『ケルベロス星人と超次元的「方向性の違い」』

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梗 概

『ケルベロス星人と超次元的「方向性の違い」』

冥王星、第四の衛星・ケルベロス。そこには、ケルベロス星人と呼ばれる三面六臂の爬虫類型宇宙人レプティリアンが住んでいる。トム、ハリー、ディックの三兄弟も、一つの身体を三頭で共有するケルベロス星人の一人だ。

 

彼らが他の現生星人と異なるのは、〈次元分裂症〉という奇病を患っている点だ。この病は、超次元的な「方向性の違い」を引き起こし、体内に時空の歪みを発生させる。彼らの場合、トムが二次元、ハリーが三次元、ディックが四次元といった具合だ。名前の字数が次元の値と一致していて覚え易い。

 

トムは傍から見ると喋るタトゥーのようであり、ディックはパッと見こそ普通のケルベロス星人だが四次元移動=時間跳躍ができる体質だ。彼らは今まで、方向性の違いを乗り越えて共存してきたのだが、ある事故によって生活が一変してしまった。酔ったディックが時間跳躍の際に座標調整を誤り、他星の星人を引き裂いて現出してしまったのだ。

 

ディックは死亡事故を起こした罪人として、宇宙刑務所に収監されることになる。判決が下される時、ディックは涙ながらに懇願した。「二人から俺を切り離してくれ。故郷を追われるのは俺一人で良いはずだ」。斯くして、天の川銀河で一番の腕を持つ名医、Dr.くるるが呼ばれたのである。

 

くるるは三兄弟にこう告げた。「次元分裂症のケルベロス星人なんて、初めてのケースだ。切除された後、ディック君が生き残れるかは賭けだろうね」。これを聞いたハリーとトムは手術の中止を求めたが、ディックの意思は変わらない。くるるはその覚悟に心を打たれ、手術をタダで請け負った。

 

無事に手術が終わり、首と腕だけになったディックが医療刑務所へと連れられて行く。

引き離された兄弟たちを前に、くるるが涙を流していると、トムの身体に異変が生じた。体内の時空が均衡を乱したためだった。タトゥーのように薄っぺらかったトムの身体は、次元下降を引き起こし、直線の世界――即ち、一次元空間へ落ちてしまう。もはや、ただの体毛のようにしか見えないトムを見て、くるるは悲鳴を上げる。

 

悲鳴を上げている間に、トムは更に次元下降した。そうしてとうとう、ゼロ次元へと落ちてしまったのだ。彼は今や、明滅する一つの点。消滅と発生を繰り返す、ただのホクロだ。やがてハリーも、トムの後を追うように次元下降を引き起こし、一次元へと落ちる。彼ら二人は、三次元人の目からすれば毛の生えたホクロのようにしか見えない。責任を感じたくるるは、二人を保護するためにケルベロス星に残った。

 

     ・―

 

十年後。ディックの出所日に、三人の接着手術が行なわれた。

「ただいま、兄弟」ディックが囁く。

「おかえり、兄弟」二人が応える。

感動の再会に、くるるも涙した。

あるべきものが、あるべき場所にある。それだけで、彼らは幸せだった。

たとえそれが、ホクロ毛の移植手術に見えたとしても。

文字数:1181

内容に関するアピール

生まれ育った土地には、しがらみがある。

しがらみがあるから、なかなかスッパリお別れという訳には参りません。

そこには親兄弟がいて、旧友がいて、お世話になった恩師がいます。

それこそ身を切る想いで、出立するはずです。

 

という訳で今回は、物理的に身を切って旅立つ話を書きました。

課題文で例示されているような「主体的な移動」の話じゃありませんし、ラストには帰郷してしまっていますから、「これで良いものか」という疑問もありますが、ぼくにとっての“離郷”はこういうものなのかも知れません。

文字数:235

課題提出者一覧