二つの国のどちらかを

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梗 概

二つの国のどちらかを

百歳を迎える三か月前、スウィフトの元に世界生活支援機構からリリパットとブロブディンナグのどちらに属するか選択せよと記されたメッセージが届く。スウィフトは決めあぐねていた。メッセージには続きがあった。百歳を迎えるまでの二週間、二つの国を一週間ずつ体験出来るプランも用意されている。こちらの世界に二つの国の情報が少なかった。スウィフトは体験プランを選択して返信する。
 長寿化が進み人々は百歳を超えて生きる様になった。労働人口では支えられない。人工知能GULLIVERガリバーによる試算の結果、百歳以上の人間は別の場所に集められ効率的な生活を営むこととなった。その場所が二つの国リリパットとブログディンナグである。拒否することは許されない。人々は素直に従ったようで、今生きている世界には九十九歳までしかいない。二つの国は地図に記されていない。スウィフトは輸送機の狭い部屋の中で過ごす。

リリパット住民はスウィフトが百年弱過ごしてきた世界と大差ない生活をしていた。機構の案内人アンドロイドと共に国王邸宅へと赴く。頭を低くして入口を通る。百十歳を超えているはずの国王は機敏で、かつ思考の確かな人物であった。国王曰く、リリパットには七十万人の住民がいるという。
 リリパットに属するためには、過疎化した生体組織を体積比で80%に圧縮することが求められる。寿命が残り二十年以下になる代わりに、老化以前の身体機能を再獲得する。リリパットにはコミュニティがあり、娯楽があり、仕事さえあった。国民は元気に生きてころりと死ぬ。ただし既に圧縮されている死細胞、つまり皮膚表面はこれ以上縮まない。老化によって肥厚化した皮膚は内側の圧縮によって余り、波打った見た目に変形していた。スウィフトは罪悪感に苛まれる。醜い。リリパットの住民をそう思ったのだ。

一週間の滞在の後、ブロブディンナグへ行く。リリパットとは異なり自然豊かで広大な国だった。案内人に国王に会うのか問うと首を横に振る。統治されていないと言う。森の中を進む。案内人が時刻を確認し、上空を見る。すると一機の飛空艇がやってきて一定のリズムで箱を落としていく。スウィフトの眼前にひと箱落ちる。案内人の指示で息を殺して待っていると巨大な人間がゆっくりと近寄って箱の蓋を開けた。布切れ一枚のみすぼらしい格好をしていた。箱の中には食料と水が入っていた。
 ブロブディンナグへ属するためには、身体を大きくし代謝を下げる必要がある。その際にDNAメチル化修飾を阻害する機能も獲得し、二百歳近くまで生きるようになる。広大な大地に寝そべって暮らし、定期的に届く食料と水を摂取する怠惰な生活を送る。案内人によると三十万人が生きているという。おぞましい光景だった。

やがて案内人からどちらの国に属するか問われる。スウィフトは首を横に振って、属さないと答える。案内人は共焦点レーザー銃を構える。なぜ二つの国の住民が会わせて百万人しかいないのか? なぜこれまで住んでいた場所には百歳以上の人がいなかったのか?
 スウィフトは胸を撃ち抜かれ、その謎の答えを悟った。

文字数:1283

内容に関するアピール

就職を機に、私は地方から関東圏に引っ越してきました。このように人生の色々なタイミングで生まれ育った場所を離れる機会があると思うのですが、ずっと生まれ育った場所にいた人が老後にたった一度、死に場所だけ別の所に強制的に追いやられる怖さを想像しただけで心苦しくなりました。仮にその場所がとても受け入れられそうにない場所だったら。嫌な話を書いたなと思います。各国が反乱を起こす展開もアイデアとしてあったのですが、そちらを主眼におくと私が感じた心苦しさが薄れてしまいそうなのと、いくつか先行例となりそうな作品もあったので止めておきました。
 姥捨て山がテーマとしては近いのですが、素地としてはガリバー旅行記を持ってきて、語り手の心情や動きを主体的に描きたいと考えています。

文字数:330

課題提出者一覧