さよならヒエラルキー

印刷

梗 概

さよならヒエラルキー

「お前んち、9階なのにエレベータ乗るなよ」
「は、それならちゃんと専エレがある高層階に住めよ」
 6階までの各階の住人が下りて、子供たちだけとなったエレベータ内で始まったのはマウントの取り合い、タワマンデュエルである。呆れたような視線で別の子が一喝する。
「二人とも、そんな下らない言い合いするからプライムから落ちるのよ」
 切られたのは通っている中学受験塾のクラスというカードだ。
 今ここにいる僕らは、全員同じ小学校、同じ学年、同じ中学受験塾、そして同じタワマン住まいだ。自分たちの世界には縦に分断された単純な階層構造しかなかった。
 あの日、火災報知器が鳴るまでは。

「火事です! 火事です!」
 親に起こされると電子音声が天井からしていた。大混雑の中、階段を下って避難する。住人が粗方出た直後、大きな爆発が起こり火が噴き出し燃え広がる。ついには春の林間学校で見たキャンプファイヤーのように、建物全体が燃えながら押し潰れていった。
 そう。僕たちが住んでいたタワーマンションは、日本で初めて全焼した大規模建造物となったのだ。

「あんなに住んでる高さでマウント取ってたのに、床の段ボールの厚みは同じなんだな」
 全員が同じ避難所で暮らして一週間が経った。体育館で寝起きし、食事は配給。たった一台のテレビを全員が囲む生活に非日常感を感じていたのは最初だけだった。ある日、学校から帰ってきたタイミング、「それは説明になっていないでしょ」と怒声が響く。運営会社の説明会と聞いた。その日から親が何かとイライラし始めて、全員がギスギスしていた。だから、タワマンデュエル休戦は破られた。

 あの家の保険は下りた、どこの弁護士と契約した、こんなマンション買わなきゃ良かった、と今まで聞いたことがない種類の情報が激流のように流れてくる。お前はそんなこと考えずに塾にちゃんと行け、宿題は終わったか、予習はしたかとぶっきらぼうに言われる中で。
 それはわかった上で僕らはデュエルのためのカードをこさえる。持ち出せた貴重品だとか、契約していた保険内容だとか。
 だけど、やればやるほど、僕らは貧しくなった親の資産でどんぐりの背比べをしていることを理解する。そして、そもそも豊かだった資産も僕ら自身のものではないとわかっていく。
 この狭い空間で他人をようやく知ることになったのだ。果物を配るおばあさんは三階に住んでいてこのマンションのための地上げに応じた人だ。餅つきイベントを企画したおじさんは六階に住んでいる理事の一人だ。

 平たい避難所で世界の広がりを知った頃に、親の世界の準備が色々整ったのか、ここの避難所に住んでいた人たちは、一人また一人とこの場所を去って行く。僕らも転塾が決まった子から順に引っ越しが進んでいく。
 昔だったら「第一志望で会おう」とか言ったかもしれない。だけど、僕らはもうシンプルにこうとしか言わない。
「じゃあ、元気で」

文字数:1197

内容に関するアピール

本当に申し訳ありません。何も思いつかなかったので字数を埋めただけです。そういうものを提出した中、大変に心苦しいのですが、藤井大洋さんのファンなので本にサインを頂ければと思います……。

文字数:91

課題提出者一覧