梗 概
共済結婚
戸籍を汚して、生き残る。
私が加入している共済結婚サービスのキャッチコピーだ。入退院の書類にサインをしたり、ちょっとした手伝いをし合う、一時的な結婚相手をマッチングしてくれるのが、共済結婚だ。
いわゆる「ご家族の方」に頼ることができない一人暮らしの独身だと、入院手続きもままならない。それどころか、昨今は感染症による孤独死だけでなく、熱中症や脱水症状で孤独死だとか、吐瀉物が喉に詰まって孤独死といった、孤独な独身でなければ防げた死亡事例が相次いでいる。
そこで、にわかに共済結婚が注目を集めた。DNAや生活習慣から、同程度の病気発症率の相手や、同じ病歴、アレルギーを持つひと同士をAIがマッチングしてくれるのだ。共済結婚に求めるのは、死ぬリスクを減らすこと。だから相手がどんな人間でも構わない。もちろん、サービス提供者の方で借金の有無や、他者に対して暴力を振るうことがあるかどうかなど、加入者の吟味は済ませてくれている。結婚しても同居する必要もない。
私がなぜ共済結婚の世話になっているのか。多くの非正規雇用者と同じ理由だ。それまで母親の作る料理を食べ、定年のない技術職の父の稼ぎで暮らしていた。時おり、遊び仲間から回ってきたライター業をして小遣いを稼ぎ、ぬくぬくと生きていた。
独身生活も気ままでいいものだ、なんて思っていた四九歳の誕生日に、あろうことか父母から家を出ていくように告げられた。なんでも、同居する家族がいる場合、介護施設に入りにくいのだそうだ。
どこへ行けばと悩んだ末に見つけたのが、共済結婚サービスを提供する、独身者向けのマンションだった。
DNA検査やアレルギー検査用に唾液や血液、毛髪を提供して、結果をAIが結婚相手とのマッチングに利用することの承諾書へサインをし、白紙の婚姻届と離婚届の片側を埋めた。緑と茶の用紙、各々一〇枚は書いた。
マンションは県を挟んで十数棟建ある。結婚相手と同居することも、同じマンションに住むこともない。わざと夫婦の居住地の行政区を分けて、配偶者の義務を回避するのが狙いだ。夫婦には扶養の義務があるが「別居のため、仕方なく介護できない」という建て付けなのだ。「いまのところ問題にはなっていないが、将来的にはわからない」というのが、サービス担当者からの話だった。
私には稲と動物アレルギーがあり、都心に近いペットの飼育が禁止されているマンションが割り当てられた。
廊下でよくオカッパの幼女と出会う。誰かの連れ子だろうか。彼女はいつも元気に走り回っているのだが、煩いと思うことはない。それどころか彼女に会うと、なんとなく元気が出る。
心のなかで座敷童子と呼んでいた彼女は、実はアンドロイドだった。共用部でウイルスの有無を調査し、出会った住民の体温測定、レントゲン撮影をして健康状態を把握し、住民の見守りをしていたのだ。
彼女のおかげで、私は九死に一生を得た。
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内容に関するアピール
社会に資する物語を作りたいと思い、喫緊の問題に対する自分なりの答えを提示することにしました。それが本作の共済結婚サービスです。
家族のあり方や婚姻制度、個人情報の取り扱いなど、現状の枠組みから外れることでサバイブする。本作を提出するに至った根底には、こういった、したたかで、しなやかな生き方への憧れがあります。
課題に沿って要約すると、「生まれ育った実家から、生き残るための共済結婚サービスを受けるため 、AIによって選定された場所に移り住む」という物語となります。SF的な飛躍はほとんどありませんが、SFでなければ受け入れられない設定であると考え、あえて挑戦しました。
AIに住む場所や結婚相手まで選ばせてしまう。さらにアンドロイドによる見守りサービスまで密かに行われている、管理された人生。生き残るための選択肢として、どれほどの人が賛同してくれるのか。ご意見、お待ちしております。
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