええ。この順番で。
 まあでも、あんたが知ってるそいつはおれの半分だけだよ。残りの半分は元のこの体の人格だから。
 ええ。それでも再びお会いできて光栄でした。
 ああ。
 では改めて指示を伝えます。対象を演算公園までエスコート。そのあとは対象の霊魂植え替え完了まで護衛をしてください。
 了解。任務を続行する。
 あなたは通信を切る。坂は終わり道路は平坦になっていて、右手には開けたパーキングエリアがあり、その向こう側はなだらかな丘が続き、最奥に石造りの城壁が聳えている。ヤンバル演算公園の基幹施設は十五世紀の王城遺跡地下にある。あなたは少年の手を引いて公園の敷地内、芝生が広がる丘へ足を踏み入れる。そこで違和感を感じて飛び退き、手じかな岩陰に身を伏せる。バランスを崩して倒れ込む少年を抱き寄せながら振り返ると、先ほどまで立っていた場所の数メートル後方に穴ができている。あなたがうつ伏せのまま腕を立て次の動きに備えたところで受信機に振動。
 あー、ダブルオーだ。イレブンだな? 受信機の向こうからしわがれた声。
 あなたは頭を下げたまま公園の地形を思い出す。城壁までは、ところどころにかつての石垣の名残と枯木が点在している。あなたは岩陰から体が出ないように伏せたまま移動を始める。
 お前は自分のしていることを分かってない、とダブルオー。
 あなたは慎重に移動し、反対にダブルオーの気配を探す。
 そいつは何十年もかかってやっと呼び出せた、よその世界からの《招待客|ゲスト》なんだぞ。それを環境演算なんて複雑なだけで遅い装置に移してみろ。私たちの世界はさらに何十年も遅れを取ることになる。そいつ、その死体はどれだけ動いても冷たいままだったろう? どういうことか分かるか? そいつは肉体じゃなくて周囲の空間を動かしてるんだ。その技術を解析するだけでも莫大な価値が生まれる。
 ここであなたはダブルオーの肉声をかすかに聞き取り、危険を冒して頭をあげる。数十メートル向こうにダブルオーを視認する。ダブルオーの周囲には飛行火器のガンモスキートが四機飛び回っていて、その中心に両手をコートに突っ込んだダブルオーが立っている。あなたは視界の端に違和感を感じて視線を真上に移すとモスキートの一機が上空からあなたを狙っている。反射で右腕が動いて持っていた火薬銃でモスキートを撃ち落とす。銃声が響き、あなたは立ち上がりながらダブルオーの方を見るとダブルオーもあなたを見ていてその口が動く。
 いたな、と受信機から声がする。
 あなたは少年をおいて駆け出し遮蔽物から遮蔽物へと移動する。その後ろをモスキートの銃撃がついてくるがかろうじて逃れて石柱に身を隠す。体を隠す一瞬前、あなたは少年の方を見る。少年は棒立で、ダブルオーはあなたを警戒しながら少年の方へ寄っている。あなたは石柱に背中を預ける。柱の向こう側、十メートルほど先にダブルオーがいて、さらにその奥に少年がいる。ダブルオーは少しずつそこへ移動しているはず。ダブルオーは複数のドローンを同時に操る霊魂深度を持ち、角度をつけてこちらを狙っている。あなたは気がつくと口の端をあげている。
 わらえるな、とあなたは小さく呟く。そのままの呼吸で柱から体を回しながら飛び出す。
 振り返りながらダブルオーの方をむくあなたの視界には四機のモスキートとダブルオーと少年。腰だめに構えた火薬銃をかすかに振りながら、引き金を五回引く。
 この一連の行動はあなたにはひどくゆっくりに思える。しかし、響いた銃声は一つ。そう聞こえるほどの早業で、実際ダブルオーは反応できない。モスキートは墜落し、ダブルオーは膝をつく。あなたは彼に近づいていく。
 警戒はしたんだけどな。ここまでとは、とダブルオーが言うが囁くような声で受信機を通してなければあなたにはほとんど聞こえない。
 ここでなら、とあなたは口を開く。ダブルオーに聞こえるように、ゆっくりと。
 ここでなら包括的な研究が行える。地政的にも様々な立場の人間が参加しやすい。
 あなたの言葉を聞いて、ダブルオーは唇を歪める。
 イレブン、お前の意識はもうすぐ消える、とダブルオーは言う。
 あんたもな、とあなたは言う。
 だから行動したんだ、とダブルオーは言う。お前よくもまあそんな悠長な連中に付き合ってられるな。
 あなたは答えない。
 いいか。そいつが、とダブルオーは頭を倒して少年を示す。そいつが現れたってことは、この世界よりも根元的な世界が接触を取ってきたってことだ。人間は今までのままではいられなくなる。
 あなたは答えない。
 ダブルオーは鼻を鳴らす。まあいいさ。
 あなたはダブルオーに歩み寄る。その目の前に立つ。
 なあ、私は任務を受けるときにこんな話を聞いた、とダブルオーは再び口を開く。
 この世界はより根元的な世界の住人が何かを知ろうとして生み出したのかもしれないと私に任務を伝えた奴は言った。根元世界の存在が、何かを演算するためにこの宇宙を生み出したと。そして、根元世界に存在しないような、例えば時間のようなものはその演算のための方向付けなんだと。
 ダブルオーはあなたを見上げる。
 お前は、この世界は何を検索した結果生まれたと思う?
 あなたはダブルオーの目をみる。
 私は、美しさ、だと思う。うつくしさとは何か? それを知りたくて根元世界の住人はこの宇宙を作ったんだと思う。だからこの世界にエントロピーの不可逆性を設定して、未来を見えなくした。時間を、つまり物語を生み出したんじゃないか?
 あんたけっこうロマンチストなんだな、あなたは言う。
 お前はどう思う? ダブルオーが再び聞く。あなたは考える。
 おれは、とあなたは口を開く。しかし言葉が続かない。
 どう思う? ダブルオーの瞳は問い続けている。

 

文字数:3543

内容に関するアピール

 諜報アクションを書いてみました。なかなか分量に苦戦して、半端なスケール感になるよりはと思ってフラッシュフィクションくらいの文字数に落としてみました。

文字数:75

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