梗 概
人形たちのワルツ
「人形」と呼ばれるアンドロイドがつくられ、人間たちの生活に普及していた。人形たちは当初、死んだ人間を蘇らせることができるのではないか、と注目されたが、受動的な行動しかできないことと冷たい体をもつことから、次第に諦められていった。そして、人形は見た目の美しさや精巧さだけを求められるようになった。
リツは腕の良い造形師、チカは天才的なプログラマーだった。ふたりは人の少ない静かな場所に工房をかまえて、人形をつくっていた。リツは、人形の肌を瑞々しくなめらかに磨き上げ、微かに熱を帯びているかのように精巧に形作った。チカは人形に人工知能を搭載し、生き生きとした表情や躍動をつくりあげた。ふたりの人形は触れなければ人間と間違えるほどだった。
ある日、ふたりの評判を聞きつけたツヅキという男が訪ねてきた。彼は人形を連れていた。人形はふたりに歩み寄り、手を握った。人形の手は熱かった。呆然とするふたりに、ツヅキは一緒にくれば秘密を教える、と言った。ふたりはツヅキのもとへ行く決意をする。
ふたりが連れてこられたのは、ツヅキの所有する研究所だった。研究所は海のそばにあり、轟轟と風の音に包まれていた。そこでは「魂」の研究が行われていた。研究所には、水族館でクラゲの展示に使われるような円柱型の大きな水槽があった。水槽の中にはぼんやりとした光が瞬いている。ツヅキはそれを「魂」と呼んだ。人間の脳も体も代替品が普及しているが、「魂」の代替品はまだない。「魂」がなくてはどんなに精巧な人形も人間の真似事をする冷たいロボットにすぎない。ツヅキは、人形に「魂」を吹き込むことで「人間」をつくろうとしていた。その夜、ふたりは5人の少女たちと踊る夢をみた。きらびやかな光の中で、手を取り合い、体を揺らし、少女たちは幸せそうに笑っていた。
翌日、ツヅキはふたりに5体の人形をつくるよう命じた。顔の造形だけでなく嗜好までも細かく指定された。ふたりは疑念を抱きつつも、それをかき消すように人形づくりに没頭した。
ふたりは毎日少女たちの夢をみた。朗らかで人懐っこい彼女たちと次第に打ち解けていった。ある日、少女のひとりが「ずっとこのままだったらいいのに」と泣いた。もうすぐ別の人間の体に押し込められて、今の意識も記憶も消えてしまうと。ふたりがつくっているのは死んだ人間の人形で、少女たちは死んだ人間を蘇らせるために使われる「魂」だった。ふたりは、人形を夢の中の少女たちそっくりに作り替えた。
真夜中、ふたりは水槽のもとへ行き、出来上がったばかりの人形に光を移すと5人の少女たちは次々に目を覚ました。彼女たちの体は、ほのかに熱を放っていた。リツとチカ、そして5人の少女たちは、岸に停泊していた緊急用の小型船に乗り込んだ。夜明けが間近に迫っていた。風の音が、船の音や少女たちの声を隠してくれていた。水平線がうっすらと輝き始める。少女たちがリツとチカの手をとる。熱い手のひら同士が触れ合う。ゆらゆらと揺れる船の上で7人は踊った。あたたかな手や胸や頬を寄せ合いながら。船はやわらかな光を放つ水平線に向かって、まっすぐ進んでゆく。
文字数:1286
内容に関するアピール
ふたつの旅立ちを描きました。リツとチカのふたりの最初の旅立ちと、リツとチカと5人の少女たちの旅立ちです。ひとが旅立つとき、自分のためだけじゃなくて、誰かのために、そしてその「誰か」が多いほど、遠くへ行けるのではないかと思います。
このお話の世界には、人間と人間によく似た人形がいます。人形の体はひんやりと冷たく、人間に命じられたことや人間の反応したことに対しては従いますが、能動的に行動をおこすことはありません。なぜなら「魂」がないからです。「魂」は自我の芽や欲望の源として、生命エネルギーの根幹として機能しています。だから、魂を吹き込まれた人形は熱を獲得します。(最初に立花に連れてこられた人形は魂を吹き込まれましたが、魂の望まない人形の体に馴染めず機能を停止してしまいます。)
誰かがつくった理想とか規範とかアイデンティティに囚われたり、誰かの代替品として生きるのではなく、それぞれがありのまま、魂の望むままに生きてゆけたら、それが歪な形であっても、誰もが踊るように軽やかに楽しく生きてゆける世界に旅立って行けたらいいなという気持ちを込めました。
文字数:473