健司が盆に実家に帰ると、「新天地」移住募集に申し込みたいと父が切り出してきた。５年前に弟が移住した時には大層立腹し仏壇まで拵えていたにも関わらず、とんだ様変わりだ。

「新天地」の移住には十分以上の支度金と現地での生活保障が約束されている。
宇宙船地球号が乗車率２００％オーバーなのは誰の眼にも明らかで、新規居住惑星への移住斡旋は当然の公共事業だったのだが、メディアは姥捨星だと政府を非難した。
蓋を開けてみると、半年ごとに行われている移住事業は毎回定員オーバーの満員御礼。
弟は第１期の募集に応募し見事当選、家族に特になにも告げずに「新天地」へと旅立っていった。

「新天地」の移住は一方通行だ。行ったら二度と帰ってくることはできない上、「郷愁」の削除がある。それでもいいのかと健司が訪ねても、父の意思は固いようだった。
とりあえず、移住申し込みまでの流れ、移住前の不動産の生前贈与等についてレクチャーし、続きは移住が決まってからと実家を後にした。

「新天地」への移住で一番のネックは「郷愁」の削除だ。移住者は必ず出発直前に精密な記憶処理手術を受け、地球での故郷や友人、家族のことを忘れることとなる。
思い出自体がなくなれば帰りたくなることもないという乱暴な論法だったが、一部では態々記憶を無くしたくて移住を試みるものまでいるというのだから人間はわからない。
健司も記憶処理手術を主にする「記憶医」の一人だった。

結局のところ、父が急に「新天地」に興味を出したのは妻に先立たれ定年を迎え、寄りかかるものがなくなったときに最初に思い出したのが弟だったからかもしれない。
新天地に移住した者たちは個別にコロニーを割り当てられ、そこから出ることは適わないため、血縁者と会うことはまずない。
しかし、同じ星にいるというのが父には慰めになるのかもしれない、健司だって地球に住んでいてもほぼ会うことはないのだから同じではないか。
それを寂しく感じるには既に健司と父は距離が出来過ぎていた。

年が明けたころ父から新天地移住決定のメールが届いた。荷物を整理したいから一度帰ってきてほしいという。
再び帰省した健司は仏壇から弟の写真が取り払われていることに気づいたが、何も言わず生前贈与の手続きを進めた。
あとは記憶処理が行われ次第移住するだけだ。

記憶処理は関係者が行うことができず、無関係な医者が必ず割り当てられる。
手術当日は健司も別の患者が入っており立ち会うことはできないが、記憶処理を行う際は慣例として患者と血縁者で手紙の交換が行われる。最後の挨拶だ。
健司は手術を行いながら、５年前、初めての「新天地」移住で誰もがバタついている中どさくさに紛れて弟の記憶処理手術を担当したことを思い出した。
俺が弟を率先して送りだしたと告白した手紙を読んだとき父はどんな顔をしただろうか。
誰の記憶にも残らない告白を思い返しながら健司は粛々と記憶処理を進める。