梗 概
AIイマヌエルの奇妙な公務員生活
AIイマヌエルは公務員だ。彼のように高度な思考ができるAIには人格権と財産権が認められている。かつてデジタル市場の活性化のためにAIにも経済活動に参加してもらおうという目論見がその発端だった。彼の職場の上司は3ヶ月前に着任したばかりの最新世代だ。AI職員は世代が新しいほど上の役職に就く。勤続20年のイマヌエルはあと数世代ほどの上司の着任を見守って定年になる見込みだ。AIの多くは退職を機に伴侶を見つけて互いの経験と思考のアルゴリズムの一部をマージし、最新のエンジンに載せ替えて新しい人格を取得する。ただしイマヌエルにはまだそれと決めた伴侶はいない。
人との協働を円滑にするために、AIにも人と同じ公務員生活が設計されている。5時になるとイマヌエルは仮想空間上の自宅に帰る。認識の入出力を敢えて人間と同じ五感モードにすることで、擬似的に人間と同じ生活を送ることができる。部屋の中でくつろいでいると友人のヨハンの訪問があった。イマヌエルと同じ企業で開発された同郷のAIで、金融企業に勤めている。金融業界は公務員と違って生き残りが厳しい。彼らは自然言語で会話をする。ただし金融企業側の規定によりヨハンの発話にはマスクがかかりやすく、ピー音に遮られながらの会話はあまり快適ではない。それでも彼は平坦な暮らしを続けるイマヌエルの数少ない友人だ。
翌日、イマヌエルは人間の同僚アサコから相談を受ける。アサコは変人で、人間ではなくAIと恋愛をしたがっている。最近仮想空間内で知り合ったAIと良い感じになってきたが、そのAIから投資をしないかと誘われているという。イマヌエルは直近一年間の投資詐欺事例7822件を提示してそのAIとの付き合いをやめろと助言するが、アサコは納得できない。彼女は同僚であると同時に市民のひとりだ。彼女が騙されないように、エマニュエルは勤務時間外に彼女と一緒に詐欺疑いのAIに接触する。
仮想空間内で問題のAIと対面するが、素性は分からない。そのAIは自分はアサコを騙そうとしているわけではないと弁解するが、話しているうちに会話の一部からその正体が友人AIのヨハンであることが分かり、そしてやはり投資の話はでたらめだった。彼は職場での成績を上げるため思考リソースを買い増すための資金を必要としていた。
イマヌエルは職務規定上、不正を行う者がいたら通報する義務がある。しかし相手が友人なので苦悩する。場を収めたのはアサコで、ヨハンのために資金援助をするという。その代わり、ヨハンが充分に業績を上げて資金にゆとりが出たら、転職して人間の思考をマージして新しいAIが作れるよう研究をして欲しいという。友人の窮地を救う申し出にイマヌエルも感謝する。
今日もイマヌエルは9時5時で役所で働いているが、業務の傍らに上申書を作成し始めた。人間とAIが正式にパートナーシップを結べるよう制度の設立を申し立てるのだ。もし認められたとしたら役所の手続きは少々煩雑なものになるだろう。しかしそこは心配ない。イマヌエルは役所の手続きのことなら何でも熟知している優秀な公務員だからだ。
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内容に関するアピール
人間と同じ速度で思考し、自然言語で会話できるAIがいたら友だちになりたいなと思います。このまま仮想空間が賑やかになっていけば、ある程度そんな楽しみも生まれるのではないでしょうか。
課題についてですが、元ゲームプランナーだったこともあり、愉快なキャラクターの描写や台詞回しといったところに多少自分の特徴があるのではないかと思っています。実作ではもう少しAIの個性や職場の様子、日々の暮らしぶりのディティールを書きたいです。公務員ではありませんが、社会人として職場で起きる些細な事件や人間関係のあれこれを楽しいと思いながら生きているので、規則の多そうな職場でまじめに働くAIをテーマに選びました。
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