梗 概
イン・マイ・タッチ
藤岡ヤヨイは偵察から戻った友人の腕を指先の針型デバイス《触覚器》で触れ、肌に刻まれた記憶と感情を再生する。江の島入口を占拠したアウビィに対し、ハプト代表の藤岡ヨウは予備の触覚器を代償に差し出してアウビィを帰した。責めるヤヨイにヨウは仕方ないと開き直る。ヤヨイは江ノ島を飛び出す。
ヤヨイやヨウの先祖、藤岡市助はエジソンが断念した触覚器開発を引き継いだ。蓄音機が蝋の溝から音を再生するならば、人が持つ溝、皺に蓄えられた情報も再生可能だと市助は考えた。苦心の末、開発に成功。自己-外界の境にある皺は多様な情報を保持していた。触覚器が得た凹凸情報は周波数成分に分解され、再び触覚器を介し周波数帯毎に四つの触覚細胞を奏でるように打つ。しかしコッホが菌と感染症の関係を提唱し、人々がむやみに触ることを控えた状況を受け、成果を秘匿した。
200年後の現在、皺より細かい肌理からも情報取得が出来る。肌理は全身分布かつ刻々と変化する。膨大な情報は言語や感情などの高次情報処理を可能にした。触覚器を用いて情報伝達をする集団ハプトは江ノ島で慎ましく暮らしていた。
鎌倉、ヤヨイはユーリの工房を訪れる。ユーリは元ハプトの技術者。度重なる感染症を経た人々は触れない事を是とした。60年ぶりに大規模感染症が起きハプトは忌避される。犯罪も厭わない反ハプト集団アウビィが現れ、ハプトが感染源になると主張した。
次世代機を開発中だったユーリは子供がアウビィに襲われる事件を機に変わる。触覚器を着けるから狙われるとヨウと対立。ハプトを脱退。
島に戻れとユーリは告げる。工房に数多の工芸品。なぜかユーリは職人を選んだ。不器用だったはずが1μmをも指で捉え器用に作品を作るまでになった。帰り際、ユーリからハリネズミの工芸品を渡される。ヨウに最後の土産だという。
アウビィが再来。島民から触覚器を奪い破壊する。藤岡家の屋敷に行くとヨウとユーリの姿。壊れたユーリの工芸品が散乱している。ハリネズミも壊れていた。二人に近づくヤヨイ。安心も束の間、ユーリに触覚器を奪われる。ヨウも奪われており、壊される。アウビィ達が来る。ユーリはアウビィだった。触覚器を全て破壊し目的を果たすと島を出る。塞ぎ込むヤヨイにヨウが近寄る。ヨウは壊れたハリネズミの背中を指に装着する。その針でヤヨイの指を刺す。痛みと起こった事実にヤヨイは驚く。
ヤヨイは工房へ。ユーリは以前と同じ態度。ヤヨイはユーリの頬に触れる。二重スパイを演じた日々が羞恥心と共に流れる。対立は嘘でユーリは島の外で仮想触覚器を完成させた。ハリネズミの針には薬剤が内包されていた。薬剤は触覚細胞が記憶していた触覚器刺激を呼び起こし成長を促す。結果、指が触覚器と同機能を持つ。
ヤヨイとユーリは指同士を合わせる。従来器では針が邪魔で触れることが出来なかった。露わな触覚細胞たちが新しい会話を始めた。
文字数:1199
内容に関するアピール
藤岡市助からエジソンへの手紙
東芝未来科学館(toshiba-mirai-kagakukan.jp)
これまでミステリを書いてきました。そこで今回はミスリードを促してユーリの立ち位置を変化させ、物語曲線の演出を試みています。また今読まれることを考慮し、コロナの影響で安易に触れられないからこそ「触れたい」を想起できる物語を描きました。
設定はヴァンス『月の蛾(音楽による情報伝達)』、ミルハウザー『ウェストオレンジの魔術師(エジソンが触覚器を開発したif)』を参考に触覚による情報伝達とし、更にエジソンから発想を広げて蓄音機の溝と皺を重ねました。藤岡市助を物語の起点としたのは実際にエジソンとやり取りがあったためです(添付)。日本は触覚を表すオノマトペが多いらしいです。だからこそ市助は開発に成功したと考えています。
触れることの出来る喜びを開放したく、最後はヤマアラシのジレンマからの脱出を書いております。
文字数:400