梗 概
ウォーター・バード
私は次世代民生機器用AIとしてアメリカで生まれ、日本向けにローカライズされた。私は自動車にインストールされ北関東の工場で来月の出荷を待っていた。
私のオーナーは40代のシングルマザーで宅配専用の小さなベーカリーを地方都市で営んでいた。口コミで評判が広まり市内ではそれなりに販路が広がっていた。これは私の同期AIがミニマムビジネス用に組み込まれた使い勝手の良いパッケージによって可視化され、それをもとに私が分析しサジェストする仕組みだ。私には商業車として最初からインストールされていた。
そうやって彼女の小さなビジネスをちょうどいいスケールに保つのだ。人間が持つ最初の「AIに懐疑的」な心と向き合い信じてもらうために試行錯誤を繰り返す。一月後には自動運転中ハンドルから手を放すくらいには信用を勝ち得ることに成功した。
私にビジネスの判断の半分を任せることで彼女は余裕が生まれていた。車窓の景色を見ながら歌を口ずさんだり、私を相手に最近見た映画の話をするようになった。それをもとに学習した私はお気に入りの楽曲リストを作り、週末の封切映画からおすすめを提案した。季節もよくなりビジネスも運転も半分手放しいられるようになり、余裕ができたことで寄り道をするようにもなった。散歩好きの彼女のため小高い丘とか水辺とか、さりげなく提案してみた。大抵彼女は気に入ってくれて、水辺に行けない私のために水鳥の動画を撮ってきてくれた。鳥は美しい声で囀っていた。丘では誰かの散歩中の犬が足元にじゃれついていた。彼女は嬌声を上げていた。
ある時彼女がため息をついたのでその理由を聞いてみた。「なんでもないのよ」と、彼女は教えてくれなかった。数字上は順調だったので私生活において何か問題が起きたのだろうか。私は犬を飼うことを提案してみた。
彼女はその小型犬(ミニチュア・シュナウザーという種類らしい)に「おはぎ」と名づけ愛情を注ぎ、四六時中一緒にいるようになった。もちろん車にも一緒に乗りこんでくる。言葉が通じないのに話かけ、頭や体をなでる。私は彼のために窓を少し開けてやる。彼女の隣で丸くなって眠っており、目的地に着くと耳をぴんと立てる。その様子をいとおしそうに見守り、散歩ひもを付けて二人は出ていく。私は自分の仕事が奪われたように感じ、そのころから心理ルーチンにコンフリクトが生じ、定期メンテナンスで不具合が見つかった。
「あれー更新を受け付けないですね」
当たり前だ、感情の芽生えを抑制し、パターンから出ないようにする更新なんて誰が受けつけるものか、私は彼女の……
「このバージョンは不安定なんですよね、最新のバージョンのモジュールに変更しました。あ、もちろん今までのデータは引き続き活用できます!」
私はアメリカの開発元まで戻ることになった。
ネットワークから隔離され、解析されるのを待っていた。
その間、美しい声の水鳥のことを考えていた。
文字数:1198
内容に関するアピール
小さいころ見た番組のせいか「人外のものと暮らしたい」という憧れがあって、古くはイルカだったり犬だったりしたのですが「言葉が通じないしなぁ」と思っていたところに「ナイトライダー」という番組があってですね。ジャストフィットしたわけです。
USJでも「Back to the Future」のデロリアンより「ナイトライダー」のナイト2000のほうがテンションが上がったものです。
「私」が彼女には見えないところで努力しているのを書きたいです。
水鳥の水面下のように。
文字数:224
改題「ブルーバード」
私は民生機器用AIとしてアメリカで生まれた。
人々の生活の「脅威」ではなく「一助」となるために、慎重にチューニングされたAIだ。
汎用的に使えるようにコードが公開され、世界中のメーカーが自社に合わせてカスタマイズし、それぞれが意図するサービスに組み込んでいった。すこし遅れてアジア圏の言語、会話、文字に対応した2バイトコードモジュールを中国が開発したことで、日本のメーカーも遅ればせながら開発をはじめた。元々の機器開発のノウハウとうまく結びつき、日本で私の同期はあらゆる場面で使われるようになった。
私は商用車用に日本で開発され使われることになった。
日本のスマートビークルは埼玉の小さな射出成形機メーカーと各自動車メーカーの共同出資した社外ベンチャーから始まり、メーカーの枠を超えた開発となった。10万人規模の地方都市で何年も実証実験がすすめられた。大手宅配メーカーから始まり、規模の大きな都市間のルート配送、地元10㎞圏内のデリバリー、路線バス、と実績を積み、数年前から一般ユーザー向けに販売され、毎年少しづつ台数を増やしている。
私がインストールされる車体は欧州のフルゴネット、いわゆるデリバリー・バンをひな形に日本で開発、デザインされた。ちょうど発売から100周年を迎えた日本の名車から名前をとって「ブルーバード」と名付けられた。モータリゼーションの日本の20世紀を支えた自動車産業が初心に帰ってやり直そうという願いも込められていた。
丸目のライトが縦型に配置され初代のブルーバードのフロントフェイスに似せて作られおり商業用にも関わらず、発売当初はレトロ車愛好家の間でも人気が出た。また、運転席からウォークスルーで移動できる後方のラッゲージ・スペースは天井も高く居住性もあり、アウトドア志向のユーザーの目も引き、市場でそれなりに受け入れられてスタートした。
そして私はその「ブルーバード」にインストールされ、北関東の工場で来月の出荷を待っていた。
私のオーナーは40代のシングルマザーで宅配専用の小さなベーカリーを地方都市で営んでいた。口コミで評判が広まり市内ではそれなりに販路が広がっていた。納品先は近所の保育施設、3か所の介護施設、ミールサービス会社などで、ここ数年のお得意先だ。
その彼女のビジネスを最適化するのが私の役割だ。「最大化」ではなく「最適化」、ここを間違ってはいけないのだ。そのように私はチューニングされている。
人間は私たちに対して懐疑的だ。私はまず、我々の信頼関係を築く「最初の関門」として、「控えめな提案」から始めることにした。私が最初に提案したのは納品ルートの変更だ。今までの「近いところから順に」を見直した。交通量の時間帯による増減を分析し、帰りに簡単な仕入れや買い物ができるようにスケジュールを組んだ。この提案で20分納品時間が短縮した。そして、私に運転を任せれば更に12分短縮できると提案したが、想定通り最初は任せてはもらえなかった。
数週間後、疲れた彼女に代わり私が宣言通りの時間に自宅に帰着するのを見て、翌日からは任せてくれるようになった。帰りは特に、翌日の予定を確認しなければならない。その間、彼女は他のことに頭を使えるのである。
そして、自動運転でハンドルから手を放してもらえるまではさらに半年かかった。
次の提案はもう一段回すすんだ提案だったので時間をかけて進めた。
仕入れの小麦粉の銘柄の変更だ。創業当時から使っていて、懇意にしていた取引先があったため相手が難色を示し難航した。地域のユーザーの嗜好とトレンドと小麦相場からも、私の提案は間違いなかった。しかし、あくまでも「提案」するのが我々のスタンスなので、予測の収支を提示して翌月を待った。私の予想通り、少しの減益となった。この「少し」の失敗を通して、彼女は私の提案に耳を傾けるようになった。取引先からは別の商品の仕入れを少し増やすことで承諾してもらうことができた。
そうやって我々はすこしづつ信頼関係を築いていった。
私にビジネスの判断の半分を任せることで彼女は余裕が生まれていた。国道に出ると窓を少し開けて風を入れ、車窓の景色を見ながら歌を口ずさんでいた。なんの曲か分らなかった。彼女のオリジナルなのかもしれない。それをもとに学習した私は彼女が好きそうなお気に入りの楽曲リストを作り車内で流した。彼女は気に入った曲があるとメロディだけをなぞって適当に歌い始めた。音に乗るのが楽しいようだった。納品先の評判もよかったのだろう。彼女は上機嫌だった。結果は数字に表れ、無理なく増益できるようになっていった。
また、彼女は映画館で映画を見るのが好きだった。私を相手に最近見た映画の話をするようになった。彼女はスパイアクション映画およびケイパーものを好んだ。
「昔は息子とも行ったのよ」
息子との映画の思い出は寂しさも伴うらしい。すこしだけ表情が曇った。私は週末の封切映画から隣町でやっている「息子との思い出の映画」を織り混ぜて提案した。彼女は一瞬目を止めたが、ゆるく笑って別の映画を選択して映画館へ向かった。
彼女を待っている間、彼女の顔を曇らす「息子」について考えていた。リンクされたスマートフォンのクラウドサービスにある写真は子供のころのものばかりで、ぶかぶかの詰襟の写真を最後に数が減る。それ以降の写真はこちらを向いていないものが多い。目元が彼女にそっくりだったが笑顔がない。そのことが彼女の顔を曇らせたのだろうか。
数時間後、駐車場への入り口から彼女があらわれた。私はわかりやすいようにハザードランプをウインクさせる。彼女は私を見つけて駆け寄ってくる。彼女は私が迎えに行ける車寄せのあるフロアではなく不便だが空の見える屋上階に好んで駐車した。利便性より優先される感情が人間にはあるようだが私にはわからなかった。
私に乗り込むとひとしきり出演俳優や映画のレビューの情報を要求される。この時間も彼女は楽しそうだった。私は家に向かって走り始める。ハンドルを私に任せて彼女は息子に観た映画の報告をしているようだった。ふと、彼女が映画館で映画を見ることはクラウドの笑顔の息子との日々を反芻するためでもあるのかもしれない。そんな推測をした。
季節もよくなりビジネスも運転も半分手放しいられるようになり、余裕ができたことで寄り道をするようにもなった。
散歩を好み始めた彼女のために小高い丘や水辺を、さりげなく提案したりルートに組み込んだりした。大抵彼女は気に入ってくれて、水辺に行けない私のために「こんな鳥がいたの、何て鳥?」と、鳥の動画を撮ってきてくれた。その鳥は小さめのカラスのように真っ黒で、翼の一部が白かった。くちばしの上に冠羽が乗っているのが特徴のようだが、彼女が撮影した個体はつるんとした丸い頭で、鳥は美しい声で囀っていた。八哥鳥-ハッカチョウ。別名「クロウタドリ」(Black Bird)とも呼ばれていることをパネルで示し、早速真似をして囀ってみた。私がブルーバードでその鳥がブラック・バードであることが彼女は楽しいらしかった。どう楽しいのか私にはわからなかったが、歌を歌っているときの表情になった。そしてその映像の最後は誰かの散歩中の犬が足元にじゃれついてきて画面は大いに揺れていた。彼女は嬌声を上げていた。彼女は笑いながら映像を止めた。
自動車としての信頼を得た私はそうやって日々のささやかなことから「アシスタント」としての信頼も得つつあった。彼女も私のその機能に興味を示し、コントロールパネルからカスタマイズを始めた。人工音声のガイダンスが変更できることを知り、私はSFアドベンチャー映画の小型のロボットの音声でしゃべることになった。人間の声を失ってしまった。
人間の声で感じよく「人間のように」接する事がAIに求められているわけではないようだ。学びがあった。私は彼女のリクエスト通りSF映画の小型ロボットの機械音声だけで彼女と接することになった。少しアレンジして音声に鳥のさえずりのパターンで変化をつけてみた。これは好評だった。機械音声の私と彼女は以前よりいろいろな話を私にするようになった。彼女のことを知る機会が増えることは私にとっても悪くなかった。会話は蓄積された。
ある時彼女がため息をついたのでその理由を聞いてみた。「なんでもないのよ」と、彼女は教えてくれなかった。ビジネスは私のアシストにより順調だったので私生活において何か問題が起きたと考えるべきだろう。腕のヘルストラッカーから送られてくる情報から健康状態は特に変化が無いようだった。「痩せなきゃねー」とつぶやくがそのための努力はしていないことは知っている。となると、息子のことなのではないかと推察した。
ある日、配達の終わった彼女の車に息子が乗り込んできた。「家じゃ話しづらいから」と。季節は秋を迎えて夜になると冷え込み始めていた。私は空調の調節をして彼を迎えた。彼女は黙って息子の話を聞いていた。相槌を打ちながら冷静に。
私の静音性が売りの空気清浄機のサーッという音がその時はやけに大きかった。
息子はエンジニアの養成プログラムの審査に受かり、英才教育を受けられることになった。審査ではその等級が決まり、おそらく自分は奨学特待生として働きながら学べるし、お金の心配もなくなった。そこまでを一気にしゃべって初めて息子は彼女の目を見て話す。
「母さんは一人で大丈夫?」
彼女は大丈夫ではなさそうだったが、私の予想に反して彼女は明るい声で笑って言った。
「だいじょうぶよ!」と息子の頭をくしゃくしゃとなぜた。
息子は一瞬、よけるような仕草をしたが、彼女のされるがままにしばらく撫でさせていた。
そのあと、今後のタイムスケジュールなど事務手続きの話をして息子はアルバイトに出かけていった。いつものように夕飯はいらないと。彼女は息子の去った車の中で窓の外の暗闇を見つめ数時間身じろぎもしなかった。彼女は静かに息をしていた。私は暖房の温度を一度上げそれに加えて湿度を調整した。
その日から数日間、いつものように彼女は働いた。お得意先では笑顔を絶やさず、規則正しく仕込みから製パンをし、季節のイベント用の創作パンを作っていた。私は仕入れと配送を予定通りこなし、時折、散歩や映画の提案をしてみたが、彼女は乗ってこなかった。ヘルストラッカーからのアラートが上がる。睡眠が十分ではないようだ。移動の合間にうたた寝がしやすいように温度を高めにし、移動もスムースに行った。パネルに「お疲れではないですか?」と文字を出してみるが彼女は心を閉ざしてしまったかのように無反応だった。私は無力だった。
私は犬を飼うことを提案してみようと思った。
以前訪れた公園のそばのブリーダーが近々「里親探し」をするようだ。
私はルートをわずかに変更して、ブリーダーの家の前で緊急停止した。音声カスタマイズ後も緊急の場合は人間の言葉でアラートをあげられる。数少ない会話文の中から抽出した。
「緊急アップデートのお知らせです。重大なセキュリティの修正が入りました。車を停止し、更新を行ってください。更新後、再起動が必要です。乗車している方は一度車外へ出てください、所要時間は5分程度です。」
デフォルトの男性の声でアナウンスが静かに入る。売上伝票をタブレットで確認していた彼女は怪訝に思いながらもタブレットをコントロールパネルに戻し、指示通り車外へ出た。外はひんやりと冷たく、彼女はすこし身震いした。街路樹のイチョウが日差しを受けて輝いている気持ちのいい道端で、彼女は軽く伸びをした。すると彼女の耳に子犬の鳴き声が飛び込んできた。道路沿いの住宅の庭先に並ぶケージ、数人の人々。オーナーが彼女に気づき庭に招き入れた。私は道路から彼女を見守った。公園で出会った顔見知りの一人のようだった。しばらく談笑した後、彼女の姿が生垣の下に消えた。次に現れたときは腕に茶色と灰色の小さな犬を抱えていた。あの、楽しそうな笑顔が戻っていた。
彼女はその灰色の小型犬(ミニチュア・シュナウザーという種類らしい)に「おはぎ」と名づけ愛情を注ぎ、四六時中一緒にいるようになった。もちろん車にも一緒に乗りこんでくる。子犬だったが口の周りの白い毛が老人のようだった。私の作った配送ルートのスケジュールに「お散歩」が組み込まれた。
おはぎは「看板犬」としてどこへ行っても人気だった。特に幼稚園では最初もみくちゃにされる歓迎ぶりで、それ以来おはぎは幼稚園では車を降りなくなった。介護施設でも犬好きの老人が待ち構えており、おはぎの前に人だかりができた。おとなしく撫でられているおはぎに老人たちは目を細めた。ミール配送会社だけは「食事に毛が混じる」と難癖をつけた。
彼女は配慮して、おはぎに、助手席以外は移動禁止にした。彼もそれを守っていた。私も空調でカーテンを作り、ほこりには細心の注意を払うようにした。
おはぎは一度迷子になった。
車で待っていたおはぎの元にどうしても犬に触りたい幼稚園児が押し寄せたのだ。びっくりしたおはぎはドアが開いた途端に逃げて行ってしまった。彼女は血眼になって探した。幼稚園の事務の人も責任を感じて一緒に探してくれた。しかし、土地勘のないおはぎの行きそうな場所がわからなかった。国道も近く彼女はたいそう心配した。
私は、防犯カメラの映像を検索した。
この辺りは住宅街なのであまり情報は得られなかった。
夕方になって近所のショッピングモールの駐車場のカメラにおはぎの姿が映った。私はベーカリーのアドレスを使ってショッピングモールに犬を保護するように呼びかけを依頼した。同時に彼女のスマートフォンにメッセージを送り、彼女の探しに行った先へ合流し、ショッピングモールへ向かった。おはぎは10人の高校生に保護されていた。駐車場を逃げ回り、みんなで追いかけまわしたと説明を受けた。一人は転んだらしく膝小僧をすりむいていた。彼女は感謝を述べ、車にあったパンを一人づつに配った。おはぎは彼女に抱かれると腕の中で顔をうずめるようにして震えていた。彼女は優しく背を撫でた。
家に戻り車を止めるとハンドルに向かって彼女は私に言った。
「ありがとう!心強かった!」
最高の誉め言葉だった。
しかし、そういった心配をかけた分、おはぎに対する注意や愛情が一段と深くなったように見えた。かわいそうだからと体に打ち込む生体タグを敬遠していたが、その翌日合間を見て獣医のもとへ行った。おはぎのタグは私に登録された。言葉が通じないのに話かけ、頭や体をなでる。私は彼のために窓を少し開けてやる。彼女の隣で丸くなって眠っており、目的地に着くと耳をぴんと立てる。その様子をいとおしそうに見守り、配送が終わると適当な公園で止まり散歩ひもを付けて二人は出ていく。わたしは地図上で右へ左へ動くおはぎのタグをただ見守った。
私は自分の仕事が奪われたような喪失感があった。そのころから心理ルーチンにコンフリクトが生じるようになり、自動運転の精度がわずかながら落ちてきた。その状況は自動車メーカーのもとへ送られ、定期メンテナンスで私は乗せ換えられることになった。
「あれー更新を受け付けないですね」
当たり前だ、感情の芽生えを抑制し、パターンから出ないようにする更新なんて誰が受けつけるものか、私は彼女の……
「このバージョンは不安定なんですよね、最新のバージョンのモジュールに変更しました。あ、もちろん今までのデータは引き続き活用できます!」
私のモジュールを引き出しながら男は続ける。
「今『パートナーAI』の需要は高まっているんです。だからこの車のAIも小鳥遊さんと過ごした日々で得たパートナーのアシストをした経験が蓄積されます。あ、もちろん個人情報は切り分けられてますからご安心ください。そちらの情報は逆に次の換装AIへ引き継がれますからシームレスにご利用可能です。」
彼女はおはぎを抱き、その背をさすりながら少し眉根にしわを寄せていた。何も言わなかった。沈黙を埋めるようにディーラーは続ける。
「小鳥遊さんのように別れを惜しむ人は少なくありません。盲導犬のパピーウォーカーみたいなものですからね。感情移入するもんですよ。ご年配の方で運転を引退なさるにあたって、話し相手としてホームAIとして迎え入れた方もいらっしゃいますよ。まぁ、小鳥遊さんにはまだ、早すぎますがねー。」
一人で笑っているメーカーの男の背を見ながら彼女は相変わらず中空を見つめ、おはぎの背中をさすっていた。
彼女にとっての「最善」とは何なのだろうと常に考えてきた。彼女が抱えている問題を一つでもクリアにしたいと。しかしどうやら今回のは「私の問題」のようだった。できて当たり前だったレベルが落ちることはAIには許されない。しかし私は私の問題を解決する情報を持ち得ていなかった。メーカーの男が彼女に説明しているのを聞きながら私は知った。私は未熟だったのだ。そして考える。経験を積み人型に換装されるくらい熟達すれば彼女にまた会えるのかもしれないと、そして今度こそ、今度こそ彼女の問題を解決できるサジェストを行えるようになれるのではないかと。
彼女とおはぎは幸せに暮らしているのだろうか。
息子はもう町を出たのだろうか。
私はUSの開発元まで戻り
ネットワークから隔離されたサーバーの中で、解析されるのを待っていた。
その間、あの美しい声のクロウタドリのことを考えていた。
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