待つ獣

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梗 概

待つ獣

生物学教授として大学で教鞭をとるアリシアは、宇宙飛行士の夫に突然「亜光速宇宙船のテストパイロットになった」と告げられる。寝耳に水である。帰還までは地球時間で数十年かかるらしい。そんな大事なことをどうして自分に何の相談もなく決めてしまったのかとアリシアは夫を問い詰める。「もし先に伝えていたら、きっと反対されただろうから」「君も科学者なら、この意義はわかってくれるはず」と彼は言った。アリシアは夫を引き止めるために、「待っている間に自分だけおばあちゃんになってしまう」と言ってみたが、彼曰く気にしない愛があればとのことだった。まもなく夫は出発した。

そんなやつとはさっさと別れちゃえ、と同僚のシャーロットが言うのを、アリシアは曖昧に誤魔化す。二人は、謎の生き物が見つかったという田舎の農家に向かい車で移動している最中だった。現地に着くと、ゾウよりも大きな体躯の巨大生物が死骸となって転がっていた。死骸はあちこち損傷していて、元がどんな生き物だったのかはアリシアにもわからなかったが、体型はどこかトカゲに似ているようだった。だが爬虫類はおろか、現存する地上の動物のいずれも、これほどまでに大きくなることはない。農夫はその生き物が生前、別の巨大生物と争って負けて食われる様子を目撃していた。

調査の結果、謎の生き物の正体は農家付近の森に落ちた隕石から漏れ出るガスを吸い込んだことで急激な成長を遂げたトカゲであることがわかった。隕石に近い場所にいた生き物ほど影響が大きく、同じく巨大化した生き物を食べることで体内の変異誘発物質の濃度を上げ、さらなる巨大化を目指す習性はある。このままでは、巨大生物が無尽蔵に湧き続けることになる。早急に隕石を処分するため、アリシアとシャーロットは軍に同行して森に向かう。

森の中は巨大なヘビやクモやその他さまざまな昆虫類がひしめく地獄だった。部隊の人間は一人また一人とやられていった。ようやく隕石のそばまで辿り着き、それを密閉性の高い容器に収めようとしていたまさにその時に、木々をへし折りながら数十メートルはあるでかいネズミが現れ、シャーロットに襲いかかる。アリシアは咄嗟にガスマスクを外し隕石から直接ガスを吸い、巨大ネズミに匹敵する怪獣となった。彼女が巨大ネズミを食い殺した時、足元で何やらシャーロットがキーキー叫んでいたが早口すぎて聞き取れない。兵士たちが動き回っているのもまるで倍速再生のようにちょろちょろとして見えた。身体のサイズが大きくなったのにともなって、思考速度が大幅に遅くなっているのだとアリシアはゆっくり理解していった。

彼女は夫のことを考えた。自分だけが先に老いることなどは、正直どうでもよかった。アリシアにとって心配だったのは、彼の帰還を待つ数十年の間に、自分自身の気持ちが彼から離れてしまうことだった。彼を好きな自分でいたかった。もっともっと大きくなれば、その分だけ外界の時間は速く進む。アリシアは巨大化した生き物たちを片っ端から食らっていった。アリシアがおばあちゃんになっていても、自分は気にしないと彼は言ったけど、怪獣だったらどうだろうなあ。

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内容に関するアピール

ウラシマ効果を怪獣になって乗り越える(?)話です。よろしくお願いします。

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