キャッツ・クレイドル

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梗 概

キャッツ・クレイドル

地球に二人の旅行者がやってくる。傍目には一人、いや一匹の旅行客にしか見えないだろうが二人はいつも一緒だ。
そのうちの一人はマオ。見た目はネコにそっくりだが二足歩行だ。腹部には丸い機械が埋め込まれている。その機械の中にいるのがもう一人の旅行者、タネだ。タネの姿は外からは見えない。

今のタネはマオの体内でしか生きられない。二人は全く別の種族である。タネは惑星の支配者の一族だ。彼らは金属の身体を持ち、成長すると大地に根ざして巨大な機械の樹となり、一帯の統治者となる。
一方マオの種族の脳には機械の樹が発する思念を捉える受容体があり、樹との対話で知恵を借りて社会を構築している。樹に実る精密機械も彼らの文明には欠かせない。

タネは老朽化した先祖に代わって数万年ぶりに「株分け」された幼体だ。幼体の間だけ、マオの種族から選ばれた者を「ゆりかご」として旅をし、見識を深めるのが習慣だ。互いの神経の一部を接続することで、タネはマオの感覚を自身のものとして体験できる。

旅はもう終盤にさしかかっていた。彼らは宇宙観光地として賑わう東京に降り立ち、楽しい時間を過ごす。特にマオは人間が気に入ったようだ。人間も、マオにはとりわけ優しかった。

しかし東京を離れて山林の方へ移動したところで、マオの様子がおかしくなる。タネと話せなくなり、二足歩行もやめてしまう。
原因は、その地域の古い通信網にあった。周波数が、タネたちが発する思念と同じ帯域にあり、マオの脳を混乱させたのだ。意思疎通できなくなったマオは、野良猫のようになってしまう。

山の中をさまようマオだったが、偶然通りかかった女の子に拾われる。そこでタネは通信機器に思念を乗せて助けを求める。祖父母の家に帰省中だった女の子は、事情を理解して二人を東京の家まで連れ帰ってくれた。
東京に戻るとマオの頭も治ったが、調子が戻るまでしばらくそこに滞在する。その間、マオは街のネコたちとすっかり仲良くなってしまった。その様子を見てタネは考える。二人の旅の終わりはマオの寿命が来る時だ。それまでに故郷の、根ざす場所に戻らないといけない。しかし、地球の環境は母星よりマオの体質にあっていて、とどまれば本来より少し長く生きられる。何より今のマオは楽しそうだ。

 

結局、十五年間地球にとどまった。そして今、タネは小さな機械の箱の中に入っていた。それを手にした女性とともに宇宙港の出航ゲートをくぐる。あの時の女の子は惑星調査員としてこれからタネの母星に向かう予定だ。

「見て、地球が丸く見えるよ」

箱についたカメラが映したのは、ここに来る時にも見た風景だった。あの時はマオの目を通して。タネは十五年の間に、マオの身体を離れて生存できる技術を編み出し、マオの天寿を看取った。マオの身体は地球に眠っている。

「さよなら、マオ。あなたはこれからも、私の故郷だ」

箱の中でたった一人、タネは根ざす場所へと最後の旅を始めた。

文字数:1200

内容に関するアピール

生まれ育った場所、育ててくれた誰かからの離別をテーマにした話にしたいと思って考えました。
まったく生態の異なる生き物ふたりが共生関係の中で楽しくやっていく様や、異星人向けの観光業で栄える東京のことを実作では書けたらいいなと思っています。

文字数:117

課題提出者一覧