いつかこの地でハインの祭りを

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梗 概

いつかこの地でハインの祭りを

姉さんに最初に会ったのは、ぼくが5歳の時だ。姉さんは23歳。

最後に会ったのはついこの間、ぼくが11歳の時。姉さんはこっそり白い綺麗な石をくれた。信じられる? 石だよ!! 今その石は、誰にも見つからないように小さな袋に入れて、クローゼットの中にある。

姉さんは「ジェミー、あんたもいつかおいで。風に吹かれるってさ、体中がびりびりするくらい凄いことなんだよ」って日焼けした顔で笑ってた。

ぼくたちはセルクナム、一度滅んだ種族だ。地球のチリとアルゼンチンにまたがるパタゴニアに住んでいたぼくらは、ヨーロッパの探検隊がもたらした疫病と、面白半分の虐殺であっという間にいなくなった。最後の一人が死んだのは、2022年。数百年たってチリの人権派が「あれは良くなかった、何とかしないと」って言いだして、ぼくらの遺伝子をかき集めて、何とか復活させて、移民船イスラ・グランデを作って送り出した。勝手だよね。ぼくらは何も知らない。セルクナムとして墓から呼び起こされたけれど、ぼくらの文化は真っ白だ。

だけど長い長い時間をかけてようやく辿り着いた移住先の星、ティエラ・デル・フエゴはぼくらを拒んだ。気候も空気も動植物も、全部問題ない。だけど、僕らはこの星に住む小さな羽虫に対して激烈なアナフィラキシーショックを起こしたんだ。アレルギーを持たない数少ないセルクナムが地上に降りて、どうしたら星の生態系を壊さずにこの羽虫を取り除けるか研究を続けている。そう、ぼくの姉さんはそのひとりだよ。

L5は、衛星の影響で楕円軌道を描いている。姉さんが行き来できるのは、近日点に近づいたときだけ、3年に1回。だから次に会えるのは来年。そのはずだった。

姉さんが戻ってくる。

アレルギー症状が出てしまった。抗原にずっと曝露していて、とうとう閾値を超えた。姉さんはもうティエラ・デル・フエゴにはいられない。

いつもより時間のかかる片道の旅の中で、姉さんはぼくに手紙を書いてくれた。忘れまいとするように、見てきたものを全部。冬の恐ろしいまでの寒さ、短い夏の美しさ、トレス・デル・パイネと名付けられた巨大な山、生き物や草花、そして一年中止むことのない風、体の周りを動き続ける空気。姉さんはあの星を愛していた。同時に、そこに住む虫を絶滅させて、自分たちが生きることに葛藤していた。それではまるで、スペイン人に滅ぼされたセルクナムの逆写しではないか、と。

ぼくは、姉さんのあとを継ごうと思う。今はまだ何もできないけれど、たくさん勉強して、いつかあの星に降りる。姉さんの弟のぼくも、きっとアレルギー症状は出ないはずだ。

そうしてイスラ・グランデにいる姉さんに手紙を書くんだ。、ナイショでお土産も持ち帰ろう。それから、虫たちを滅ぼさずにぼくらが星で暮らす方法も見つけてみせる。

いつかみんなであの星に降りよう。そして止まない風にまかれてハインの祭りを開くんだ。

文字数:1193

内容に関するアピール

 オーガニックなものを食べていれば免疫力が上がってコロナにはかからない、と主張する反ワクチンの方と話し「セルクナムもアステカ人もあなたの100倍オーガニックな生活を送っていましたが、天然痘で絶滅しましたわ」と心で思ったのが最初のきっかけ。奇しくも最後のセルクナム、アブエラクリスティーナは2022年2月16日コロナの合併症で亡くなりました。

 パタゴニアでセルクナムの記録を見、ぬいぐるみを買い、日本語の本もスペイン語の本も読みました。背が高く、頑健で、飛び抜けた代謝能力をもっていたセルクナム。あの美しい人たちは何故死ななければいけなかったのか。一つの種族、文化が滅ぶとはどういうことなのか、SFの力を借りれば、もう一度語り直すことができるかもしれない、と思っています。

文字数:335

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いつかこの地でハインの祭りを

いつかこの地でハインの祭りを

         いつかこの地でハインの祭りを

                        柿村イサナ

 カナリヤのように歌っていた女たちはどこに行ったの?
 昔はあんなにたくさんの女たちがいたのにーーー
 みんないなくなってしまった

                ロラ・キエプヒャ  1966年 没年の言葉

 

 1

 やあ、はじめまして。

 ぼくはジェミー。でもこの船にはジェミーが何人かいるから、みんなからはジェミー・スパークって呼ばれている。変な名前だけど、そういう伝統なんだよ。ジェミーの後には、なにか輝いたりきらきらしたものをつけること。ぼくは生意気で、小さくて、あちこち飛び回って鼻をつっこむから、火花スパーク
 君の名前は知りようがないね。でもなんにもないと話しかけにくいから、フラノと呼ぶことにするね。

 これはぼくの宿題。ぼくらの生活のことを、全然知らないところにいる全然知らない人に説明する。ぼくの宿題は瓶に詰めて広い海に流され、どこかの岸辺にいるきみ、フラノに拾われる……かもしれないけど、きっと誰にも届かないで宇宙のゴミになるんじゃないかと思う。海と宇宙じゃ、大きさが違うもんね。だからこれって無駄じゃないかなぁ。でも無駄なことも含めて、勉強なんだって。変なの。
 データをなるべく軽くするため、文字のみ。動画なし、音声なし。写真は一枚だけ、白黒の小さなものを添付可。これはまだ何にするか考え中。ぼくの顔? 船の全景? それともここから見えるティエラ・デル・フエゴ?

 ぼくは11歳、家族は父さんと母さん、それから姉さんのクリステイーナ。クリスティーナは地上にいるからなかなか会えないんだ。ティエラ・デル・フエゴとイスラ・グランデが近づくのは三年に一回だからね。
 でもこの間姉さんが船に戻ってきたとき、こっそり白い綺麗な石をくれた。信じられる? 石だよ! 今その石は、誰にも見つからないように小さな袋に入れて、クローゼットの中に隠してある。母さんは急に服を自分でたたみ始めたぼくにびっくりして、喜んで、ちょっと疑ってた。

 姉さんは日焼けしてた。髪の毛もばさばさで、短く切ってて。でもさ、すっごく楽しそうで幸せそうで、元気だった。
「ジェミー、あんたもいつかおいで。風に吹かれるってさ、体中がびりびりするくらい凄いことなんだよ」
 って笑ってた。

 風! フラノはどこに住んでいるの? 君のいるところに風はある?
 辞書で調べたんだ。そよ風、熱風、夜風、秋風、木枯らし、潮風、隙間風、野分、疾風、かまいたち、空気が動くだけのことになんてたくさんの言葉があるんだろう。ぼくはどれも知らない。凄く暑いとか、凄く寒いとか、どういう感じだろう。雨が降ったり曇ったり、日焼けするほどお日さまが照ったり。
 それから山や湖や滝、生き物たち! いつか見てみたいなぁ。

 もしかしたら、本当に本当にもしかしたら、君がこれを読んで、その返事がいつかぼくのところに届くかもしれない。君の住んでいる場所のことも聞かせてね。

 そう思って、今日はおしまい。
 またね。

 2

 先生に怒られちゃった。
 もっとちゃんと説明しなさい、フラノはティエラ・デル・フエゴもイスラ・グランデも知らないでしょう?って。
 ごめん、ちゃんと書くね。
 そう、ぼくらは船で暮らしているんだ。イスラ・グランデという名前の移民船。大きな島、と言う意味。だいたい2500人くらいが生活している。それからティエラ・デル・フエゴは惑星、火の国って意味。ぼくらの暮らす船は、ティエラ・デル・フエゴのラグランジェ点にある。

 順を追って話すって難しいね。話が行ったり来たりしてたらごめんね。目の前に誰もいないと「それは何?」とか「どういうこと?」って聞かれないから、どうしたらいいかわかんないや。
 まず大きなことから片付けよう。

 ぼくたちは、自分のことをセルクナムと呼んでいる。ぼくたちは一度滅んで、もう一度お墓から呼び起こされた。

 地球のチリとアルゼンチンにまたがるパタゴニアという、広くて、入り組んでいて、恐ろしく寒くて、風が強くて、乾燥していて、とても人が生きていけないような場所に、ぼくらの祖先は住んでいた。年平均気温は12℃以下、それでもセルクナムは毛皮をちょっぴり着ているだけだった。だいたいは裸。恐ろしく代謝が良くて、体温が高かったらしい。男たちはアシカを狩り、女たちは海に潜った。定住せず、移動を繰り返した。背の高い、大きくて頑丈な人々。

 だけど、厳しい環境の中で生き抜いてきたセルクナムは、わずか一代で滅んだ。19世紀半ば、ヨーロッパの人々がこの地に移住してきて、あっという間に伝染病が蔓延した。麻疹、インフルエンザ、結核、天然痘。捕鯨業者が鯨を狩り尽くし、食べ物がなくなった。金鉱探鉱者や羊を育てるためにやってきた人々は、セルクナムたちをゲームのように殺した。効率良くセルクナムを減らすために、女の人を殺すと割増料が払われたんだって。虐殺者たちは耳や手首、乳房を切り取った(ゲームトロフィーって言うらしい)。子供や大人を何人か連れ去って、人食い人種として見世物にしたりもしたらしい。住んでいた土地を奪われ、病気をうつされ、野蛮人だから改宗させなきゃって監禁され、食べ物がなくなって、狩りの獲物みたいに殺され、4000人いたセルクナムは、100年も起たずに100人まで減っちゃった。

 セルクナム語を話す最後の1人が死んだのが、2022年。皮肉なことに、これも伝染病だったみたい。
 というのが前半分のお話。ひどい話を聞かせてごめん。

 で、残り半分。ぼくたちがどうして船に乗ってこんなところにいるのか。これもけっこうひどい話。
 セルクナムはみんなお墓の中に入っちゃったから、もう誰もセルクナムにひどいことはできない。そのはずだった。

 長い時間がたった後で、誰かがセルクナムのことを思い出した。ちょうどチリで革新的左派が政党を取って、国が大きく動いた時期。人道的な新憲法が国民投票で可決されて、その中には、先住民族に対する手厚い保証や特権が盛り込まれていた。

 そういえば、滅んでしまった種族がいた。

 あれはひどい、良くないことだ。

 わたしたちは過去の過ちを償わなければいけない。

 新しい国を始めるのに、古い罪を精算しよう。

 政権交代の熱狂が、土の中で眠っていたセルクナムを引きずり出した。国民の遺伝子が調べられ、博物館にあった遺物や民芸品が徹底的に検査され、セルクナムをもう一度蘇らせるの遺伝子がパッチワークのようにかき集められた。

 で、ぼくらは作られた。

 遠くに良い感じの星を見つけて、あの星で新しく生きると良い、って移民船に遺伝子バンクと種子バンクを乗せて送り出した。セレモニーの映像を見たよ。みんな、ニコニコして、凄く良いことをしているって感じで、幸せそうだった。鳩とか飛んじゃってさ。
 そうして、一つの街くらい大きな船に乗って、ぼくらの曾祖母曾祖父たちは地球から旅立った。旅の途中で生まれ、何の選択肢もないまま宇宙に放り出されたぼくらのひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんは、ずいぶん困ったと思う。船のAIは賢いし、速習モデルもあったからなんとかなったけど、でもぼくらは空っぽだ。一度途切れて、真っ白になった文化を押しつけられて、これで生きていけ、なんて無理だよ。
 高い頬骨、しっかりした鼻、黒い髪に暗い肌、背が高く、がっしりして丈夫。ぼくらの見た目はセルクナムだ。でも、ぼくらの中身は?
 おじいちゃんたちは必死で残った資料を読んで、どうしたらセルクナムらしく生きていけるか考えた。裸でいることはできない。ここには毛皮も何もないし。鯨もアシカもいない。移住しながら生きていくこともできない。
 言葉も全部が記録に残っているわけじゃないから、基本的にぼくたちが話しているのはスペイン語だ。

 何とか見つけ出したのは、ハインというお祭り。これはもともとは男の子が大人になるための通過儀礼だったんだって。年に一度、ハインの小屋をたて、そこに7人の男の人が集まってショールトという精霊の格好になる。精霊たちは、17歳から20歳までの候補者たちを拷問し、狩人の訓練として長い旅に連れ出す。それから、女の人たちを叩いたり、住む家を壊したりする。候補者たちは死ぬこともあったし、女の人も毎回酷い目にあう。
 ぼくらを送り出した地球の人たちは、いくらセルクナムの文化を尊重するといっても、これはさすがにやり過ぎだと思ったらしい。だから新しいお祭りの形を考えてくれていた。わぁ、とっても親切。
 ぼくたちのハインの祭りは、秘密に選ばれた男女7人がお面を被って、セルクナムの歴史をお芝居で演じる。みんなでそれを見て、用意したご馳走を食べ、AIがこれもナイショで決めておいた相手にちょっとしたプレゼントをする。もともとのお祭りとはまったくもって別物だけど、これはこれでまぁ、楽しいよ。
 去年のお祭りの時、ぼくがプレゼントをあげたのは、整備士のルイス・ホルヘ。いっぱい考えて、手作りのハンドクリームにした。山羊のバターと、ワセリンと、あといい匂いのするものを混ぜれば、自分でも作れると思って。ぼくが好きなパンの匂いにしようと思ったんだ。手からいつもパンの匂いがしたら、ステキじゃない? でもイースト菌を貰って混ぜたら、すっごく臭かった……だから、もう一回作り直して、今度は農園に行って香りの良い葉っぱをわけてもらった。2回目は成功。
 ぼくは誰かから小さな手書きの詩集を貰ったよ。全部のページにカラフルな絵が描いてある。詩は昔、チリにいたマプチェって人たちの言葉だって。意味は良くわからないけど、本はぼくの宝物になった。

 話がそれちゃった。ごめん。

 ぼくらは、ぼくらの母さん父さんが生まれた頃に、ティエラ・デル・フエゴについた。
 でも、結論から言うと、ぼくらはようやく辿り着いたこの星で暮らすことができなかったんだ。
 気候も空気も動植物も、全部問題ない。だけど、ぼくらはこの星に住む小さな羽虫に対して激烈なアナフィラキシーショックを起こした。先遣隊が喜び勇んで地上に降りて、あっという間に呼吸ができなくなるほどのクシャミや鼻水に襲われて、呼吸が止まって死にそうになりながら逃げ帰ってきた。
 ここまで来て、そんなのあり? みんな呆然として、怒って、悲しんで、大変だった(って聞いた)。

 ふう、やなことばっかり書いて疲れちゃった。今日はここでお休み。

 またね。

 3

 今度は怒られなかったけど、教科書そのままのところがありますね、だって。自分の言葉で書け、って言われたって、知らないこと、感じたことがないことだもん。難しいよ。頭にきてもう書きたくない、と思ったけど、ここからはもうちょっと明るい話になると思うから、がんばる。

 えーと、アレルギーの話だったよね。

 ティエラ・デル・フエゴに降りられない、ってわかったとき、まずはじっくり考えるため、イスラ・グランデをラグランジェ点に移動させた。
 食糧や、空気は問題ない。船内は完全循環型だし、種子バンクもまだ1%も使っていないくらい。遺伝子プールには2万人分の凍結卵子と精子があるから、このまましっかりコントロールしていれば、この船の中で何百年でも生きていける。
 でもそれじゃダメなんだ。
 実際、地上に降りられないってわかったとき、自分で自分を殺しちゃった人がいたんだって。ずっと待ってたのに、目の前で取りあげられて、すごくすごくがっかりしちゃったのかな。

 7柱が、あぁ、そうだ、これちゃんと説明しなくちゃ。この名前は、この前書いたショールトっていうハインの七人の神様から名付けられているんだ。
 議会を進めたり、準備をしたりするのは、クレン。太陽って意味。
 クレンを手伝うのがケヤイシュク、ホイチク、ウェチェシュ。それぞれ船の自治や、文化活動、歴史保全、備蓄管理なんかを担当する係。
 残りのパフィル、テリル、シェヌ、シェイトはそれぞれぼくたちを4グループに分けたリーダー。グループには鳥の名前がついてるんだ。フクロウ、フラミンゴ、鵜、そしてアホウドリ。ぼくたち家族はフクロウ、お祭りの時の服の色は白。
 いつどの遺伝子で子供を新しく作るか決めたり、病気になった人を見るのは、オルム。
 逆に死んだ人をティエラ・デル・フエゴにつくまで冷凍しておくのは、ハラハチェスの仕事。
 それからタヌ。タヌが何するかは、ぼくには良くわからない。議会に参加するけど、でも何か発言したり、決めたりはできない。タヌはいつも頭から三角形のマントみたいなものを被っていて、中に誰がいるかわからないんだ。タヌは議会の「目撃者、見物人、審判」なんだって(これも自分の言葉じゃないって言われちゃうのかなぁ)。
 で、まぁとにかく、この7柱みんなでたくさんたくさん話し合って、船にいる全員から意見を聞いて、どうするか決めようとしている。
 そう、まだ決まってないんだよ。ぼくが生まれるずっと前から話し合っていて、まだ決まらない。

 意見はだいたい三つに分かれている。
 まず、虫を滅ぼして、地上に降りよう派。この人たちが一番多い。でも生態系にどんな影響があるかわからないから、なんにせよ性急なことはしちゃいけない、ってのはみんなわかっている。
 それから、ぼくたち自身を変えよう派。今いるみんなを作り替えることはもう無理だから、これから生まれてくる子供たちがアレルギーを起こさないようにしよう、って意見。そうなると、今いる人たちはティエラ・デル・フエゴに降りられない。だからこの意見を指示する人はあんまりいない。 
 それから一番少ないのが、ティエラ・デル・フエゴじゃない他の星を探しに行こう派。ほとんどいないんじゃないかなぁ……だってこれは、2番目の方針よりもっともっと時間がかかるし、ぼくたちが住めるような星がもう一つ見つかるかわからないもん。
 で、どの方針をとるにせよ、大事なのはティエラ・デル・フエゴをしっかり調べること。だから、アレルギーを持たない数少ないセルクナムが地上に降りて、どうしたら星の生態系を壊さずにこの羽虫を取り除けるか、他にアレルギー源になるものがないか、探索と研究を続けている。そう、ぼくの姉さんはそのひとりなんだ。

 これでようやく、今に辿り着いた。
 ぼくたちが凄く困っていて、宙ぶらりんなことがわかって貰えたと思う。大人たちはいつも集まっては難しそうな顔で話してる。
 ぼくは……どうかなぁ。1は虫がかわいそうだな、って思うけど、2はやだなぁ。3もいやだ。だってぼくはこの星を見てみたいんだもん。
 だからまだとうぶん答えは出なさそう。

 今日はここまで。

 またね。

 4

 姉さんからメッセージが来たよ。
 この間君に手紙を書いていて、やっぱり1も2も3もいやだな、って思ったから、姉さんはどう思うか聞いてみたんだ。
 メッセージをここに写すね。

「オラ、チスパ! (これは姉さんがぼくを呼ぶときの名前。スペイン語でスパークって意味)
 この問題はあたしたちもずっと考えている。考えて考えて、答えが出た、って思うと、次の日にひっくり返ったりもする。
 あたしはたぶん、1が3割で、2が7割かな。もちろん地上組の中には1が10の人もいる。だけど3はいない。チスパもわかるよ、ここに来て生活してみたら。他の星を探すなんてとんでもない、あたしはここで生きて、死んでいきたい。
 あんたに一番新しい写真を送ってあげる。夏のトレス・デル・パイネだよ。地球にあった山とおんなじ三つの峰を持つ山、でも地球のよりずっとずっと大きい。
 この星には夏と冬がある。夏はあったかくて、冬は寒い。夏は船の中くらいの温度。だいたい15度。冬は0度~5度くらい。まぁそんなに寒くはないか。
 そのちょっとだけあったかい季節を目指して、植物も動物も昆虫も、長い寒い時期をじっと耐えている。だからすごいんだよ、夏は。
 エフェメラだってそうだ(あたしたちはあの羽虫のことをそう呼んでる。正式名称じゃないよ、もちろん)。たくさんのエフェメラがいっせいに孵化して飛び立つ。エフェメラは透き通るみたいな薄い緑色だから、まるで空気がきらめくようだよ。エフェメラの飛び方で風の形が見えるんだ。
 空は息が止まるほど青くて遠くて、川や滝はは止まることもなく永遠に流れて、何もかも緑で。一面の花畑になる場所もある。たくさんの生き物が、この夏のために生きている。
 あんたにこの景色を見せたい。見せるだけじゃなくて、嗅いだり、触ったり、感じたりして欲しいよ。そうしたらきっと、あたしたちが生きていく場所は船の中じゃなくて、この場所なんだってわかると思う。
 そういえば、アレルギー検査の結果はどう? まだ白? だったらあんたもいつか地上組に入りなよ。
 もちろん、今よりいっぱい勉強しなきゃダメだよ。あんたの成績じゃまだまだ選ばれない。次に会った時にテストするからね、しっかりティエラ・デル・フエゴのこと、学んどいて。

 チャオチャオ、ミ・チスパ!」

 姉さんの言葉や手紙は、いつもぼくが知らないことでいっぱいだ。
 いつかいつかいつか! ぼくもティエラ・デル・フエゴに降りる! そして夏を見るんだ!

 5

 七柱議会が大騒ぎだった。

 みんなが勝手に喋って、騒いで、中には人に暴力を振るおうとしているみたいに見える人もいた。議会は船中に中継されていたから、ぼくも見ていた。すごく怖かった。もしぼくがあそこにいたら、どうしたら良かったんだろう。あんなに怒って、誰も誰の言うことも聞かないで、大声を出しているところで、何ができただろう。
 で、そのとき、タヌが立ち上がった。立ち上がって、凄い音を立てて、会議室のテーブルに飛び乗って、端から端まで駆け抜けた。今まで喧嘩していた人たちが、ぽかんとして全員タヌを見ていた。最後にタヌは真ん中にあるクレンのテーブルに飛び移って、喋ったんだ。

 喋ったんだ!

「ここにいるのは獣か、人間か。言葉を理解するのか、吠えるだけか」
 って。
 タヌが動いたり喋ったりするの、始めてみたよ。いつも隅っこでまったく動かずに座ってるだけだったもん。ぼくの友達の中には、あの中には誰もいない、ただのからっぽの入れ物だけだ、なんて言うのもいたよ。
 でも、ちゃんと中身、いたね。
 あの声、ぼく、なんだか聞いたことがあるような気がする。誰かなぁ、誰かに似てるんだよな。もしかしたらタヌはぼくも知っている人かも。なんかわくわくするね。ぼくもいつか秘密でタヌになったりして。あ、でもそうしたら地上には行けないや。
 タヌになっても、いつもは黙って座ってなきゃいけないから退屈そう。だから、やっぱりぼくは地上組になりたい。

 6

 姉さんが帰ってくる。

 7

 ごめん。この前は。
 すごくびっくりして、どうしたらいいかわからなくて、続きが書けなかった。

 姉さんにアレルギー症状が出た。

 地上組はずっと抗原に晒されているから、いつか許容範囲を超えて、アレルギーになるかもしれない、そう言われてるのはわかってる。でもなんて、よりによって姉さんが。地上組の中でも、一番ティエラ・デル・フエゴを愛していて、いつもあんなに幸せそうに地上のことを話してくれた姉さんが。
 いつもより時間のかかる片道の旅の中で、姉さんはぼくに手紙を書いてくれた。
 忘れまいとするように、見てきたものを全部。冬の恐ろしいまでの寒さ、短い夏の美しさ、真っ青な空にそびえる信じがたい大きさと美しさのトレス・デル・パイネ、生き物や草花、そして一年中止むことのない風、体の周りを動き続ける空気。全部。

「あの星に戻りたい。これから一生、あの場所から離れて生きなくちゃいけないなんて耐えられない。もう風も、水も、太陽も、何もかも感じることができない。あたしはあの星で生きて、死ぬんだと思っていた。父さん母さんには悪いけれど、家族と一緒に船にいるより、1人でもいいからティエラ・デル・フエゴに住みたい。
 何度もあの場所を夢に見る。夢の中では幸せで、良かった、全部悪い夢だったんだって思って。目が覚めると、その悪夢の中にいる。
 ここには誰もいない。生きているものが何もない。だからチスパ、ごめん、こんなこと読まされても困るかもしれないけれど、つきあって。あんた以外にいないんだ。
 帰りたい。どんなことをしてでも帰りたい。あの星に帰れるなら、両足をなくしたっていいよ。でも、あたしがあの星に戻るってことは、エフェメラたちを滅ぼさないといけないってことだ。
 前、あたしは1と3が混ざってるって書いたよね。エフェメラを絶滅させるか、あたしたちの後の世代を変えるか。今、あたしの体は1にしたいって叫んでいる。あんなちっぽけな虫、どうでもいい、いなくなったって大したことない(実際、研究は進んでいて、もしかしたら環境に大きな影響を及ぼさずに、エフェメラだけを取り除けるかもしれないんだ)。だけど、心はそれは駄目だって言っている。
 だって、あの虫たちを自分たちが生きるために滅ぼしたら、あたしたちのご先祖さまを殺したスペイン人たちと同じことになる。それでまたいつか、あたしたちがアレルギーがでない体になったら、虫たちを再生させてティエラ・デル・フエゴに放つの?
 セルクナムたちは生きたかったはずだよ。どんなに、文明的でない、野蛮人だって言われてたって、ちゃんと文化があって、生きていた。キリスト教なんか知らなくたって、服を着ていなくたって幸せだった。

 エフェメラだって生きたいと思っている。

 何百匹も何千匹も何万匹も、風に乗って踊るエフェメラたち。薄緑色の透き通った体に銀色の羽根がちらちら光って、本当に綺麗なんだ。わたしたち人間から見たらその寿命はあまりに短いけれど、エフェメラたちにとっては1日は永遠だ。
 あの虫たちを滅ぼして、あたしたちが星に降りることは正しいのか。
 正しいとか、正しくないとかの問題なのか。
 わかんない。考えても答えは出ない。

 あの星に戻りたい。
 だけど戻ることはできない。」

 ぼくは、いつかあの星に行く。
 姉さんのあとを継ぐんだ。今はまだ何もできないけれど、たくさん勉強して、大きくなったらあの星に降りて、研究を引き継ぐ。幸い、ぼくもアレルギー反応は出てない。
 それからイスラ・グランデにいる姉さんに手紙を書く。変わらず風が吹いているよ、花が咲いているよ。トレス・デル・パイネは恐ろしいほど美しいし、エフェメラは風に乗って飛んでいる。この星は何も変わらない、姉さんが帰ってくるのを待っている。だから大丈夫。
 こっそりお土産も持ち帰ろう。押し花、種、姉さんがぼくにくれたみたいな石、たくさんの写真。
 それでね、虫たちを滅ぼさず、だけどぼくらが星で暮らす方法も必ず見つけてみせる。

 ねえ、フラノ。
 この手紙の先に君が本当にいるのなら、いつかティエラ・デル・フエゴにおいで。それまでにきっとぼくらは地上に降りて暮らしているよ。
 そして止まない風にまかれて、ぼくたちだけのハインの祭りを開くんだ。

 またね。

 

tierra del fuego.jpeg

           写真を添付します。
           姉さんが送ってくれたティエラ・デル・フエゴ。
           白黒なのがもったいないけど。いつか実物を見に
           来て。

 

水の力がわたしを連れゆく   

               エリキュラ・チワイラフ
               訳:柿村イサナ

 花咲く木の間から
 年老いたわたしは地平線を見る
 風の中をどれだけ歩いてきたか、わからない
 海の向こうからやってくる太陽は
 もう使者を送っている
 祖父母たちに会うために
 旅立とう
 青はわたしたちが目指す場所
 水の力がわたしを連れゆく
 少しずつ
 天の河は
 宇宙の中の
 小さな輪
 夢の中にわたしは止まる
 漕げよ、漕げ
 静けさの中、
 わたしは見えざる命の歌の中に
 ゆっくりと進みゆく

LOS PODERES DEL AGUA ME LLEVAN    Elicura Chihuailaf

 Viejo estoy y desde un árbol
 en flor miro el horizonte
 ¿Cuántos aires anduve?, no lo sé
 Desde el otro lado del mar el sol
 que se entra
 me envía ya sus mensajeras
 y a encontrarme iré con
 mis abuelos
 Azul es el lugar adonde vamos
 Los poderes del agua me llevan
 paso a paso
 El Río del Cielo es apenas
 un pequeño círculo
 en el universo
 En este Sueño me quedo:
 ¡Remen remeros! En Silencio
 me voy
 en el canto invisible de la vida.

 エリキュラ・チフアイラフ・ナウエルパンはマプチェ出身のチリの作家、詩人、演説家。2020年にチリ国民文学賞を受賞。マプチェの詩人としては初めて。作品は主にマプドゥングン語とスペイン語の二ヶ国語で書かれている。

参考文献:

 「ハイン 地の果ての祭典」 アン・チャップマン著 大川豪司訳 新評論
 「ビーグル号の3人」  リチャード・L・マークス著 竹内和世訳 白揚社
 「De Agostini, Gusinde y los Selk’nam a principios del siglo XX: Análisis de fotografías y discursos de Martín Gusinde y Alberto De Agostini (Spanish Edition)」」  Luis Fuentes Ampuero著

文字数:10502

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