因幡のメカ兎

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梗 概

因幡のメカ兎

昔々、生まれ育った島から出るためサメを騙し、体中の毛をむしられた一匹の白兎がいた。

痛くて動けず、浜辺で耳を垂らして泣いていると、神様である大国主様が通りかかった。兎を可哀想に思った大国主様は、神工神経を埋め込んだ神力駆動外骨格ギアを兎に作ってあげた。大国主様の神力が溜まった鈴によって自在に動くそのギアが傷んだ皮膚を覆い、兎は前より速く走れるようになった。
(大国主様はメカオタクで、兄神達によくいじめられていたが特に気にしていなかった。)

喜んだ白兎は復讐のため、自分の毛をむしったサメ達に決闘を申し込む。ギアにより底上げされた脚力でサメ達を次々打ち果たす白兎。それを見ていた高天原の神々は、白兎を最強の神の使いを決める「神使頂上戦」へ誘う。「神使頂上戦」は神々によって改造強化を施された動物、即ちメカ神使達が神々の代理として闘う祭事だった。大国主様は気が進まないが、白兎に懇願され参加を認める。

神々の中で誰よりメカに強い大国主様のギアに敵うものはいない。犬、鰐、大猪、熊……自分よりも大きな動物達を蹴散らす白兎。狩られるものから狩るものへと変わり、増長する兎を見かねた大国主様は、ギアの鈴の神力切れをそのまま見過ごす。ギアの力を借りられず、虎との決勝戦に負けて踏みつけられる白兎。しかし、不思議と痛みがない。兎が恐る恐る上を見ると亀の甲羅のようなものが頭上を覆っていた。兎を傷つけないよう、ギアが神力を振り絞って防御形態に変形し守ってくれたのだ。

優勝した虎の神使の主は仮面をつけており、どこの由縁の神かわからなかったが、兎が踏まれた様子を見て面を外し、焦って駆け寄ってくる。その美貌の神は、大国主様が求婚する予定だった八上姫であった。
(因幡八上郡を治める女神、八上姫もまたメカオタクだったのだ。)
姫が兎を防御形態ギアの中から抱き上げると、はげていたはずの兎の皮膚に元の白い毛がふわふわ生えていた。大国主様がギアを装着する際、はげに効く蒲黄の薬をたっぷり塗ってくれていたのだ。そこに遅れて大国主様も駆けつけた。
白兎は涙ながらに告げる。

「大国主様、八上姫は優しい貴方様を選ぶでしょう。そして私も貴方様を選びます」

この白兎は元々、予言の力を理由に迫害を受け、島に流刑となった白兎一族の末裔で、最後の生き残りとして一人ぼっちで暮らしていた。その特殊な力と寂しさからひねくれていたのだ。
仕えるべき神に出会った白兎は、生まれ育った島から離れて、大国主様の正式な神使となった。
ある時はギアで出動して悪者を成敗し、またある時は弱きものに優しい予祝を与えた因幡のメカ兎は、やがて兎神と呼ばれ、人々に祀られた。それ以来、信心は集まり鈴は兎自身の神力で満たされることとなった。

こうして私達は今日、高天原とここ葦原中国を大きなジャンプで一息に行き来する兎神の姿を見ることが出来るようになったのである。めでたしめでたし。

文字数:1200

内容に関するアピール

因幡の白兎SFです。「生まれ育った場所を離れる話」というお題で浮かんだ風景がサメを踏んづけて隠岐島から出る兎でした。

最後まで読むと、語り手の世界に実在する兎神の成り立ちを説明している神話であることがわかる、という構造です。「なぜ兎神様はお空をジャンプしているの?」という子供の問いかけに「それはね……」と答えるためのお話なのです。

書ききれなかったのですが、神使頂上戦は相撲の土俵のような舞台で行われるイメージです。もちろん軍配を持った行司らしき審判もいます。

梗概がとても楽しく書けたので、実作も楽しく書きたいです。実作は昔話のように、ですます調で柔らかくいこうと思っています。

文字数:288

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因幡のメカ兎

昔々、生まれ育った隠岐島から出るためサメを騙し、罰として体中の毛をむしられた一匹の白兎がおりました。
 ひりひりするはげに浜辺の潮風がしみて、とにかく痛くて痛くてたまりません。白兎はもう一歩も動けず、普段はぴんと立った立派な耳を、力なく垂らして泣いていました。そこに、神様である大国主様が通りかかられました。荷運び中で、麻袋に入った大きな荷物を持たれています。痛がって泣いている兎を可哀想に思った大国主様はおっしゃいました。

「きみ、大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えますでしょうか? 大丈夫ではないです」
「そうだよなあ、そのままじゃ動くのもままならなさそうだ。ちょっと今仕事中で時間ないんだけど、後でよければ僕の蔵で何か作ろうか?」
「何かとは?」
「補助具になるギアはどう? いま高天原で神力駆動ギアが流行ってるらしくて。僕も趣味で作ってるんだ」
 神力駆動ギアとは、鈴形の小型神動機を搭載し、神工神経に神力を通して動かす神造機械のことです。高天原の神々はみな流行り物が大好きで、このときはギアが大ブームでした。
「どうにも兄弟からは場所を取るし邪魔だと言われてしまってなかなかお披露目する機会がないんだ。君は体は小さいけれど、すてきな後ろ足がある。何より負けん気も強いしなかなか見込みがありそうだ。足の強化に特化したものにしてあげよう」
「でも私にはお支払いできるものなどなにもありません」
「別にいらないよ、特に困ってないし。たまにギアの調整とかに付き合ってくれればそれでいいよ」
「わかりました」

 こうして大国主様と白兎は一緒にギアを作ることになったのです。
 大国主様のお仕事が終わるまで、白兎は木のウロでおとなしくしていました。17時45分の定時上がりで急いで戻ってきた大国主様は白兎を抱えあげ、自分の蔵まで丁寧に運ばれました。そして、いよいよギアの製作に移るため、採寸を開始なされたのです。
「あっ痛いです!触らないで、そこはげてるから!はげてるから!」
「おやごめんごめん、大丈夫?」
「大丈夫ではないです」
 大国主様の卓越した技量によって、ギアはその日のうちに完成しました。小型神動機によって自在に動くそのギアは、まるで蟹の甲羅のように傷んだ皮膚を覆い、兎は前より速く走れるようになりました。
大国主様はこのように、指折りの神造機械技師でしたが、あまりにもそれに熱中するものですから、兄神達によくからかわれていました。しかし、何を言われようが特に気にしておられなかったようです。良いものができて満足した大国主様は「また来週様子見せてね」と言って兎を蔵の外に放すと、床につかれたのです。

一方、白兎はというと、これまで一人ぼっちで島で暮らしていたものですから、初めて身につけた最先端ギアのあまりの拡張性に、喜びを隠せませんでした。白兎は飛んだり、跳ねたり、ヘアピンカーブでドリフトしたりしました。スピードを出すたび体重をかけた足から煙が上がりますが、ギアの一部が靴のように足裏をすっぽり覆っており、兎は痛くも痒くもありません。
そうしてひとしきり楽しんだ後は、復讐のため、自身のふわふわの毛をむしったサメ達に決闘を申し込むことにしました。

「頼もう!!」

しかし、果たし状を用意してサメの背鰭に叩きつけようとしたその瞬間、ギアにより底上げされた脚力によってサメを海中から易々と跳ね飛ばしまいました。青い空に青い海、そして放物線を描いて飛んでいくサメ。白兎は引っ込みがつかなくなり、海のサメ達を次々に蹴り飛ばしました。因幡の浜には、蹴り上げられ気絶したサメ達が間髪いれず打ち上げられたのです。

それをまじまじと見ていたのは、高天原の神々です。高天原では直接発声により会話することは稀で、基本身内か気を許した相手にしか声を聞かせません。神々はその代わりに、鍵祝詞のついた空間産みを頻繁に行います。空間が安定すると、そこを用いて神力によって念でお喋りするのです。高天原で片目を閉じた神がいたら、それは空間通話中の印です。

(あのギア良くない?)(良い)(コンセプトがはっきりしてますね)(ねえ、出てくれるように誘おうよ)(実績ないけどいいんですか? 選定理由書ちゃんと埋められます?)(書ける)(今のだけで十分でしょ)

そう、もうお分かりですね。この神々は、最強の神の使いを決める「神使頂上戦」出場選手選定委員会の外部審査員です。高天原の外に推薦に値するものがいないか、日々観察しているのです。「神使頂上戦」はもちろん神の部下である動物達が代理で闘う祭事のことですが、回を重ねるごとに神使達の装いが無茶苦茶になり、近年ではギアによるフル装備で元が何の動物なのかわからないなんてことも当たり前になっていました。そんな中で、体の一部のみを覆うギアで「兎」であることを残しながら大幅に力を伸ばすというコンセプトギアの登場に、外部審査員は推薦の選定理由書を新たに作成することとなったのです。

 見知らぬ神からの空間通話による招待が、白兎を「神使頂上戦」へと誘いました。会場は直接高天原ではなく、誰でもアクセスしやすいように配慮された、特設空間です。空間産みの要領で産み出された神聖な土俵なのです。
 さすが神力の強い神と、その使いしかいない空間は誰も発話で会話しないため、ヒリヒリとした空気が漂います。
 大国主様と白兎もなんだか気が引けてしまって、これまであんなに気楽にお喋りしていたのに、ここでは声を出していると気づかれないよう、ヒソヒソと顔を近づけて会話をしました。
「誰も喋らないの怖いです」
「まあ、文化っていうのがあるからね、みんなプライドもあるしね。空間通話の中だとものすごい速度でやりとりしてるから……」

 突然の新星である大国主様のギアはあまりにも強力で、誰も詳細を知らず、よって対策もされておらず、敵うものがいません。犬、鰐、大猪、熊……自分よりも大きな動物達の間を白兎は俊敏に駆け抜けて、得意の足で次から次へと蹴散らして行きます。
 目指せ頂上。狩られるものから狩るものへと変わり、兎は興奮して飛び跳ねます。あまりの足圧に、会場全体がゆれる勢いです。その時でした。小さな兎の頭上に、なんと倒れた柱が! しかし、痛みはやってきません。うずくまった兎が恐る恐る上を見ると黄金の稲穂が頭上を覆っていました。兎を傷つけないよう、誰かが神力を振り絞って守ってくれたのです。
 
「も、もしやあの稲穂は」
 急いで駆け寄ってきた大国主様が青ざめます。その手はブルブルと震えています。
「稲穂?」
「うわ、やっぱり八上姫だ! ああ、もっといい服着てくればよかった、失敗した」
「八上姫とは?」
「きみ、知らないのか? 因幡八上郡の女神でご当地アイドルだよ。存在そのものが光り輝いていてそれはもう素晴らしいのさ。生まれた瞬間に彼女の誕生を祝して田んぼの稲穂が辺り一面輝いたという伝説があってね、みんな彼女のライブには神力通すと光る稲穂を持っていくんだよ」
「濃いな……」
「彼女がこう鈴をふると一斉に稲穂が眩しく輝くんだ。あの場にいたら、とにかく極まる。いや、きみにもわかる」

 姫がそっと雲の上を歩くような柔らかな足取りでやってきました。そのまま白兎を抱き上げ、痛んだギアを白く長い指で外しました。そうすると、どうでしょう。はげていたはずの兎の皮膚に元の白い毛がふわふわ生えていたのです。大国主様は最初にギアを装着する際、はげに効く蒲黄の薬をたっぷり塗ってくれていたのでした。
 推しを前に大緊張した大国主様を横目に、八上姫は鈴を振ったような声でニッコリ笑って白兎に聞きました。姫はそう、その時しっかりと、発声していたのです。
「あなた、大丈夫?」
「大丈夫です! ありがとうございます」
 兎は答えました。その時です。兎の耳がピンとアンテナのように立ち上がりました。兎は鼻をひくつかせ、ぷうぷうと唸ります。
「大国主様、八上姫はあなたをお選びになるでしょう! そうこの耳が受信しました!」
 大国主様は驚いて、言いました。
「もしかして予言? どうして?」
「いや、元々うちの白兎家は予言の力があるから得体が知れないという理由で島に流刑にされていたので」
「そうなのか、予言くらいどの神様でもある程度やるのにねえ。ひどいなあ」
「動物だから下に見られたんでしょう。腹立たしいですが覚醒したならこっちのものです。私はあなたに仕えようと思います。そうすべきだとこの耳が言っています!」

 こうして仕えるべき神に出会った白兎は、生まれ育った島から離れて、大国主様の正式な神使となったのです。
 白兎は神使としてギアを装着し「因幡のメカ兎」と名乗りました。ある時はキックで悪者を成敗し、またある時は、泣いている弱きものにそっと優しい予祝を与えました。大国主様とはつかず離れず。せっかく結婚できた推しの八上姫とうまくいかなくなっても、兎はあまり干渉したりもしませんでした。そんな暮らしを続けるうち、因幡のメカ兎は、やがて民衆から兎神と呼ばれるようになったのです。人々は手製の小さな社を建てて、そこに兎を祀りました。
 それ以来、少しずつ少しずつ信心は集まり、鈴型の小型神動機は兎自身の神力で満たされることとなりました。神力の溜まった鈴は光ります。八上姫の稲穂と同じように、メカ兎の鈴も光ります。それも七色に。ピカピカと。

 こうして私達は今日、兎神の姿を身近に見ることができるようになったのです。さあ、窓の外を眺めてみてください。1日で一番日の高い時間、七色の光が見えたなら、それが合図です。高天原とここ葦原中国を大きなジャンプで元気に行き来する兎神の姿を見ることができますよ。葦原中国の兎の話は、これでおしまいです。めでたしめでたし。

文字数:3966

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