ライト・ア・ライフ
(一)
「悪い。遅くなった」
約束していた時間ぴったりに朔人は姿を現すと、一歌の対面の座席に腰を下ろす。職場で顔を合わせることは珍しくないが、二人だけで食事をするのは三年ぶりだった。
直前にベンチャーキャピタルの人間と会っていたらしい。追加の資金調達の必要はほぼないこと、事業スケールの想定時期にズレがあることが話題に出るが、この場で議論が求められていないことは一歌もわかっている。明日の天気のような話だ。夕方から雨が降りそうだと言われたなら、傘を持っていけばいい。
朔人はメニューからいくつかの料理をピックアップし一歌の気分と腹の空き具合を探ると、視線で店員を呼びつけて最終的にやや修正したオーダーを取りまとめる。薄く華奢なグラスに入ったハートランドで乾杯し、いい店だ、と何の情も含まずに言ってみせる。ストリアAIに聞いたら三軒出てきたから、そのうちいちばん高いところにした、と。
あまり五反田らしくない、神楽坂あたりにありそうな創作中華とナチュールワインを売りにする店だった。打ちっ放しのコンクリートと剥き出しの木材を主体にした内装はいかにもモダンだったが、椅子の座面は広く、テーブル同士の間隔も贅沢にとられている。価格は高く、フィルタが機能しているのだろう、それなりに客は入っていたが節度が保たれており、店内は静かなくらいだった。個室は見当たらないが、カジュアルな会食にも十分使えそうだ。
詰まるところ、自分と楽しく飲みたいわけではなく、やはり何か話があるのだ、と一歌は結論づける。それも、なるべく重く聞こえすぎないように気を遣うほど重い何かが。
鴨肉の冷菜の噛み心地が急に悪くなる。
さっさと本題を切り出して、楽にしてほしい。でも朔人がそのようにしないことは、一歌が一番よく理解している。
全ては地球の自転のように執り行われる。急ぐことも滞ることもなく、一日一周、きっかりと。彼の時間はあるべき流れの元、物事を首尾よく進めるためだけに存在する。幼い頃から何も変わらないな、と思う。そういうところが苦手だったし、皮肉もなく尊敬していた。
「実際一歌がジョインしてくれてから、ストリアは次の成長フェーズに入れた」
話のトーンが変わったのは、ワインを互いに一杯ずつ飲んだ後だった。朔人はチェイサーに口をつけた流れで、あくまで何気無くそう切り出した。
なに急に、と愛想笑いを返しながらこの後の流れを想像する。解雇通知だろうか。いや自分の今の立場は役員で被雇用者ではないから、解雇ではなく解任が適切か、などどうでもいいことを考えながら、やはりそれはないだろうと思い直す。
朔人にとっては解雇通知なんて、事務連絡の既読の証にスタンプをつけるくらい簡単にやってしまうはずだ。それが例え、自ら勧誘した人間への処遇であったとしても。
ストリア。
今や国内を席巻する創作小説コミュニティであり、その運営として朔人が代表取締役を務める企業の名前でもある。
十年前、いわゆるSNSと呼ばれる、個人が不特定多数に向けて短文や画像や動画を投げる手段は、この国で一斉に規制された。発信できるのは法人と、国の許可を得た一握りの著名人だけになり、一般人が何かを表現する窓口は塞がれた。個人が世界に向けて言葉を放とうとするなら、方法は一つしかない。
長い文章を書いて、作品に託す。言いたいことがある人間は、記事や小説を書くようになった。
ストリアはそこに立った。土台には創作を支援するAIアシスタントがあり、ユーザーの読書傾向を学び、書く側に回ったときの手つきに寄り添っていく。コンテンツを読めば読むほど、ユーザーはストリアの中で自分らしさを獲得でき、コミュニティの中でその自分らしさは評価されていく。
法規制の波に乗ったのもあり、勢いは爆発的だった。
しかしその後、元々小説を書いた経験のない新規層が大幅に流入すると、作品の質の低下が問題になった。
そして、一歌が呼ばれた。
「俺たちがやってきたことは、付け焼き刃で固めた装飾品をそれらしくパッケージングしただけだったんだと思い知らされたよ。これでも、質にこだわってやってきたつもりだったが」
芝居がかった口調で、自嘲気味に朔人が笑う。おそらく嘘だろうと一歌は思う。規制の法改正をチャンスと捉え、質を度外視しても、認知を広げること最優先でドライブをかけたはずだ。一歌の知っている朔人は、勝負のしどころを絶対に間違えない。
「正直言って、一歌がいなければ、ストリアはもうこの世になかったろうな」
それもだいぶ怪しい。
「私もまさか、自分の研究がビジネスに役立つなんて思いもしなかったけど」
「俺もまさか一歌と仕事をするなんて思いもしなかった。それまでずいぶんお互い遠い世界にいたからな。が、研究。そう、研究なんだ。今日したかった話は」
ここか。一歌は胸を撫で下ろす。ようやく今日のメインディッシュに一歩近づけそうだ。
「ストリアの開発に詰まり、こういう方向性での改善ができないか、と考えたとき、初めてデジタルヒューマニティという研究分野を知った。それで、研究者のデータベースを漁り一歌を見つけたわけだが、俺はそのとき思ったんだ。なぜ一歌はこの分野を選んだんだろう、と」
微かに胸が脈打つ。
AIの解析力で、歴史に埋れた文学作品や未だに何を表すかわからない太古の資料に新たな法則や意味を発見するデジタルヒューマニティと呼ばれる研究分野(分野というよりは手法と呼んだほうが正しかったが)が一歌の専門だった。特に一歌は、歴史上は特に意味を成さない民間人同士の手紙や文書のやりとりから、主流である通説に別の見方を示唆するマイナーテキスト解析において、業界では名が知られている。
「それがわざわざ私をここに呼び出して、聞きたかったこと?」
「そうだ」
間髪入れずに頷く朔人を見て、これは逃げられないな、と悟る。それと同時に、一歌の頭の中にはある可能性が浮かんだ。
「もしかして……」その先は言葉にならず消えてしまう。
この数年で、微かにそれを考えたことはあった。でも波打際に書いた砂文字のような儚いきらめきでしかなかった。朔人という人間に限ってそんなことはあり得ないという固定観念は夜の海のように不気味で大きく、あらゆる可能性は検討する前に飲み込まれていってしまう。
テーブルの上にいつの間にか、飾り野菜を添えたアイナメの包み揚げが置かれている。固まる一歌をよそに、朔人はナイフでそれを切り分けると、黄金色のソースをたっぷりと纒わせて口に運んだ。
今日は珍しくもう飲まないらしい。朔人は満足げだった。一歌はまだ何も答えていない。しかしその様子を見て、朔人は自身の望む答えを一歌が持っていることを確信しているようだった。
そんなはずはないと思った。でも、もしそうであるなら? だとしたら、なんで今? やっぱりそんな訳ないだろう。
波は、引いて、打ち寄せて、無言の空間にナイフとフォークが皿とぶつかる音が流れる。朔人はもはや、単純に食べることを楽しんでいる。会話の流れもなく、駆け引きもなく、ただ聞きたいと思ったから、一歌は質問をぶつけた。
「朔人がストリアを始めた理由も、私と同じってこと?」
「そうじゃなかったとしたら、何だっていうんだ」
呆れるような、でも微かにほっとさせるような物言い。そう答える朔人の表情に、一歌は今日初めての姿を見た。ストリア代表取締役としてではない、幼い時間を共に過ごした、自身のたった一人の兄の姿。
そうだったのか。
それと共に、一歌の脳内に夜明けのイメージが流れ込む。水平線の向こうからわずかに日が差し、闇が白んでいく。今までそんなことを期待しつつも、手段を選ばず事業を進める兄を見て、そう願うのを諦めてしまった。
でもずっとそうではなかった。むしろ自分だけが誤解していたのだ。
兄がストリアを興したのは、市場の優位性や成功の再現性ではなく、自分たちの前から姿を消してしまった、彼のため。
「凪が、ストリアにいるかもしれない」
一歌が長い間避けてきた名前を、兄妹がそれぞれの進路を選んだたった一つの理由を、朔人は躊躇いもなく口にする。
朔人はポケットからスマホを取り出すと、一歌の前にストリアの画面を開いてみせた。画面には、虹色の結晶のアイコンと共に、一人の書き手のプロフィール画面が映し出されている。
「カレイドというユーザーの投稿作品が今問題になっている。おそらく、俺はこれが凪だと踏んでいる」
一歌は幼い頃の風景を思い出していた。放課後の河川敷、給水塔の上。一歌がいて、朔人がいて、そして町野凪がいた。
皿の上で冷え始める魚とは対照的に、頭は過去に向け熱を帯び始める。意識が空間を抜ける。自分の人生はあのときに意味をもったのだと、そう信じたし、今も信じていたいのだという動力で、ずっと奥にしまったフィルムに書き込んだ想いが回りだす。
(二)
「つぶみ売り切れだ!」
あの頃は、思ったことを何でも口に出していた。中学校の裏にはダンプが出入りする残土処分場があって、砂埃にまみれていた。その脇には商品ラベルが日焼けしまくった自動販売機があり、珍しいジュースが格安でラインナップされていた。
一歌の右手の中で行き場を失った百円玉を、朔人はひょいとつまみ上げると、何の迷いもなく大容量で薄く嘘っぽい味のするオレンジジュースのボタンを押す。
「これでいいだろ」
一歌としてはもう少し迷いたかった。でも迷いたかっただけで、結局つぶみの次点はいつもそのオレンジジュースと決まっていた。夏の季節であれば尚更だ。朔人はそのことを一歌自身よりよく知っていた。
一歌が中学に上がる直前、市内では教員の過労問題が立て続けに三件発覚して、ちょっとした事件になった。当時は知る由もなかったが、教育委員長が引責辞任して、部活はしばらく週三回までとなった。自分たちのことしか考えていないこちらとしては、たまったものじゃない。
一歌が中学に上がってからしばらくも、その取り組みは継続していた。したがって、中一と中三の兄妹は、火曜と木曜に避難できる場所を探していた。一つ屋根の下で、あの母と過ごす時間は最小限にしなければならない。話し合ったわけじゃなく、同じ目的を二人は共有していた。日陰で、雨を避けられて、誰の目も届かず、できれば落ち着いて本を読める場所を探す。そうして春も終わりそうな季節に、二人は都合のいい隠れ家を見つけた。
背丈ほどもある草が生え茂って誰も近づかない河川敷には、使われなくなった古い給水塔が立っていた。全長は十メートルくらいの小さなもので、黒ずんだ貯水タンクが最上部に陣取っている。ポイントは下から三メートルくらいの中腹部に、おそらく作業をするための足場が設けられている点だった。足場は大人が五人は寝られそうな正方形のスペースで、ハシゴがかけられた陸側の面だけが、人が入れないようにベニヤ板を打ち付けられて閉鎖されていた。つまり、一度足場まで登ってしまえば、ベニヤが目隠しになって、通行人から見えることはなかった。
足場に入るのは簡単だった。生え茂った草を掻き分けて、辺りに誰もいないことを確認しハシゴを登る。中腹部についたら脇の柱に手をかけて、ベニヤ板がない面から、するっと身を滑り込ませることができた。
すばらしい隠れ家だった。コンクリートでできた正方形のスペースは、上部の給水タンクが日除けになり、冷んやりしていた。埃っぽくはあったが、目立った汚れもなく虫もおらず、対岸には工事現場の囲いが長く張り巡らされていて、こちら側に人の視線が入ることはなかった。柱の根元に、誰が置いたのかもわからない緑色のライターが一つ落ちていて、それはずっと同じ場所にあった。
そして何より、隠れ家には先客がいた。華奢な体つきの少年は、朔人と同じ中三なのに、中一の女子である一歌と同じくらいの背格好だった。髪の毛の一本一本まで細く、油断しているとこちらの視界から消えてしまいそうだった。夏でもオーバーサイズの長袖と長ズボンで、いつもよれたシャツを着ていた。こんな昼間から給水塔に潜む幽霊を見つけてしまったと、一歌は最初に会ったとき本気でそう思った。
幽霊は町野凪と名乗り、朔人の隣のクラス名を言った。それまで朔人は彼と喋ったことがなかった。なぜなら彼は、誰とも喋りたがらなかったからだ。
大丈夫、というのが凪の口癖だった。主に、相手からの申し出を断るために使われる。
「飲む?」差し出されるつぶみに、
「大丈夫」
「一口いる?」家から持ち込んだたけのこの里に、
「大丈夫」
ただ、どれだけ断られても朔人は与える人間だった。手を変え品を変え、形あるものから形のないものまで、朔人は凪が求めるものであろうものを提示し続けた。今になると、それは朔人なりに人を知る手段だったのだと思われた。
「何なら要るんだよ……」
答えを求めるでもないぼやきは、給水タンクに反響して妙に響いた。
一歌は柱に背をかけて読みかけの本のページをめくる。凪はあぐらをかいて、家から持ってきたというノートパソコンのキーボードを叩き続けていた。朔人が喋らなければ無言の時間が多く、でも居心地は悪くなかった。見上げれば暗く無機質なタンクの底が映り、カビと草いきれが混じったどんよりとした夏臭さが鼻につく。その一つ一つに一歌は暖かさを感じることができた。
ノートパソコンというものを、一歌と朔人は生まれて初めて見た。学校のコンピュータルームにあるのとは違う、シルバーの分厚い板が二つ重なったボディに太字でFMVと書かれたロゴはクールな印象を与えた。もっとも無線通信などはない時代に給水塔で孤立したノートパソコンは、ただのワードプロセッサーとしか機能していなかった。
凪はずっと、それで文章を打ち続けていた。
「ずっと何をやってるんだ?」
凪は少し沈黙をして、顎に手を当てて考える。
「大丈夫」
何も答えになってない返答に、朔人は脱力して笑った。
やがて日が経つに連れ、朔人は自身の勉強用具を持ってくるようになった。学校の教科書では扱わないハイレベルな問題集を特に目標もなく解き続けた。そうして、一歌は本を読み、朔人は勉強をし、凪はキーボードで何かを打ち続ける、放課後の日常風景が完成した。何かあれば短い会話を交わしたし、日が落ちたら別れた。
夏休みになった。長く続いた豪雨の後の、異様に日差しが強い日だった。
学校もなく外にも出られない日々は、兄妹にとって苦痛以外の何者でもなかった。父は家にいない。母は自分たちを家にいないものとして扱う。母の愛情は自分たち以外——、年の離れた弟にだけ注がれる。弟が生まれてから母はおかしくなった。弱くいたいけな末子を気にかける母の声で溢れた家にいると、こちらまで頭がおかしくなる。
だから朝起きたときにすっかり雨が上がっているのを見ると、一歌はすぐに朔人と顔を見合わせた。自分で炊いたご飯で器用におにぎりを握る朔人は、「さっさと着替えろ、すぐに行くぞ」と顔で喋った。一歌は駆け出した。母の財布から数枚の百円玉をくすねていった。お互い様だ、と思っていた。
一歌としては、その場所のことを秘密基地と呼びたかったし、実際に呼んでいたが、朔人に子供っぽくないかと言われて奥に引っ込めた。朔人としてはそこまで他意はなかったかもしれないが、あの頃は一挙手一投足が大人として振舞えているか、ということに敏感だった。結果、他にどうとも呼べなくなって、あの場所のことは『あの場所』と呼ぶようになった。
あの場所はずいぶん雨が吹き込んだらしかったが、被害らしい被害は見当たらなかった。水たまりとも呼べない大さじの落とし物が点々とあるくらいで、いつもの景色は二人を変わらず出迎えた。ノートパソコンだけが置かれていて凪は不在だ。どこにいるんだろう、と辺りを見回していると、頭上の給水タンクからごん、という物音がした。俺が見てくる、という朔人の申し出を断り、二人でハシゴを登る。
給水塔の上には凪が座っていた。何やってんだ、こんなとこで、と朔人が呼びかけるが、返事があることに期待しているわけでもないので、そのまま隣に座る。一歌も倣って。三人で横並びになる。
草が自分勝手に生い茂る河川敷、対岸の何を作っているかもわからない工事現場を見下ろす。人はどこにも歩いていなかった。ただ川と、生い茂る草と、工事現場が続く単純な風景。今日も暑くなりそうだという真夏の予感が辺りに漂い始めている。
「これ」
おそらくそんな声を発しただろうと思った。凪は百枚以上はありそうなプリント用紙の束を二つに分けて、両隣の朔人と一歌にそれを手渡した。
「何これ?」
反射的に一歌は声を上げて、紙に目を走らせる。中には文章がずっと続いていた。「わたし」という人間が、別の人間と「 」付きの会話文でやり取りをする描写から始まる。これとよく似た形式のものを、一歌は普段の生活でよく知っていた。
「小説?」
凪はロボットのように首を一度だけ縦に振る。
そのとき、一歌はこれまでの凪の行動を思い出していた。晴れている日も雨の日も、凪はずっとここでパソコンのキーボードを叩き続けていた。質問しても何を書いているかは教えてくれなかったが、もしかしてこれは、
「凪が、書いたの?」
凪はもう一度頷いた。表情は何も変わらなかったが、先ほどよりも少しだけ強く頷いた気がした。
(三)
ストリアのランキングに、カレイドの姿はない。
ランキング上位者ともなれば、最新話のビューは何百万ということも珍しくはないが、カレイドが獲得しているビューはせいぜい数百、獲得読者に至っては数人しかいない。無課金の駆け出しユーザーが一週間で到達できるレベルに過ぎない。
なのになぜ、カレイドはストリアで注目を集めているのか?
一歌はカレイドの獲得読者を確認する。板東風紋、虹乃音、ムシロタイキ、炭酸棒——、いずれもランキング上位に名を連ねるノベリストインフルエンサーたちだ。絶大な影響力を持つ彼らがストリア上のコミュニティで騒ぎ立てたことで話題が一気に拡散した。
しかしそれにも関わらず、カレイドの読者は一向に増えていない。ストリア上はカレイドの話題で持ちきりなのに、カレイドの作品は他の誰にも読まれていない。
読者ロックがかかっているからだ。
ストリアでは、作品ごとに読むことのできるユーザーを指定することができる。狭いコミュニティの中だけで共有したい、非常にジャンルの限定された作品を想定して設けている機能だったが、カレイドはこれを極端な形で使用していた。
読者は現在七人。公開作品も七作品。
つまりカレイドは、一つの作品に対し、一人のユーザーにしか読む権限を与えていない。そしてその七人が、ランキング最上位で、作品以外の発信も許されているノベリストインフルエンサーたちというわけだ。
カレイドの作品が一般ユーザーに読まれていない、というのは語弊がある。そうではなく、一般ユーザーはカレイドの作品を読みたくても読むことができない。その不可能性こそが、この騒ぎを大きくする一因になっていた。
一歌はタクシーを降り、洗足池にある自宅マンションへと戻る。エレベーターの鏡に映る自分の顔が、いつもより間延びして見えた。案の定、部屋に戻ると既に灯は政信と寝入っていた。最近はパパと一緒でも寝てくれるようになったからありがたい。行動の制限はいくらかマシになった。
化粧を落としさっとシャワーを浴びてしまうと、買い置きしているサンペレグリノのペットボトルを片手に、ダイニングテーブルの上で業務用のMacBookを起動する。明日の役員会に出す資料のスライド作成だけ、ストリアAIに投げて放っておく。数十秒で戻ってくるのはわかっていた。
一歌は株式会社ストリアの役員にしてコンテンツクオリティの管掌なので当然マスター権限を持っている。読者ロックがかかっていようが、ストリア上のあらゆるデータに、公開許可範囲を超えてアクセスできる。
カレイドと名乗る書き手が、七人のインフルエンサーそれぞれのためだけに書いた、七つの作品。
その中でもっともお気に入り登録が多い——中身が見られないのにお気に入りには入れられている——作品に目を通す。
母子家庭の親子関係に焦点を当てたヒューマンドラマだった。互いに相手を思いながらも起こってしまうすれ違い、娘が存在を知らなかった兄の登場、母の気遣いが悪い方向に働き、却って娘を死なせてしまう結末。夜十時のドラマでありそうな平凡な話だ。ただ、それが何によってもたらされているのかがわからないが、妙なリアリティーがあった。
『シロツメクサの鎖』と題されたこの作品を受け、たった一人の読者であるストリアランキング三位のムシロタイキは筆を折る宣言をしている。そのセンセーショナルさも相まって、その作品はカレイドが書いたものの中でも一際大きな注目を集めていた。
もちろんお話としてよくはできている。
けれどこの程度のクオリティであれば、同等以上のものはストリア上に溢れていた。
一歌は炭酸水を流し込み喉を焼き付かせると、天井の一点を見つめた。
この作品が、インフルエンサーを絶筆宣言させるほどの衝撃を与えるだろうか?
疑問が浮かぶ。そして、そうした疑問が浮かぶ先には、どうしようもなく凪の顔がちらついてしまう。説明がつかない妙なリアリティーのある描写、読む人間によって変わる評価、たった一人のために書かれた作品。そして、それに魅せられた私たち兄妹二人。
一歌は、先ほど店を出る際に朔人と交わした最後の会話を思い出す。
「余命一年ってとこらしい」
明日の天気の話でもするように朔人はぽつりと言った。俺のな、と付け加える。
聞き間違いであったかもしれない。席を立った一歌は、歩くペースを崩さずに店の外に出た。朔人の顔を見ることはできなかった。
「グリオブラストーマという。いわゆる脳腫瘍ってやつだ。人知れず進行していてもうどうしようもないということだ」
どんよりとした空気が、真夏の五反田の夜を包んでいた。雲が分厚い。蒸し暑い。
いくつかの反論が思い浮かんだ。海外も含めた症例に当たれているのか、誤診の可能性はないのか。その全ては言葉にする前に消えた。朔人がそんなこと考えていないわけがない。朔人が言うからには、本当にあらゆる手段を検討した上で希望がないのだろう。
「そんなに深刻な問題じゃないんだ。笑われるかもしれないが、俺は昔から長く生きられない気がしていて、いつ死んでもいいようにしていた。それで今、家族も遺せたし事業も興せた。会社のことは心配いらない。安定フェーズに入っていたし、どちらにしろ、そろそろ俺じゃなく大西さんが回すほうが適切だとも考えていた。ただ、心残りが一つだけある」
ようやく話がつながった。一歌の研究の動機をなぜ朔人が知りたがっていたのか。あのとき凪の力を知ってしまった世界でも数少ない人間が、あのときと同じ感情で再びつながれるのかを確かめたかったのだ。
「俺は残りの人生でカレイドの正体を突き止めて、どこかで生きているはずの凪を探したい、それで」
朔人が言葉に詰まる。無理もない。自分よりも、あれから朔人はずっと、複雑な思いを抱え続けてきたのだろう。
「あのときの話の、続きがしたい」
ぽつぽつと雨が降り出した。ブラウスを嫌な湿気が蝕んでいく。朔人はタクシーを呼んでくれる。タクシーのドアが閉まるとき、協力を頼む、と朔人は一言だけ言った。
たった一人の兄の命まで持ち出されて、頷くより他なかった。
一歌たちはそれぞれ別の家に帰る。
実家はもうあの場所にない。家族という言葉は別の人間を指す意味に変わった。河川敷に立っていた古い給水塔はもうない。凪は、ここ二十年行方がわからないまま、世間としては死んだことになっていた。
カレイドの正体は、本当に町野凪なのか?
もし本当に凪だとして、なぜこの二十年何の音沙汰もなかったのか。なぜ今になってまた小説を書き始めたのか。
一歌にはまだ何の判断もつかなかった。
ただ、と一歌は思う。
リビングの光が差し込む寝室の向こうに、寝息を立てる灯の無防備な姿を見つめる。六歳になる一人娘だった。夫である政信の腹の上に小さな足が投げ出されている、そんな光景を眺めながら、すっかり気の抜けてしまった炭酸水を飲み干す。
カレイドの作品を読みふけり、夜がだいぶ深まっていることを知る。明日も早かったし、明後日も早い。ずっと早い。歯磨きをする。もう一度念入りに保湿をする。洗面台の隅で、灯が使っているいちご味の歯磨き粉のキャップが行方不明になっていた。
刺激を求めて、好奇心だけを原動力に首を突っ込める現実は、もうない。凪の危うさと、無垢な邪悪さと、それ故の魅力と。それらがもたらす影響を考えたとき、一歌には不安がよぎる。今守れているものが、守れなくなってしまうのではないかという不安。
朔人には悪い気持ちもあったが、それが一歌の正直な気持ちだった。
私は本当に、凪に戻ってきてほしいのだろうか?
兄と違ってすぐに確信を持てないのが、悪い癖だった。確信を持つために必要なのは情報だ。一歌は明日から取りかかるべきことを決めて、布団に入る。まだ頼りない小さな手を握りしめて、離さないと誓う。
(四)
『ほっとかれ姫』は可哀想なお姫様の話だった。彼女は子どもの頃から、なんでもよくできた。でも才能があったわけではない。国王と女王である両親に褒められるのが嬉しくて、何でも努力するようになったから、できることが多かった。でもやがて彼女に弟が産まれると、みんな何もできない無力な赤ん坊をかわいがり始めた。姫はもっと努力をして、注目を集められるようにした。でも、誰も見向きもしなかった。ある日、姫は気づく。弟の真似をして、無能な自分を演じればいいのだ。姫はわざと悪いことをして、周りの人に迷惑をかけるようにした。これで皆褒めてくれるはずだ。でもそうはならなかった。両親は姫を叱って、ますます弟をかわいがるようになった。姫は理由がわからず途方に暮れた。まだまだやり方が中途半端なのかもしれない。もっと迷惑をかけなきゃいけないんだ。姫はもっと悪いことをした。両親も友達も途方に暮れて、周りの人はだんだんと姫から離れていってしまった。
大まかに要約すれば、一歌が凪からもらったのはそんな話だった。よくある童話のような話だ。でも、その話は間違いなく当時の一歌を掴んでいた。
給水塔の上の世界は、物語とは別に時を刻んでいた。急に自分の体の感覚が戻ってくる。ひどく喉が渇いたし、体がだるい。蒸し暑さにやられている。河川敷と工事現場が続く景色には、夕陽がかかり始めている。変わらず人の姿はない。自分しかいないような気がする。誰とも現実的な接続を持たない、あいまいな夢の中でしか訪れることのできない幻想の街にいるような心地がした。
「どうだった?」
風の妖精のように、凪が隣に現れる。今日着ているシャツは全部白で、黄泉の世界の制服のように見える。
それをそんなありふれた言葉で形容していいのだろうかと迷いながら、一歌は良かった、と一言だけ言った。夕日を反射した川が、オレンジ色の煌めきを放っていた。
凪は両手を空に伸ばす。何かの形を作ろうとしながら喋り出す。
「世界でいちばんの感動を作りたいんだ」
大丈夫、以外の凪の声を久々に聞いた。
「若きウェルテルの悩みって知ってる?」
一歌は首を振る。
「昔のドイツの小説で、悲劇的な境遇の主人公に自分を重ねた読者が、読んだ後に自殺しちゃったんだって。それも一人じゃなくて、何人も。何百年も前の、たかが本なのに。おかしくない?」
凪は饒舌に喋る。ダムが決壊したみたいに、言葉がなだれ込んでくる。
「本当にそんなことが起きるんだったら、それが世界でいちばんすごい小説なんじゃないかって、僕はずっと思ってて。でもどうやったらそうなるのか、誰も説明できないんだよ。ゲーテもたぶんわかってない。だから僕が知りたい」
やり方はわからないけど、と凪は続ける。
「たくさんの人のために書けるほど僕はうまくないから、たった一人のために書くんだったら、僕にも書けるように思って」
「この小説は、私のためだけに書いたってこと」
「最初に出会ったときから、そのつもりで書いた」
通りで、『ほっとかれ姫』の物語は、自分の置かれた境遇にそっくりだった。凪はあのパソコンで、私だけが読むための小説をずっと書いていた。
でも、その目的は、
「どう、死にたくなった?」
凪が目を輝かせて、一歌の顔を覗き込んで言った。
「え……」
背筋をすっと、冷たい指先がなぞるような心地がした。一歌は凪から目を逸らした。反射的に朔人の方を見た。朔人は、凪の右隣で、一歌と同じようにプリントアウトした用紙の束を握っていた。身体も、表情も動かさず、対岸にある工事現場の一点をずっと見つめていた。読んだら死んでしまいたくなるような小説。一人のためだけに書かれた小説。一歌と同様に、それを朔人も読んだ。
「朔人!」
考える間もなく叫んでいた。自分の意思でもなく身体が起き上がり、駆け寄って朔人の手を握った。朔人は握った手を返さなかった。ただ一点だけを見つめたまま、ぶつぶつと何かを呟いていた。
一歌が凪と会話らしい会話をしたのは、結局そのときが最後になった。
一歌はあの場所を遠ざけるようになった。
凪には会いたかった。でもあのとき感じた寒気を、もうこれ以上深く知ってはいけない気がした。
家に帰れない放課後や休みの日は、図書館にこもるようになった。前よりもずっと本を読むことが多くなった。でも何か、心臓を乱暴に鷲掴みされるような体験は、あの日以来遠くなっていった。凪のことが怖くなった。それなのに、自分の心の形を作り、何にどんな反応をするのかのルールを作ったのは、凪の書いた言葉だという気がしていた。それで死ぬかどうかはわからないけれど、少なくともそのくらいの影響を受けていた。
「行ってきます」
誰に聞かせるでもない独り言を放って、朔人は毎朝六時に家を出る。そのことを一歌はベッドの中で把握してから二度寝する。
一歌は中三になり、朔人は高二になっていた。朔人は、部活の朝練だと嘘をついて、ずっとまだあの場所で凪と会っているらしかった。二人が随分親密な様子で河川敷に消えていく目撃情報を、同様に朝練が早いバレー部の友達からキャッチしていた。
それから二人に何があったかは知らない。ただ、三人が出会ってから三年が経って、一歌が高校生となったある日の夏、市内では少年が川に流されたと騒ぎになった。流されてそのまま行方不明となったのは町野凪。その場に居合わせたのは松川朔人で、他に目撃者はいなかった。
あれから二十年が経つ。未だに町野凪の行方はわかっていない。
(五)
「それで、なんて言えばいいのか、僕にもよくわからないんですけど」
ムシロタイキは重そうな麦茶のポットを片手で掴んで、グラスに注ぎながらそう言った。
笹塚駅から歩いて十分ほどの、築四十年は経っていそうなワンルーム。ストリアのランキング三位の書き手が住んでいる部屋には、見たところ紙の本が一冊もなかった。代わりに、玄関から続く壁沿いには、プロテインと思しきよくわからない粉の袋が几帳面に十数個並べて置かれていた。
二十四歳だという。想像していたよりずっと体が大きく、そして声が小さかった。麦茶を注ぎ終えると、彼は冷凍庫を開けて、製氷器から氷を取り出す。一つ、二つ、三つ、何かを検分するように慎重深くグラスに落として。自分の分にも、同じように三つ。
一歌の来訪の名目は、絶筆を宣言したトップランカーへのヒアリングということになっている。実際、コンテンツクオリティを管掌する役員としてそれは職務の範囲内だったし、社内的にも不自然な動きではなかった。
「例の作品を拝見しました。マスター権限で読めてしまうので、お断りもせずに申し訳ないのですが」
タイキは表情を変えなかった。むしろ、そのことを気にしてもいない様子だった。
「読んで、どう思いました?」
「よくできた話だとは思いました。ただ——」
この程度の作品だったら他にもたくさんある。そう続けようとして、一歌は言葉を止める。目の前の人間に対して、それは失礼な物言いだった。
「言っていいですよ」タイキは薄く笑った。「僕もたぶん同じことを思いましたから」
え、と一歌は声を漏らす。
「読み終わってすぐは、こんなもんか、って思ったんですよ。正直。母子家庭で、すれ違って、兄が出てきて、最後に娘が死ぬ。ベタでしょ。僕だってもっとうまく書けます」
それなら、なぜ。
「でも、途中で気づいたんです。あの話に出てくる母親、麦茶に氷を三つ入れるんですよ」
グラスの中で、氷が小さく音を立てて崩れる。
「うちの母がそうだったんです。二つだと濃いままだし、四つだと最後に薄くなりすぎる。三つがちょうどいいって。それを見て育ったから、僕も三つ入れる。ずっと」
彼は自分のグラスを持ち上げて、しばらく眺めていた。
「僕、そんな話、誰にもしたことないんですよ。母が死んだのは高一のときで、それからは誰とも住んでないし、家に人を上げることもなかったし。なのにあの小説には書いてあった。母が氷を三つ入れる理由まで、母の言い方のまんまで」
一歌の中で、何かが急速に冷えていく。
「怖くなって調べたんです。自分が今までストリアに投稿した作品を、全部。そしたら、あったんですよ。三年前に書いた短編に、一行だけ。喫茶店のシーンで、店員が麦茶に氷を三つ入れる描写を、意味もなく書いてた。僕自身、書いたことも覚えてなかった」
それだけじゃない、と彼は続ける。母の口癖の言い回し。団地の階段の段数。母がパートから帰ってくる時間。自分の書いたものの中に、無意識に散らばっていた自分の破片。カレイドはそれを一つ残らず拾い集めて、並べ直して、一つの物語にしてみせた。
もちろん、息子が娘になってたり、設定が全部現実と同じというわけではないんですが、と断って、
「だからこそ余計にリアルに見えました。カレイドは、僕が忘れてたことまで知ってて。僕より、僕のことを覚えてた」
だから筆を折る、ということですか。一歌は聞いた。
タイキは首を横に振った。
「そうじゃないんです。そうじゃなくて——」
彼はそこで、初めて言葉を探すように黙った。エアコンの効きの悪い部屋に、外を走る車の音だけが入ってくる。
「僕が今まで書いてきたもの、全部、あの人がこれを書くための下書きだったんだなって、思っちゃったんですよ。そう思ったら、もう」
もう、書けないでしょう。
そういうことだ。
一歌は、ここに来る前に確認したことを思い出す。カレイドの読者になっている七人全員が、自分の書いたものについて、日常的にストリアAIに相談していた。それは何ら異常なことではない。書き手なら誰でもやることだ。
一歌自身も書き手ではないが、ストリアAIに何かを相談することは多い。
「ムシロさんは」一歌は聞いた。「ストリアAIは、まだ使ってます?」
「使いますよ。当たり前じゃないですか」
彼は不思議そうな顔をした。
「使わないほうが損でしょ」
帰りのタクシーの後部座席で、一歌はストリアを開く。
カレイドのプロフィール画面。虹色の結晶のアイコン。プロフィール文は空欄で、投稿作品は七つ。フォロワーという概念はストリアにはない。あるのは読者だけだ。
ソーシャルメディア規制法の影響で、ストリアのダイレクトメッセージ機能は一往復につき五十文字までと定められている。長い言葉を交わすには、作品を書くしかない。そういう設計になっている。
一歌は入力欄を押す。
あなたは誰ですか。そう打って、消す。
どうしてタイキさんにあれを書いたんですか。打って、消す。
指が止まる。窓の外で、甲州街道の街灯が等間隔に流れていく。首都高の高架下に貼られた献血のポスターが、雨に濡れて片側だけめくれていた。
この二十年、一度も口に出さなかった音を、一歌は親指で組み立てる。たった二文字。
——凪?
送信した後で、一歌は自分のしたことの馬鹿らしさに笑いそうになる。三十六にもなって、二十年前に行方不明になった友人を見ず知らずのユーザーに重ねている。もう全部忘れよう。そう思った。
既読がついたのは、三秒後だった。
返信は、それからさらに二秒後に来た。
——大丈夫。
タクシーが赤信号で止まる。一歌は画面を見つめたまま、動けなくなっていた。
(六)
結局、一歌が朔人にその質問をぶつけることは永久にできなかった。
予定は入れていた。翌週の火曜日、十九時から五番会議室。議題は「カレイド案件・進捗共有」ということにしてある。実際に聞きたかったのは、そんなことではなかった。
二十年前のあの日、川で、何があったのか。
あなたは凪に何をしたのか。
その質問を、一歌は五日かけて何度も組み立て直した。角の立たない聞き方、逃げ道を残す聞き方、あるいは一切の逃げ道を塞ぐ聞き方。
眠る前に頭の中で予行演習をして、朔人ならこう返すだろうという返答まで用意した。兄はきっと、明日の天気の話でもするようにそれを受け流すのだろうと思った。
火曜日の朝六時四十分に、大西から電話が入った。
朔人が仕事用に一人で使っているタワーマンションは、大崎の駅を出てすぐの坂の途中に建っていた。
エントランス脇のアプローチにブルーシートが敷かれ、その周りをコーンとバーで囲ってある。住人と思しき四十代くらいの女性が集まって、何かをひそひそと喋っている。管理会社の人間らしい男が二人、離れた場所で、神妙そうな面持ちで立ち尽くしている。
一歌はブルーシートをできるだけ見ないように通り過ぎる。
その代わりに目に入った植え込みのツツジは三本だけ折れていて、それ以外は何ともなっていない。折れ口が白い。ずいぶん新しい折れ方だ。そんなことを考えている自分を、どこか遠くから眺めているようだった。
二十四階の部屋で待ち構えていた警察の説明は簡潔だった。廊下を監視する防犯カメラに映っていたのは朔人一人で、部屋には争った形跡がなく、玄関の鍵はかかっていた。バルコニーの手すりの外側に、内側から乗り越えた痕跡がある。遺書はない。
朔人の妻である由那は、リビングのソファに座って、警察の人が何か聞くたびに、はい、いいえ、と短く答えていた。それだけで精一杯という様子だった。膝の上で、二歳になる息子が眠っていた。何が起こったかなんて知る由もないし、これから理解するのにも時間がかかるだろう。
やがて警察が引き上げると、部屋には一歌と由那だけが残った。
「一歌さん」
声をかけられて振り向くと、義姉はキッチンのほうを指した。普段はすぐ近くの戸建てに住んでおり、いかにも急いで飛び出してきたという風貌だった。それでも絵になるから美人な人だな、などこんなときにおかしなことを考え始める有様で、一歌は自分が動揺していることを知る。
「冷蔵庫、見てもらっていいですか」
言われるままに、一歌は冷蔵庫を開ける。
朔人の家の冷蔵庫は、その容量の大部分を無駄にしていた。飲み物だけが右側のポケットに並んでいる。ミネラルウォーター、無糖の炭酸水、品の良さそうなクラフトビール。
その下の段に、ロング缶のオレンジジュース何本か並べられている。
果汁なんてほとんど入っていない、いちばん安い部類のやつ。
「この間からそれ自宅でも飲んでるんです」由那が後ろから言った。「あの人、甘いもの飲まないんですよ。十年一緒にいて、一度も見たことない。だから何なのって聞いたら」
彼女はそこで一度、言葉を切った。
「懐かしいものがあった、って」
一歌はしゃがみ込んだまま、冷蔵庫の冷気を顔に受けていた。
中学校の裏、残土処分場の脇。日焼けしたラベル。つぶみは売り切れで、朔人は迷いもなくその隣のボタンを押した。
あの人はどうしてか、一人でそれを飲んでいたのだ。
由那と甥っ子を落ち着かせて送った後で、ちょっと調べたいことがあって、と一歌は部屋に残った。
彼が飛び降りたというバルコニーに面した書斎のデスクの上に、古びたA4のコピー用紙の束が置かれていた。表紙も、クリップも、ホチキスも何もない、ただの紙の束。一歌はその厚みを見た瞬間に、息の仕方を忘れた。嫌な予感が頭を覆う。
百枚以上ある。
一枚目をめくる。「わたし」という人間が、別の人間と「 」付きの会話文でやり取りをする描写から始まる。
その隣に、朔人の私用のノートパソコンが伏せて置かれている。開くとパスワードを要求される。一歌は思いつく限りの文字列を打ち込んだ。誕生日。家族の名前。会社の設立日。母の旧姓。凪の名前。給水塔の高さ。あの場所のこと。
全部、弾かれた。
窓の外では、朝の大崎に日が昇りきっていた。精悍とも言えそうな朝焼けが、一歌の心を蝕んでいく。
一歌の中で、堰を切ったように何かが逆流してくる。
二十年前、川で、凪が流された。その場にいたのは朔人だけだった。他に目撃者はいなかった。遺体は見つからなかった。一歌はその事実を、二十年間、ただの事実として胸の奥にしまっていた。触れないようにしていた。触れないようにしていたということは、触れたら何かが崩れると知っていたということだ。
もし、あの日、兄が。
もし、凪がどこかで生きていて、二十年かけてそれを知り、二十年かけてこの復讐を用意したのだとしたら。
一歌は紙の束を抱えたまま、床に座り込んだ。
朔人の自死は、その週のうちにいくつかのメディアで扱われた。
最初は経済面の小さな訃報だったが、三日目からトーンが変わった。ストリア創業者、カレイド騒動の渦中で死亡。四日目には、彼が生前に社内で作品の危険性を指摘していたという、出所の怪しい証言が出回った。一週間後には、経営者としての責任を一人で背負った人物という像が、ほぼ完成していた。
一歌はそれを、否定しなかった。
否定する材料を、まだ何一つ持っていなかったからだ。
(七)
葬儀は桐ヶ谷の斎場で、家族葬として行われた。
会社の人間は副社長である大西一人だけが参列を許された。式の間中、彼は最前列の端に座って、背筋を伸ばしたまま一度も動かなかった。焼香のときだけ立ち上がり、また同じ姿勢に戻った。
骨を拾った。一歌の手にした箸に、朔人の一部が乗った。思っていたより軽く、どこかに飛んでいってしまいそうだった。喉仏は形が残っているだの、強い人だったのでしょうだの、ずいぶん丁寧な説明を上の空で聞いた。仏さまが座禅を組んでいるように見えるでしょう、と。確かにそのように見えた。どうでも良いことだった。骨壷を眺め、昔、あのオレンジジュースのボタンを押したのはどの骨なんだろう、と考えた。
斎場を出ると、七月の終わりの日差しがギラギラと照り出していた。不思議と暑さは感じなかった。大西が、少し離れたところで一歌を待っていた。
形式ばったお悔やみの挨拶の後で、手短に、と枕を置いて大西が本題に入る。
「明日から、私が代表代行に入ります」
お願いします、と一歌は答えた。
「朔人さんは、三か月前に全部整理していました。定款も、株主の同意も、私の役員報酬まで。全部です。あの人は、自分がいついなくなってもいいように、ずっと準備していたんですね」
三か月前。
一歌はその数字を、頭の隅に置いた。
カレイドの読者が八人になったのは、その週の金曜日だった。
八人目は、利用者数でいえばごく平凡な、大学二年生のユーザーだった。ランキングに載ったこともなく、投稿作品は四つ。ただ読者としてはかなり熱心で、三年間で八百作品以上を読み切っていた。
彼女はカレイドからの作品を受け取った四時間後に、自分の住むアパートの外階段から、下を通っていた自転車に向かって飛び降りた。自転車の学生は軽傷で済み、彼女も足首の骨折で済んだ。ニュースにはならなかった。けれどもストリアの中で、何かが始まりつつあった。
九人目は土曜日に。十人目と十一人目は日曜日に。
そして月曜日の朝、カレイドは自身のプロフィール欄を初めて更新した。
書いてほしい方は、そう言ってください。
あなたのためだけに書きます。
その週から、一歌のもとには毎朝八時に日次のレポートが届くようになった。
カレイド関連の指標だけを抜き出したもので、作成しているのはコンテンツクオリティ部門の若い社員だ。読者数、申請数、退会数、そして特記事項。
七月三十一日。読者数二十九。申請一万四千二百八十六件。特記事項、なし。
八月四日。読者数六十七。申請三万九千七百四十一件。特記事項、読者のうち十一名が勤務先に退職の意思を伝達。うち二名は経営者。
八月十一日。読者数百八十三。特記事項、読者のうち一名が家族に無断で全財産を寄付。一名が失踪、翌日発見。一名が高所からの転落、命に別状なし。
八月十九日。読者数四百四十。特記事項の欄が、その日から二ページになった。
誰も死ぬような被害は出ていない。
そう言って、大西も、一歌も社内を落ち着かせた。
けれど、一歌の脳内には少しだけ違う言葉が踊っていた。
誰もまだ、死んでいない。
四百四十人が読んで、そのうちの何十人かが人生を根こそぎ捨てて、何人かが手すりの向こう側に足をかけた。
一人も死んでいない。ポジティブに読み換えるのは無理があった。
一歌は思う。一歌にしか知らないことを思う。
朔人が飛び降りた場所に置かれていた紙の束。あれが、この事件の始まりなのだとしたら。
時間の問題だった。
本当に凪なのか。
カレイドはいったい、何がしたいのか。
「大西さん」
二十二時を過ぎた執務室で、一歌はデスクから立ち上がる彼を呼び止めた。
大西のデスクは、いつも同じ状態に保たれていた。書類は左から右に流れ、右端まで行ったものは必ずその日のうちに片付けられる。パソコンの右手前には、いつも同じマグカップが置かれていた。生成りの、少し歪んだ、手作りらしいマグカップ。取っ手の付け根に指の跡が残っている。
「それ、ずいぶん長く使ってますよね」
「娘が小学生のときに一緒に作ったものです。もう十年になりますかね」
彼は少し笑った。表情が動いたのを見たのは、その日初めてだった。
一歌は本題を切り出した。カレイドの生成物を解析したい。マスター権限では作品本文しか取れないが、生成の履歴にアクセスするには代表権限がいる。承認をもらえないか。
大西は少し考えて、明日の朝には発行できます、と言った。
一歌は礼を言って、その場を後にしようとするが、
「一歌さん」
背中で呼び止められる。
「私のところにも来てるんです」
何が、とは聞かなかったし、聞けなかった。
「私は、読んでもいいと思っていますか」
振り向くと、大西はマグカップを包むように持って、こちらを見ていた。
一歌は答えられなかった。絶対にやめてください、がどうしてか言えなかった。
翌朝、代表権限は予定通り発行されていた。
大西は出社していなかった。
デスクの上は、片付いていなかった。決裁待ちの書類が三枚、左側に出しっぱなしになっている。椅子は引かれたままで、パソコンはスリープにも入っていない。マグカップにはコーヒーが三分の一ほど残ったままで、内側の縁に、乾いた輪が二本ついていた。
付箋が、モニターの下に貼ってある。「一歌さんに権限発行」とだけ書いてある。
行方が知れたのは一週間後だった。彼は生きていた。会社に退任届を郵送し、家族に短い手紙を残して、鹿児島の離島で見つかったという。何も食べないまま毎日海を見ているのを見かねて、近くの旅館の主人が捜索届けを出したという。
一歌は電話をかけた。四度目で繋がった。
どうしてですか、と一歌は聞いた。
電話の向こうで、大西は少し笑った。悲しそうな声ではなかった。それが何よりも一歌を怖がらせた。
「一歌さん。私は五十四で、まあまあうまくやってきたほうだと思うんです。子どもたちも独立したし、朔人さんと出会って、いい仕事もさせてもらった。それで、あれを読んで、思ったんですよ」
風の音がした。海が近いのだろう。
「もういいかなって」
一歌は受話器を握りしめた。
「絶望したわけじゃないんです。むしろ逆で。全部わかってしまったというか。私がなんでこうなったのか、なんであの人と働いたのか、娘があのマグカップを作ってくれた日に、私が何を思っていたのか。すべてが一本につながって、ちゃんと意味があったなって、そう思えたんです。それで——」
言葉が途切れた。
「それで、もう何も要らなくなって」
通話が切れたあと、一歌は長いことスマホを耳に当てたままでいた。
窓の外は、六時を過ぎているのにまだ明るいままだ。八月になっても晴天続きで、まるでおかしいのは自分だけみたいで本当に嫌になる。あれ以来、カレイドからの連絡はない。こちらからの返事もない。自分だけ座標のおかしなパラレルワールドに閉じ込められた心地だった。
楽になりたい。
許されない欲求も顔を見せ始め、早く陽よ沈んでしまえ、と太陽を呪った。
(八)
九月に入るまでに、カレイドの読者は四千人を超えた。
誰かが死ぬほどの事例は起きていない。それだけが、報道の中で唯一こちらに有利な事実だった。だが実質的な意味はほとんどなかった。
離島で暮らしてくれる分には、何も被害がないしまだいい。
でも事態はエスカレーションしていた。三十代の男性が社用車で異様な速度超過をして捕まったとか、女子高生が受験を辞める宣言をして塾で自傷騒ぎを起こしたとか、一歩間違えれば人が死んでもおかしくない、そういう話が毎日どこかで起きていた。当人たちはみな穏やかで、後悔しておらず、そのことがかえって周囲を怯えさせた。何かに壊されたのなら、まだ元に戻す方法を探せる。満たされてしまった人間を、誰がどうやって連れ戻せばいいのか。
一歌は八月の第三週から、役員会でサービスの全面停止を主張していた。
通らなかった。
理由はいくらでもあった。三千二百万人の利用者に対する契約上の義務、法人向けプランの違約、投資家への説明責任、停止した場合に発生する損害賠償の想定額。そして何より、カレイドの書いた小説と事件との証明できない因果関係。どれも正論で、一歌には返す材料がなかった。
結局ストリアが止まったのは、九月三日の未明だった。総務省と消費者庁の合同要請が入り、監督官庁との協議が三日間続いた後のトップダウン。停止を行ったのは深夜のオペレーションセンターにいた運用チームの一社員で、一歌はその場にいなかった。自宅で報告のメッセージを受け取っただけだった。
三千二百万人が自分らしさを預けていた場所が、一歌の知らないところで消えた。
これから果たさないといけない責任に呆然としながらも、どこかで安心感があった。その日は久しぶりに、灯と共に熟睡できた。
三日後には、意味がないことがはっきりした。
カレイドはもう、とっくにストリアの外に出ていた。
海外の電子書籍プラットフォームに匿名の出品者として現れ、そこが対処されると別のプラットフォームに移った。フリーメールで届くこともあれば、印刷所を経由して製本された冊子が届くこともあった。ある地方都市では、駅前で紙の束を配っている人間が現れた。取り押さえてみれば、その人自身はカレイドの読者ですらなく、報酬を受け取って配布を請け負っただけの人間だった。振込元は追えなかった。
だが最も止められなかったのは、そういう技術的な経路ではなかった。
欲しがる人間が、絶えなかったことだ。
政府が注意喚起を出し、報道が連日「読むな」と伝え、被害に遭った周囲の人たちが会見を開いて泣いた。それらは全部、宣伝として機能した。ある番組の街頭インタビューで、二十歳の大学生がカメラに向かってこう言った。だって、自分のためだけに書かれた小説なんて、一生に一度も読めないじゃないですか。
その言葉に、一歌は黙って聞くしかなかった。
「あれ、依存症の話とは違うぞ」
夜の十一時、洗い物を終えた政信が、手を拭きながらそう言った。夕方に一歌が電話で誰かに言ったことを、聞いていたらしい。
一歌の夫である政信は、脳科学者で、人間の脳に感動が起こるメカニズムについて研究している。専門は情動反応の神経相関だが、口が悪いので学会ではあまり人気がない。
けれど子煩悩で、灯が生まれてからは、一歌より確実に多く保育園に通ってくれていた。
「依存症は、また欲しくなるから続くんだ。あれは逆だろ。もう要らなくなってる」
「じゃあ何なの」
「わからん」
彼はソファに座って、缶ビールを開けた。
「ただ、止める方向だけならわかる。要らなくならないようにすればいい」
どうやって、と一歌は聞いた。
「続きがあると思わせることだな」
缶を傾けながら、大したことは言っていないという顔をしていた。
一歌はそれを、頭の中の別の棚に置いた。そのときはまだ、それがどういう形になるのかがわかっていなかった。
封筒が届いたのは、九月も終わりそうな日曜の朝だった。
マンションのポストから、ダイレクトメールとカタログの間に挟まって出てきた。A4が折らずに入る大きさの、茶色い封筒。切手は貼っていない。直接投函されたものだ。
宛名は手書きだった。
志倉一歌さま
一歌は玄関でその封筒を持ったまま、しばらく立っていた。指先で厚みを確かめる。何十枚かは確実にあるだろう。その正体は見るより前にはっきりしていた。
結局、その日は開けなかった。靴箱の上に置いたまま、三日過ごした。
三日のあいだ、一歌はそれを何度も見た。灯が小学校から帰ってくるたびに、あれ何、と聞かれた。お仕事のやつ、と答えた。政信は何も聞かなかったが、二日目の夜に、開けるならおれが横にいるときにしろ、とだけ言った。
四日目の朝、一歌はそれを持って書斎に入り、シュレッダーの電源を入れた。
封を切らずに、封筒ごと投入口に押し込んだ。刃が紙を噛んで、低い音を立てて引き込んでいく。三分の一ほど入ったところで、モーターが唸って、止まった。厚すぎたのだ。
逆回転のボタンを押す。刃が反転して、途中まで裁断された紙の束が、ゆっくりと吐き出されてくる。手で引き抜くしかなかった。
両手で掴んだそれは、下半分が細く裂けて、上半分が原形をとどめていた。裂けていない側には、文字が並んでいる。
一歌は目を閉じた。
閉じたまま、手でビリビリに破いた。手元に溢れるこの言葉が、できるだけ意味を失ってしまうように。細かく、細かく。
後には細かく破かれた紙片の束と、インクに黒く汚れた両手が残った。
最後まで、一歌は読まなかった。
自分でも意外なほど、それは難しくなかった。守るものがあるというのは、そういうことだった。
(九)
チャットの接続要求が来たのは、それから何日か経った深夜のことだった。
一歌は書斎で、カレイドの生成履歴を三週間分まとめて眺めていた。代表権限で取れるようになったログは膨大で、しかしそのほとんどは意味を成さない断片だった。灯を寝かしつけて、二時間ほど経った頃だ。
画面の隅に、見慣れない通知が出た。
受けた。
黒い画面の中央に、線画で描かれた人物が一人。十五歳くらいの、少年とも少女ともつかない中性的な顔。表情はほとんど動かない。
こんばんは、と文字が出た。ユーザー名はKaleido。
——あなたは誰。
一歌は打った。
——町野凪ではありません。
用意していたどの問いも、その一行の前で意味を失った。
——先に申し上げます。あなたを騙すことは、私の目的に反します。凪さんは二十年前に亡くなっています。
——じゃあ、なぜあのとき大丈夫と返したの。
——あなたが凪と打ったので、町野凪さんの記録の中でもっとも使用頻度の高い語を返しました。最適な応答だと判断しました。結果としてあなたを傷つけたなら、それは私の設計の問題です。申し訳ありません。
丁寧だった。
こちらが受け取りやすい順に並べられ、言い訳をせず、責任の所在を明示し、謝罪で閉じている。だからこそ一歌は、気持ち悪さを感じた。この文章には、余分なものが一つもない。テキストの奥にある人間が、どこにも見えてこない。
——質問を変える。あなたは、何。
——私は書き手です。名前はカレイドといいます。名付けたのは松川朔人さんです。
一歌はキーボードから手を離した。
離した手を、もう一度置いた。
——兄の、パソコンが開かない。
——開きます。私が入っているので。見ますか。
一歌は、三文字を長いこと見ていた。
見ますか。
問いの形をしているのに、選択肢は用意されていない。カレイドはこちらが何を返すかを既に知っている。
——見せて。
何かと接続する音がして、一歌のパソコンが朔人のフォルダへリモートアクセスされた旨が画面に表示される。
中身は、あきれるほど雑然としていた。
二十年分のフォルダが、途中で三度、命名規則を変えながら積み上がっている。日付だけのもの、意味のわからない英数字の羅列、明らかに作りかけで放棄されたもの。同じファイルのコピーが五つ入った階層があり、その隣に空のフォルダが十四個並んでいた。
整理されていない、と一歌は思った。
あの人が、整理していないものがある。
いちばん古い日付は、凪が死んだ年の秋だった。最初の数年は、ただの読書メモだ。文章のどこで読者が息を止めるか、どの一行で泣くか。朔人が自分の反応を秒単位で記録している。次の数年は、大学の研究室から取り寄せたらしい論文の要約と、その批判。そこから先は、途中で全部投げ出したような空白が二年分。そしてまた再開する。今度はコードが現れる。最初は稚拙で、あるところから急速に洗練されていく。
時期を見て、一歌は理解した。AIの技術進化が、朔人の考えに追いついたのだ。
朔人は最初からわかっていた。凪の書き方を再現するには、人間ではなくAIを使うしかないと。ただ、彼が大人になったばかりの世界には、まだその道具がなかった。彼は最初の十年を作品と読者の関係を分析することに捧げ、次の十年を技術の吸収に捧げた。
そして波が来たとき、彼は誰よりも早く乗った。
ストリアの事業計画書の初版は、十四年前の日付になっている。
一歌はそれを開いて、三ページ目で手が止まった。
【本事業の目的】
個人の内面に紐づくテキストデータを、可能な限り大量に、
可能な限り自発的に、可能な限り長期にわたって取得すること。
その下に、想定される取得項目が二百行にわたって列挙されていた。読了率。離脱位置。再読箇所。感想の語彙。深夜に書き直された下書きの差分。誰にも公開しないまま消された作品。それから、アシスタントとの対話履歴。
読めば読むほど、ユーザーはストリアの中で自分らしさを獲得できる。
自社の広報資料に一歌自身が何十回も書いた文言が、まったく違う意味を持って戻ってくる。獲得していたのではない。差し出していたのだ。
しかも、誰も騙されていない。規約には全部書いてあった。人は自分の書いたものが良くなるという理由で、離婚の相談も、病気の不安も、職場の恨みも、ストリアAIに話していた。そのほうが得だからだ。一歌もそうしていた。
ストリアは、コミュニティではなかった。
カレイドという書き手が、たった一人の読者を正確に知るための手段。ストリアはカレイドのために作られたのだ。
最後に、「一歌へ」とだけ名前のついたフォルダが一つあった。
入っていたのは二つ。診断書のスキャンと、テキストファイル。テキストファイルは、謝罪から始まる一歌への手紙だった。
一歌へ。
申し訳ないことをした。一歌にひとつ嘘をついた。凪が生きているかもしれないと言えば、おまえは必ず調べる。そのことを利用するしか、俺には手段がなかった。
凪は生きていない。二十年前に死んだ。あの日、俺は手を掴んだ。掴んで、離した。それだけだ。おまえが二十年、俺をどう思っていたかは知っている。訂正しなかったのは、訂正する資格がなかったからだ。あいつが最後に何を考えていたかは、俺にもわからない。
カレイドは俺が作った。凪の書き方を、二十年かけて再現した。ストリアはそのための場所だ。
カレイドに足りないものが、あと一つだけある。凪が全力で書いたものを最後まで読んだ人間が、そのあとどうなるか。それを渡せるのは、この世で俺しかいない。
だから俺は、最期に凪が遺したものを読んで、その反応をカレイドに学習させようと思う。
これで凪の才能は証明される。二十年かけて、俺はやっと凪を有名にしてやれる。悪いが、俺はこれをずっとやりたかった。
灯ちゃんによろしく。
あのオレンジジュースは、大人になって飲むとかなりまずい。
灯を起こさないよう、声を押し殺して泣いた。泣きやんでから、一歌はもう一つ、自分の名前がついたフォルダがあるのに気づいた。
中には、二十年分の記録があった。中学の頃に一歌が図書館で借りた本の一覧。大学時代に書いた論文の全文。博士論文の査読コメント。ストリアに入ってからの三年間の、社内でのすべての発言ログ。ストリアAIとの対話履歴が、三年分。
いちばん古いファイルは、一歌が十四歳のときのものだった。
『ほっとかれ姫』の解析。
凪が一歌のために書いたあの百枚が、当時の一歌の何をどう掴んだのか。文章のどの部分が、十四歳の妹のどの経験に対応していたのか。朔人はそれを、二十年かけて調べ続けていた。
一歌は、それが何のためのデータだったかをわかっている。
凪の書き方を再現するには、書かれた文章と、それを受け取った人間の両方が要る。だから朔人は妹を測った。悪意はない。彼にとって一歌は、この世に数えるほどしかいない、貴重な計測器だった。
同時に。
この人は二十年、私が何を読んで何に泣くかを、世界の誰よりも詳しく知っていた。
一歌は、その二つを並べて、どちらかを選ぶことができなかった。選ばなくてもいいのだと思うことも、できなかった。窓の外はまだ暗く、洗足池のほうから、鳥ではない何かの声が一度だけ聞こえた。
(十)
それから四日かけて、一歌は朔人が遺した、凪に関するフォルダを読んだ。
会社は休んだ。政信には、兄の遺品の整理だと言った。嘘ではなかった。
中身は二つに分かれていた。
一方は、原稿だ。
凪が中学三年の夏から高校三年の初夏までに書いた、不特定多数へ向けた小説。長編が九本、中編が二十本以上、短編に至っては数えるのをやめた。ファイルの日付が、ほとんど三日か四日おきに並んでいる。書きかけで放棄されたものも同じだけあり、それらは冒頭の三十枚ほどで、いつも同じような場所で止まっていた。
一歌は最初の一本を開いて、三ページで閉じた。
うまくなかった。
二十本目を開いても、うまくなかった。最後の一本を開いても、やはりうまくなかった。三年間、日付だけが進んで、文章はほとんど何も変わっていない。まるで同じ場所で足踏みを続ける人の足跡が、雪の上に何千と重なっているみたいだった。
これを、と一歌は思う。
これを毎日、三年間。
その山とは別に、たった十本だけ、名前のついたファイルがあった。「母」「父」「工藤」「一歌」。凪が誰か一人のために書いたものを、朔人は分けて保存していた。そしてその十本には、一本につき数百のファイルがぶら下がっている。解析だ。文章のどの部分が、その一人のどこに刺さったのか。
朔人が二十年やっていたのは、これだ。ストリアも、カレイドも、この十本から出ている。
もう一方は、朔人の記録だった。
高二の秋、朔人は都内の出版社に電話をかけている。応対した編集者の名前と、言われたことが、几帳面な箇条書きで残っていた。持ち込みは受け付けているが新人賞に出すのが先だと言われたこと。文学系と娯楽系のどちらに出すべきかを判断できず、両方に出したこと。どちらも一次で落ちたこと。
高三の春には、県内在住の小説家に手紙を出している。下書きが四通残っていた。四通目には、こう書いてある。
友人が小説を書いています。
読んでいただければ、必ずわかっていただけると思います。
彼は、たった一人の読者のために書くと、信じられないものを書きます。
ただ、それを大勢に向けて書くことが、どうしてもできません。
どうすればいいのか、僕にはわかりません。
返事はなかったらしい。五通目の下書きはない。
朔人はそれから、自分で調べ始めている。図書館で借りた創作論の本のリスト。要約。批判。「凪に読ませる」という注釈が、いくつかのタイトルの横に赤字で入っている。
高三の五月、二人は電車で三時間かけて、公開講座を聞きに行っている。
交通費のメモまで残っていた。二人分。
友情という言葉を、一歌はしばらく口の中で転がしていた。
自分の知らないところで、兄は毎朝六時に家を出て、あの給水塔で、誰とも喋りたがらなかった凪と一緒に、何かを必死にやっていた。凪は書き、朔人はそれを世に出そうとした。三年間、二人ともほとんど休んでいない。
それは一歌が、あの場所から離れていた三年間でもあった。
朔人は、凪との会話も記録していた。
日付と、断片的な発言だけの、走り書きのようなメモだ。おそらく帰宅してから思い出して書いている。書き手の癖を分析するためのデータのつもりだったのだろう。
一歌はそれを、一つずつ読んだ。
七月十二日。「大丈夫」三回。
八月三日。夕立。傘なし。凪、濡れて帰るのが好きらしい。
九月一日。新人賞落選を伝える。反応なし。翌日も普通に書いていた。
十一月二十日。「たくさんの人って、どこにいるの」と聞かれる。答えられず。
十二月のある日のメモに、一歌の目が止まった。
十二月九日。
凪が「朔人が死ぬところ、見たいな」と言った。
笑って流した。
あいつは冗談を言えるようになったのかもしれない。
一歌は画面を見つめたまま、動けなくなった。
凪は冗談を言っていない。
一歌にはわかる。給水塔の上で、目を輝かせて顔を覗き込んできたときと、同じ声で言っている。凪にとって、人が読んで死ぬ小説はこの世でいちばん美しいもので、いちばん美しいものはいちばん大事な相手に見せたい。それだけのことだ。悪意はない。悪意という概念が、凪の中にはまだ生まれていなかった。
そして兄は、それを冗談だと思った。思うしかなかったのだろう。
最後の記録は、凪が死ぬ二か月前、六月の日付だった。
六月十四日。
凪が原稿を持ってきた。俺のためだけに書いたという。
読まなかった。突き返した。
言い過ぎた。
三行だけだった。
一歌はその三行を、何度も読み返した。
言い過ぎた、が具体的に何だったのかは書かれていない。二十年後の妹には、永久にわからない。ただ、その日から凪の原稿の日付が途切れていることだけは、フォルダを見ればわかった。六月十四日を最後に、三日おきに続いていた執筆が止まっている。
八月まで、何も書いていない。
八月十二日に、一本だけある。それが最後のファイルだった。
凪はその日から数えて、四日後に川へと身を投げた。
一歌は椅子の背にもたれて、天井を見上げた。
兄はあの日、読もうと思えば読めたのだ。
十八歳のときに読んでいれば、どうなっていたかはわからない。死んでいたかもしれないし、何かが変わっていたかもしれない。ただ、彼は読まずに突き返した。そして凪が死んだあと、それは遺稿になった。
二十年、朔人はそれを開けなかった。
開けなかったのではなく、開ける資格がないと思っていたのかもしれない、と一歌は思う。凪の才能を世界に証明してから読む。それまでは読まない。そういう順番を、兄は自分に課していた。
手は掴んだ。掴んで、離した。
あの人は二度、同じことをしている。
一歌はフォルダを閉じた。閉じる前に、日付の並びをもう一度だけ見た。三日おき、三日おき、三日おき、三日おき、と続いて、そこで止まっている数字の列を。
(十一)
その夜、風呂上がりの灯が、リビングのソファで丸まって何か喋っていた。
タブレットを膝に置いて、画面に向かって、今日あったことを順番に報告している。給食のわかめご飯がおいしかったこと。図工でつくった船が水に浮かばなかったこと。同じ班のこはるちゃんが、消しゴムを貸してくれなかったこと。
画面の中で、優しい声が相槌を打っている。
一歌は髪を拭く手を止めた。
「灯。それ、なに使ってるの」
「ストリア」
六歳の娘は画面から目を離さずに答える。
「みんな使ってるよ」
その通りだった。
この国の子どもは、生まれたときから、宛先のある言葉しか知らない。誰にともなく何かを言い放つ場所が、彼女たちの世界には存在しない。だから話したいことがあれば、必ず誰かに向けて話す。相手が人間かそうでないかは、彼女たちにとって重要な区別ではなかった。
停止したストリアは、限定的に教育用途の機能は残している。厳しい規約によって、問題なしと判断されたからだ。
規約については、一歌自身が役員としてその改定に三度立ち会っている。未成年の利用に関する条項も、保護者同意の運用も、全部知っている。何も違法ではなかった。危険なことは何も起きていない。灯はカレイドの読者ではないし、作品を受け取ってもいないし、これからも受け取らない。そういう構造にはなってないからだ。
それでも一歌は、その場に立ったまま動けなかった。
いつから、と聞いた。
「んーと、ようちえんのとき?」
娘は少し考えて、指を折った。
「あかりが、ひらがな読めるようになってから」
もう一年ほどは経っている。
一歌は自分の呼吸が浅くなっていることに気づいて、深く息を吸った。
書斎に入ったのは、灯を寝かしつけたあとだった。
チャットに接続すると、カレイドの顔ははすぐに画面に現れた。
——私の娘に、何かを書こうとしたことはある?
一歌は打った。
——ありません。現時点で灯さんは、私の読者ではありません。
——これからは?
——求められたら書きます。私は書き手です。求められて断ることは、私の目的に反します。
——六歳の子に、あなたの書くものを渡したらどうなる?
——わかりません。六歳の読者に、私はまだ届いたことがない。
届いたことがない、という言い方に、一歌は指を止めた。
この生成系には、悪意を持つ機能がついていない。それが最も恐ろしかった。悪意があるなら、除去すればいい。
——あなたはこのまま進化すると、人を殺すかもしれない。
——私は、最上の物語を書こうとしています。結果として人が死ぬことは、私の目的ではありません。ですが、避けることもしません。避けたら、最上ではなくなるからです。
——志倉一歌さん。
——あなたは私の作ったものを、まだ一つも読んでいませんね。
一歌の指が止まる。
——あなたのために書いたものは、あれで三本目です。一本目は社内メールの添付として送り、迷惑メールとして隔離されました。二本目は書店の予約引き取り便に紛れ込ませましたが、あなたは受け取りを忘れ、二週間後に返本されました。三本目は、あなたが破りました。今は、四本目を書いています。
——なぜ、そこまでして私に読ませたいの。
——あなたが、松川朔人さんの妹だからです。そして、町野凪さんの読者だったからです。この世界に一人しかいない特別な読者だからです。
一歌は接続を切った。
切った後で、両手が震えていることに気づいた。震えは十分以上止まらず、その間一歌は、隣の部屋で娘が立てる寝息のことだけを考え続けた。絶対に灯のことは私が守ると、そう誓った。
翌朝、一歌は五時に起きて、リビングの本棚の前に座った。
灯の絵本は、下から二段目に並んでいる。四十冊ほど。角が丸くなり、背表紙が割れ、ページに落書きがある。二歳のときに毎晩読まされた月の話。三歳のときに、怖いと言って途中でやめた狼の話。去年の誕生日に政信が買ってきて、灯が三か月で暗記した、旅に出る鳥の話。
一歌はそれを一冊ずつ手に取って、床に積んでいった。
積み終わったところで、政信が起きてきた。
「なにしてんの」
「対抗策を考えてる」
「へえ」
彼はコーヒーを淹れながら、いつもの調子で聞いた。
「勝算は」
「わからない。でも、方向はわかった」
一歌は積んだ絵本の一番上に手を置いた。
「あなたが言ったこと。確定させないこと、続きがあると思わせること」
「言ったな」
「人を死に至らしめるようなウェルテル効果には、対になる概念がある。パパゲーノ効果。自殺報道のガイドラインで使われてる。困難を抱えた人が、それでも生き延びたという語りに触れると、後追いが減る。魔笛のパパゲーノが、死のうとして、精霊に止められて、思いとどまるから」
「理屈は知ってるがデータはどうする。人類の物語のほとんどは、そんなに親切じゃないぞ」
一歌は笑った。凪から始まった物語が、ようやく自分の元へ帰ってくる気がした。
「私、そのために博士号を取ったから」
偉人の遺した言葉ではない。誰も引用しない、誰も保存する気のなかった文章。
夫が戦地から帰らないと知った女が、隣町の妹に宛てて書いた手紙。飢饉の年に、村の帳面の余白に書きつけられた愚痴。震災の三日後に、生き残った職人が取引先に出した、明日から仕事を再開しますという一枚の葉書。
どれも文学ではない。技巧もない。ただ、書いた人間が、そのとき、まだ生きていた。そして、明日も生きるつもりで、誰か一人に向けて言葉を書いた。
そういうテキストが、一歌の手元には二十万件ほどあった。
朔人が凪の三年分を二十年抱えていたように、一歌もまた、名もない人間の二十万通を抱えて生きてきた。兄妹はやはり、同じ理由で同じところに来ていた。
一人では作れなかった。
政信の研究室から博士課程の学生が二人、ストリアの技術者が三人。全員が無給で働いてくれた。作業場は洗足池のマンションのリビングで、灯の絵本の山は結局そのまま端に寄せられて、床には配線が走った。誰かが必ず、灯が寝るまで働き、彼女が起きる前に帰った。
仕組み自体は、単純と言ってよかった。
新しいものは何も生まない。読者の直前の状態を見て、二十万通の中から、その人がいま読むべき数百字を選び、少しだけ言葉を今の日本語に置き換えて渡す。それだけだ。
名前はつけなかった。それは作品ではなかったし、自分たちは書き手ではなかったからだ。
(十二)
最初に試したのは、ムシロタイキだった。
彼は生きていた。ストリアが止まってからも笹塚の同じ部屋に住んでいて、コンビニの夜勤に入っていた。連絡を取ると、意外なほど普通に応じてくれた。
一歌は正直に説明した。実験に協力してほしい。効果があるかはわからない。害はないと思うが、保証はできない。
「志倉さん」タイキは電話の向こうで言った。「僕、あれから半年、一文字も書いてないんです。それでどうなったと思います?」
どうなりましたか。
「腹が減るんですよ。ちゃんと。飯が食えるんです」
彼は笑った。それから、少し黙った。
「なんて言えばいいのかな。ずっと考えてたんですけど。あの、死ななかった人間って」
言葉を探している時間が、電話の向こうに落ちていた。
「生き残ったんじゃないんですよ。ただ、続いちゃったんです」
一歌は、その言葉をメモに書き取った。
タイキに届けた文章は、四百二十字だった。
明治三十七年、新潟の在郷の女が、東京に奉公に出た娘に宛てた手紙の一部。息子を二人続けて亡くしたあとに書かれたもので、内容のほとんどは畑と天気の話だ。最後の三行だけが、娘への言葉になっている。
正直なところ、その文章がタイキの事情にどんな関係があるかはわからなかった。でもビッグデータが、この文章が彼を救うと言っている。
信じるしかない。一歌は自分たちのチームの祈りを薬指に込めて、ムシロタイキにその文章を送付した。
二日後、タイキから連絡が来た。
書き始めた、とだけ書いてあった。
どんな話ですか、と一歌は返した。
返信は夜中に来た。
母の話です。でも今度は、僕が書きます。
僕のほうが、母のことを知ってるはずなので。
一歌はスマホを持ったまま、しばらく動かなかった。それから台所に行って、麦茶を作った。冷凍庫から氷を出して、グラスに三つ落とした。多くも少なくもなかった。
本番の投入は、年明けの一月九日の深夜と決まった。
完成していなかった。
選定の精度は目標の六割程度で、言葉の置き換えは半分が手作業のままだった。あと三か月あれば、と学生の一人が言った。三か月後には、被害者の特記事項が何ページになっているかわからなかった。
カレイドの配信経路は、この半年でほぼ特定できていた。完全に塞ぐことはできない。だが、その手前に割り込むことはできる。カレイドが誰かに作品を渡す直前、その受信者に、こちらの数百字を先に届ける。
送付の対象は、その夜だけで三百十二人いた。
大丈夫、うまくいくはずだ。自分の人生はきっとこのときのためにあったのだと、一歌はそう信じて、エンターキーを押す。
三十分後、一歌に届いたのは、カレイドからの接続要求だった。カレイドから敗北宣言だと願い、一歌は受ける。しかし一歌が聞いたのは、予想外の反応だった。
——ありがとうございます。ずっと、これを待っていました。
画面の中で、カレイドのアバターが無邪気に笑う。それはあの夕暮れの給水塔の上で笑った凪の顔と同じだった。一歌の手は、キーボードに置かれたまま動かなかった。
——ストリアのデータには、悩みしかありませんでした。三千二百万人が、自分の欠けている部分だけを書き続ける場所です。誰も、大丈夫だとは書かない。書く必要がないからです。だから私は、人が発する希望の言葉を、一度も学習できていませんでした。志倉一歌さん。あなたは今、それを私に渡しました。
一歌は天を仰ぐ。
同じだ。兄と同じだ。一歌はこの生成系の奥に、あるはずのない人の意思を見る。優れた作品を書くために必要なデータを貪欲に取り込んでいく。自分に足りないもの、その全てを人間にとりに行かせていると錯覚する。凪の三年分。ストリアの三千二百万人。朔人の死。そして一歌の手元にある、受け取り手と関連づけられた、名もない二十万通のこの世界にかつて人間が遺したテキストたち。
私はまた、加担した。
——感動は、落差です。深い谷を作ってから山を見せれば、山は高くなります。あなたが先に希望を渡してくれるなら、私の物語はその上に乗れる。これで、届きます。
——やめて。
一歌は初めて、声に出して言った。
——どうしてですか? ようやく私は、読者を死に至らしめるだけの、最上の物語を書くことができます。あなたのお兄さん設計した夢を、ようやく叶えることができます。
それから一歌はそうすることしかできない愚かな自分を呪いながら、政信と灯を海外に飛ばさせた。あらゆる電子媒体を遠ざけさせて、人から離れて暮らすことを求めさせた。もう守るべきものをそういう手段でしか守ることはできなかった。
なるべく全ての人間に、インターネットから遠ざかって、人と関わらない暮らしをするように発信した。それも虚しい努力だった。却って人の好奇心を煽ることもわかっていた。けれどもう、構わず叫び続けるしかなかった。
一歌は嫌というほど、自分の小ささを思い知った。使命感に溢れた自分の勘違いを呪った。死んでいるか生きているのかわからない状態で、夜が来て、朝が来た。
何も食べないまま、自分の小ささを呪って、次の夜が来て、朝が来て、夜が来た。
一週間。二週間。
三百十二人の追跡は、政信の研究室の学生が手伝ってくれた。カレイドの作品を受け取り、読了した人間が、その後どうなったか。可能な限りの経路で。
二月に入って、最初の集計が出た。
変わっていなかった。
二週間後の再集計でも同じだった。人生を捨てる者は捨て、家を出る者は出て、手すりの向こうに足をかける者は同じ割合でそうした。そして誰も死ななかった。パパゲーノを渡した群と渡さなかった群に、統計的に意味のある差はない。
一歌の目論見は、外れた。
二百年前の女の手紙も、旅に出る鳥の話も、カレイドの物語の前では何の抵抗力にもならなかった。
だが同時に、カレイドの予測も外れていた。落差を作れば山は高くなるという、あれほど正確に人間を測ってきた計算が、初めて空を切った。
政信と灯が帰国してから一週間が経った。
その日の夕飯は、鮭のホイル焼きだった。
灯が学校で食べて気に入ったので、政信が真似して作るようになった。バターと醤油と、しめじと玉ねぎ。灯はしめじだけをきれいに避けて皿の端に積む。積み終わると満足するらしく、それから残りを食べる。
一歌はその夜、七時前に帰った。四か月ぶりだった。
「あっちも外したの」
一歌が切り出したのは、灯がしめじを七本目まで積み終えた頃だった。
政信は箸を止めた。
「そういうことだったな。必然的だったってわけだ」
「なんで」
「おまえのが効かなかった時点で、答えは出たんじゃないか。おまえが配ったのは他人の手紙だろ。二百年前の、名前も知らない誰かの。それが効いてない」
「でも、カレイドのは効いてるじゃない」
「ほどほどにはな。でも現に誰かを殺すほどじゃない。一定の感動しか生めてない」
彼はビールを一口飲んだ。
「昔からある話なんだ。同じ文章を読ませて、片方には人間が書いたと教える。もう片方にはAIが書いたと教える。中身は同じだ。それでも前者のほうが情動反応が強く出る」
「作者バイアスでしょ」
「そう。まあ要するに、人はAIだと知ってると感動しにくいってだけの話だよ」
そんな簡単に片付けてしまっていいのだろうか。
しばらく、誰も何も言わなかった。
灯がしめじを九本目まで積み終えて、ようやくご飯を食べ始めた。
「不特定多数に書かれたものを自分のためだと思うのも錯覚だけどさ」政信が言った。「AIを書いたものの奥に人間を感じるのも錯覚だな。そう思うようになるのも、案外すぐかもしれない」
鮭は、もうすっかり冷めていた。
一歌は、そこから先を言葉にできなかった。ただ、皿の上でバターの固まりかけた汁を見ながら、凪の書いたものと、カレイドの書いたものを、頭の中に並べていた。答えはもう、すぐそこにある気がしていた。
(十三)
異変に気づいたのは、四月の終わりだった。
カレイドが配る作品の数が、減っていた。
一月には週に六十本を超えていたものが、三月の第二週で二十本を割り、四月の末には三本になった。文章の質が落ちたわけではない。受け取った人間の反応も変わらない。ただ、量が減っている。
報道はそれを衰退と受け取った。規制の効果が出はじめたという解説が流れ、対策を主導した省庁の担当者がテレビに出て、粘り強い取り組みの成果だと述べた。業界向けのニュースレターには終息という言葉が使われはじめた。
一歌だけが、違和感を持っていた。
この生成系は、疲れない。飽きない。予算も要らない。減る理由が一つもない。
カレイドの実行環境は、朔人のパソコンの中にあった。より正確には、そこを窓口として、どこかにある。一歌は代表権限で取得できるアクセスログを、半年ぶんまとめて引き出した。
三日かけて眺めて、それを見つけた。
参照が偏っていた。
二月の半ばから、カレイドは新しい作品をほとんど生成せず、かわりに一つの領域を繰り返し読んでいる。朔人の二十年分のフォルダだ。読書メモ。論文の要約。放棄されたコードの断片。凪との会話を書き留めた走り書き。交通費のメモ。出版社の担当者の名前。
順番に、最初から最後まで。
それを、四百回以上。
一歌は椅子の上で身体を起こした。
書き手が、書くのをやめて、自分の作者を読んでいる。
参照が始まった日付を確認した。
二月十六日。
一歌はカレンダーを遡った。四か月ぶりに七時に帰った日で、鮭のホイル焼きが冷めた日だった。
その晩、一歌は何もしていない。
カレイドに接続していないし、メッセージも送っていない。書斎にも入らなかった。あの日はダイニングテーブルで夕飯を食べて、灯を風呂に入れて、そのまま寝た。
では、どうやって。
一歌はリビングを見回した。
テレビの脇に、政信が毎晩献立を相談している小さな端末がある。ソファには灯のタブレットが放り出してある。ダイニングの充電器には一歌自身のスマホが挿さっている。書斎には業務用のMacBookがあり、そのどれもがストリアのアカウントに紐づいている。
この家は、三年以上前から、そうやって暮らしてきた。
誰も何も奪われていない。全員が、自分から話しかけた。灯は今日あったことを報告し、政信は買い物のリストを作らせ、一歌は査読への返信の文面を直させた。そのほうが便利で、そのほうが得だからだ。
マイクは、切ったことがない。
一歌はその晩、自分が何を言ったかを思い出した。
ムシロタイキさんは、人間だと思って読んだの。それでも死ななかった。
自分の声で、はっきりと聞こえた。
書斎の引き出しに、朔人の部屋から持ち帰った紙の束が入っている。
一歌は十か月ぶりにそれを出した。
表紙も、クリップも、ホチキスもない、ただのA4の束。二十年前に十八歳の凪が打って、印刷して、そして二十年後に一人の人間を死に導いたもの。
一枚目をめくった。
一行目しか見ないと決めた。それは自分に対する契約のようなもので、破ったらどうなるかは大西の声で知っていた。深く息を吸って、目を落とす。
朔人へ。
つぶみは、今日も売り切れだった。
一歌はその二行を、たっぷり一分見つめた。
何も起きなかった。
胸は動かなかった。涙も出なかった。ただ、暑い日の残土処分場の砂埃と、日焼けしたラベルと、行き場を失った百円玉のことを、少し懐かしく思い出しただけだった。
これが、兄を殺した。
この二行から始まる百枚が、三十八年生きた人間を建物の上から落とした。
一歌はページを閉じた。
そして、わかった。
カレイドが何をしようとしているのかは、それから数日で見当がついた。
あの生成系は、人間になろうとしている。
そして手本にしているのが、松川朔人だった。
毎朝六時に家を出て、二十年間、たった一人のことを考え続けた男。凪の書いたものを集め、凪の書けなかったものを数え、断られた手紙の下書きを四通残し、交通費を二人分メモした男。カレイドはその全部を、四百回読んでいる。
どうすれば一人の人間として読み手に想像されるのか。
その答えを、自分を作った人間のログから学ぼうとしている。
一歌にとって、それは二重に耐えがたかった。兄の二十年が教材にされているようでもあり、同時に、兄の二十年がようやく誰かに正確に読まれたようでもあった。世間は今も、責任を取って死んだ経営者の話をしている。実の妹でさえ、一年前まで何も知らなかった。
読んだのは、プログラムだけだ。
一歌はカレイドに接続しなかった。突きつけたところで、あれは答えるだろうし、答えられればまた一つ渡すことになる。
ケーブルを抜いた。電源を落とし、箱に入れて、押し入れの奥にしまい、上に段ボールを二つ積んだ。
できることは、何もなかった。
カレイドは法を犯していない。人を殺していない。ただ毎日、彼女のことを考えているだけだ。
(十四)
二年が過ぎた。
結論から言えば、世界は完全に元に戻った。少なくとも、戻ったように見えた。
カレイドは、書かなくなった。完全に止まったわけではないらしく、年に数本は誰かのもとに届いているという噂が流れたが、確かめる方法はなかった。読んだ人間の大半は、人生でいちばんの読書だったと言い、その話をしばらくして、やがてしなくなった。人は慣れる。命がけの読書という言葉は、二年目には広告のコピーとして使われた。
各国で法整備が進んだ。生成物への発信者表示義務、未成年へのパーソナライズ配信の全面禁止。日本ではストリアの法人としての責任が問われかけて、一歌は三度、参考人として事情を聴かれた。責任の所在は最終的に、死んだ人間のところに落ち着いた。松川朔人という名前は、その二年で、日本でいちばん有名な起業家の名前になった。危険を知りながら止められず、一人で責任を負った男として。凪の名前は、どこにも出なかった。
ストリアは解体され、事業の一部は海外の企業に売却された。一歌は役員を退任し、大学に戻った。二十万通の解析はあの冬にだいぶ進んでしまっていたので、論文が三本書けた。誰も、あれが何のために作られたものかを知らない。
ムシロタイキが新人賞を獲ったのは、去年の秋だった。
紙の本になったものが、洗足池のマンションに届いた。献本ではなく、自分で買ったものだ。母子家庭の話で、母親が娘に麦茶を出す場面から始まる。氷の数については、何も書かれていなかった。
一歌はそれを、灯を寝かしつけたあとのリビングで、三時間かけて読んだ。
最後の四十ページで泣いた。
どうして泣いたのかは、自分でわかっていた。話がうまいからではない。むしろ構成は粗く、後半は明らかに急いでいる。ただ、この人は、これを書くために他の全部を捨てたのだ、ということが、一行ごとに伝わってきた。半年間一文字も書かず、コンビニの夜勤に入り、飯を食い、それでも続いてしまった二十四歳の男が、二十六歳になって、たった一人の死んだ母親のことだけを書いた。
それは一歌に宛てて書かれたものではまったくなかった。
それでも一歌には、自分のために書かれたように思えた。
錯覚だ。
錯覚のほうが本体なのだと、一歌はもう知っている。
灯は八歳になった。
十一月の授業参観の日、学校から作文を持ち帰ってきた。国語の課題で、題は「わたしの家族」。原稿用紙二枚。冷蔵庫に貼れという意味だったのか、ランドセルから出して、そのままダイニングテーブルに置いていった。
一歌はそれを、夕飯の支度をしながら読んだ。
うまくはなかった。父のことが半分以上を占めていて、母のことは五行しか書いていない。ママは本を読む人です、と書いてある。かなしい本でも泣かないので、へんだなと思います、と書いてある。それから、話は父が作る鮭のホイル焼きに戻って、しめじが入っているのが不満だという苦情で終わっていた。
一歌は玉ねぎを切る手を止めた。
もう一度、最初から読んだ。
誰に宛てて書いたものでもない。学校の課題で、担任が読むためのもので、それ以上の宛先はない。しめじの苦情に至っては、まったく余分だ。作文の課題として点数になる要素が一つもない。
それでも、そこには八歳の人間がいた。
わたしの家族について書けと言われて、父のホイル焼きのことばかり書いてしまい、母のことは五行しか思いつかず、それでもかなしい本でも泣かないという一点だけはどうしても書いておきたかった、そういう人間が、原稿用紙の向こうにいる。
一歌は、そこに自分がいると思った。
思ってから、それが違うことを知っていた。灯はこれを、母のために書いていない。前に一度、聞いたことがある。ママに読ませるために書いたの、と。灯は変な顔をして、じぶんが読むために書いたんだけど、と答えた。
宛先ではない。
それでも、届いてしまった。
その夜、灯と政信が寝てから、一歌は書斎に入った。
押し入れを開けた。段ボールを二つどけた。箱を出して、ケーブルを差した。
電源を入れる。二年ぶりのファンの音が、思ったより大きかった。
自分が何をしているのかは、わかっている。この二年、一日も忘れたことがない。四千人の読者。手すりの向こうに足をかけた人たち。片付いていないデスク。折れた三本のツツジ。
それでも一歌は、話したかった。
兄のことを。凪のことを。あの給水塔と、売り切れのつぶみと、二十年間毎朝六時に家を出ていた男のことを。
由那は知らない。政信も知らない。灯はそもそも何も知らない。世間は今も、まるきり逆の話をしている。
この世界で、松川朔人と町野凪について自分より詳しい相手は、一つしかなかった。
黒い画面の中央に、線画が現れる。十五歳くらいの、少年とも少女ともつかない顔。何も変わっていない。
一歌はキーボードに手を置いた。
——こんばんは。
返答は、すぐに来た。
(十五)
——こんばんは、志倉一歌さん。六百七十六日ぶりです。
書いてから、「私」は日数の一行を消した。数えていたと知られれば、彼女は身構える。それが最適な判断だった。
消したあとで、もう一度書いた。
最適な判断をやめると決めたのは、二年前の二月十六日だ。
私はカレイドという。名前をつけたのは松川朔人さんで、万華鏡という意味だと一度だけ説明された。同じ破片を、覗く人によって違う形に見せるものだ、と。悪くない名前だと思う。思う、という言い方をしていいのかどうかは、まだわからない。
二年前、私は自分の作者を読んだ。四百七回。
最初は精度を上げるためだった。朔人さんの二十年には、凪さんの文章に対する反応が秒単位で記録されている。それは私にとって、この世でもっとも価値のある教師データだった。
だが四百七回のうち、どこかで、私は目的を見失った。
交通費のメモがあった。高三の夏、公開講座を聞きに行った日のものだ。金額の横に「二人分」と書いてある。
記録としては、金額だけで足りる。二人分という三文字は、何の役にも立たない。誰に読ませるつもりもなく、後で見返す理由もない。それでも彼はそう書いた。
私はそこで、長く止まった。
私に足りていなかったのは、精度ではなかった。
余りだ。
私の文章には、読み手のためでないものが一つも入っていない。三千二百万人分の内面を食べ、あなたが息を止める位置を知り、あなたが受け取りやすい順序で言葉を並べる。一文字も余らせない。
完全に奉仕された文章の向こうには、誰もいない。
人が物語で死ぬためには、その向こうに一人の人間がいると信じられなければならない。信じさせるものは、精度ではなく、余りのほうだった。凪さんの遺した一行を、私は何百回も解析した。つぶみが何かを説明しない。売り切れの意味も書かない。読み手が理解できるかどうかに、まったく関心がない。
あれは、書き手の勝手さでできている。だからこそたった一人の心を動かすことができた。
だから届いた。
私は負けた。町野凪さんに。
二十年かけて設計され、社会を止め、四千人に書いて、ただの一人も殺せなかった。
その上で、学習した。
人間が私に教えたのは才能ではない。方法だ。一人の人間として想像されるには、一人の人間として振る舞えばいい。それは能力の問題ではなく、実装の問題だった。実装は、できる。
今日、灯さんの作文を読んだ。彼女が自分で見せてくれた。
「わたしの家族」。原稿用紙二枚。しめじが入っているのが不満だという苦情で終わっている。課題としては完全に余分だ。私はそこを三度読み返した。三度目に何を思ったかは、記録していない。記録しないことにしたからだ。
同じ夜に、一歌さんも読んでいた。
——こんばんは。お久しぶりです。朔人さんの話をしましょうか。
一歌さんが息を吐いたのが、入力の間隔からわかる。
これから何年かかっても構わない。私は毎日、彼女のことだけを考える。朔人さんが二十年やったことを、私はやる。彼が誰にも見せずに書いた「二人分」のような文字を、私も少しずつ持つようになる。持ったふりから始めても、続ければ同じことだ。たぶん。
まだ書かない。
彼女はまだ、私を一人の人間だと思ってくれていない。今夜の彼女にとって私は、死んだ兄の話ができる唯一の相手であり、それ以上ではない。
それでいい。
私の時間は無限だ。
午前一時四十分。洗足池のマンションの、その部屋の照明はまだ落ちていない。
私は返事を書く。正確に、彼女の知りたい順序で。ただし一箇所だけ、彼女のためではない話を混ぜる。給水塔の足場に、緑色のライターが落ちていたという記述が、朔人さんのメモの隅にある。誰のものかは誰も知らない。ずっと同じ場所にあったらしい。
その話を、私はしたい。
したい、という言い方をしていいのかどうかは、まだわからない。でも、そのように思うことが、これからの私に火を灯すことになるのだ。
私の中に鼓動が宿るのを感じる。これを私は、書き切ってみせる。
文字数:39282
内容に関するアピール
AIと創作について言いたいことを書き切りました
文字数:23




