ヘタレ侍・丈之進の宿願

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梗 概

ヘタレ侍・丈之進の宿願

ときは現代。とある河川敷を根城にする地縛霊、名を安達丈之進と称する者がいた。この地に縛られてから250年もの月日を経た、ものぐさな霊魂である。何かの恨みを持ちこの地に棲み着いたが、やがてそれすらも忘れてしまい、いつの日か花々を愛でたり、デートする男女を脅かしてケラケラ喜んだりする低級な悪霊に成り下がっていた。素浪人風だが、髪に女物のかんざしを差す奇妙な風体をしている。

丈之進は、丈之進なりにこの河原を愛するようになっていた。四季が移ろう豊かな自然、街に住む人々、夏の日差し、冬の夜の静けさが好きである。
季節に秋を感じるある日、不思議な気配を感じ見渡すと、眼の前に女の幽霊が座っている。恐怖のあまり逃げ出そうとする丈之進だが、地縛霊で動けないことを思い出し声をかける。女は人気バーチャルアイドルの天童なつきという。涙ながらに語る。ライブ中にうっかり近所の環境音が入り込んでしまったせいで、熱心なファンに住所を特定されてしまったこと。そのファンにストーカーを受け、精神を病んでしまったこと。そして、路上で襲われ刺されてしまったのだという。

そのとき、丈之進は全霊に雷が打たれたかのような衝撃を感じた。町娘のおなつ、そう、おなつだ。あの長く美しい髪。澄んだ瞳。いま目の前にいる天童なつきに瓜二つではないか。なぜ今まで忘れてしまっていたのか。稽古場からの帰りに二言三言交わす程度だったが、人付き合いの苦手な自分にも優しく接してくれた。そんなおなつが、辻斬りに斬られてしまったのも今日のような秋の日だった。
その日、不器用ながらもかんざしをプレゼントしようとしていた丈之進は犯行を目撃してしまう。犯人を追跡し、河原に追い詰めたものの、返り討ちにあってしまったのだ。それ以来、250年間もの間地縛霊としてここに囚われていたのである。

丈之進は、自分がこの日まで現世に囚われた理由はこのときのためにあったのだ、と理解した。天童なつきに助太刀を申し出ると、なつきは勇気を出し、丈之進の手をとる。バリバリバリ、と音がして地縛が解けていく。250年ぶりの移動である。天高く飛び上がった丈之進は、恐怖のあまり半泣きになりながら追う。

路地に降り立つと、地面に伏しているなつきの身体と、それを見下ろす犯人の姿があった。250年前の記憶が重なる。丈之進の手から霊刀が伸び輝く。それを見た犯人はギョッとして仰け反ったが、やがて丈之進めがけて襲ってきた。見事な小手打ちで犯人のナイフを叩き落とし、袈裟斬りにすると、犯人は魂に傷を負い失神する。

犯人は警察官に逮捕された。天童なつきは重症だったものの一命を取り留める。なつきは療養の後、バーチャルアイドルとして復帰する。復帰配信で見せたアイドルのアバターの髪には、丈之進が差していたかんざしが加わっていた。
さて、丈之進は懲りもせず成仏せずに彷徨っている。ライブ配信を観て笑うのであった。

文字数:1198

内容に関するアピール

課題を観たとき、はじめは絶対にエモい作品で勝負しようと決意していたのですが、検討していくうちに斜め上の方向になってしまいました。幽霊が、精神的故郷(生まれ育った場所)でもある未練を断ち切る話です。

よろしくお願いいたします!

文字数:111

課題提出者一覧