梗 概
人魚の旅立ち
磁場ホール警報が出ていない隙を狙って海面に出た「人魚」の少女、澪は、岩場に上がっていたところを撃たれる。倒れた澪に駆け寄って手当てしてきた少年は、人魚と間違えたのだと詫びた。疫病が蔓延し、壊滅状態にある地下都市を救うため、人魚を狩ろうとしたのだという。祖母から「人魚の肉を食べると不老不死になる」との言い伝えを聞いたらしい。澪は、滅びたと教え込まれていた人間の生き残りに驚きつつ、自分は「人魚」だと告げて、通信装置で救急潜水艇を呼んだ。大人の「人魚」達は、大陸棚の上に設けられたドーム内の海中都市へ、澪だけでなく少年までも連れ帰る。彼らは少年に、自分達は自らに遺伝子改良を施した人間で、誇りを持って「人魚」を自称していると告げた。また、外出の際に自分達は必ず医薬品を携行するため、妙な言い伝えができたのだろうと説明する。更に「人魚」達は少年に、人間が地上に住めなくなった理由も教えた。即ち約二千年前、地磁気が急速に弱まって磁場が失われ、太陽風及び宇宙線が地表へ降り注いだのだ。そのため、世界中のナビゲーションシステムが破壊され、多くの生命が深刻なダメージを受けた上、オゾン層の破壊や、雲の発生増加による日射量減少も生じ、氷期が到来したのだった。その後、地磁気が逆転して徐々に強まり、現在は磁場が安定しつつあるので地上に出られる時もあると言われて、少年は、二年前に一度地上に出て、太陽と月を見て帰っても死ななかったことで、自分は地下都市の英雄になっており、だからこそ人魚狩りに出たのだと話して、晃と名乗った。
治療を終えた澪は晃に、疫病の薬を持って一緒に地下都市へ行くと申し出る。地下に住む人間達に会い、いずれは昔のような地球規模のコミュニティを作りたいと熱弁した。了解した晃を連れ、澪は密かに地上へ行く。晃の都市へと歩く途中、澪の持つ磁場ホール警報器のアラームが鳴った。宇宙線遮断テントに入って、二人は磁場の穴が閉じるのを待つ。ところが横になっていた澪に晃が襲いかかり、喰らいついてきた。何故と問うた澪に晃は、言い伝えは、医薬品だけで説明できるものではないと言い放つ。澪は晃の聡明さに笑い、確かに自分の体こそが薬だと認めた。遺伝子改良し、体内に人工細菌も持つ「人魚」の寿命は、以前の人間達より長く、約百五十年あるのだ。地下都市の人間の寿命は六十年程度だと憤った晃に、澪は知っていると応じる。かつて各地下都市は超伝導磁気浮上式鉄道によって繋がれていたが、疫病の蔓延でそれぞれが閉鎖的となり、消滅していったと、晃が知らなかった史実も語った。全ての海中都市が、地下都市の惨劇を知りながら放っておいたのだ。澪は自分達の今までの対応を謝罪し、晃に改めて協力を求めた。病人は大勢で秩序もないと警告した晃に、澪は一人に一滴の血で足りると豪語する。護衛を請け負った晃とともに、警報が止むと、澪は地下都市へと出発した。
文字数:1200
内容に関するアピール
地磁気の逆転現象が近づいて、地磁気が弱まり、磁場がなくなる危険性は、現実にいつ起こってもおかしくないことで、気になる情報だったので、そこを深めて書いてみました。実際に地磁気が逆転してしまうには七千年ほどかかるそうですが、その途中の困難な状況に立ち向かう少女の旅立ちを描きたいと思います。少年が来たことで少女が故郷を去る決意をする、その辺りを人間関係や科学的背景を描写しながら、説得力を持って書いていきたいと考えています。科学力と豪胆さを併せ持つ少女と、体力と聡明さを併せ持つ少年のやりとりも、魅力的に描けたらと思います。
文字数:260