梗 概
天に静寂、海に旋律、地に知識
製塩が主産業の土地、ウエンランの人々はその年、二、、三人集まると一つのことのみを話題にした。今年の海水が妙に温い。製塩に影響がある程でなし、よしんば何かあっても二、三年分の塩は蓄えてある。
そんな中で開催された市でも、例年と異なる点があった。新しく赴任してきた神殿長だ。これまでならば、塩税に影響する塩の闇取引をさせじとばかりに、塩の取引所で。例え形だけでその場で取り締まる実行力があるにせよ」なしにせよ、警邏を連れて居座っていた。
しかし新神殿長、ウルフィラスは違った。少年と言ってもおかしくない年頃の神殿士を一人だけ供とし、物見遊山に来たかのように、あちこちを見て回っているのだ。普段から暇があれば古い本を読みふけったり、小舟で沖合まで漕ぎ出たり、よく分からないからくりを手許金で細工人に発注したりしているのだが。
ウルフィラスの足が止まった。遊牧民がかたまっているところだ。売り手の娘に売り物の織り手を誰何する。娘達は屈託なく、自分達に織れるのは塩袋ぐらいだと答えた。開口部がすぼまっている袋を娘が取り出した。娘達は謙遜するが、目もよく詰まっており、模様もゆがみがない。自分などは織り方すら知らない、と新神殿長は笑った。しかし、娘の一人が眉をひそめた。長老格の老婆が、模様を少し変えろと言ったと告げた。供の少年が、新神殿長の眉が寄っているのを見た。普段泰然としている彼には珍しい。結局、新神殿長は塩袋二つを買い、塩の取引所に向かった。
数日後、浜は騒然としていた。塩田の異状の故ではない。沖合に、多数の島海獣がいるのだ。大きさは様々だが、概して人の背丈の何倍もある。猟師の中には、かなり頭がいいというものもいる。騒ぎが更に大きくなった。新神殿長が、何かからくりを供の少年に持たせて小舟に乗り込んでいた。
島海獣の群れに近づくと、新神殿長はからくりの取っ手を押した。どうやってか、筒から水が上に吹き出た。比較的小さい一頭がからくりと同じように水を噴いた。新神殿長と島海獣が、何回か交互に高く低く放水した。
がん、と身体全体を殴られるような衝撃に襲われた。少年が新神殿長の安否を確認する。小舟に必死でしがみついていた。
あれは島海獣の歌なのだ、と獣たちが去って海が落ちついてから新神殿長は語った。島海獣達は人間には聞こえないような音も使って、遠くの同類とも会話する。最初に出てきた島海獣と、からくりが噴く水の高さで話が通じて知れたらしい。記録をしないことが約定だったらしい。そして、新神殿長ウルフィラスの表情は、嬉しさなのか喜びなのか、輝きに満ちていた。
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内容に関するアピール
結局自分は、世界を好き放題作って、その理のなかで物語を作るのが得意(?)もしくは好きなのだとつくづく思いました。今年はこれで行こうと思います。
参考文献(順不同)
コリン・コバヤシ 『ゲランドの塩物語』2001 岩波書店
平島裕正 『塩』1973 法政大学出版局
マーク・カーランシー 『「塩」の世界史』 2005
山下渉登 『捕鯨Ⅰ』『捕鯨Ⅱ』 2004 同上
日本語版監修大隅清治 『鯨』 1994 同朋社出版
石川創 『クジラは海の資源か神獣か』 2011 NHK出版
『西アジア遊牧民の染織 ~塩袋と旅する絨毯~』 2017 たばこと塩の博物館
『西アジア遊牧民の染織 塩袋と伝統のギャッベ 2022』 同上
たばこと塩の博物館ウェブサイト
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