梗 概
真珠児
かつての三分の一ほどしか残っていない大地は、一部特権階級のものとなり、一般市民は海中に作られた人工都市の中で暮らす未来。日の光も届かぬ最も深い場所には海底の砂利やごみを漁って生活する貧しい人々が住んでいた。
彼らは長い深海生活で色素が薄く、髪も肌も白かった。その中で稀に真珠のような艶を持つ真っ白な子供が生まれることがあり、真珠児と呼ばれ珍重された。
真珠児であった11歳の少年シンは、人買いを通じて地上の住人に献上されることになる。
買われていった子供が三年と持たず音信不通になっているのを知っていた両親は、シンの存在を隠そうとするが、金と権力の前に息子を手放す決心をする。黒い布を巻かれ、日光を遮断した箱に入れられて故郷を離れたシンは、自分達をこんな目にあわせる運命への怒りを滾らせる。
シンを引き取ったのは、世界有数の資産家の三男・ハルヒコだった。彼は人類学者でシンの見た目に興味を示すが慰み者にする気はなく、深海語しかわからないシンを高級なペットのように飼おうとする。
シンは愛玩動物に徹した振舞をするが、それは世話係を油断させるための手段で、ある日シンは閉じ込められていた部屋から脱出する。
だが、外に出た途端、日光にさらされた白い肌は真っ赤に日焼けし、痛みと熱で倒れてしまう。
自ら看病しながら、ハルヒコはシンが愛玩動物ではないと気付き、人間として扱うことにする。少しずつ日光に慣れるよう訓練し、衣食住と教育を与えられ、シンは才能を開花させていく。
九年後――日光にも慣れ、肌も髪にもうっすらと色のついたシンは強力な日焼け止めとサングラスは欠かせないものの優秀な学生として大学に通っていた。
以前は文字を知らない家族に向けて近況を知らせる音声データを送っていたが、貧しい彼らから返事が来たのは地上に来て最初の正月と祖父が亡くなった時だけで、最近はシンも深海にいた時のことを忘れ、地上こそが自分の故郷だと思い始めていた。
そんな時、ハルヒコが新たな真珠児を迎えることを知る。
新たな真珠児は少女で、ハルヒコはシンと同じように育てるつもりだと話す。
彼女もシンと同じように人と同じ知性を獲得するはずだという言葉から、シンは自分がただの研究対象であり、ハルヒコにとっては不要なものになるのだと知る。
やって来た少女はまさに真珠というべき美しさで、シンから見てもハルヒコが心を動かされたのは明らかだった。
ハルヒコはシンに少女の通訳を命じる。
少女はシンに海底で異変が起きていることを告げる。
このままだと大きな災害が起きるだろう。地上の人からみんなに避難するよう伝えてと訴える少女に、シンはわかったと返事をする。
だが、シンはハルヒコの元へは行かず、海辺へとやって来る。
海の上に浮かぶ大きな真珠のような満月を見つめ続けるシン。
その足に、微かな振動が伝わって来た。
文字数:1182
内容に関するアピール
生まれ育った場所が一つではない人の話を書こうと思いました。
本当の生まれた場所である深海と、新たな人生を与えてくれた地上。
彼にとってはどちらも故郷であり、両方失ったとしても、自分のいる場所がその人の「場所」であるという話にしたいと考えています。
文字数:122