もう眠れない

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梗 概

もう眠れない

 二月、米大統領選の民主党候補指名争いが始まる。
 
 大学生の〈弟〉は、春休みに帰省した北海道の田舎町でストレスフルな毎日を送っていた。
 原因は歳の離れた〈兄〉。
 父の他界後、家計は漁師の〈兄〉が支えている。〈弟〉にとっては頭が上がらない相手だが、〈兄〉はネトウヨだった。
 ある日〈弟〉は〈兄〉の差別的な発言を諫めるが、意味不明な反論を受け対話の意欲を失う。
 
 東京へ戻ってからも〈兄〉の存在が頭から離れない〈弟〉は、次の帰省時に論破するための理論武装を進める。
 その過程で「ディープステート」「ゲサラ」「世界緊急放送」など〈兄〉の使っていた言葉がトンデモ陰謀論のものと知り、〈弟〉は〈兄〉に対し嫌悪感を抱く。
 
 GWに帰省すると、地元の同級生が〈兄〉と同じ陰謀論を口にする。〈兄〉は地域活動に参加し自分の考えを広めていた。
 恥と怒りに突き動かされた〈弟〉は帰宅後、〈兄〉をファクトで論駁する。しかし〈兄〉は動じなかった。〈弟〉は無根拠こそが陰謀論の根拠だと悟り、失意のうちに東京へ戻る。
〈弟〉は〈兄〉の気持ちを理解しようと陰謀論のコミュニティに参加する。

八月、ジョー・バイデンが民主党大統領候補に指名される。

 夏休みに帰省すると、コロナで中止となったはずのお祭りが開催されていた。
 露店を行き交う人々は「コロナはただの風邪」「いや、生物兵器」「ワクチンは危険」と話している。
〈弟〉はお祭りのポスターに実行委員長として〈兄〉の写真が載っているのを見つけ、卒倒する。
 目を覚ますと傍に〈兄〉がいた。その〈兄〉は弟を心配する普通の兄だった。〈弟〉の感情が溢れ出す。家族として〈兄〉が心配なんだと伝える。頼むから帰ってきて。
〈兄〉はしばしの沈黙の後、「わかった」とだけ言って立ち去る。
 お祭りはその日で中止となった。
 
 東京に戻り、頭のおかしい兄を一芝居打って更生させた話をゼミで喧伝する〈弟〉だったが、家族を揶揄してきた教授には殺意を抱く。
 
 十一月、バイデンが大統領選に勝利する。
 
 年末に帰省すると、町のみんなが赤いキャップを被っている。
「あれは不正選挙なんです!」と人を集めて叫んでいるのは、〈兄〉だった。
〈兄〉は反省していなかった。それどころか地道な活動が実を結び、今ではQアノンで町おこしをする話になっているらしい。
 夕食で〈兄〉と対面した〈弟〉は、母から仲直りをするよう諭される。
〈弟〉は受け入れる。自分が正常だから腹が立つのだ。狂ったフリをして、狂った兄と、世界が破滅する話をすればいい。それで食卓が平和なら。
 久しぶりに兄弟の会話が弾む。が、次第に噛み合わなくなる。
 陰謀の解釈違いだった。〈弟〉は〈兄〉の不完全な陰謀理解に腹が立ってくる。正しい解釈を説こうとしたとき、〈弟〉は〈兄〉の瞳の中に、異常なものを見つめるような不安の色を見た。
 
 一月、選挙結果が覆り、トランプ大統領が続投する。

文字数:1200

内容に関するアピール

 みなさんは、真顔で「バイデンは大統領にならないよ。クーデターが起こるから」と言われたことはありますか?
 私はあります。お正月に、祖母の家でおせちを食べているときに。その衝撃を書きたい。
 それは親しい隣人の正体が実はエイリアンだったような、いえ正確には、ずっとグレイ型だと思っていたら本当はヒト型爬虫類だったような、そんな驚きでした。
 私は混乱しました。彼は元々、夕食時のテレビで特定の国のニュースが流れてくると自動的に妄言を吐くタイプの人間でした。私は番組が政治のトピックに入ると別の話題を振り、彼の意識をそらすなど、日々の食卓を無事に過ごすために人知れず努力してきました。それがヒト型爬虫類だったなんて!
 
『盗まれた街』の侵略者がコミュニストの表象なら、現代のそれは陰謀論者である!
 あなたの隣のその人も、すでにそうかも知れない。そして、あなた自身も……
 本作は、本邦初の“陰謀論帰省SF”だ。

文字数:400

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