梗 概
うみのふかさを
主人公は先祖代々の不動産収入で暮らしている。大学院も出て、大抵のことは器用にこなすことができるし、コミュニケーションもまずまず。恵まれた生活を送っていた。40歳を超え、ふと気がつくと、友人たちは育児を生きがいにしていたり、社会的責任を負う立場になっていたりする。
暮らしに困っているわけではないし、将来に大きな不安もない。その代わり、自分にはなにもない。
それにしても、自分はなんのために生きてるんだろう? どうして、若い頃に自分の夢を追いかけたり、誰かと家庭を築こうとしなかったのだろう? 両親は何も言わないけれど、孫の顔が見たかったのかもしれない。あるいは、自分の才能を信じて博士課程まで教育を受けさせてくれたのかもしれない。
ディスプレイの右端には、故郷の家族や、様々な地域で暮らす友人知人たちのリストがずらりと並んでいる。左端には、仕事関係のリストが。誰にもこんな話を相談できない。
自由で気ままな、おひとり様だったはずなのに、急に孤独を感じた。
銀行の預金額を久しぶりに見ると、そこそこの金額が溜まっている。預金額の下には、都心の高級分譲マンションと、最新鋭のキャンピングボートの広告があった。
主人公は、貯金をはたいてボートを購入した。ボートは魚や魚介類を調達して、重金属などの毒性を除去してくれるし、海水からミネラルたっぷりの塩と、濾過した浄水を作ってくれる。用意してきたサプリメントで、栄養のバランスも採れている。ボートのおかげで、生きるための営みを、何ひとつしなくていい。
ボートの免許は若い頃にとったことがあるから、操船はできる。とはいえ、今どきは自動操船が当たり前なので、たいていのことはボートが操船も係留も勝手にやってくれる。ただひとつ、航海日誌だけは、手書きで書くことにした。
最初こそは、あらゆるしがらみから解き放たれたように、晴れ晴れとした気持ちだった。誰の目もない、海を漂うボートでの暮らしは、何もかもが新鮮に感じた。やがて、海ではいまも弱肉強食が当たり前で、うっかりすれば、自分も餌になりかねないということに気がついた。
と同時に、新しい友人も見つけた。一頭のイルカだ。普段は群れで移動しているが、主人公が甲板に出ると、必ずそのイルカが近づいてくるので、日中のほとんどの時間をそのイルカと泳いで過ごした。この友情を与えてくれた海は、可能性に満ちている。
そして、主人公は自分自身も、生きている限り、さまざまな可能性を持ちうることに気がついた。あるがままに生きても良い。地位も名声も、子孫も残すことがなくたって良い。
潮目が代わり、イルカの群れが離れていく。友人のイルカともこれでお別れだ。
遠ざかる群れを見送って、主人公はもとの生活にもどる。けれど、主人公は、海から『宝もの』を手にして帰った。自分らしく生きるための、自信とともに。
文字数:1184
内容に関するアピール
現代に生きる女性には、一般に『女性の幸せ』とみなされがちな「恋愛・結婚・出産・育児」といった価値観の縛りがあります。容姿に恵まれていても、一定の収入があっても、前述の縛りに悩まされている女性は、少なからずいると考えています。
そういった女性は潜在的な不満を抱えつつも、自分自身らしい価値ある人生を送りたい、という欲求があると考えています。
そこで、ジェンダー論に寄せすぎることなく、「自分らしい生き方はいつでも見つけることができ、いつでも始められる」という励ましとともに、明日から新しいことを始める勇気を、気軽に受け取ってもらえるような作品を企画しました。
願わくば、SF小説が女性に身近なものとなり、人生の悩みを解決する一助になるような娯楽になれば、との思いでおります。
文字数:337