梗 概
穣りの雨に肌は焼け
舞台は草花から化学試料を手に入れることができる華学(かがく)が発展しつつある架空世界である。
洞窟を隔てた隣村に住む主人公と友人。洞窟の入り口(主人公の住む村側)には小さな祠があり、穣りの雨をもたらすシュティケン様が祀られている。祠の周囲にはニローバ(窒素+クローバー)が群生している。幼い二人はこの群生で、幸福を呼ぶ四つ葉のニローバを探していた。夕暮れになり帰ろうとしたところ、友人が何か見つけるが教えてくれない。その時、二人は慈雨色の温かな歌声を耳にする。
誰か、あなたが望むなら
どんな涙も降らせましょう
誰か、あなたが祈るなら
どんな涙も幸いと
優しい小雨が二人に降り注ぎ、足元のニローバが一層青々と成長する。主人公は、歌の主と思われる冷たな氷雨色の鳥を一瞬だけ目撃する。
帰宅後、原因不明の爆発があり、洞窟は長く封鎖される。
時が経ち、主人公と友人は月一の連絡便で手紙を交わすだけの状態が続いていた。主人公の村は都会の港町から華学による発展がもたらされ、裕福であった。主人公はニローバの華学研究を志し、四つ葉が肥料になることを発見した。現在は多数の葉が生えるような品種改良を目指している。その頃、港町から華学に用いる花には花妖(かよう)と呼ばれる妖精が宿っており、かつてニローバの花妖が歌により洞窟を開けたことが分かった。そこで、自身のニローバ研究により洞窟の再建を志すようになる。
主人公も飼育した多数葉のニローバに爆発性が見られたとの報告があり、五枚葉のニローバが原因と分かる。主人公は片手が吹き飛ぶなどの事故がありつつも五枚葉とシラブ(ケイ素+カスミソウ)の花を混ぜると安全な爆薬として使用できることを発見し、ダイナマイトが完成する。
主人公の作ったダイナマイトにより洞窟が再建する。しかし、隣村は友人の手紙で聞いていたものと違い、酷く貧相であった。
数日後、主人公の自宅離れにある研究棟が爆破される。犯人は友人であり、片足がなくなっていた。貧富の差による暴動を恐れて行った爆撃による怪我だと伝えられる。
友人は幼いあの日、五枚葉を独り占めしたくて黙っていたこと、主人公との手紙では見栄を張っていたことを伝えられる。
「あたしも研究者になれば、あんたみたいに金持ちになれた」
そう叫びながら友人は連行されてしまう。
しばらくして、主人公の作ったダイナマイトは港町でもたくさん売れ、多くの富をもたらした。しかし、度重なる暴動により洞窟にはバリケードが貼られてしまい、行き来ができなくなった。
主人公は人目を避けてシュティケン様の祠に向かう。あの日と同じ慈雨色の歌が聞こえ、氷雨色の鳥が現れる。鳥は話に聞く花妖と同じ少女の姿の転じる。
「わたし達は歌うことしかできないけれど、あなた達は違う」
そう言い残し、少女は鳥の姿に戻り飛び立ってしまう。
主人公は、祠の場所に平和を祈る聖堂を建てる。
文字数:1198
内容に関するアピール
自己紹介代わりということで、専門である化学と、子供の頃から大好きな草花を組み合わせた華学(かがく)という使い慣れた設定を用いることにしました。最近は研究倫理について勉強しているため、ダイナマイトを開発したノーベルのエピソードを踏まえ、また窒素の肥料や爆薬など様々な用途に用いられる多様な特性を織り交ぜ、葉の枚数で花言葉の変わるクローバーと足し合わせました。
作品のテーマは二軸あり、一つは何のために研究するのか? もう一つは、科学技術そのものの善悪について、です。後者については、科学技術そのものは善悪を持ち得ず、それを利用する人間の側に善悪が問われているのだと考えています。その考えに従い、シュティケン様などの花妖(かよう)達は、その元素を恐ろしいものと思えば獣の姿に、役立つものや好奇心を掻き立てるものと思えば少女の姿に見える裏設定があります。
文字数:375